連載
レトロンバーガー Order 86:23年の時を経て「ガラージュ」がSteamでリリースされたから汚水にまみれた日常生活を送る編
(Our garage was basically science fair central)
Amazon.com創設者のひとりにして取締役会長であるJeffrey Preston Bezos氏は,Academy of Achievementによるインタビューの中で,こう述べました。
Amazon.comだけではなく,GoogleもHewlett-PackardもMicrosoftもガレージで誕生したと言われています。Appleにも「ガレージで創業した」というメジャーな噂話があるものの,実際のところは製品の保管や発送に使っていただけだったそうですが,「そんな神話が発生するほどガレージという概念は象徴的だ」とも言えるでしょう。
イマジネーションやイノベーションといったものは,清潔なクリーンルームではなく混沌としたガレージから生まれるものです。部屋や机上というのは,コンピュータで言えばRAMみたいなもの。多くのデータを載せていたほうが素早くアクセスできて便利です。だから部屋やデスクに古今東西のゲーム機やゲームソフト,書籍類が積み重なっているのは正しいことなんですよね。文庫本やCDケースが床から塔を築いていたって,むしろそれが正解。メモリは増設するものであり,解放するものじゃない。なあ,そうだろ?
そんなわけで今回は、イマジネーションに満ちた汚水とガラクタだらけの奇妙な世界を堪能できるゲーム,「GARAGE ガラージュ」(英題:Garage: Bad Dream Adventure。以下,ガラージュ)でやっていきましょう。
この機械がガラージュ |
私はヤンさん |
幸福論
もともとの「ガラージュ」は,発売:キノトロープ,販売:東芝EMIで1999年にリリースされたPC/Mac用のタイトルでした。PC/Macと言ってもWindows 98やMac OS 8シリーズ,Pentium3やPowerPC G3の頃です。
東芝EMIというレコード会社がゲームソフトを発売していたというところも時代性を感じますね。1980〜1990年代はレコード会社が積極的にゲーム機やPC向けのソフトウェアをリリースしていました。アニメやデジタルコンテンツなどに親和性の高いキングレコードやパイオニアLDC(現NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン)はもちろん,ビクター系列(ビクター音楽産業やエレクトロニック・アーツ・ビクター),ポリスターから分社化したデータム・ポリスター,ポリグラム,ポニーキャニオン,CBS・ソニーレコード(現ソニー・ミュージックエンタテインメント),日本コロムビアなどなどなど。
現在も日本コロムビアはゲームパブリッシングを行っていますが,近年のラインナップと1980〜1990年代のラインナップは大違い。レコード会社系のゲームパブリッシングは,自社IPよりもライセンスを得ての移植やローカライズが多めだったり,なぜかMSXに注力する傾向があったりして,今見ると「何でこの会社がこのゲームを出してるんだろ……」と思わされます。例えば,ファミリーコンピュータ版の「タイガーヘリ」はポニーキャニオン,同じく「究極タイガー」はCBS・ソニーレコードからリリースされていたりして,まるで東亜プランが大人気バンドのようです。
ソレ系で個人的にイチオシなのが,日本コロムビアが日立製作所との共同レーベル・AFOONから1996年にリリースしたPC用縦スクロールシューティングゲーム「The Legend of EDEN2」。企画とCG制作はglobeのPVなどを手がけた原田大三郎氏,ゲームデザインはアスキーでゲーム関連書籍やデジタルコンテンツを制作していた船田 巧氏,BGMの作曲はajapaiの名義でも知られるDJ/リミキサーの森 俊彦氏,音楽監修はドリームキャストの起動音でおなじみの坂本龍一氏と,非常に豪華な体制ですが,まったく市場に響かなかったうえ,当時のゲーム雑誌でアナウンスされたセガサターン版はキャンセルとなっています。近年の同社が発売した「おうちでリラックマ リラックマがおうちにやってきた」や「ポリス×戦士 ラブパトリーナ! ラブなリズムでタイホします!」と比較すると,秒で風邪をひきそうな温度差を味わえて最高です。
その他,東芝EMIは「ずっといっしょ」,データム・ポリスターは「ROOMMATE〜井上涼子〜」,エレクトロニック・アーツ・ビクターは「卒業FINAL」など,気合の入ったギャルゲーに手を出しがちという点も興味深い共通項です。また,東芝EMIのスーパーファミコン用格ゲー「バトル・マスター 究極の戦士たち」について調べてみると,カネコのスーパーファミコン用格ゲー「パワーアスリート」やザウルスのNEOGEO用格ゲー「神凰拳」と開発元が同じだとか,そういったトリビアも見えてきます。良くも悪くもカオスながら,ある意味で面白い時代でした。
ただ,いわゆる第2次平成不況が主要な原因でしょうか,レコード会社によるゲームパブリッシングは1990年代半ばから衰退していきます。東芝EMIも,PlayStation用ソフトでは「キャプテン・ラヴ」や「Nゲージ運転気分ゲーム 発車オーライ!ガタンゴトン」,PC向けソフトでは「ROCKY MOUNTAIN TROPHY HUNTER」や「ずっといっしょCD-ROM COLLECTION」シリーズなどを発売した1999年を最後に,ソフトウェア事業から撤退しました。
東芝EMIのソフトウェアを取り扱う権利はハムスターが継承し,「キャプテン・ラヴ」などは“Major Wave”シリーズとして再リリースされたり,「DANCING WINGS ブルーインパルス・データファイル」は2000年に発売されたりしていますね。あと「実践パチンココンストラクション」は……開発元による知財侵害を理由に発売中止……へえー。
ただ「ガラージュ」は増産も再リリースも行われず,歳月が流れていきました。2004年に監督・作場知生氏によって“私家版”という形で再販が行われたものの,当然ながら出荷数は個人で可能な範囲に留まります。そのため総合的な流通数はやはり少なく,今でも中古市場では10万円を軽く超える価格で取引されています。
微笑みのひと
2020年12月。そんな“幻の奇ゲー”のiOS/Android版を開発する,しかも“完全版”と呼べる内容になるとアナウンスされ,クラウドファンディングが始まったのですから,そりゃもう大騒ぎです。目標額の300万円は速攻で到達し,最終的には762%サクセスである2288万5922円の調達に成功しました。筆者もヤンセット(1万5220円)で出資していて,0.06%くらい貢献しています。
2021年12月にリリースされたiOS/Android版は,手軽に遊べるのは良いもののプラットフォーマー判断で一部表現が規制された形となりましたが,2022年7月8日にリリースされたPC版は本来の表現に差し戻された,言うなれば“本来の完全版”です。
「ガラージュ:完全版 for Mobile」がスマホ向けに配信中。価格は610円(税込)
アーティストの作場知生氏が手がけるスマホアプリ「ガラージュ:完全版 for Mobile」のAndroid版が,本日(2021年12月16日)リリースされた。iOS版は12月10日に配信されており,価格はいずれも610円(税込)だ。本作は,1999年に発売されたPC向けアドベンチャーゲーム「ガラージュ」をリメイクしたものになる。
ゲーム自体は,分類としてはポイント&クリック型の探索アドベンチャーゲーム。ただし主人公には「燃料」や「順応度」といった時間で減少するパラメータがあり,いずれかが尽きるとゲームオーバーとなってしまうので,蟹や蛙と呼ばれる水棲機械をつかまえて,それを売却してスタンプ(お金に相当するもの)を稼ぎ,特定の施設で回復させなければなりません。
本作は奇矯なアートワークから「KOWLOON'S GATE クーロンズ・ゲート-九龍風水傳-」や「バロック」と並ぶ“3大奇ゲー”と呼ばれることもありますが,蟹を採ったり蛙を釣ったりといったゲームプレイは牧歌的であり,倒すべきボスなども存在しません。あくまで「筆者がプレイしたことのあるゲームの中では」ですが,プレイフィールが近いと感じられたのは「とびだせ どうぶつの森」でした。
見た目に反しない,おどろおどろしい描写やダークな要素もあるのですが,生活のために労働して,個性的な住人達とコミュニケーションを取り,少しずつ環境をリッチにしながら目標の達成を目指すというのは,スローライフ感があります。主人公の強化要素がバイクの改造をモチーフとしているところからも,「働いてバイク改造の資金を貯めて,そのバイクで釣りに行ったり,疲れたらサウナに行ったりする」といった雰囲気が醸し出されます。「ガラージュ」のファンには“劇中の世界を愛している”というタイプの人が散見されるのですが,それも納得です。
ただ「ガラージュ」は,英副題に「Bad dream adventure」とあるように“夢”なんですよね。夢は覚めなければなりませんし,しかも“Bad dream”ならば覚めるべきです。ITベンチャーもガレージロックも一生ガレージでやっていくのは“失敗”ですし,ガレージキットの版権許諾は基本的に販売イベント当日限りです。どこかの少女も,もっと激しい夜に抱かれたかったり,素敵な嘘に溺れたかったりするから,夢を見ているだけじゃいられない(フォー!)と言っていました。アドベンチャーゲームでストーリーに言及したらネタバレもいいところなので避けますが,シナリオを進めていくと,「ガラージュ」という夢は終わりを迎えます。
「どうぶつの森」感がありつつも,スローライフゲームのように日常は続かず,夢として終わりを迎える。何でしょうコレは。ちょっとゲームの構成要素から考えてみましょう。
大多数のゲームは,基本的にタナトス(死の欲動)を“面白さ”の基軸としています。格ゲーでもシューティングゲームでもRPGでもサバイバルホラーでも,基本的には「死や敗北が忍び寄ってくる快感(スリル)」に近付くことでプレイヤーに歓びを発生させます。「ガラージュ」も燃料や順応度といった形で,それらを部分的に踏襲していますね。「どうぶつの森」シリーズのようなゲーム内から死の概念を排除したタイトルも,むしろ排除しているからこそ(現実の)死に対して意識的であると言えます。
それらに対し,スリルを面白さの基軸としておらず,だからと言って永遠の日常を描くでもない「ガラージュ」が面白さの基軸としているものは何か……と考えれば,タナトスの逆・エロス(生の欲動)であり,それがプレイヤーにもたらす歓びは「生に歩み寄っていく快感(プレジャー)」でしょう。部分的なテーマとしてエロス要素=生存や繁栄を盛り込んだゲームも巷に散見されますが,繁栄にはキリが無いのでゲームシステムの主軸に組み込むことは困難です。それを逆に利用した「Cookie Clicker」のようなゲームもありますが,そういった「取り留めのないもの」として演出するのが,普通は精一杯です。
ただ「ガラージュ」は“精神治療装置にかけられた被験者が,混沌とした異世界からの脱出を目指す”という逆境から物語をスタートさせて,スローライフ的なゲームサイクルを盛り込むことで,エロスを行動原理として「終焉へと向かう」シナリオを描くことに成功しています。他のゲームで例えるならば「『サイレントヒル』のゲームサイクルを,サバイバルホラーから『どうぶつの森』的なスローライフに置き換えたら,後ろを向いて後ずさりすれば実態としては前進するように,タナトスではなくエロスに基づくストーリードリブンを実現できた」というようなロジックです。計算によるものか感性によるものかは分かりかねますが,このロジックが「ガラージュ」を類のないゲームにしています。
出荷本数だけでなくゲーム内容的にも類例がなかなか無いゲームですので,そりゃあ中古市場で10万円超えも納得です。出荷本数の少なさでは筆者イチオシの「The Legend of EDEN2」も負けていないと思うのですが,こっちは外箱ナシで100円(税別)でしたからね。レアリティがあって100円なんだから,ある意味では「誰彼」に負けてるくらいですよ。フォーエバー超先生。
Automatic
そんなわけで,「ガラージュ」は一見するとサイコホラー的な見た目で,実際サイコホラー的な側面もあるのですが,プレイした後には「物悲しくもポジティブ」な読後感(ゲームだから“遊後感”?)を得られます。
「奇妙な世界や住人達の関係性などを把握するハードルが高い」という意味では“難しい”内容ではありますが,興味をそそられたならプレイしてみる価値があるゲームとなっています。先述した“劇中の世界を愛している”といったファンによる手厚い攻略サイトや解説サイトもあるので,多少なりとも気になったなら調べつつ,どっぷり浸かりたいなら禁Googleでプレイしてみましょう。
レトロゲーム的な観点で言えば,ゲームコントローラでなくマウスクリックを操作の基本とした「“マルチメディア時代”のゲーム」として歴史を感じられる設計でもありますね。「Samorost」や「Syberia」といった2000年代初頭のポイント&クリックゲームもそうですが,劇中世界の雰囲気を演出することにかけては随一のゲームシステムです。
- 関連タイトル:
GARAGE ガラージュ
- 関連タイトル:
ガラージュ:完全版 for Mobile
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