企画記事
日本の民間伝承,“失われつつあるもの”をゲームという表現方法で残す――「大歳ノ島」「湖の狼」の開発に込められた思い
実際にゲームをプレイし,「大歳ノ島」と「湖の狼」に込められた思いに迫る
ここからは,鹿野氏の説明を受けながら「大歳ノ島」と「湖の狼」をプレイした模様をお届けします。ゲーム自体の詳細は,鹿野氏のサイト「未来派図画工作のすすめ」にも書いてあります。気になる人はこちらもご確認したうえで,このリプレイで作品の雰囲気を感じてみてください。
なお,以下のリプレイには,ゲームの主な流れや結末,つまりネタバレが含まれます。「いずれ自身でこの作品に触れる機会があるかもしれない。そのときまでは知らないでおきたい」という人はご注意ください。
4Gamer:
まずは「大歳ノ島」からプレイしたいと思います。
鹿野氏:
大歳ノ島は,架空の島のお正月の行事を描いたゲームです。オープンワールドで作られた島は,漁業と農業,塩田のエリアに分かれた三角形の島になっていて,もう1つ,沖合に沖ヶ岩という名の夫婦岩があります。
島にはかつて人が住んでいたのですが,今は無人。人がいなくなってから数十年後,そこに調査隊がやってきたという設定になっています。
4Gamer:
3つのエリアと夫婦岩にそれぞれプレイヤーキャラクターがいるんですね。
鹿野氏:
はい。彼らは調査員で,儀式の正装を再現した格好をしています。仮面や服の文様も,地域によって異なります。
彼らの目的は正月行事の再現で,まずは3つのエリアに分かれた調査員たちを動かし,それぞれ御供物を持って島の中心の山頂にお供えするのが目標です。
操作するキャラクターは任意のタイミングで切り替えられるので,お好きなところから進めてみてください。
4Gamer:
では,漁業のエリアの「鮭の章」にしてみますね。
……おっ,画面の左下にテキストが表示されました。「さまざまな魚に恵まれ,港はいつも賑わっていた。集落の真ん中には大きな川があった」と。これまでの島の調査結果みたいな内容ですね。
鹿野氏:
ええ。いちおうモノローグのようなものですが,まさに調査報告書を読んでいるような形にしたかったんです。
フィールドを歩いていると,ほか(プレイヤーキャラクター以外)の調査員もいて,彼らに話しかけたり,島に残されたものを調べたりすると,この島の住人はどのような生活をしていたのか,当時どんなことが起きたのかなどを知ることができます。
4Gamer:
儀式を遂行するだけではなく,調査員として島のことを調べていくという目的もあるんですね。フィールドワーク的な。
鹿野氏:
おっしゃるとおりで,このゲームに実際のフィールドワークのような体験を入れたいという思いがありました。各地を巡り,人と話したり,気になることを調べたりしていくうちに,かつての島の生活や地域の特性が見えてきます。
作り込めていないところも多いのですが,少しでもフィールドを探索する楽しさを出せればと思いました。
4Gamer:
日本の文化や風習がベースにあると,親しみがまた違いますね。
……あれっ。うろうろしていたら,何か変なものが近づいてきました。
鹿野氏:
島のあちこちには“ケガレ”と呼ばれるものがいまして。近づかれると少しずつ体力ゲージが減っていきます。いちおう敵のような存在ではありますが,何か悪さをしたり,直接的な攻撃をしてくるわけではありません。
で,お金に執着するっていう設定になってまして。近くにお金を投げ込むと,そっちに気持ちがいって,追いかけるのをやめてくれます。
4Gamer:
あっ,本当だ。体力を吸われるのは嫌だけど,憎めないというか。悪いやつではないんですね。
鹿野氏:
はい。ゲーム上,敵のように映るとは思いますが,決してプレイヤーキャラクターに敵意を持っているわけではないです。
そもそも穢れというものは,悪や罪といったものとは異なる概念ですよね。何も悪さをしていないのに,貧困や差別によってそう言われてしまうこともある。ゲームのケガレは,そこにある嫉妬や執念のメタファー表現にもなっています。
4Gamer:
社が見えましたが,大きくてぼわっとしたものに包まれてますね。近づくと……一定のところから進めない。あっ,ずっといると体力が減ってしまうわけですか。
鹿野氏:
各エリアには畏怖の存在である妖怪と,吉祥である事柄があるんですね。
社には山頂に届ける御供物がありますが,このままでは畏怖である妖怪,このエリアでは海坊主がいるため中に進めません。そこで,吉祥となるものを探す必要が出てきます。
4Gamer:
それが何かは,調査員の会話や板碑を調べたときのテキストなどで見えてくると。この地では,どこかに鮭が遡上する池があって,そこが吉祥とされる場所のようですね。この滝の近くは……あった。これですね。
鹿野氏:
はい。ここは,鮭の卵をふ化させ,大事に育ててから放流するという,集落の人にとって大事な場所です。
4Gamer:
ここでお祈りをすると……あっ。鮭の卵がかえり,稚魚になって昇っていくんですね。
私は北海道の出身で,鮭が遡上する地域で暮らしていたこともあるので,鮭の表現には一家言あると自負しているのですが,これは美しく,そしてかわいいです。
鹿野氏:
(笑)。ええ,おっしゃるとおりで,鮭がかえるイメージを表現しました。
鮭の章には「命の循環」というテーマを込めているんです。それを,「この地で鮭の卵を大事に育ててから放流するのは,先祖や大事な人の魂に帰ってきてほしいという考えがある」という理由付けで描いています。それらは,実際にいくつかの地方にある考えや,魚たたき棒に関する風習が考えのもとにあります。
4Gamer:
日本の北海道や東北地方,北陸地方,アイヌなどの北方民族やアメリカの原住民に見られる風習ですね。叩いて締めて“送る”ことで,豊漁を願うという話を聞いたことがあります。
ここでお祈りをして清められたのか,先ほど進めなかった社のなかに行けますね。お賽銭を入れると……海坊主が霧散しました。社にあった御供物を持って山に登り,それを納めたらこのエリアは終了と。
鹿野氏:
はい。なおこのエリアでは,吉祥が「鮭の回帰」,畏怖が「地震と津波」となっています。先ほどお話したように,妖怪の姿をした畏怖は,海坊主という形で描きました。
農業のエリアでは,吉祥が「豊作」で畏怖が「風と飢え」,塩田のエリアでは,吉祥が「晴れ」で畏怖が「長雨と獣」で,社を覆う畏怖はそれぞれカマイタチと鬼火で表しています。
4Gamer:
それを吉祥となる事柄で対処していくわけですね。
鹿野氏:
はい。そうして各地域の御供物である魚,米,塩すべてが揃うと,神事を司る役である,夫婦岩にいるひとりの出番です。
4Gamer:
あっ,鯨がやってきました。
鹿野氏:
ええ。年に一度,夫婦岩の周囲の潮の流れが緩やかになり,そのとき来訪神が鯨に乗ってやってくるという言い伝えがあり,それを再現するんです。
4Gamer:
鯨に乗って島に行き,参道を抜けて山の頂上に行くと,丸いクレーターのような小さなくぼみに氷が張っています。儀式を執り行うと……それが割れて氷が解け,水に戻りました。
鹿野氏:
初日の出が昇り,その日の光で氷を解かすことで,冬を終え春を迎えるというイメージですね。各地を周り,そして氷を解かし春を迎えるという形で一年を描くというのが大歳ノ島の流れですね。
時間の流れは恐ろしいもの,誰しも年老いていなくなってしまうものですが,毎年その区切りを仲間とともに行うことで,なぜか正月はめでたい日となり,皆幸せな気持ちになれる。そんなメッセージを最後に入れています。
4Gamer:
なるほど。エリアごとに季節が異なる表現だと感じたんですが,それで一年を描いていたんだなと思いました。続いて,湖の狼をお願いします。
鹿野氏:
かつてこのあたりは大きな湖だったという,村山地方に伝わる藻が湖伝説(もがうみでんせつ)から着想を得たゲームで,主人公もまたかつてこの地に生息したと言われるオオカミです。
オオカミを操作して仲間を探し,集めた仲間を引き連れて,東根の貴船神社から西根の船着観音堂を目指し湖を渡ります。これは本当に短いお話で,ボリュームとしては,大歳ノ島の1/4くらいですね。操作も簡単です。基本的に移動がメインで,あとは周囲を見渡したり走ったりできるくらいです。
4Gamer:
なぜそこまで操作をシンプルにしたんですか?
鹿野氏:
山形ビエンナーレ2022に出展するゲームなので,すごく小さい子どもや高齢の方もいらっしゃると考えると,誰でも遊べるような簡単なものにしたいと思いました。
4Gamer:
なるほど。しかしイヌ,かわいいですね。毛のふさふさ感が実に。もっとアップで見てみたいってなります。……イヌじゃない。失礼しました。オオカミでした。
鹿野氏:
いえ,私もついついイヌって呼んでしまうことがありますから(笑)。
大歳ノ島を作っていたときより新しいバージョンのUE5で作っているので,そのぶん表現は上がっています。天候の変化も良くできたと思っています。
4Gamer:
大きな湖があったという伝承から着想を得た作品ということですが,地形もそれを再現されたものなのですか?
鹿野氏:
はい。ゲームとして成立させるためにスケールダウンしたり,高低差を調整したりはしていますが,現在の地形を参考に作りました。
4Gamer:
あっ。オオカミを見つけると,とくに何もすることはなくついてきますね。こうして仲間を集めていくと,それまで行けなかったところに進めるようになるんですね。
……おおっ,観音様が現れて湖に道ができました。サイトに説明がありましたが,その先にあるお堂のなかは,ニコンが進めているプロジェクト「郷土芸能や民俗芸能の継承や文化保存のための3Dアーカイブ」のものですね。
鹿野氏:
船着観音堂ですね。このお堂はすでに取り壊されてしまっているのですが,だからこそゲームという世界に残したいというのがありました。湖に現出した観音様は,同じくニコンの3Dアーカイブの沢渡観音堂 木造十一面観音菩薩立像のモデルを使用しています。
4Gamer:
こういった文化財が失われて,民話伝承がどんどん遠いものになるのはさみしいですが,ゲームがそれらを残す力になれることは,ゲーム好きとしてはなにか感じ入るものがあります。
最後にみんなが集まりまた湖を渡ろうとすると……空をぐるぐると,ジュゴンのような生きものが飛び回っています。
鹿野氏:
900万年前に存在したと言われる,ヤマガタダイカイギュウです。つまり,今はいない存在。絶滅したものたちですね。ほかにも,絶滅が危惧されるワシがその場を見守るように飛んでいます。
4Gamer:
水面に浮かんでいるのは灯篭ですね……。あっ,オオカミたちがそのなかに入っていき,光となって混ざっていきました。失われたものに“失われつつあるもの”が終着し,そしてその中に消えていく。これは切ないですね……。
鹿野氏:
最後に宝石が残されましたよね。これは主人公の一匹が付けていた,ライト代わりにピカピカ光っていたネックレスです。人が作ったもの,つまり人と出会ったことでオオカミは絶滅したという意味も込めました。
5分10分で遊び終わる,操作も簡単なゲームですが,映像だけでは味わえない感覚をインタラクションで保管できた作品だと思います。
4Gamer:
どちらもすごく心に残るもの,考えさせられるものがありました。ありがとうございました。
「未来派図画工作のすすめ」公式サイト内「大歳ノ島」ページ
「未来派図画工作のすすめ」公式サイト内「湖の狼」ページ
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