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[GDC 2023]世界的ヒット作となったインディーズゲーム「Unpacking」は引き算から生まれた。制作者が登壇したGDCの講演レポート
「Unpacking アンパッキング」公式サイト
全世界で高い評価を受けた「Unpacking」がどんなゲームなのかという問いに答えるのは,簡単そうで,それほど簡単ではない。
「Unpacking」は引っ越しをテーマにしたゲームで,プレイヤーはダンボール箱に入った引っ越し荷物を荷解きして,箱から出てきたさまざまなモノを部屋に配置していく。それ以上でもそれ以下でもない。ではこのゲームのジャンルは何なのか,となると,「パズルゲームかな?」という曖昧な答えを返すのが精一杯だ。なにしろ本作にはゲームオーバーもなければスコアもなく,パズルらしいパズルがあるわけでもない。物語を感じられるがダイアログはない。ただひたすら,ある人物が行った8回の引っ越しの荷物を,8回にわたって荷解きしていくだけのゲームなのだ。
この不思議な(それでいて魅力的な)ゲームはどのようにして生まれ,どのように磨き上げられていったのか。GDC 2023の3日めとなる2023年3月22日,「'Unpacking' Zen: Designing a Game Without Fail States or Scores」と題された講演が行われ,Witch BeamのWren Brier氏がすべてを語ってくれた。
実際の引っ越しがきっかけとなったゲーム
この段階からすでに,ゲームの基本はいたってシンプルかつ魅力的なものだった。
引っ越しの荷解きをして,新居の部屋にモノを置いていくというプロセスは,誰にでも理解できる。また,部屋にモノを置くというアクションは,部屋をデコレーションするゲームとしても成立するし,適切な位置に適切なものを置くパズルとしても成立する。しかも,「引っ越しの荷解きをするだけのゲーム」には明確な新規性がある。
とはいえ,実際にプロトタイプを作り始めると,仕様の中核を成す部分に,いくつもの疑問が発生した。
例えばパズルとして考えた場合,どれくらい難しいパズルであるべきなのか,時間制限はあるべきなのか,スコアをどう処理するかといった疑問が生まれる。
「部屋を飾り付けるゲーム」として考えた場合でも,箱から出てきたアイテムをどれくらい自由に扱えるのか(色を変えたりできるのか? 部屋に置かずに,捨ててしまえるのか?)という疑問が立ちはだかる。
また,物語体験としても,それぞれのモノに説明文をつけるべきなのか,物語に分岐があるべきなのか,キャラクターが画面に登場すべきなのかといった疑問が生じる。
こうした数々の疑問に対し,2人は「引き算のデザイン」を選択した。引っ越しの荷解きをして,モノを部屋に置くという,ゲームのコアとなる部分を強化するため,不要な要素を減らすのだ。「ほかのゲームではこのような実装をしているから」といった常識に引っ張られることなく,まずは本当に必要な要素だけに絞り込もうということだ。
とはいえ,引き算をしたから良くなるとは限らない(「引き算のデザインをした」というゲームをプレイしたところ,ゲームの面白さまで引き算されてしまったかのような経験をしたことのある読者は少なくないだろう)。このため2人は,「このゲームをどんなゲームにしたいのか」を説明する形容詞をリストアップすることにしたという。
2人がとりわけ重視した形容詞は,「安心感のある」「瞑想的な」「喜びのある」で,これに基づきゲームの柱となるものを3つ設定した。
「Unpacking」の3つの柱:観想・発見・表現
「Unpacking」の3つの柱はそれぞれ,
・観想(Contemplation)
・発見(Discover)
・表現(Expression)
となる。以下,順番に見ていこう。
・観想
「観想」は宗教に起源を持つ言葉で,「心を鎮めて深く思いにふける」といった程度の意味だ。「沈思黙考」と言い換えても,それほど遠くはないだろう。本作では,これを中心として,「ゆったりとしたペースのゲーム」「反復性のあるアクション」「密やかな物語提示」といった実装を行っていった。
ゲームの操作は,箱からモノを出して,そのモノを部屋のどこかに置くことを繰り返す構造になっている。「繰り返し」は,それだけではない。例えば箱から同じ形をした複数のカップが出てきたら,それらを棚にどう並べるべきか,ためしに置いてみることを何度も繰り返し,自分が思うベストの配置を模索していく。
またプレイヤーにひっそりとした物語を伝えるため,モノを配置する部屋の構造も可能な限り現実を踏まえたものにしたという(いくつかは,制作者が実際に暮らしたことがある部屋をモチーフにしたそうだ)。これにより,プレイヤーはこのゲームが発生させる何とも言えない物語感覚を,「そういうこともあるかもしれない物語」として受容しやすくなる。
箱から出てくるモノが多くの人にとってなじみ深いのも,物語体験に寄与している。本作をプレイしたあるゲーム実況者は,枕の下に懐中電灯とゲームボーイを隠すように配置したというが,これはその実況者が子供の頃,「寝る時間になったあと,親に隠れてゲームをするために,懐中電灯とゲームボーイを隠していた」からだという(初代ゲームボーイにはバックライトがなかったので,暗闇でプレイするには懐中電灯が必要だった)。これはまさに,ゲームを遊ぶ中で物語が発生した瞬間だと言える。
・発見
「Unpacking」を初めてプレイするときは,段ボール箱からどんなモノが出てくるのかまったく分からない状態だ。出てきたモノを配置する部屋も隅々まで作りこまれており,画面をクリックしていると「この戸棚って開くんだ!」といった発見に事欠かない。
さらに,部屋にモノを置いたときにも発見があるように作られている。例えば,壁に設けられたフックがあれば,そこにフライパンをひっかけることもできるし,たたまれたタオルをドラッグ&ドロップすれば,フックにつるされたタオルへ変化する。おそろしく細かい芸と呼ぶべきで,実際にプレイすると,確かにそこには発見と驚きがある。
もちろん,もっと分かりやすい発見もある。ごく一部のアイテムは,クリックすることでアイテムの様子が変化し,例えば,ルービックキューブを何度もクリックすると,だんだんパズルが解けていく。これは単純に発見と驚きだけでなく,「引っ越しあるある」でもあるだろう。箱から出てきた本をつい読みふけってしまった経験は誰でもあるはずだ。
加えて,よりゲーム的な発見も隠されており,水場にトースターを置くと「感電」のステッカーが手に入るという感じだ。興味深いことに,こういした発見はSteamの実績と連動はするものの,実績を獲得したという表示は,ゲームをいったん終了させるまで行われない。発見は発見で楽しいが,実績獲得のポップアップはプレイヤーの集中力を削ぐという判断をしたからだ。
最後に,各ステージと置くべきモノには,物語上の発見も仕込まれている。最初のステージでは,サッカーボールやぬいぐるみ,何冊もの本,そしてカセットテープデッキを部屋に配置することになるが,これらは,子供部屋の住人はサッカーと読書が好きで,大きなぬいぐるみが複数あるので,それなりに裕福な家庭で育ち,またゲームの時代はカセットテープが現役だという,「物語上の発見」へとつながっていく。
・表現
上記のように本作は,部屋をカスタマイズするゲームでもあり,どこにどんなモノを置くかはプレイヤーの自由に任されている。Brier氏はこれを「カスタマイズできるドールハウス」と表現したが,カスタマイズした部屋をほかのプレイヤーとシェアできる仕様もまた,「表現」にとって重要な要素となる。
本作は部屋をカスタマイズするゲームではあるが,モノを配置するゲームでもある。部屋に配置された家具があまりにリアルだと,せっかく配置したモノの多くは戸棚の中にしまわれてしまう。そのため,「見せる収納」が成立するような部屋と家具の構造が不可欠だ。
本作は,水平な場所には,あらゆるモノを置ける仕様になっているが,初期のプロトタイプではモノが置ける場所に一定の制限があったそうだ。だが,テストプレイの結果,置きたいところに置けないことはプレイヤーにとって大きなフラストレーションになることが分かった。
さらに,多くのプレイヤーが最初からキレイにモノを並べようとしないことも,この「どこでも置ける」仕様を後押しした。現在は,「未開封の段ボール箱の上にモノを置く」ことさえ可能で,現実の引っ越しでも見かけそうな情景だ。
テストプレイの結果,モノをどこに,どのように置くかには,想像以上に「プレイヤーのマイルール」があることも分かった。実際,他人の家を訪れると,「台所の流しのスポンジをどこに置くか」には,結構な数の流派があることに気づく。この,マイルールを再現できることは,自分を表現することにあたって重要なポイントになる。
モノを並べ終わった部屋の様子をシェアするギミックにも,大いにこだわった。「アルバムに写真を貼る」という形でスクリーンショットを残せるだけでなく,箱からモノを出して並べる,その全過程を高速リプレイできるのだ(GIF出力もできる)。確かに本作は「引っ越しの荷解きをするゲーム」なので,完成図だけでなく,荷解きした過程もまた共有すべき体験であり得る。
ゲームから「恐れ」を引き算する
このようにして3つの柱を軸として「引き算のデザイン」を繰り返していった本作は,気づいてみれば,初期に発生したさまざまな仕様上の疑問に対して,ことごとく「不要」という結論を下すことになったという。
だがこれは,単に仕様を引き算しただけではない。2人が本作から本当に引き算したのは,
(1)失敗するのではないかという恐れ
(2)評価されるのではないかという恐れ
(3)物語を強制される恐れ
以上の3つの恐れだったという。
(1)の判断はシンプルだろう。本作にはゲームオーバーがなく,これはつまり「早くクリアしなくてはならない」要素もないということだ。プレイヤーはあくまで自分のペースでゲームを楽しめる。
その一方,では本作に時間の概念がないかといえばそうでもなく,モノを出しては並べていくうち,窓の外が暗くなったり,壁にかけた時計が進んだりする。ただし,これらはすべてリアルタイムではなく,モノを置くことをフラグとして進んでいく。「時間がかかった」という引っ越し体験を保ちつつ,時間切れゲームオーバーを排除したわけだ。
意外な失敗としては,「期せずしてステージをクリアしてしまった」という失敗もあり得る。本作はモノの配置にこだわるゲームであるため,ステージクリアとは,すなわちプレイヤーがこれで良いと思った瞬間でもある。このため,クリアボタンを押すまでは,いつまでもモノを再配置し続けられる。
(2)もまた,テーマに沿って考えれば自然な判断だ。本作にはスコアがないが,そもそも,「自分の部屋にモノをどう並べたか」には点数のつけようがない。すべては自分が満足したかどうか,それだけだ。したがって,スコアがあるほうが不自然とさえ言える。
また「クリアができなくなってしまうのではないか」という恐れを引き算するため,本作では「箱から出てきたモノを捨てる」という選択肢がない。これはある意味,自由を制限するものだが,アンドゥできないことがないのは,本作のようなゲームにおいてプレイヤーの安心感につながる。
以上の2つに比べ,(3)は「Unpacking」特有の処理だ。
本作の物語は,とても密やかな形で提示されるが,これはつまり,解釈の仕方に限りがないということでもある。例えば,箱から杖が出てくることがあるが,この杖1つとっても,
・主人公はケガをして杖が必要になった
・主人公の祖父がなくなって,遺品としてもらった
……といった形で,いくらでも解釈できる。当然ながら,それぞれのモノにはゲームデザイナーによる背景情報の「正解」が用意されているのだが,「これはこういう所以のモノです」といった類の解説文が付いていると,解釈の幅が狭まってしまう。
この「解釈可能性の担保」は徹底しており,主人公の声が聞こえることはないし,画面内に主人公が出てくることもない。それらは,解釈の可能性を狭めるからだ。
その一方,解釈の可能性を高めたり,解釈の手がかりとなり得る情報については,絵や音という形で積極的に提示している。本作はとくに効果音に著しいこだわりがあり,モノをクリックしたときに発生する音を聞くと,「これはきっとアレだな」と,かなり正確に判断できる。
解釈を補助するツールとしては,「箱にモノが入っている順番」も利用されている。モノが箱から出てくる順番は完全に固定されており,その順番(およびモノの向き)は意図をもってデザインされている。
最も分かりやすい例を挙げれば,「馬が描かれた絵」が出てきた直後に「クレヨン」が出てくる,という順番がある。この2つのモノが,この順番で出てくることで,プレイヤーのなかには「この絵はきっと本人が描いたのだろう」(もう一歩進めば「この人物は絵を描く趣味があるのだろう」)という推測が生まれるのだ。
強めの解釈を求める要素も入っている。上に,本作は好きな場所に好きなモノを置けると書いたが,モノのうちいくつかは,「置けない場所」や「置くべき場所」が設定されている。
それが子供時代の部屋なら,「鍵付きの日記」はどこかに隠しておかねばならないし,「大学の学位授与証書」をトイレの壁にかけることはできない。別れたばかりの元カレの写真をよく見える場所に貼ることもまたできない。これらは,主人公の人物像や人生をプレイヤーが想像する重要なキーになる。
そのうえで,彼らがこだわるもう1つの物語上のポイントは,メタなレベルで物語を強制しないという点だ。
本作は純粋に「部屋を飾るゲーム」として楽しむことができ,密やかに語られている物語にプレイヤーが気づかない,あるいは,物語を楽しみたくてこのゲームを買ったわけではないと完全に無視しても,ゲームが成立するように作られているわけだ。
「これって本当に面白くなるの?」という課題
さて,このように慎重な設計と無限の拘りの先で作られていった「Unpacking」だが,まったく別の角度の問題も発生した。それは開発資金を援助してもらうためにパブリッシャと交渉する際,これがどんなゲームで,どう楽しいのか,説明が非常に難しかったことだ。
しかも,実のところ制作者たちも「絶対に面白いゲームになる」という確信はなかった。類似した作品が存在しないため,作ってみるまで分からないことが山ほどあったからだ。
「これで絶対に面白いゲームになる」と確信が持てたのは,2018年のプロトタイプ完成時だった。さらに,複数の部屋にモノを配置してもなお,ゲームとして面白いことが分かったのが2019年4月のこと。ある人物の人生を描く物語を伝えられるという確信は,実に2019年10月を待たねばならなかったという。
面白いゲームに成長する過程では,やはりテストプレイが重要な役割を果たしたという。「箱から出てきたモノが何か,プレイヤーに分かってもらえなかった」といったシンプルな問題は,テストプレイですぐに浮き上がる。対処も容易だ。
しかし,「テストプレイの結果,この仕様の評判が悪かった」という状況に対し,評判の悪い仕様を削除するという判断を即座に下したわけではなかった。なぜならその悪評は,「仕様そのものが悪い」可能性と,「仕様の実装の仕方が悪い」可能性の両方があり得るからだ。
上記のように,モノを置く位置に制限を設ける仕様は非常に評判が悪かったが,最終的には,ごく一部のモノは置く場所に制限があるという形で実装に至っている。
さらに,テスターがゲームに詰まって先に進めないからといって,その詰まりを絶対に排除すべきだとは限らない。これは,「苦戦したからこそ,うまくいったときに強い印象を与える」こともあるからだ。
とはいえ,理屈のうえではうまくいくことが,テストプレイでうまくいっていない場合は,理屈の方を放棄する覚悟と準備(次善の策)をもってテストプレイやゲームショウに挑むのことが基本ではあったという。
「私のためのゲーム」
本講演は「Unpacking」制作の過程と苦労,そのこだわりを十分に伝える素晴らしい内容だったが,最後に筆者が個人的に共感した部分を紹介しておきたい。
本作は,繰り返しになるが,前例のない個性的なゲームだ。これはつまり,最近のインディーズゲームでも問われるようになった「対象となる顧客は誰か」という質問に対する答えもまたない,ということだ。
だが本作には明確な顧客が想定されており,それは,講演に登壇したBrier氏だ。本作の「モノを並べる」「部屋を飾る」「画面にあるモノを手がかりとして推理する」といったゲーム要素は,すべてBrier氏が好きなことであり,全世界で100万本を売ったこのヒット作は,たった1人のために作られたのだ。
もちろん,それらが好きだという人がほかにもたくさんいるのは間違いないし,それぞれの要素を個別に見れば,共通する要素を持ちつつヒットに至ったゲームも少なくない。とはいえ,初期のプレイテストに参加した多くのプレイヤーが「これは私のためのゲームだ」という感想を持ったという逸話からは,「顧客層」という漠然とした集団に向けて作られたゲームでなく,たった1人に向けて作られたゲームならではの表現としての強さを感じずにはいられない。
ゲームは商品であり,何本売れたか,どれくらい儲かったかはとても大事だ。だがインディーズゲームという文化にとって,「これは私のためのゲームだ」と感じてくれる人が1人でもいること以上の勲章はないと筆者は強く思う。
「あなたのためのゲーム」を真っすぐに目指した「Unpacking」が,世界的な大ヒット作として完成したという事実は,ゲームを評価する側にとってもきわめて重要な意味を持つのではないだろうか。
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