レビュー
[レビュー]占いで運命を創造する,選択と責任の物語――「The Cosmic Wheel Sisterhood」が名作である理由
一人の占い愛好家として見解を述べれば,「タロットカードは内観のツール」というのが私の意見だ。重要なのはタロットが示す道そのものではなく,現れた表象に対して心がどう動くかを自分で観測することである。カードが示唆するものは一つではない。読み方によっても,その意味は大きく変化する。それが今,何に見えたか,何を想起したのか。それを深く考え直すことで,タロットカードは己の現状に対して,極めてクリティカルなものとして立ち現れてくる。
では,そこに魔術的なものはないのか――実際,タロットカードの歴史は,世間一般で想像されているよりも遥かに若い。
15世紀のイタリアにはタロットが存在していたことが知られているが,その立ち位置はあくまでカードゲームにすぎなかった。これがオカルトの文脈に落とし込まれたのは,時代をさらに下った18〜19世紀のことである。当時のオカルト研究者たちは,タロットに不思議な力があると信じ,タロットの「真実の歴史」を創り上げたのだ。
この実践は複数の秘密結社によって,20世紀まで続けられたという。いわばタロットは,偽史によって成り立った神秘的権威の上に存在していることになる。
この歴史にがっかりする人も少なくないだろう。タロットの魔術性は創作だったのか,そんなの偽物ではないか,と思われるかもしれない。だが,一人の実践者として感じるのは,タロットには確かに言葉で説明しがたい何かがあるということだ。
このテーマで,この人の状況なら,あのカードが出るのではないか――そう思ったとき,ドンピシャのカードが出ることは決して少なくない。私は占いを愛好しているが,神秘主義者ではない。それでもわずかに確信しうるのは,このカードに偽史を授けようとした人々を魅了した何かが,タロットには存在するということである。
前置きが長くなった。だが必要な前置きである。本稿が紹介する「The Cosmic Wheel Sisterhood」(PC / Nintendo Switch)は,まさにカードを用いた占い師のゲームだからだ。
本作の主人公は,占い師の魔女・フォルトゥーナだ。フォルトゥーナは自身が所属するコブン(魔女の集団)の崩壊を予言したことで,コブンの長・エイダーナに罰せられ,占いの道具であるタロットデッキを没収されたうえで,小惑星へ1000年間の流刑を言い渡されていた。
永劫にも似た刑期が200年を過ぎ,精神が限界に到達しようとしていたとき,フォルトゥーナはある決意をする――それは,魔女界の禁忌である魔物・ベヒモスと契約することだ。フォルトゥーナが呼び出したベヒモスの名はエイブラマー。エイブラマーはフォルトゥーナにオリジナルの占い用デッキを作るための力を授け,魔女は再び占いの力をその手に取り戻す。
やがて,フォルトゥーナのもとに一報が届く。エイダーナが死んだというのだ。フォルトゥーナは占いの力を携え,新たなコブンの長を決める選挙へと出馬することになる。
開発元は「The Red Strings Club」のデベロッパであるDeconstructeam(直訳すれば「脱構築チーム」)だ。前作同様,「The Cosmic Wheel Sisterhood」でも繊細なドット絵で構成されたグラフィックが美しい。
まずプレイヤーはフォルトゥーナとして,この美麗なグラフィックでできたパーツを組み合わせたオリジナルカードの構築に挑む。背景,アルカナ,シンボルという3要素を自在に操作し,納得がいくまでカードをデザインできる。Switch版は多少細かい配置がしにくいと感じる面もあったが,基本的には感覚で操作できるようになっている。
自分で選んだ組み合わせが新たな意味を結び,特別なカードとして完成する瞬間は何度プレイしても心地いい。作ったカードはシェア機能で他人に見せられるので,会心の1枚が生まれたら,ぜひとも見せびらかしに行きたい。
そして,もちろんカードは「作って終わり」ではない。カードが複数できたとき,占いを行う場面がやってくる。引いたカードに応じて複数の読みが提示され,プレイヤーはそこから答えを選択するのだ。明るく希望にあふれる選択肢ばかりのときもあれば,あまりにむごいことの中から苦しみながら,1つを選ばなくてはならないときもある。プレイヤーは占い師フォルトゥーナとして,相手に何を伝えていいか,頭を悩ませることになる。
「選択と,それに伴う責任の物語」。本作をこのように総括すると,「大抵のアドベンチャーゲームはそうだ」という答えが返ってくるかもしれない。それは確かにそうだ。多くのゲームはプレイヤーに残酷な選択を促し,プレイヤーは血涙を飲んで,そこから選択肢を選ぶ。
だが,その「よくあるシステム」の中でも本作が特別なのは,フォルトゥーナの持つ能力が単なる占いではなく,実際に過去や未来を創造する力を持っているという点にある。
フォルトゥーナの占いは,一度たりとて外れたことがない。それはフォルトゥーナの読みによって,実際に現実が書き換えられているからだ。例えばフォルトゥーナの師匠であるユーエニアは,フォルトゥーナに「あなたを弟子にしていた期間を美しい思い出にしてほしい」と頼む。フォルトゥーナが占いによって新しい「ふたりの思い出」を読み解くと,それは実際に存在するものとしてお互いの記憶に芽吹くのだ。
己の能力の真髄をエイダーナによって知らされたとき,フォルトゥーナは強い責任に苛まれる。自分の占いに他者や魔女社会を直接的に左右する力があるなんて,考えるだけで重圧だ。プレイヤーもフォルトゥーナと同じタイミングで真実に触れ,これまでやってきた占いが,相手の生を作り変えるものであったと思い知らされる。
カードを引き,読む。最初はユニークな遊びとして受け止めていた行為が,ゲームの世界を生きる人々の歴史を物理的に構築する行為として捉え直されるのである。選択によって未来はその通りに変わり,物語は一直線ではない終わりを迎える。
このゲームは途中のセーブが不可能だ。そのため,一つ一つの宣託/選択が,決定的に重要なものとなる。ゆえに本作は,「選択と責任の物語」なのだ。
ここで行われる過去・未来の書き換えは,タロットが持つ偽史の構造に似ている。実際,魔女たちは偽史を効果的に利用してきた。
現代魔女である円香氏によれば,歴史学者マーガレット・マレーの「古代には魔女社会が存在し,有角神と月の女神ディアナを崇拝していた」という学術的には否定された説を,現代魔女は儀式に使い続けているのだという。
これは魔女たちが「史実」を知らないという意味では決してなく,ある語りを「フィクション」であるとわかったうえで,自らの儀式に文脈として取り入れる営みを魔女のカルチャーが持っているということだ。
そもそも「歴史」と「フィクション」を分けて考える発想自体,19世紀に「歴史学」が創造された際の乱雑な分離手術の賜物である。歴史学が科学として構想されたとき,フィクションは徹底的に相対化された。だが,それ以前の歴史叙述はレトリック,教訓,倫理,文学が入り混じり,豊かな語りの世界を形成していたのである。
誰が,何を,どのようにして,「過去」として認めているかという問題は,近代的な歴史学によって認められた「史実」のみを過去とみなしてしまうと,とたんに認識野が狭まってしまう。誰かにとってはイマジナリーフレンドと遊んだ経験が「真実」かもしれず,別の誰かにとっては精霊が乱舞する世界との接触が「真実」かもしれない。
フォルトゥーナが行う過去・未来の創造は,そのような「世界の再魔術化」とリアルにつながっている。それを手伝うカードが,魔術の道具としての偽史を与えられてきたタロットの系譜を持つデッキであるのは,そうした意味で必然なのだ。
ただ,自分の信じる世界像を他者に共有するには,さまざまな困難がつきまとうだろう。それを実感させられるのが,選挙のパートである。
プレイヤーは選挙に立候補する魔女たちのマニフェストを聞いたうえで,フォルトゥーナはどのような政策を掲げるべきか,詳細に吟味することになる。例えば,罪を犯した魔女はどのように扱うべきか。あるいは,人間に対して魔女社会はどのように振る舞うべきか。選んだ政策と行動によって支持層や支持率が変化するため,戦略的に自分の政策のアピールをしたり,他人の政策の批判を展開したりして,選挙を有利に進めていく必要がある。
ここで行われるのは,コミュニティの未来の創造だ。どのような未来を望むのかを他者に理解してもらうために,フォルトゥーナは無数の魔女と語り合い,合意を得る。あるいは協力者に頼んで,さまざまな層の魔女と対話してきてもらい,支持率を上げる。
どのような魔女と,どのようなつながりを持つかによって,結果は変化する。タイトルの「Sisterhood」が(しばしば誤解される)単なる「女性同士のつながり」という意味ではなく,極めて政治的な色を帯びていると気付かされるシーンである。
ここに多くのクィアなキャラクターが絡んでくることにも言及する必要がある。多くの魔女は女性同士で親密な関係性を築いているし,トランスジェンダーの魔女・ペッパーマンサーも登場する。あるいは魔女でも人間でもない,ベヒモスたちの恋愛も描かれる。
選択肢次第では,フォルトゥーナもクィアロマンスを経験できる。コヴンという政治的なコミュニティが,クィアによって支えられている様子を明確に描くことには,大きな意義があると言える。
ただし,そのトピックについて考えていくと,「Sister」という女性性の表象のもとには集い切れない「魔女」もいるのではないか,そのような存在はどこにいるのだろうか,といった描写の不足を指摘したくなるのも事実である。
個人史とコミュニティが絡み合いながら未来を創り出していく――その大きなうねりの中に,プレイヤーである我々も確かに介在しており,そこには責任がある。その実感を突きつけてくれる作品として,「The Cosmic Wheel Sisterhood」はすばらしい。「占いと政治」という原始的な連環がアクチュアルなテーマを掘り起こす。この唯一無二の体験を,ぜひ味わってもらいたい。
カードをシャッフルし,1枚を引き抜き,めくる。そのとき,あなたには何が見えるだろうか?
※参考文献:ジョアン・バニング著/伊泉龍一訳「ラーニング・ザ・タロット」(駒草出版,2007年),「対談 現代魔女になんでも聞いてみた。」(「文藝」第61巻4号,2022年)
- 関連タイトル:
The Cosmic Wheel Sisterhood
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