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HDR&広色域の波がプロ向け液晶ディスプレイにもやってきた。COMPUTEXで見た注目の非ゲーマー向けディスプレイ製品をまとめてレポート
だが,ゲーマー向け製品以外の一般消費者向けや,デザイナー,アーティスト向け液晶ディスプレイにも興味深い新製品がいくつかあったので,それらをまとめて紹介したい。
PA32UC
広色域を謳うプロ向けのHDR対応4K液晶ディスプレイ
「Republic of Gamers」(以下,ROG)ブランドで,さまざまな液晶ディスプレイ新製品を披露したASUSTeK Computer(以下,ASUS)。そのASUSは,ProArtシリーズというプロフェッショナル向けの液晶ディスプレイで,32インチサイズでHDR(ハイダイナミックレンジ)表示に対応する4K液晶ディスプレイ「PA32UC」を発表していた。発売時期や価格は未定とのこと。
ProArtシリーズの液晶ディスプレイは,工場出荷前に色補正を行い,「CIE 2000色差式」での色差を「⊿E≦2」と小さくした色再現性の高さを特徴としている。
ごく簡単に説明しておくと,CIE 2000色差式の⊿Eとは,ディスプレイの色再現性を示す値で,任意の色をディスプレイ上に表示したときに,元の色とどれくらい違って見えるかを数値化したものだ。簡単に言えば,「数値が低ければ低いほど,色再現性に優れる」という理屈である。
詳しい計算式を知りたいという人は,コニカミノルタのWebサイトが参考になるので,そちらを見てもらうとして,本稿ではPA32ACの話を続けよう。
⊿E≦2という値は,発色の正確さが求められるプロ向けディスプレイとしては,基準の1つをクリアしていると見なせるものだ。「マスターモニター」と呼ばれることもある放送用ディスプレイでは,⊿E=0を謳うものもあるほど。PA32UCは,その域までは達していないが,スペックのうえでは,色再現性に優れると謳うのに十分といったところか。
PA32UCでは,色域の広さもアピールポイントの1つとなっている。Ultra HD Blu-rayでも使われている色域の規格「ITU-R BT.2020」における色空間カバー率は85%,デジタルシネマ向けの色域規格「DCI-P3」の色空間カバー率は100%,PC分野でもお馴染みのAdobe RGBカバー率は95%で,sRGBカバー率は100%と,スペックはかなり優秀だ。
ASUSの担当者が,PA32UCの色再現性にとても自信があるようだったので,「自分は分光器(スペクトロメータ)をいつも持ち歩いているのだが,この製品を計測してもいいか」と聞いてみた。最初は何を言っているのか分からないようだったが,「自信があるので問題ない!」(担当者)とのことなので,実際に計測してみることにした。
液晶ディスプレイのバックライトで一般的な白色LEDは,青色LEDで発光した青い光を,赤緑蛍光体(※黄蛍光体,またはマゼンタ緑蛍光体を使うことも)にぶつけて白い色の光を作り出している。そのため,青色は鋭いピークが得られる一方で,赤と緑は純色周辺になだらかな丘陵をともなった色になってしまうのだ。
前置きが長くなったが,実際にPA32UCで計測した結果が,下の画像である。相対的に青が強いのはしかたないとしても,赤と緑に見える鋭いピークの立ち上がりは,白色LEDバックライト採用の液晶ディスプレイでは見たことがないほど優秀なものだった。色再現性に自信があるというのも納得できる。
RGBスペクトルは,あくまで画質評価の一要素に過ぎないが,PA32UCの色再現性はたしかに高そうである。
色再現性以外の仕様も確認しておこう。PA32UCのバックライトは直下型で,エリア駆動に対応するものだ。エリア駆動分割数は「384」。ピーク輝度は1000nit(=1000cd/m2)とのこと。
DisplayPortでのHDR映像伝送は,本来ならDisplayPort 1.4以降がサポートする規格のはずだが,ASUS担当者は「GPUのドライバソフトが対応していれば,DisplayPort 1.2でもHDR出力できる仕組みを採用している」と述べていた。詳細は製品で検証する必要があるかもしれないが,2016年に登場した新GPUは,すべてDisplayPort 1.4に対応しているので,これらを使っているユーザーの環境で問題が起こることはあるまい。
ちなみに,Thunderbolt 3でホストPCと接続した場合はディジーチェーン接続によって4K解像度ディスプレイをもう1台接続できるとのことだった。
PA27AC
エリア駆動なしの簡易HDRディスプレイ
ProArtシリーズの新製品には,「PA27AC」という製品もあった。
画面サイズは27インチで,解像度は2560×1440ドットのIPS方式液晶パネルを採用している。HDR表示に対応するものの,バックライトは直下型ではなく,一般的なエッジライト(サイドライト)型である。当然,エリア駆動にも対応しておらず,フレームごとの平均輝度からバックライト輝度を算出する簡易HDR表示となる。
ピーク輝度は非公開だが,「エッジライト型としては,かなり高輝度である」と担当者は主張していた。
広色域性能はとくに謳っていないのだが,ProArtシリーズの証として,工場出荷時に個別の色補正を行って,⊿E≦2の色再現性を保証しているとのことだ。
インタフェース周りの仕様は,PA32UCとよく似ており,Thunderbolt 3×2,
発売時期や価格は未定とのこと。コストのかかる直下型バックライトではないので,PA32UCに比べれば,いくぶんかは安くなるだろう。
MZ27AQ
外付けサブウーファーが付属する27インチIPS液晶ディスプレイ
デザイン重視の一般向け液晶ディスプレイとして,ASUSが展開するDesignoシリーズからは,27インチサイズの新製品「MZ27AQ」が展示されていた。
残念ながらブースではサウンドを体験できなかったが,担当者によれば「標準的なPCディスプレイよりは高音質」とのこと。
一方で,画質は特筆すべきところがないようで,sRGB色空間カバー率が100%であるという説明のみ。HDR表示も未対応である。
世界市場での発売は2017年6月中を予定しており,米国でのメーカー想定売価は600ドル前後とのことだった。
MX38VQ
横解像度4Kの37.5インチ湾曲液晶ディスプレイ
Designoシリーズからはもう1台,37.5インチサイズの「MX38VQ」を紹介しよう。2017年1月に発表された製品だが,ようやく2017年7月に発売されるとのことで,ブースで実機を見ることができた。なお,価格は未定とのこと。
MX38VQは,横解像度こそ3840ドットの4K相当であるものの,縦解像度は1600ドットとした,アスペクト比21:9の液晶ディスプレイである。液晶パネルは曲率2300R(=半径2300mmの円を描くカーブ)の湾曲型IPS液晶パネルを採用している。
なお,HDR表示には非対応で,発色についてのアピールもとくになかった。
円形のスタンド部には,Qi(チー)規格に対応する出力5Wのワイヤレス給電システムを内蔵しており,対応するスマートフォンを無線充電できるのが特徴である。
harman/kardonブランドの認定を受けた4W+4Wのステレオスピーカーを内蔵しているが,サブウーファーユニットはない。
PE320QK
エッジライトでエリア駆動の4K HDR対応ディスプレイ
最後はASUSではなく,Acerのプロ向けディスプレイを紹介したい。Acerは,「ProDesigner PEO」というシリーズで,プロ向けディスプレイを展開しており,COMPUTEX TAIPEI 2017では,31.5インチサイズで4K解像度の新製品「PE320QK」を出展していた。
PE320QKは,HDR表示に対応するIPS液晶パネルを採用し,DCI-P3色空間比(≠カバー率)で95%,sRGB色空間比で130%など,色再現性に優れる点が特徴であるという。ただ,PA32ACと決定的に違うのは,バックライトが直下型ではなく,エッジライト型である点だ。
価格対スペック比の高さを狙ったPE320QKでは,コストが安いエッジライト型バックライトを採用したうえで,画面を縦方向に8つのエリアに分けて,エリア駆動を行っているという。PA32UCの384分割とは比べるべくもないが,エリア駆動なしでフレーム単位の簡易HDRとなるPA27ACよりも,表現力は高くなる。そのうえ,理屈ではPA32UCよりも安価にできるというわけだ。
ちなみにAcerは,このエッジライト型バックライトによるHDR表示システムに「Acer HDR Xpert」という名称を付けているという
バックライトのLED数が少ないので,PE320QKの最大輝度は550nitどまり。ただ,デザイナーやアーティスト向け製品ということで,「発色性能においては,競合には負けていない」(担当者)とのこと。色再現性は,PA32UCを上回る⊿E≦1を達成しているそうだ。
数値の大小を競っているだけではないかという気がしないでもないものの,ユーザーにとって重要なのは,広色域を謳うHDR液晶ディスプレイが各社から登場し,スペックや価格など,さまざまなポイントで競争する状況が生まれていることである。その意味での競争なら,ユーザーとしては歓迎できるものだ。
ビデオ入力インタフェース類は,DisplayPort 1.2×とHDMI 2.0×2を装備。USBハブ機能もあり,USB 3.1 Type-Cを4ポート備えているという。
価格はまだ未定とのことだが,2017年9月頃の発売予定であるそうだ。
これからゲーマー向け液晶ディスプレイを買うときは,「HDR」「広色域」に注目しよう
製品紹介は以上のとおりとなるが,ゲーマー向け液晶ディスプレイも含めて,今後のディスプレイ選びにおけるトレンドをまとめてみたい。
ようやくというのが正直なところだが,PC向け液晶ディスプレイに,HDR対応製品が複数登場してきたことは喜ばしいことだ。ゲーマー向けだけでなく,ゲームを作る側のデザイナーやアーティスト向け液晶ディスプレイにもHDR対応製品が出てきたことは,今後,HDR対応ゲームが普及する後押しになるだろう。
HDR対応液晶ディスプレイが,数百ものエリア駆動分割を行う高価なハイエンド機だけだと,なかなか普及は難しい。だが今回,フレーム単位の簡易HDRや,エッジライト型の簡易エリア駆動を採用する製品が登場したことは,予算に合わせてHDR表現の品質が選べるようになったとも言えるわけで,HDR対応コンテンツが合わせて出てくれば,普及も進むと期待できる。
BT.2020の広色域色空間に完全対応するのは,白色LEDを使う液晶ディスプレイでは難しそうだが,それでも,ディスプレイメーカーが「sRGBよりも広い色再現性が必要だ」という方向に向かっている手応えは感じる。
現時点で見えている当座のゴールは,「HDR&広色域」なのだが,広色域に対応するゲームは,制作フローをすべて広色域化しなければならないため,HDRゲームよりも制作に要するコストが高いと言われている。実際,HDR対応のゲームは増えつつあるのに対して,直近で名前が挙がっている広色域対応のゲームは,PlayStation 4用の「グランツーリスモSPORT」くらいだ。
そんなわけで,当面はHDR対応ゲームが普及して,徐々に広色域への対応がゲームでも進んでいくという流れを,筆者は予想している。いずれにせよ,これからゲーマー向け液晶ディスプレイの購入を考えるときには,「HDR対応」「広色域」(量子ドット技術含む)といったキーワードに注目しながら,製品を選ぶことをお勧めしたい。
ASUSTeK Computer 公式Webサイト
Acer 日本語公式Webサイト
COMPUTEX TAIPEI 2017取材記事一覧
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