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西川善司の3DGE:PC版「Marvel's Spider-Man Remastered」のグラフィックスは,PS5版と何が違うのか
「Horizon Zero Dawn Complete Edition for PC」や「God of War」,「Days Gone」などがその具体例だが,どれも,過去においては,当時のPSでしかプレイできなかったビッグタイトルだ。
今後も,2022年内発売予定の「アンチャーテッド トレジャーハンターコレクション」,発売日未定のリメイク版「The Last of Us Part I」のPC版が予定されており,SIEは本気でPlayStationブランドのゲームをPCユーザーに提供していくつもりのようである。
こうした方針をとることにした理由について,SIEは過去の経営方針説明会において「PlayStationプラットフォームが持つ独自ゲームブランドの周知を拡大していくため」と説明している。
ゲーム機ビジネスにおいてSIEの競合相手となるMicrosoftのXboxプラットフォームにおいては,PC版とXbox版のゲームタイトルをほぼ同時に発売する方針としているが,SIEもさすがにそこまでは踏み込んではおらず,「数年のタイムラグを与えてからの移植」となってはいる。しかし,それでも,PlayStationブランドの名作達がPCでプレイできるということは,PCゲームファンにとっては嬉しいことである。
そうした流れのひとつとして,8月13日に,2018年に登場したPS4向けタイトル「Marvel's Spider-Man」が,PC向けリマスター版「Marvel's Spider-Man Remastered」(以下,Spider
知っている人も多いと思うが,このSpider
今回,PC版の開発を担当したNixxes Softwareの創設者であり,開発統括を務めるJurjen Katsman氏と,オリジナル版を開発したInsomniac Gamesにおける技術主任であり,プログラマとテクニカルアーティストを兼任するMike Fitzgerald氏にインタビューする機会を得たので,本作の開発におけるポイントついて聞いてみた。
Jurjen Katsman氏 |
Mike Fitzgerald氏 |
Insomniac GamesのPC版エンジンを土台に最新のPC技術を実装
4Gamer:
PCのSpider
Mike Fitzgerald氏:(以下 Fitzgerald氏)
品質が高ければ高いほど我々もハッピーですから,そこを責めることはないですよ(笑)。PCゲームファンの人達が喜んでくれることを,何よりも楽しみにしているので。
4Gamer:
本作の開発には,どれくらいの時間がかかりましたか。
Jurjen Katsman氏:(以下 Katsman氏)
プロジェクトをスタートさせたのは,我々がSIEグループに加入した2021年7月頃からです(関連記事)。開発は,比較的小規模のチームで行いました。その意味では,約1年足らずで完成に漕ぎ着けたことになります。
Nixxes Softwareについて,簡単に補足しておこう。Nixxes Softwareは,主にPSプラットフォーム向けタイトルをPCプラットフォームに移植することに長けた開発スタジオで,2006年以降の新生「トゥームレイダー」シリーズ全作や,近年ではGuerrilla Games開発のPS4向けタイトル「Horizon Zero Dawn」のPC版(2020年発売)を担当した実績がある。こうした実績と高い開発能力を認められて,Nixxes Softwareは,2021年7月,SIEに買収されたという経緯がある。
Fitzgerald氏:
開発期間を短くできたこと,そして小規模チームで開発に対応できたのは,我々Insomniac Games側が,PS4版のオリジナル作品(Marvel's Spider-Man)を,PS5向けにチューニングしてリリースしたことも大きいと思います。具体的には,リマスター版開発に際して,PS4よりも高性能なPS5のハードウェア性能を存分に活用するために,グラフィックスやオーディオ要素,コントローラに関わる機能などをグレードアップしていたのです。
Katsman氏:
そのため,我々,Nixxes Softwareは,PC版の移植で,そうしたゲームの本質に関わる要素をグレードアップすることではなく,PC特有の技術を活用することに注力できたのです。
4Gamer:
すると,Nixxes Softwareでは,オリジナルのPS4版で使用していたゲームエンジンそのものを移植する作業は,必要なかったということでしょうか。
Fitzgerald氏:
オリジナルのPS4版は,Insomniac Gamesの自社製ゲームエンジン上で開発,動作しています。我々は,独自ゲームエンジンをPSプラットフォームだけでなく,PCのDirectX 11環境でも動作できるように設計しているのです。実際に
ただ,最後にリリースしたのはVRゲームの「Stormland」(2019年)でしたから,2019年以降の新技術には対応していませんでした。具体的にいえば,リアルタイムレイトレーシング技術などです。
Katsman氏:
我々,Nixxes Softwareでは,そうしたオリジナルのゲームエンジン側で非対応だった部分を開発しました。
多彩なPC環境にも対応
DualSense独自の機能をPCでも実現
4Gamer:
PC版の開発で一番こだわったポイントはどこでしょうか。グラフィックスでしょうか。
Katsman氏:
こだわったというよりも,大変だったのは,PC特有の広範囲な性能幅,多様なデバイス環境に対応させることでした。家庭用ゲーム機とは違ってPCはスペックがバラバラですからね。性能面でいえば,たとえば,PS5よりも高性能なマシンもあれば,PS4にも及ばないノートPCや,Steam Deckのような小型ゲームPCもあるわけです。限度はありますが,我々は多様なハードウェア環境に対応させることに努力しました。
PC版では,レイトレーシング非対応環境でもプレイできるように,チューニングしてあります。あとは,アスペクト比32:9や21:9といったウルトラワイドディスプレイにも対応させています。入力系に関しても,マウスやキーボードでもプレイできるような特別なゲームメカニクスを実装しました。このあたりは,我々のこだわりによる仕事といってよいでしょう。
Spider
また,PS5の標準ゲームパッドである「DualSense」をPCとUSB接続することで,PS5版で実装されたハプティックフィードバック効果と,アダプティブトリガー効果をPCでも体験できる。PS5でのプレイ体験をPC上でも体験できるわけで,その意味では,本作はかなり手間をかけて作った移植版と言えよう。
4Gamer:
プレイしていると,データの読み出しが非常に高速だと感じたのですが,PC版ではなにか,ストレージアクセスの仕組みを改良しているのですか。たとえば,Direct Storageを活用するとか(編注:Direct Storageは,2022年3月に正式リリースされた)。
Katsman氏:
Direct Storageは使っていません。PS5版のSpider
4Gamer:
PC版でも,DualSenseのハプティックフィードバックやアダプティブトリガーに対応しているのは素晴らしかったです。これはどのように対応させたのでしょうか。
Katsman氏:
SIEが開発したDualSenseのPC向けライブラリ(およびドライバソフト)を使っています。DirectXの「Xinput」による制御ではありません。
なお,PS5ではBluetooth接続とUSB有線接続の両方で,DualSenseのハプティックフィードバックやアダプティブトリガーを活用できますが,PCではUSB有線接続時にこれらの機能の活用が可能になります。ぜひとも,PCゲームファンには,本作をDualSenseでプレイしてほしいですね。
4Gamer:
DualSenseのハプティックフィードバックやアダプティブトリガーをPCゲームでも使えるようにするライブラリは,一般のゲーム開発者でも使えるものなのでしょうか。
Fitzgerald氏:
これは,SIEとライセンス契約したゲーム開発スタジオだけが使える機能になります。DualSenseのハプティックフィードバックやアダプティブトリガーを生かした没入感の高いゲーム体験は,SIEブランドのPCゲームならではの,特別な体験になっていると思います。
窓ガラスや車体の反射はレイトレーシング。水面はSSR法で使い分け
4Gamer:
PC版では,グラフィックスアセットの品質を引き上げたのでしょうか。たとえば,3Dモデルのポリゴン数を上げあり,テクスチャの解像度を上げたり,といったことです。
Fitzgerald氏:
とくに大きく変えた要素はありません。ただ,オリジナルのPS4版からPS5版のSpider
PC版においては,PS5で実施した品質の向上で必要十分と判断したため,グラフィックスアセットに関しては,PS5版とPC版とで99%同じものになっています。
Katsman氏:
とはいえ,PCではPS5よりも高性能な場合もあるので,たとえば,LoDのバイアスなどは,お使いのPCの性能に合わせて調整できるようにしてあります。そのため高性能なPCであれば,遠方の情景をできるだけ高品質な映像として描き出すことが可能になっています。
知っている人も多いと思うが,「LoD」とは「Level of Detail」の略で,3Dモデルやそれに付随するテクスチャの品質を,視点からの距離に応じて制御することをいう。
たとえば,ゲームエンジンは,視点から見て遠くにある景色やキャラクタを小さく描画するので,低ポリゴンの3Dモデルや低解像度テクスチャで描き出しても実害はない。そのほうがGPU負荷を大きく低減できるうえ,そこで節約したGPUの処理能力を,ほかの描画に回せる。一方,近景は大きく描かれるので,多ポリゴンの3Dモデルや高解像度テクスチャを活用したほうが,美しいビジュアル体験を実現できる。このように,グラフィックス描画において,3Dモデルやテクスチャ,場合によってはシェーダも臨機応変,かつ適材適所に使い分ける仕組みを,LoDシステムと呼ぶ。
PC向けゲームの場合,PCのGPU性能が十分に高いなら,近景から遠方までを高品質のままで描画したり,はるか遠方の3Dモデルも描画したりするようなLoD制御を設定できるゲームもある。
4Gamer:
ジオメトリシェーダやプリミティブシェーダは,本作で使われていますか。
Fitzgerald氏:
ジオメトリシェーダは,パーティクル生成に使っています。プリミティブシェーダは活用していません。PC版,PS5版,いずれにおいても,この仕様は同じです。
ジオメトリシェーダは,ポリゴンの増減を行えるプログラマブルシェーダで,DirectX 10世代以降のGPUが対応している。もちろんPS4やPS5のGPUも搭載する機能だ。一方,プリミティブシェーダは,AMDが提唱した新世代ジオメトリパイプラインである。PS5のアーキテクトを務めるMark Cerny氏が2020年3月に行ったプレゼンテーションで,その採用をアピールしたことがある。
Fitzgerald氏の話からすると,ジオメトリシェーダは,CPUを使わずにGPU側で発生と消滅を制御するGPUパーティクルシステムを実現するために活用しているようだ。GPUパーティクルは,ゲーム進行には影響しない,いわゆる「賑やかしエフェクト」において,近年のゲームグラフィックスでは,しばしば見られる典型的な事例である。
4Gamer:
Spider
Katsman氏:
ゲームの舞台となるニューヨークは,無数の高層ビルが建ち並んでいますが,その窓ガラス1枚1枚に,レイトレーシングによる鏡像が確認できます。スパイダーマンを操作して,ビルの窓ガラスにしがみついたら,周りを見回してみてください。
Fitzgerald氏:
タイムズスクウェアに行ってみてください。無数の自動車が往来しているはずですが,それぞれのボディ表面に,その場面でリアルタイムに動いている周囲の情景が映り込んで見えるはずです。ここは見どころだと思います。
4Gamer:
Spider
Fitzgerald氏:
本作でのレイトレーシング活用は,鏡像生成のみに活用していますね。影は従来のラスタライズ法で描画しています。
4Gamer:
プレイしていて気づいたのですが,ビルの最上階に上って景色を見回すと,遠くに見える海の表面に描かれた映り込み表現は,画面座標系の疑似鏡像生成手法であるScreen Space Reflection(以下,SSR)技法のように見えました。本作の鏡像適用範囲は,プレイヤー位置からの距離制限を与えて処理をしているのでしょうか。
Fitzgerald氏:
本作では,シーンにおける各オブジェクトの表面ごとに設定した材質に応じて,レイトレーシングを適用するか,SSR技法で代替するかを決定しています。車のボディや建物の廊下,ガラスのように鏡面反射が支配的な材質については,レイトレーシングを適用します。一方,波をともなう水面のような材質に関しては,たとえ鏡面反射成分が強くても,処理速度と品質の関係でレイトレーシング対象から除外しています。海面のほかに,プールの水面などもレイトレーシングの対象外です。
SSRとは,レンダリング結果としての映像フレームそのものから,コピー&ペースト的な手法で疑似的に鏡像を生成するテクニックのことだ。GPUが描画したシーンの完成映像フレームと,その奥行き情報(深度バッファの内容)を元に,局所的かつ簡易的なソフトウェア的なレイトレーシングを行って生成するが,視点方向とは逆の情景や,遮蔽されている情景,画面に描画されていない情景については,鏡像として生成できない制約がある。なので,画面外周付近の情景の鏡像は,欠けたような見映えになることがある。
Katsman氏:
それと,レイトレーシングの適用範囲は,距離の制限を設けていません。プレイヤー視点から見える都市のほぼすべてを,「BVH」(Bounding Volume Hierarchy)に含めています。その証拠に,レイトレーシングを用いて生成した窓ガラスに映り込む情景は,はるか遠方まで映り込みますし,車のボディには,空高く飛ぶ飛行機が映り込みますよ。
PC版最大の利点はウルトラワイドへの対応
4Gamer:
ウルトラワイドディスプレイのアスペクト比に対応しているPC版ですが,この機能に関連した設定オプションとして,「FOV」(Field Of View,画角)の設定がありますね。こちらはデフォルトで「0」が設定されていて,−25から+25まで設定できます。この値は,何を表しているのでしょうか。基準FOVから角度で−25度〜+25度に設定できる,という理解で正しいですか。
Katsman氏:
ユーザーが使用するウルトラワイドディスプレイに合わせた画角を,デフォルト値として自動設定しています。つまり,基本的にはデフォルト状態(±0)でプレイしてもらえば問題ありません。
設定値の意味ですが,これは,デフォルト設定の画角に対してパーセンテージで画角を増減するという意味です。すなわち,+25に設定すれば,自動設定のデフォルト値に対して,画角を25%広くするという意味になります。
21:9や32:9といったアスペクト比のディスプレイには,ディスプレイパネルが湾曲したものが多い。しかし,そうした湾曲型ディスプレイは,製品によって湾曲率が異なる。湾曲型ディスプレイの曲率は,円弧の半径をmm(ミリメートル)単位で示すのが基本で,1800R(=半径1800mmの円を描くカーブ)や2300R(=半径2300mm)といった湾曲率の製品が一般的だ。値が小さいほど湾曲具合が強く,大きいほど平面に近い。
近年,Samsung Electronicsは,1000Rという超湾曲型ゲーマー向け液晶ディスプレイをリリースしているが,筆者が使用している湾曲率1800Rの製品では,FOV値を増量したほうが自然な見映えとなっていた。インタビュー内で,「21:9や32:9のウルトラワイドディスプレイにお勧めのFOV設定値はありますか」と聞いてみたのだが,「ユーザー環境ごとに,自然に見える設定を探ってほしい」(=汎用的に使える設定値はない)とのことだった。
4Gamer:
最後に,以前と違って日本でも,PCでゲームをする人が増えています。日本のPCゲーマーに向けて一言いただけますか。
Fitzgerald氏:
これまでのPSプラットフォームで,Marvel's Spider-Manをプレイしたことがない人にプレイしてほしいですね。きっと最高のPCゲーマー向け体験が楽しめると思います。
Katsman氏:
ローエンドからハイエンドまで,さまざまな性能のPCに対応させることに時間を費やした我々としては,とにかく,色んなPC環境でプレイしてほしいです。ユーザーそれぞれのPC環境で最良のゲーム体験が楽しめると確信しています。
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