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「グルーヴ地獄V」20周年お祝い企画――皆さん,テクノサウンドをBGMに僕達の人生がループした“究極のクソゲー”を振り返るよ
そのゲームの名は「グルーヴ地獄V」。テクノバンド「電気グルーヴ」がプロデュースし,“クソゲー”をコンセプトとした独特な世界観やゲーム性で,当時の音楽ファンやゲームファン,そして変わりモノ好きな若者達に大きなインパクトを与えたPlayStation用ミニゲーム集&ミュージックエディタだ。
多くの音楽CDやゲームタイトルがミリオンセールスを記録する一方,多種多様なサブカルチャーやカウンターカルチャーが生まれた90年代。そんな時代に突如誕生した本作は,ゲームという枠を超えて異彩を放っていた。筆者は当時ティーンエイジャーだったが,このゲームをプレイし「てっ,てぇへんだ……“クソゲー”という地獄の門が開きよった!」と,大きな衝撃を受けたことを覚えている。
そんな本作を,この20年という節目にお祝いしないわけにはいかない。当時の若者にとって何が衝撃的だったのか。そして,なぜいまも現在おじさん(&淑女)となった我々の心を,掴み続けているのか……。ここであらためて“究極のクソゲー「グルーヴ地獄V」”を振り返ってみよう。
「グルーヴ地獄V」公式サイト
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“クソゲー”という地獄の門をこじ開けた
「電気グルーヴ」とは?
「グルーヴ地獄V」という作品に触れる前に,まずは本作をプロデュースした「電気グルーヴ」とはどんなグループなのかを紹介しておこう。
1991年にCDアルバム「FLASHPAPA」で本格的にメジャーデビューを果たした電気グルーヴは,独特のセンスあふれる歌詞を本格テクノ・エレクトロサウンドに乗せ,“笑えてそしてカッコいい”パフォーマンスでフロアを沸かせるテクノバンドだ。1989年にインディーズバンド「人生」(ZIN-SAY!)のメンバーだった石野卓球氏とピエール瀧氏を中心に結成され,ほかのメンバーの入れ替わりや休止期間などもありながら,現在もこの2人で精力的に活動を続けている。
サウンド面の要である石野卓球氏は,プロデューサーやリミキサー,そしてDJとして国内外を問わず活躍するソロアーティストとしても有名だ。国内外の優れたテクノDJを取り上げたDJ MIX CDシリーズの企画や監修,日本初となる屋内型の大型レイヴイベント「WIRE」の開催などをとおして,日本にテクノという音楽ジャンルを広めた功労者でもある。
ときにボーカリストとして力強い声を会場中に響かせ,ときにパフォーマーとしてダンスや珍妙な動きで観客を煽るピエール瀧氏は,ステージに立っているだけでもライブが盛り上がるという,独特の空気感のある“バンドの顔”と言える存在だ。役者やタレントとしての活躍を知る人は多いと思うが,漫画原作や映像制作,そしてゲームプロデューサーといったクリエイターとしても活動しており,卓球氏と同じくそのマルチな才能を発揮し続けている。
音楽活動のほかにも,その毒舌っぷりや奇行など,破天荒な行動と言動でいまなおファンを楽しませてくれる,“祭囃子にテクノを用いる,地元の奇祭の実行委員”みたいな魅力溢れた電気グルーヴ。そんな彼らの“スゴさ”の一つに,あらゆる“ネタ”を,まるで音楽技法のサンプリングを用いるように音楽や映像といった自身の作品へと昇華できるという点がある。
昭和の漫画やアニメ,野球,時事ネタ,お笑い芸人やタレントの一発ネタ,ゲーム,そして自身のエピソードと,そのネタもさまざまあるが,それらの“おもしろ”を本格テクノ・エレクトロサウンドと混ぜ合わせ,ゲームという形に落とし込んだのがこの「グルーヴ地獄V」だったのだ。
これが“ジゴク”だ! クソゲーだ![その1]
あらゆる“おもしろ”をサンプリングした「バイト」
それは「ジタク」にある超高性能な「ミュージックエディタ」で“音遊び”を楽しむこと。しかし,ゲーム開始時点で,このミュージック・エディタに入っている「音ネタ」はほんのわずかだ。本格的に音遊びを楽しむには,お金を貯めてガチャガチャを回し,新しい音ネタを入手しなければならない。
というわけでプレイヤーは,お金を稼ぐために「バイトジゴク」(バイト斡旋所)に赴き,さまざまなバイト(ミニゲーム)をこなすことになるのだが,これが“クソゲー”であることを逆手に取った,奇抜さと毒っ気のあるユーモア,そしてあらゆる“おもしろ”が詰まったミニゲームばかりだ。
果たしてどのようなものがあったのか,ここで8種類あるミニゲームの中から,「音楽的なネタ」と「ゲーム的なネタ」をそれぞれ感じさせる2つをピックアップして紹介しよう。
■クサイモン
音楽ファンの心に刺さったミニゲームに,「クサイモン」があった。タイトル名にあるとおり,記憶力を競う電子ゲーム「サイモン」をオマージュしたと思われるクサイモンは,24世紀からやってきたハイテクロボット4体がそれぞれ放つ“ゲップ”の音を聴き分け,その順番を覚えて「記憶力バトル」をするというミニゲームだ。トップ画面のBGMや,ゲーム開始時に流れるヴォコーダーを効かせた「READY? GO」という音声,そして4体のロボットの銀面の顔など,それはとあるドイツのエレクトロユニットと,そのユニットのアートワークをイメージさせるゲームデザインとなっている。
「果たしてそれがバイトなのか?」というのは置いておいて,テクノ・エレクトロ好きなら“Boing(ボイン)”“Boom(ボン)”“Tschak(チャック)”,それから“Peng(ペングッ)”といったように,思わずドイツ語でリズムをとりながらゲップ音を記憶したくなるようなミニゲームだったのだ。
■交通量調査
ゲームファンのツボを突くネタが詰まっているミニゲームが「交通量調査」だ。犬や黒猫,宇宙人なども往来するジゴクのメインストリートで,買い物中の主婦や赤ちゃん,戦車に乗った兵隊さんといった“人間のみ”をカウントするというバイトなのだが,その「銃のように構えたカウンター」と「画面下部に表示されたプレイヤーキャラクターの表情」は,FPSというジャンルを確立したあの名作シューターそのもの。さらにこのミニゲームには,聴いていて思わず「アチョッ」と言いたくなるような,とある“カンフー・マスター”を題材にした有名アーケードゲームを思わせる音楽が乗っかっている。
なぜこの二つを組み合わせたのかは謎だが,これが絶妙に混ざり合い,一つのゲームとして何の違和感もなく成立していたのである。
ほかのミニゲームも,特徴的な鼻と赤い服,そしてちょび髭を生やしたおじさんがカートに乗り,ドンキー(ロバ)……ではなく,馬とチキンレース対決をする「崖レース」,伝説の樹の下の代わりに新宿アルタが約束の場所(?)となる「ときめいていいとも」,あくまで“本物”の心霊写真として,今でいう“雑コラ”風写真が出てくる「心霊写真鑑定」といった,一癖も二癖もあるものばかりだ。
ミニゲーム以外にも,「もしも」で始まり「だめだこりゃ」で終わる昭和の国民的コント番組が頭をよぎってしまう「マップ」の音楽や,口から血を流したお姉さんが記録係を務める「セーブデパート」,変装名人のスリではなく“タクシー通いで空き巣を働く泥棒”が所持金を盗むイベントなど,電気グルーヴらしい発想のネタが“サンプリング”されており,挙げ始めるとホントにきりがない。
なお,本作に収録されているいくつかのミニゲームは,瀧氏がプロデュースしたミニゲーム集「バイトヘル2000」(2005年,PSP。関連記事は[こちら])でプレイでき,ここで紹介した「クサイモン」「交通量調査」なども“2”となって収録されている。デザイン変更などもあるが,ゲーム性やそれぞれが持つ空気感はほぼそのままでミニゲーム部分が体験可能だ。
さて,20年前に発売されたゲームで,さらに80年代以前のいわゆる“昭和ネタ”も多い作品なので,若い人には全く何を言っているか分からないかもしれない。当時すでに十代だった筆者でさえ,大人になってから元ネタを知ったというものも多かったし……。
どうか「何を言っているのか分からない。だめだこりゃ」とならず,「クソゲーとは何か」ということに真剣に向かい合い,さまざまな要素が“つまらない”と“くだらない”のギリギリ紙一重のところで散りばめられ,丁寧に作られていたということだけでも,覚えておいていただきたい。ということで,次行ってみよう。
これが“ジゴク”だ! クソゲーだ![その2]
本気過ぎるくらい高性能な「ミュージックエディタ」
ミニゲームにあった“おもしろ”の要素に対して,真摯な姿勢で音楽と向き合い,良質なテクノ・エレクトロサウンドを生み続けている電気グルーヴの“カッコいい”要素が溢れていたのが,「ミュージックエディタ」だ。
地獄のようなバイトをたくさんこなし,貯めたお金でガチャガチャを回し,スーパーボールやコマ,火薬,何かのハンドル,ゴム製のクモといった多くのハズレを引きながら集めた「音ネタ」。この音ネタは,さすがテクノの第一線で活躍する電気グルーヴがプロデュースしただけあって,そのサウンドのクオリティの高さはいま聴いても全く色褪せていない。そして,それらの音ネタを使って音遊びが楽しめるミュージックエディタ自体も,「ゲームでここまでやってしまうのか」というほど高性能で,自由度の高いものだった。
手に入れたバスドラムやハイハット,シーケンスのパターンといった音ネタを6つ1組で自分好みに組み合わせて,「チャンク」という1ループ4小節の曲を作る。それをレコードのようにターンテーブル上で再生し,エフェクトをかけたりほかのチャンクと入れ替えたりしながらDJプレイのように演奏が楽しめるのだが,この音ネタをどう組み合わせてチャンクを作るか,出来あがったチャンク同士をどうつなげるかを考えるだけでも相当遊べてしまう。
さらにチャンクは,一パターンごとにエフェクトをかけたり,ボリュームを調整したりして音の鳴り方を変えることもでき,演奏では,曲の頭出しやミュート,ディレイ(Dly)やモジュレーション(Mod),リバーブ(Rev)といったエフェクト操作を,実際のDJプレイのように感覚的に行えるという,かなり本格的なものだった。
新たな音ネタを入手してはさまざまな組み合わせを試し,実際に演奏して「めっちゃ渋いしビビるで」と一人悦に浸りながら,自室で「お客さんは自分一人」という“オールナイトロングで三日三晩”なDJプレイを楽しんだ人も,割と多かったはずだ。
そんな本作のミュージックエディタだが,「バイトヘル2000」には収録されていないため,本作のアーカイブス配信がない現在はPS本体とソフトを持っていないとプレイできない。百聞は一見に如かずの言葉どおり,一度体験すればそのサウンドとシステムは今でも通用するクオリティであると分かってもらえるだけに,多くの人に触れてもらえる機会がなくて残念だ。
これが“ジゴク”だ! クソゲーだ![その3]
クソゲーな自身の人生が「ループ」する無間地獄
最後に紹介する本作の魅力は,「ミニゲーム」「ミュージックエディタ」といったシステム面ではなくフィーリングの部分。本作の遊び方やゲームの流れにある“ループ感”についてだ。
テクノやエレクトロミュージックは,反復するフレーズやループするリズムに身を委ねているうちに没入感や多幸感が生まれる,習慣性のある音楽だ。そんなクセになるループ感がこのゲームの根幹にあると,筆者は考えている。
「チャンク」の仕上げ方やつなぎ方次第で延々と続けられる,ミュージックエディタでのDJプレイはもちろん,ひたすらボールペンにキャップをかぶせる「ボールペンコウジョウ」や,意地悪ババアとプレイヤーの2人で黙々と続ける「薪割り」といったミニゲームにも,それは感じられる。
シンプルなルールで単調な作業を強いられることが多い,一見するとすぐに飽きてしまいそうなミニゲームだが,「いかに飽きずに,クソゲーを続けてもらうか」が考えられた絶妙なゲームバランスとテンポによって“反復する作業”への妙な没入感が生まれていた。
「カポッ」「グイーン」という,ボールペンのキャップをかぶせて送り出す音や,「ヘイッ」「パカーン」というババアの掛け声と薪が割れる音などを聴きながらゲームをしていると,自分の中で妙なリズム感が生まれ,気が付くと無心に何百ものボールペンを出荷し,ババアと自分の周りに薪の山ができていたものだ。
何より,「バイトをする→ガチャガチャを回す→ゴミの中から至高の音ネタを手に入れる→音を奏でる→さらなる音ネタを手に入れるためバイト(ジゴク)に向かう」というゲームの流れそのものが“どこまでも続く,終わらないステキなループ”を描いていた。
当時のゲーム好き,音楽好きの若者達は,雑誌のレビューを読み,雑音交じりのラジオに耳をそばだて,「友達の友達」という実在することすら怪しい人間のリコメンドなどの情報を頼りに,お小遣いやバイト代を握りしめてショップに足を運び,クソゲー,珍盤を掴まされながらも名作を手に入れ,そしてまた新たな出会いを求め,お金を貯めてショップに足を運んでいた。
「グルーヴ地獄V」とは,まさにそんな若者達の生活サイクルがゲームという形で表現された作品であり,そこには“人生とは,このゲームのように地獄(クソゲー)なのだ”と言うメッセージが込められていたのではないかと,本作を手にして20年経ったいまになって感じてしまう。
かなり大げさな話になったし,ここまで書いておいてなんだが「いくら何でも考え過ぎだろう」と我ながら思う。実際本作は,あくまでミニゲーム集として,気軽に笑いながらミニゲームを遊び,カッコいいサウンドでDJプレイが楽しめるものとして仕上がっているゲームだった。
しかし,一度あちこちに散りばめられたネタやその意味を考え出してしまうと深みにハマり,縦も横も上下すらない,メビウスの輪のように螺旋渦巻く“クソゲーループ地獄”に堕ちて抜け出せなくなる作品でもあったのだ。
そんな恐ろしくも魅力あふれる「グルーヴ地獄V」は,20年が経った今もなお,当時ゲーセン魔人もしくはゲームボーイズ(&ガールズ)だった聖(セイント)おじさん(&淑女)達を“トリコ仕掛け”にし続けている。そして,そんな我々は,20年前のこの日のように,またクソゲーという地獄の門が開くときが来ないかと,心のどこかで期待を抱いてしまうのだ。
「グルーヴ地獄V」公式サイト
Sony Computer Entertainment Inc. / OPUS CORP.
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