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[CEDEC 2015]レベルファイブの日野晃博氏が,開催3日めの基調講演で「妖怪ウォッチ」のヒットの理由と,9年間のクロスメディア展開で得た教訓を披露
基調講演では,「妖怪ウォッチ」シリーズをはじめとするレベルファイブタイトルの展開において,日野氏が経験した他業界のクリエイター達とのエピソードや,そこから得られた教訓などが披露された。
そのため,マスコミからヒットの理由を問われる機会が増えた日野氏だが,以前は自身でもうまく説明できなかったという。
日野氏とレベルファイブは,「イナズマイレブン」や「妖怪ウォッチ」のアニメ化に代表されるように,過去9年間にわたって同社タイトルのクロスメディア展開に取り組んできたが,それは他業種のクリエイターと共に歩んだ9年間でもあった。その中で日野氏はさまざまな人と出会い,さまざまな問題にぶつかり,それを乗り越えてきた。そして,そのことが,人に聞かれてもうまく説明できなかったヒットの理由なのではないかと考えるようになった。
VS.アニメクリエイター
レベルファイブのタイトルは,アニメを使った演出を取り入れたり,テレビアニメを展開したりと,アニメ業界との接点が多い。ゲームとアニメでは,それぞれクリエイターの考え方が近いようで微妙に異なるが,日野氏は「このアニメクリエイター達とのセッションがあったからこそ,今の自分がある」とした。
最初に紹介されたのが,ピーエーワークスとともに手がけた「レイトン教授」シリーズのアニメ演出だ。このときは「ニンテンドーDSの小さな画面で,映画レベルの演出を施す」というコンセプトで臨んだとのことだが,ピーエーワークスはそれに本気で取り組んでくれたという。結果として「レイトン教授」シリーズのアニメ演出は好評を博し,ゲーム自体も大ヒット作になった。
「レイトン教授」シリーズのヒットにより,「ゲームとアニメの融合はイケる」と確信した日野氏は,本格的なクロスメディアタイトルとして「イナズマイレブン」を企画した。テレビアニメ版の制作を依頼したOLMは,すでに「ポケットモンスター」でゲームのアニメ化に取り組んでいたため,スムーズに話が進むかと思われたが,現場では大きな意見の相違が見られたという。
と言うのも,「イナズマイレブン」テレビアニメは,ゲームを原作としてゲームメーカーがルールを作り,アニメ制作会社がそれに沿ってアニメ化するという,当時一般的だった手順を取らなかったからだ。
日野氏は,OLMに「一緒に新しいアニメ作品を生み出しましょう」と提案し,シナリオや映像の演出に関しても深く踏み込んでいったが,やはりアニメとゲームではお互いに譲れない部分があり,ときにはレベルファイブのクリエイターが「アニメの会議には出たくない」とこぼすくらいの対立があったという。しかし,そのやり取りは非常に有意義だったという。
日野氏は,ゲームクリエイターは斬新なアイデアで今までにないものを作る存在であり,発想の自由さを重視するのに対し,アニメクリエイターはキャラクターの行動原理や世界観の設定を重視していることを理解したと述べ,「ゲームとアニメの双方を面白くしようとする試みや,『妖怪ウォッチ』における全コンテンツのディレクションは,ここから始まった」と続けた。
また,「二ノ国」シリーズでは,スタジオジブリの得意とする「生活芝居の素晴らしさ」を表現することになった。日野氏は「アニメ業界で長く培われてきた映像表現のこだわりやスキルを学んだ」とし,アニメクリエイターとともに良い作品作りを目指すときの教訓として「話し合いを密にして,同士になるべし」とした。
VS.漫画家・編集部
コミック展開に関しては,小学館との事例が披露された。日野氏は「批判するつもりはないが」と前置きしつつ,漫画家が編集者などから「先生」と呼ばれることに違和感を抱いているとし,一緒に仕事をするにあたっては同じクリエイターとして対等に付き合いたい,という持論を述べた。
また日野氏はクロスメディア展開におけるコミック化について,漫画家のセンスに頼る部分もあるが,完全に任せきってしまうと,コミックとして面白くともコンテンツに良い影響を与えないケースが生ずる可能性があると指摘した。
ゲームやアニメと同じことをやっても面白くはならないので,コミック独自のギャグなどのオリジナリティを重視しつつ,連携を考慮してほかの分野の要素を取り込んでいく必要があり,そのバランスをうまく取れると,コミックもコンテンツ全体もヒットすると語った。
VS.玩具メーカー
子ども向けのクロスメディア展開で,もっとも重要なのは玩具展開だ。続いては,日野氏がこれまでの取り組みを通じて得たというヒットのコツが披露された。
まず「イナズマイレブン」シリーズでは,ゲームソフトはヒットしたものの,日野氏自身はクロスメディア展開としては満足しておらず,課題が残ったと捉えている。というのは,タカラトミーからはトレーディングカードゲームが主力商品としてリリースされたが,関連商品のすべてが売れたわけではなく,偏りが生じたからだ。
また,登場人物が人間であるため,商品化のバリエーションも狭まり,例えばぬいぐるみ化などは難しかったという。
日野氏は「イナズマイレブン」を「メディアを選んでしまうコンテンツだった」とし,タカラトミーは非常に苦労したのではないかと述べ,さらに「こういうコンテンツは,こういう部分で売れるようになる」といった教訓が得られたとした。
次に紹介されたのは,「ダンボール戦機」シリーズにおけるバンダイとの取り組みだ。「ダンボール戦機」では,掌にのる小さなロボットのリアリティをアピールするべく,最初から同じサイズのプラモデルを発売しようと決めていたという。
そして,販売方法においても,ゲームとプラモデルを同梱するというこれまでにない手法を採用した。結果として「ダンボール戦機」のプラモデルは大きなヒットとなり,全盛期にはプラモデル売り場の半分近くを占めるほどとなった。
VS.芸能界/音楽業界
ゲーム業界と,芸能界および音楽業界の間に大きな接点はないようにも思えるが,レベルファイブのゲームタイトルでは,プロモーションのために多くの人気芸能人やミュージシャンを起用してきた。
「レイトン教授」シリーズでは,大泉 洋さんと堀北真希さんをフィーチャーしたが,この二人もまたそれまでゲームと大きな接点があったわけではない。
日野氏は二人を起用した理由として,当時のニンテンドーDSでは「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(以下,「脳トレ」)以外のゲームタイトルがあまり売れていなかったことを挙げた。「脳トレ」をプレイした人が次に手に取るのはどんなタイトルなのかを模索したとき,日野氏の頭に浮かんだのが多湖 輝氏の人気クイズ本「頭の体操」シリーズだった。
しかし世間には「頭の体操」シリーズを知らない人も少なくない。そこでもう一つ,誰でも知っているカジュアルなセールスポイントが必要だと考えた日野氏は,大泉さんと堀北さんの起用を決定し,かつパッケージ裏のレイアウトも女性誌の記事のような構成にして,普段ゲームをやらない人にも「面白そう」と思わせるようにしたのだ。
こうした一般にアピールする手法は功を奏し,「レイトン教授」シリーズは大ヒットとなった。またこれ以降,レベルファイブのコンテンツでは,ここぞというときに有名な芸能人を起用するようになっている。
一方,音楽業界との関わりがスタートしたのは「イナズマイレブン」シリーズからだ。日野氏はコンテンツのテーマ曲が既存のものではなく,そのコンテンツのためだけに作られた楽曲であることにこだわる。
日野氏は,一時期のオリコンのランキングで,レベルファイブ関連の楽曲がトップテンに3曲入った実績を示し,「音楽もまたコンテンツの一つとして,ヒットさせることが可能」だとした。
VS.映画業界
レベルファイブと映画業界の関わりは,映画「レイトン教授と永遠の歌姫」からスタートした。日野氏はこの映画をきっかけに知り合った阿部秀司氏から,プロデューサーでありながら細かい部分にまで気を配る姿勢を学んだという。
日野氏と阿部氏はまだビジネスをともにしたことはないが,一緒に食事をするような間柄とのこと。先日会ったときの阿部氏は古札を持っており,日野氏がその理由を尋ねたところ,「タイムスリップしたときに,古いお金がないと困るから」という答えが返ってきたそうだ。日野氏は,そうした阿部氏のセンスが映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような作品を生み出したと語った。
またレベルファイブの映画コンテンツは,今のところすべて東宝が手がけているが,回を重ねるごとに信頼が深まっているという。とくに「妖怪ウォッチ」の映画化にあたっては,ゲームが発売された直後,まだ大きな売上を出していない段階から,東宝から「映画にしたい」とのオファーがあったという。
日野氏は映画には大きな予算が必要なので躊躇したが,東宝は「『妖怪ウォッチ』はヒットする。今から準備して来年公開できるようにしましょう」と主張し,日野氏も決断したという。
ここでの教訓は,「映画のヒットはタイミングが命」。日野氏は優れたコンテンツを作るのは当然として,それを大きくヒットさせるためには仕掛けなどを入念に準備することも忘れてはならないと述べた。
VS.他業種の才能
上記のとおり,「レイトン教授」シリーズでは「頭の体操」の著者である多湖氏の協力を得ているが,日野氏によると多湖氏のようなクイズ/パズル作家には,ゲームの世界には存在しないクリエイティビティがあるという。
例えば「レイトン教授」シリーズではナゾを作るための合宿を行ったのだが,多湖氏を筆頭とするクイズ/パズル作家達はまさに1日中ナゾを作っていたそうだ。その工程では,ゲームを作るのとはまったく異なる発想や感性があり,そうして作られた数々のナゾをゲームに組み込むことで,「レイトン教授」シリーズは独特の内容になったと日野氏は話した。
関連して,水平思考パズルを記した書籍「ウミガメのスープ」をゲーム化した「スローンとマクヘールの謎の物語」については,「妖怪ウォッチ」などとは違うクロスメディア展開になるのではないかとした。
VS.広告代理店
レベルファイブは,「レイトン教授と不思議な町」をリリースする際に,広告代理店である博報堂の力を借りた。これはレベルファイブに,宣伝担当の部署のスキルがなかったためだ。当初,日野氏は,広告代理店とは自分達のオーダーに沿って活動する存在だと思っていたが,一緒に取り組みを続けていく中で,他業種のクリエイター同様「一緒に考えてコンテンツを作り上げる存在」であることに気づいたという。
実際,広告代理店のクリエイターのアイデアを活かす方向にシフトしたところ,さまざまな展開を試せるようになり,日野氏は学ぶことが多く楽しかったと振り返った。
その一方で,広告代理店との取り組みには失敗もある。教訓として「代理店は,責任の代理はしてくれない」があり,日野氏は広告代理店のクリエイター達の才能を活かしつつも,最終的な判断は自分達でしなければならないとまとめた。
クロスメディア展開をがヒットさせるキモは「オレが掟だ。キミらが頼りだ」
ここで話は,冒頭の「妖怪ウォッチ」のヒットの理由に戻る。日野氏は「妖怪ウォッチ」のヒットは決して突然変異的に生まれたものではなく,自身とレベルファイブが積み重ねてきたさまざまな試みや他業種のクリエイターとの取り組みが,経験値となって大ブレイクにつながったと分析した。
より具体的な「妖怪ウォッチ」のヒットの理由として,「妖怪メダル」の存在も挙げられた。妖怪メダルは,コンテンツ全体の中心となる存在で,一つ入手するとさまざまな遊びが発生するようになっている。例えば3DS版「妖怪ウォッチ」ではレアな妖怪をガチャで引けるし,アーケード版では新たな妖怪メダルがゲットできる。また雑誌やグッズにも特典として同梱できるので,提供手段も豊富だ。つまり妖怪メダルは,「雑誌を買って,ゲームを遊ぶ」「グッズを買って,ゲームを遊ぶ」といった感じで,異なるメディア同士をつなぐ要素として機能しているのだ。
こうした機能を持たせたことによって,妖怪メダルを入手すること自体がコンテンツの楽しみ方の一部となり,休日に家族総出でショップ巡りをするというケースも出てきた。全国の家庭から「家族間のコミュニケーションが増えた」というメッセージが寄せられたという,
日野氏によると,クリエイター達が議論を重ねる中で,アニメやコミックにも妖怪メダルが欲しくなるような仕掛けを盛り込んだり,ゲームに妖怪メダルのデータを読み込むプログラムを組み込んだり,さらにグッズに特典として同梱したりなど,数々の工夫を重ねた結果,成功したものだという。
妖怪メダルの根底には,「(ゲームが)ほかのメディアと連携するのは当然のこと」という意識があった,と日野氏は説明した。「ほかのメディアがヒットすることで,自分が担当するメディアもヒットする」という意識を持って,みんなでコンテンツ全体を盛り上げる手法を考えることが重要であるとした。
また日野氏は,「妖怪ウォッチ」のヒット要因として,「ターゲット層の徹底的な研究」を挙げた。これは日野氏がさまざまなところで言及しているとおり,小学生の悩みを徹底的に研究し,例えば「学校でトイレの“大”をすると,皆にからかわれる」といったようなことまでも含めて,演出に組み込んだことを指している。
最後に日野氏は,今後の自身の目標として「世界に挑戦するクロスメディア」と「クリエイター日本代表チームの結成」を挙げ,世界を驚かせるものを作るプロジェクトを実現したいと述べて基調講演を締めくくった。
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