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[CEDEC 2016]シリアスゲームやゲーミフィケーションデザインの新たな指針? EMCE Frameworkとは何か
全体的にはVR関連が圧倒的に多いのだが,シリアスゲーム系の展示も少なからず存在した。その中に非常に興味深い発表があったので,本稿でレポートしよう。
行動習慣を変える「漬け物コレクション」
今回紹介するのは,神奈川工科大学情報メディア学科の中村隆之特任准教授,塩澤拓麻氏,大竹聖也氏による「手段目的+原因結果関係に着目したEMCE Framework / 現実問題を解決するゲームの事例『漬け物コレクション』」というセッション。
かろうじて「漬け物コレクション」のあたりだけ理解できそう,といういかめしさだが,詳しく話を聞いてみると,シリアスゲームやゲーミフィケーションを考えるにあたって,重要な観点が提示されていた。
ここで示されているのは,簡単に言うと「現実世界においてAという行動をすることによって,Bという結果が出ることが分かっている」という関係性をゲームに利用しよう,という考え方だ。むむ,あまり簡単になってない。
具体的に「漬け物コレクション」で見てみよう。
「漬け物コレクション」はそもそも,「一人暮らしの人間が,特定の持ち物を部屋の中で行方不明にしない」ためのゲームだ。
プレイヤーは,家(ゲーム内の家ではなく,現実世界の家)に帰ったら,樽デバイスの上に物(ここでは財布にしよう)などを置く。そうすると「漬け物が漬け込まれ始めた」情報がゲームに伝わる。財布が漬け物石の代わりという感じだ。
一定時間を経過すると漬け物が漬かったことになり,樽デバイスから財布を取るとゲーム側で新たな漬け物がゲットできる。実にシンプルな構造のゲームである。
そして「漬け物コレクション」は,「毎日同じ場所に大事なものを置く」ということによって起動し,それによって報酬が発生するようにデザインされている。つまり「毎日同じ場所に大事なものを置く」という行動を誘発するように作られているのだ。
かくして「漬け物コレクション」のプレイヤーは,漬け物をコレクションするために,毎日決まった場所に大事なものを置くようになる。その結果,その大事なものが行方不明にならなくなるのだ。
「確実」なところからスタートする
例えば従来のシリアスゲームは,「ゲームを遊ぶ」と「特定の知識が得られる」といった構造が一般的だった。ワークショップなどでよく見る例としては,「RPG風味のゲームで,敵がクイズを出してきて,正解するとダメージを与えて敵を倒せる」といった構造を用いることで,プレイヤーに特定の知識を楽しく習得してもらおう,といった感じだ。
しかしこの場合,「クイズに正解すること」と「正しい知識を得ること」が,本当につながっているという保証はない。
テスト直前に一夜漬けをした経験がある人なら分かると思うが,たとえ正解できても,「Xという問いに対してはYという答えが正解」という単なる“組み合わせ”を覚えているだけで,「それはなぜか」を理解できていないケースは決して珍しくないのだ。
このため,シリアスゲームにおいては効果測定が欠かせない。つまり「このゲームをプレイしたら,これだけできるようになりました」ということを測らないことには,プレイヤーがそのシリアスゲームを通じて本当に「学び」を得られたかどうか分からない。
しかも効果測定の方法を間違えれば「組み合わせは覚えたが,知として獲得はしていなかった」ことがスルーされてしまう危険性もある。
対して今回のセッションで提示されたフレームワークでは,「現実世界において,Aという行動をすれば,Bという結果が得られる(得られやすい)」という事実を前提とし,ゲームを使ってAという行動を促進するという形になっている。
ゆえに効果測定としては,「どれくらいAという行動をきちんと行ったか」を測定すればよい。定量的な測定も容易なため,これをKPI(Key Performance Indicator,重要業績評価指標)としてゲームを改善することも可能だろう。
またこのフレームワークを,実際に成功したゲーミフィケーションの例に照らすと,きっちりフィットする例がすぐに見つかる。筆頭として思いつくのは,スウェーデンにおける安全運転促進のゲーミフィケーションだ。
仕組みとしては簡単で,「ある事故多発区間において,法定速度を守って運転しているドライバーは,スピード違反したドライバーが払った罰金を,賞金として得ることがある」というもの。これによって,当該区間での平均速度は22%ほど低下したという。
さて,この事例は,「法定速度を守って運転すれば」「事故は起きにくい」という,一定の相関が認められる組み合わせがベース,と考えられる。
そして「法定速度を守って運転する」ことを促進するため,「法定速度を守っているドライバーは,違反したドライバーの罰金を,賞金として得られることがある」というゲームを実装した,と分解できる。実に綺麗に,このポスター発表のフレームワークに沿っているのだ。
潜在的な可能性は高そう。さらなる研究に期待
中村特任准教授は,IoTやスマートフォンなどによって,このフレームワークのキモとなる「現実世界において,ある行為をすること」が,デジタル情報として取得しやすくなっていることを指摘する。
つまりデバイスの発達や利用法の改善によって,現実世界における行動をデータとして取得しやすくなればなるほど,この構造によって解決できる問題も増えるということだ。
中村氏はこの発表について「まだ完全なものではない」とはしているが,筆者としては非常にポテンシャルの高いものであるように感じた。
興味深いことに,今回の発表は中村氏が「こういう構造があるから,それに沿ってゲームを作ってみよう」という課題を出した成果ではない,という。
むしろ順番は逆で,「現実問題を解決できるゲームを作ってみよう」という課題から生まれた「漬け物コレクション」の出来があまりにも良かったことから研究を始め,今回の発表に至ったそうだ。
ともあれ,シリアスゲームやゲーミフィケーションの設計や効果測定に対し,この発表は新しい(あるいは,自明だが言語化・理論化されてこなかった)視点をもたらしてくれる可能性に満ちている。より深い調査と考察を待ちたいところだ。
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