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小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話
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印刷2017/12/28 00:10

インタビュー

小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話

 「小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか」。2020年度,日本全国の小学校において“プログラミング教育”(以下,PG教育)が必修科される。3年後の小学校でPG教育を受ける子供たちは,何を考え,何を学び,何になっていくのだろう。

 私はゲームで生きてきた人なので,PG教育のことを知ってからかねてより,この施策がよくあるアンケートのお馴染みの答え“子供がなりたい職業:ゲームクリエイター”に対する,1種の答えになるのではと考えていた。もちろん,小学校でプログラミングを学べばゲームクリエイターになれる,なんて安易な答えを提示するつもりはないが。

 これまでだってPG教育がなくとも,自主的な活動や,踏み出す勇気をもって,多くの人がゲームクリエイターになるため業界に身を投じ,業界を形成してきた。この事実だけを取っても,今まで道がなかったなんて言えない。それでも,考えてしまう。私のように陰気で受動的な者の僻みでしかないが,もしも義務教育の最中に“きっかけ”に出会えていたら,何者かになれていたかもしれない,と。

 4Gamerでは今後,ゲームクリエイターに憧れる子供たちと,それを支持するべきなのか疑問を持っている親御さんらに向けて,PG教育のこれまでとこれから,そして3年後の小学校PG教育の必修化がどのようになり,またどのようにあるべきなのかを多方面の見解から伝えるべく,教育関係に携わるさまざまな方々に話を聞いていくことにした。

 今回のお相手は,子供たちにプログラミングを教える教室「Tech Kids School」の運営元,CA Tech Kids 代表取締役社長の上野朝大氏。CA Tech Kidsが目指すのはプログラミング的思考力の育成ではなく,“プログラミングを自分の武器として使いこなす力の習得”だと,氏は語った。

CA Tech Kids 代表取締役社長の上野朝大氏
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つまり,Tech Kids Schoolはガチだぞ


4Gamer:
 4GamerのPG教育に関する記事の第1弾として,インタビューをお受けいただき,ありがとうございます。本日は業界の先達者の1人ともいえる上野さんに,PG教育に関するこれまでとこれからをお聞きできればと思っています。

上野朝大氏(以下,上野氏):
 はい,いろいろと聞いてください。

4Gamer:
 まずはじめに,CA Tech Kidsの紹介からお願いします。

上野氏:
 分かりました。CA Tech Kidsは2013年に設立し,まもなく5年めを迎える,小学生向けのPG教育事業を手掛けている企業です。よその会社さんからよく「Kids Techさん」とか,「サイバーエージェント Kidsさん」とか,名前を間違われることがあるので,CA Tech Kids(シーエー テック キッズ)の並びから覚えていただけると嬉しいです(笑)。

4Gamer:
 しっかり憶えておきます(笑)。

上野氏:
 弊社はサイバーエージェント(以下,CA)のグループの中では,唯一の教育事業となります。株式会社である以上,最低限の黒字化は目指さなければなりませんが,実態としては営利目的というよりもCSR(社会貢献を主とする企業の在り方)に近いですね。

4Gamer:
 会社の設立には,どのような背景があったのでしょう。

上野氏:
 発端は,弊社の藤田(CA代表取締役社長の藤田 晋氏)をはじめとするCA役員の合宿(新規事業や経営課題を泊まり込みで議論する会議体)で出たアイデアでした。これは2011年あたりから,日本のIT企業でエンジニアの取り合いが始まったことが背景にあります。

4Gamer:
 スマートフォンが生み出す,大きな流れが見えてきた時期のことですね。

上野氏:
 当時からして,CAでは優秀なエンジニアの確保が大きな経営課題の1つでした。そこに「日本のIT教育は不十分なのではないか」という危機感が合わさり,CA Tech Kidsの設立につながったのです。あと,ちょうど親になった役員が多かったのもあります。

4Gamer:
 つまり,自分の子供にITのアレコレを教える場がないから,作ってみたと。

上野氏:
 ええ。「小学生向けのプログラミングスクールってどう?」「それなら我が子を通わせたいよ!」と会話が進んだようです。さらに正直に言いますが,「あまり儲からないだろう……」の前提で動き始めた会社なので,今も昔も“世間様のためになるなら”のスタンスでやっています。

4Gamer:
 大企業のやり方としては意外に聞こえますが,CAのこれまでの挑戦的な事業の数々を鑑みると,納得の側に軍配が上がりますね。

上野氏:
 それはなによりです(笑)。そうして生まれた弊社はCAのみならず,中高生向けのPG教育事業を手掛けているベンチャー企業「ライフイズテック」(Life is Tech)さんとの合弁会社となっています。これは,CAがライフイズテックさんに投資をしていたご縁があったからです。

4Gamer:
 背景の中にお名前が出てきませんでしたが,上野さんが代表に就任した理由はなんだったんでしょう。

上野氏:
 真の理由はそれを判断した者に聞かないと分かりませんが,私が知っている範囲では「真面目そうだったから」とのことで。

4Gamer:
 真面目そう,ですか。いや疑っているわけではなく,どういう意味なのかなって(笑)。

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上野氏:
 CAにとって初めての教育分野への進出でしたので,教育分野への意欲や,社会への問題意識を持ちつつ,保護者や行政とのやり取りが多くなると予想されていたため,「ちゃんとしている人」が望ましいということだったようです(笑)。

4Gamer:
 上層部の方々の判断はバッチリでしたね。しかし,上野さんは元から教育分野への関心があったのでしょうか。

上野氏:
 私自身は,自分が教育分野に取り組むことになるとは思っていませんでした。

4Gamer:
 まあそうですよね……。

上野氏:
 小学生向けPG教育の会社をつくると聞いたときは,なんてニッチな市場を攻めるのだろうと。当時は「子供がプログラミングを習う」という概念すら,聞いた覚えがありませんでしたから,どれだけ啓蒙すれば成り立つんだろうと。「あっ,これは腰を据えて,相当長く取り組む必要があるな……」というのが第一印象でしたね。

4Gamer:
 今なんかまさに,ながーく伸び始めている最中ですね。

上野氏:
 それに,私は元々IT業界を志望していたわけでもなく,CAも第一志望ではありませんでした(笑)。

4Gamer:
 ぶっちゃけますね。では,当時の将来の夢はなんだったんですか。

上野氏:
 私は将来,外交官になりたかったんです。それか総合商社に入って,食糧生産に携わってみたかったんです。学生時代は国際政治を学んでいたので,社会への貢献の仕方として自分なりの考えがあって,それを実現できるような事業に携わりたいと考えていました。

4Gamer:
 すでに本懐を遂げている気もしますが,一応,今に至るまでのキャリアも教えてもらえますか。

上野氏:
 CAに入社してから3年ほどはインターネット広告の営業や,スマホアプリのプロデューサーなどをやっていました。とてもやり甲斐を感じていたのですが,先の志望動機もあり,少し物足りなさも感じていました。そういう想いを人事が汲み取ってくれて,CA Tech Kidsの設立に際して抜擢してくれたのだと考えています。

4Gamer:
 外交官や総合商社とは切り口が違えど,社会に貢献する事業と見ると,CA Tech Kidsもうってつけですよね。

上野氏:
 はい。教育という分野に強い関心があったわけではありませんでしたが,事業に取り組むにつれ,時代の変わり目に求められる,新しい教育の形づくりに携わることができ,今では大きなやり甲斐を感じています。私自身,会社の設立当初はPG教育の将来性や可能性については半信半疑でしたが,今では日本の社会に大きな影響を与えられる事業に拡大しています。これは小学校PG教育の必修化の発表(2013年「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」にて必修化が検討され,2016年に正式採択)による影響が大きいのですが,それも知らぬ当時は,これほどの盛り上がりになるとは想像していませんでした。

4Gamer:
 オリンピックで大事業が転がり込んできたときの気持ち,とかが近いのかもしれません。

上野氏:
 ちなみに私は母が教師で,義理の父も教師だったので,教育分野とは縁も所縁もありましたが,「教職に勤めたい」と考えたことはありませんでした。どちらかと言えば,自分が受けてきた学校教育に特段の良い思い出がありませんでしたから,「教育」というものを斜に構えて見ていたのかもしれません。だからこそ,今はフラットな立場から,余計なバイアスを持たず,この事業に携われているのだと考えていますが。

4Gamer:
 親御さんが教師だったら,反発して教育に懐疑的になるケースもなくはないでしょうね。ただ,今の上野さんのように望んで求めていたわけではないけれど,収まるところに収まってみると,親子の巡り合わせみたいなものを感じざるを得ないのでは? 10年前の上野さんが納得することはないにしても(笑)。

上野氏:
 ええ,ほんと 不思議なものです(笑)。

4Gamer:
 少し脱線したところで,続いてCA Tech Kidsの事業内容を教えてください。

上野氏:
 分かりました。弊社が運営するPG教室「Tech Kids School」は現在,東京,大阪,沖縄のオフィスを中心とし,全国8教室(簡易授業を行うパートナー教室は16教室)で,約1000人の生徒にプログラミングを教えています。そのほか,各都道府県の自治体向けにイベントや授業を行ったり,政府と協力して小学校PG教育の必修化に向けた準備や活動を行ったりもしています。

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4Gamer:
 Tech Kids Schoolではどのようなことをやっていますか。

上野氏:
 対象は小学生,内容はプログラミングと絞りつつ,学習に「A:楽しい」「B:もっとやりたい」「C:極めたい」の3ステップを用意しています。まずは短時間でプログラミングの楽しさを知ってもらうワークショップ「Tech Kids CAMP」で,プログラミングを体験してもらうところがスタートです。意欲のある子供たちには,教室に通って継続的な学習をしてもらい,基礎をしっかりと身に付けてもらいます。2年,3年と経験を積み重ね,最終的に大人と同等のPG言語を使いこなして,自分だけのオリジナル作品を開発してもらうのがゴールとなります。コンテストや奨学金制度なども用意し,意欲と能力のある子供たちがさらに伸びていける環境作りを心掛けています。

4Gamer:
 編集部の同僚に,中学生の弟さんを連れて「Tech Kids CAMP」に行ったという人がいました。話を聞いたところ,お姉さん的にはかなり好感触であったようで。とくに「意欲的に学ばせる空気づくり」と「迷わせないテキスト作り」をべた褒めしていました。

上野氏:
 ありがたい話です。Tech Kids CAMPは土日や春休み・夏休みなどに行う,単発のワークショップでして,参加した子供たちには短い時間で,スマホアプリやスマホゲームを実際に作ってもらいます。簡単な内容ではあるものの「PCってYouTubeを見る以外の用途があるんだ」と知ってもらえるだけでも,いろいろなきっかけにつながるだろうと考えています。

4Gamer:
 ワークショップから先,教室に入るとどのような学びに変わるのでしょう。

上野氏:
 Tech Kids Schoolでは「プログラミングは手段に過ぎない。しかし,非常に有用な手段である」と考えています。ですから,生徒にはまず,手段としての技術力(プログラミングの概念とツールの使い方など)を身に付けてもらいます。それをものにしたならば,「あとは何をやるのか,君達次第」としています。ここが肝心なわけですが。

4Gamer:
 それは「なんでもできる」ということですか? もちろん,常識的な範囲内であるとしても。

上野氏:
 そうです。やりたいことがプログラミングで実現できるかもしれない,なにかの問題をプログラミングで解決できるかもしれない,Tech Kids Schoolではそのための手段として“技術を習得”してもらいます。これはどちらかというと企業的な,ビジネスライクな発想に聞こえるかもしれません。でも,今の世の中の小学生向けPG教室のほとんどはこういった方針は提示せず,政府の方針でもある「論理的思考力を身に付けよう」といった理念に沿っているところが多いので,自然と差別化できていると考えています。

4Gamer:
 政府の発表をきっかけに関心を持った身からすると,とくに違和感なく聞こえますが。理念を核にしていると,なにか問題があったりするのですか?

上野氏:
 公教育でプログラミングに取り組んでいくことや,その理念に沿って教室を運営されるのは,とても価値ある1歩だと思います。しかし,目的に関しては必ずしも同意できません。本当に論理的思考力を身に付けさせたいのなら,国語をしっかりと学ばせるべきだと私は思います。プログラミングでも論理的思考能力が身に付くのは間違いありませんが,目的をそこに留めるべきではありません。

4Gamer:
 なるほど,言わんとすることが分かりました。掲げられた理念の範囲に留まると,ITもしくはIoT社会に順応できても,それだけでは“武器”にならないと。

上野氏:
 そのとおりです。我々はプログラミングを自己実現の手段の1つとして,「これからの時代を生き抜いていくための武器」と捉えています。優れた技術を,自分の武器として身に付けていれば,子供たちは“大人と同じ土俵でも戦える”ようになります。

4Gamer:
 そのために理念を上回る実践を教えていくと。小学校のカリキュラムではカバーしきれないだろう範囲を狙う,学校外活動ならではの切り口ですね。例えるなら,「サッカー部」と「サッカースクール」の質の違いでしょうか。つまるところ,Tech Kids Schoolはガチだぞと。

上野氏:
 Tech Kids Schoolは小学生向けと言えど,子供向けの玩具を与えたり,子供騙しにあたる指導はしません。1年めこそ子供でも扱えるソフト「Scratch」で学んでもらいますが,2年め以降は「Swift」「C#」など,大人と同じPG言語を使い,本格的にプログラミングを学んでもらいます。ツールを除き,そのための教材は自社で作っています。昨今ではプログラミングを学べるゲームというのも多くなってきましたが,そうではなく,Tech Kids Schoolでは“プログラミングでゲームを作ってもらう”ことを貫いています。

4Gamer:
 生徒の大成が期待できそうですね。用意してもらった資料の中には,生徒たちが作った企画書や設計書,工期を概算したスケジュール表までありましたが,いやーどれだけの大人が自身のスケジュールをしっかり引いて,それをこなせているのかを考えると……もはや見習いたいくらいのお手前で。

画像集 No.004のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話
上野氏:
 すごいですよね,私も見習いたいくらいです(笑)。会社設立当初は「子供が本当にできるの?」とか,「どうやって教えればいいの?」とか,我々も半信半疑でした。

 しかし,ここまで4年間やってきた今の結論は“子供を子供扱いしなければ,彼ら彼女らはこれくらい普通にできちゃう”です。

4Gamer:
 PG教育というのは印象にしても,実践にしても,子供の範疇に抑え込む必要がなさそうですね。ほんと,大人から先に次世代の在り方を受容しないといけなさそうです。

上野氏:
 それはPG教育に限らず,本来的にはあらゆる分野で言えることだと思います。低い目標を与えれば,子供は低い目標に甘んじます。反対に,大人と同じようなチャレンジングな内容であっても,丁寧に教えれば子供たちは付いてこられます。

4Gamer:
 チャレンジングといえば,教室ではアプリの制作後,ストアでの配信までやっているとお聞きしましたが。

上野氏:
 ええ,教室で子供たちが作ったアプリは,実際にApp Storeにリリースしているものもあります。作品の出来栄えは,子供が作れる内容に収まっているのは確かなのですが,実際に自分で作って,それを世界に向けて配信してと,そのプロセスが子供たちにとって非常に価値のある体験になると考えています。

4Gamer:
 間違いなく,価値のあることだと思います。

上野氏:
 毎年,数名の生徒を選抜し,無償でPG学習の環境を提供するという奨学金制度の対象者ともなると,大人顔負けのアプリを作ってしまう子もいますが。

4Gamer:
 “出る杭をさらに伸ばす キッズプログラマー奨学金制度”って紹介文がまた良いですね。それに小学生の時分でアプリを作って,それをストアで配信していたら,周囲の友達にそりゃ自慢しますよね。その光景が目に浮かびます(笑)。

上野氏:
 そうでしょうね(笑)。アプリのダウンロード数こそ微々たるものですが,自身の成果物が世界中の人に使ってもらえるという事実は,子供たちにとって,すごく得難いものになるはずです。

4Gamer:
 Tech Kids Schoolではほかにも,さまざまなコラボ施策を行っていますよね。

上野氏:
 全体で見ると,まだまだニッチな業界ですから,いろいろな企業とコラボレーションし,業界を盛り上げようとしています。一例としては,欧米では“女性をもっとIT業界に”をスローガンに,女性の業界進出を手助けしていますので,弊社でも津田塾大学女性研究者支援センターと連携して,女子小学生オンリーのワークショップを開きました。

4Gamer:
 面白そうな取り組みですね。

上野氏:
 そのほか,英会話教室と連携して,英会話でプログラミングをレクチャーしてもらったり,NGOとご一緒して,我々のPG教育のメソッドをアフリカの教育現場で実践してみたりと,いろいろやってきました。

4Gamer:
 英会話でプログラミングを学ぶんですか。どちらもできない私からすると二重苦に聞こえますが,双方向からのきっかけが生まれそうです。

上野氏:
 あとは4Gamerさんにも取材に来てもらいましたが,mixiさんの「モンスターストライク」をはじめ,任天堂さんの「スーパーマリオメーカー」,そして「マインクラフト」といったゲームタイトルとのコラボワークショップも実施してきました。これらがとくに子供たちに人気です。

4Gamer:
 どれも“引き”が良さそうなタイトルです。

上野氏:
 「楽しい」は学びを続けるうえでの必須条件です。大人は楽しくなくても自分を律して仕事を続けられますが,子供は素直ですから,楽しくないことは1秒たりとも続けたくないものです。それとmixiさんとは,渋谷のとある小学校の子供たちに1学期を丸々使ってゲームを作ってもらい,それをモンストの開発陣が見に行く,なんて取り組みも共同でやらせていただきました。

4Gamer:
 “モンストの人”ってだけで,すごい人に会った気分になるでしょうね。

上野氏:
 子供たちにとってはスターですから,その場で彼らにサインを求めていましたよ(笑)。Tech Kids Schoolでも,さまざまな目的でプログラミングを学んでいる生徒がいますが,その中にはもちろん,ゲームクリエイターを目指している子がたくさんいます。今後もプログラミングを学ぶことが,ゲーム作りにおいても大切なことであると知ってもらう,そういった機会を提供していきたいです。

4Gamer:
 それではここまでのお話を含めて,上野さんが今,この業界に足りないと思っている要素はなんでしょうか。

上野氏:
 ビジネスとして成り立つかどうかです。

4Gamer:
 あれ? 今はたくさんの企業が参画していて,たくさんの教室が開かれているようですが,それでもまだダメなんですか。

上野氏:
 盛り上がっていることと,儲かっていることは,まったく別の話です。先ほど言ったとおり,弊社は社会貢献に重きを置きながら事業を推進してきたわけですが,それは単純に“PG教室業界が(少なくとも現時点では)儲かる市場ではない”ことも関係しています。

4Gamer:
 うーん,市場規模はそれなりに膨れているのではと勝手に考えていましたが,実情としては,教室の運営だけでトントンとか?

上野氏:
 せいぜい“うまくやれてトントン”ではないでしょうか。我々が商売下手なのもありますが(苦笑)。PG教育の必修化が発表されてからというもの,全国でさまざまな企業が一斉に教室を開校し始めました。PG教室をやりたいという人が,フランチャイズの加盟店として立ち上げる例も増えています。しかし,これらは競合になるならない以前の話です。現状は市場規模に見合っていない乱立が続いてしまっています。

4Gamer:
 先ほど見させてもらったグラフだと,Tech Kids Schoolのワークショップの参加者数は2013年夏が「130人」,2016年夏が「1600人」と,飛躍的に伸びていましたよね。教室に通う生徒も約1000人とおっしゃっていましたし,そろそろ倍々ゲームのお時間に入っていそうなものですが。

上野氏:
 参加者や生徒数の伸び率は劇的ですし,市場も年々拡大してきているのは事実ですが,PG教室業界の2017年の市場規模は「12億円」程度とされています。現在参入している企業数とはまったく比例していません。

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4Gamer:
 おおぅ,市場全体で12億円ですか……。まったく予想外な数字。これからは日本の子供の数も減る一方と言われているのに……。

上野氏:
 「このままいけば市場規模はいずれ100億円になるだろう」と言う人もいますが,そうなったところで業界全体が幸せになるのは難しいかもしれません。もしこれからビジネス目的で参入したいと考えている企業がいたら,もう少し冷静に見たほうがいいですね。我々の場合は最初から欲目で見ていないから,続けてこられているだけなので。そうだ。先日,PG教室業界のカオスマップを作ってみたんですが,ご覧になりますか?

4Gamer:
 ぜひとも。へー,これがPG教室業界のカオスマップですか。多いですねー。……いや,多すぎですねー。私はビジネスの知見を持っていないので率直な感想で言いますけど,これって,早くも共倒れの空気が漂っていたりしますか?

上野氏:
 市場規模と参加企業とターゲットの割合で考えると,現時点でもうレッドオーシャンなのではないでしょうか。供給過多の傾向が否めません。今後もたくさんの企業が参入するでしょうし,当分はこの流れが続くんじゃないでしょうか。

4Gamer:
 うへぇ。そりゃ,人によっては魅力的な題材ですものね。企業がご飯を食べられる否かの領域ともなると,私が聞きに来た“いいお話”だけじゃ済みませんよね。まあ,でも,小学校PG教育の必修化がスタートする3年後に向けて,これから認知度も高まっていくわけですから,先行投資として多少は甘めに見積もっていてもいいのではないのでしょうか。

上野氏:
 確かなことは言えませんが,私はそれも懐疑的に見ています。今後PG教育がより加熱し,入会希望者が増えたところで,最終的に大きく儲かる市場になるとは考えていません。

4Gamer:
 となると,これからは根拠のない参画は危なそうですね。ちなみに御社を含めて,この業界の古株はどの企業になるのでしょう。

上野氏:
 まずPG教育については,民間企業よりもNPOのほうが早くスタートしています。CANVASさんなどがその代表格でしょうか。それに続いてTENTOさん,2010年設立のライフイズテックさん,2013年設立の弊社,2014年設立のLITALICOワンダーさんが挙げられます。2015年以降はPG教育の必修化の流れもあり,各企業の参入が相次ぎました。

4Gamer:
 なかなかの群雄割拠。

上野氏:
 また,ライフイズテックさんを除き,大半のPG教室は主な対象を「小学生」としており,「中高生」をメインターゲットとしていません。1番多いのは,対象を「小中学生」としているものの,実態は“小学生がほとんど”というケースでしょうね。そのため,中高生向けのPG教室は事実上,早くから高度なノウハウを蓄積してきたライフイズテックさんが圧倒的な最大手と言えます。

4Gamer:
 思ってた以上に強力なパートナーだった。小学校から1年遅れて,2021年度からは中学校でもPG教育に関する新学習指導要領(※)が適用されるわけですから,企業が今後も小学生ばかりをターゲットにしているとなれば,中高生向けPG教室は4年後以降もライフイズテックさんの一強が揺るがなさそうですね。

■中学校のPG教育に関する新学習指導要領
 中学校では2021年度より,既存の技術・家庭科の必修科目「計測・制御のプログラミング」に加えて,新カリキュラム「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」が追加される。

■PG教育の今後のスケジュール
2017年度:高校の新学習指導要領の内容を告知(予定)
※共通必履修科目「情報I」を新設(予定)
※選択科目「情報II」を新設(予定)

2018年度:小学校で扱うPG教育の教科書を検定
※中学校では2019年度に教科書を検定

2019年度:小学校で扱うPG教育の教科書を採択
※中学校では2020年度に教科書を採択

2020年度:小学校にてPG教育を全面実施
※中学校では2021年度から上記の新学習指導要領を全面実施

上野氏:
 そうなると思います。

4Gamer:
 それほど心強いライフイズテックさんのノウハウを受け継いでいるTech Kids Schoolですから,事業も好調な垂直立ち上げができたのではないですか。

上野氏:
 ライフイズテックさんのノウハウを継承したことで,たしかに事業の立ち上げはスムーズでした。ワークショップの基本的なスタイルから,大学生メンターの採用・育成の仕方や,サービスのトーン&マナーまで,ライフイズテックさんのDNAが受け継がれています。ただ,すべてがうまくいったかと言うと,そう簡単ではありませんでした。

4Gamer:
 ありゃ。小学生と中高生では,やはり勝手が違いますか。

上野氏:
 全然違いました。思春期で多感,能力的にも大人に近づいてくる中高生に比べて,小学生はやはり,まだまだ子供ですから。当然,ワークショップのスタイルも,教材の難度も,同じというわけにはいきません。それに小学生といっても小1と小6でまったく違いますし,同じ年齢でも男女で精神年齢の差があります。

4Gamer:
 とんと忘れていましたが,小学生の1年差はとても大きいですもんね。

上野氏:
 そうなんですよ。ライフイズテックさんが持っている根幹の考え方を受け継いで始動したものの,具体的なカリキュラムや教材の中身については,結果的に社内でゼロベースから作り上げ,今に至っています。

4Gamer:
 思ってた以上に地道なたたき上げだった。


国がレベル1なら,僕らはレベル3を目指す


4Gamer:
 先ほど話しましたが,私はプログラミングのいろはも知らないんですよね。学校で少し習った記憶はあるものの,その程度で。こういう点だと,CA Tech Kidsの社員はプログラミングに精通している人材で構成されているのでしょうか。

上野氏:
 いえ,弊社の社員数は現在13名ですが,内訳は「CAのエンジニアだった人」が3名,「学生時代にプログラミングをやっていた人」が4名,残りは「出身からしてビジネス職の人」となります。

4Gamer:
 となると,入社にプログラミングのスキルは必須ではないと。

上野氏:
 「サイゼリヤの社員が全員イタリアンのシェフである必要はあるのか」。それと同じことです。

4Gamer:
 なるほど。分かりやすい。

上野氏:
 もちろん,教材を作る人,現場を仕切る人はプログラミングに精通しているのが望ましいです。それでも,全員がそうである必要はありません。要はバランスの問題です。

4Gamer:
 なら,現場に関してはいかがでしょう。Tech Kids Schoolでは講師にあたる方々を「メンター」と呼んでいるようですね。塾の講師だと想像しやすいんですが,プログラミングの講師となると,PG教育自体が新しい界隈なので,人材も特殊なのかと思いまして。

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上野氏:
 各社,いろいろな形式でやっていますが,1番多いのはライフイズテックさんや我々が採用しているメンタースタイルでしょうか。メンターには当然,プログラミングの知識が求められますが,とくに重要なのは“生徒のサポートに徹することができるか”です。

4Gamer:
 サポートですか。指導と言うよりも柔らかい印象を受けますね。

上野氏:
 Tech Kids Schoolでは,プログラミングに詳しい人(先生)が,何も知らない人(生徒)に知識を授ける,といった考え方はしていません。弊社の用意した教材に沿って,生徒1人1人が自身で学んでいくというスタイルを取っています。

4Gamer:
 すると,メンターはどのような役割を担うのでしょうか。

上野氏:
 教室内では3〜4人の生徒に1人のメンターが基本スタイルで,生徒は教材をもとにアプリやゲームを開発していき,分からないことをメンターに尋ねてもらいます。疑問の解決ができないと,その子のやる気が失せてしまうので,常に近くにサポート役を置くわけです。メンターの役割はアレコレ言って「指導する」ことではなく,子供たちが積み重ねていくのをどれだけサポートできるかです。

4Gamer:
 そうなると,生徒の自主性がキモになりそうですね。

上野氏:
 そうじゃないと成り立たないんですよ。そもそも,学校の勉強のように「何年生で何を習う」が決まっていないですし,実際にスクールに来る子供たちは学年も経験もさまざまですから。必然的に1人1人の学ぶ内容や進度が異なります。こうなると,「授業を始めます」といった一斉講義のスタイルは非効率的です。

4Gamer:
 実際の授業風景はどのようになりますか。

上野氏:
 教室では生徒に「今日はモグラたたきを作りながら乱数を学びましょう。これが教科書です。はい,どうぞ」みたいに学んでもらっています。イメージしやすいのは学校の授業「図工」のデジタル版,って感じでしょうか。各々で突き詰め方や,成果物の出来も変わりますので。

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4Gamer:
 生徒はどれくらいの時間,作業を行うのでしょう。

上野氏:
 Tech Kids Schoolでは1コマ2時間の授業を,年間で40回設けていて,生徒には1回の授業で1つ作品を仕上げてもらっています。

4Gamer:
 小学生時代に塾に通っていた体験がないのでお聞きしますが,小学生に2時間の授業は耐えられるんでしょうか。実体験としては,大学生ですら集中力が持たない人も多い気がしますが。

上野氏:
 もちろん途中で何回か休憩を入れています。ただ,なによりも大きいのはプログラミングは国語,算数,社会といった教科とは違い,創作そのものに近いので,“子供たちがプログラミングを勉強や授業として見ていない”ということなんです。

4Gamer:
 そこはぜひとも聞いておきたかったんです。子供たちにとって,プログラミングの学びとはなんなのか。

上野氏:
 「好きなこと」です。プログラミングが楽しくて好きだから,いつまでだってやれちゃうんです。

4Gamer:
 そう思って学べるのは,とても素晴らしいですね。しかし,プログラミングで扱うコードって基本的に英語ですよね。小学生の英語教育は一足早く実践されてはいるものの,実情としてつまづいたりしないんでしょうか。それとも,日本語のプログラミングがあったりするんですか。

上野氏:
 日本語で書くプログラミング言語もあるにはあるのですが,あまりメジャーではないので,最初から英語のプログラミングを学ぶのが近道と言えます。それに大人なら尻込みするかもしれませんが,子供には「英語ができないから,プログラミングができない」といった先入観はありません。英単語を読めなくても“記号”として捉えて扱ってしまいます。逆にプログラミングで英語を学んでいく勢いですよ。「ifは“もし”って意味なんだ」みたいに。

4Gamer:
 固定観念がないからこそ,なんでも体当たりできると。英語ができないから海外に行きたくない,なんて私の考えとは大違いです。

上野氏:
 それと同様に,子供は「PCを使ったことがないから,プログラミングもできなさそう」なんて言いません。親御さんからは入会前に「子供がPCを使ったことないのですが,大丈夫でしょうか?」という質問をいただきますが,安心してください。子供はPCみたいなものがあったらとりあえず開いて,ボタンがあったら押してみるし,画面になにか書けそうだったらとりあえず入力するしと,そういうことができてしまいます。心配の大半は,大人の杞憂でしかないんですよ。

4Gamer:
 それなら,キーボードも知らず知らずのうちに使えてしまいそうですね。

上野氏:
 まさにそのとおりで,気付いたら使いこなしてしまう子が多いです。ただ,マウスの扱いに比べたら,タイピングには壁があります。それを踏まえて,教室では最初に「Scratch」で学んでもらっているわけです。

4Gamer:
 Scratchって,あれですよね。なんでも教育用に無償公開されているという,初心者向けのソフト。名前だけはよく聞くものの,この期に及んでまだ実物を確認していなかったり……。どういう特徴のソフトなんでしょうか。

上野氏:
 Scratchはですね,これです,どうぞ。

4Gamer:
 Webブラウザで簡単にアクセスできちゃうんですね。

上野氏:
 ダウンロード版もありますよ。それでScratchの特徴は“コードの代わりにブロックを使う”ことです。

4Gamer:
 ほんとだ,ブロックに文字が書かれてる。なになに「10歩動かす」「Hello!と言う」「〜〜の音を鳴らす」と。あと「もし〜〜なら」「〜〜まで待つ」「〜〜かつ〜〜」なんてのも。ああ,本来は文字の記述であるはずのコードがすべて“意味付きのブロック”になっていて,それをパズルのように組み合わせるんですね。それでオブジェクトを動かしたりすると。これなら誰にでも分かりやすそうです(カルネージハートみたい)。

画像集 No.008のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話

上野氏:
 Scratchは初期段階でタイピングを必要とせず,プログラミングの基礎的な概念をブロック遊びのように,マウス操作だけで直感的に学べるんです。子供たちにはこのScratchを1年かけて習熟してもらった後,本格的なPG言語に移ってもらいます。その際,タイピングが障壁になる子も確かにいますが,てんで使えないという子はいません。1年もPC機器を扱っていて,教室でも多少なりともレッスンをしているので,作業に支障がない程度のタイピングなら覚えてしまっています。

4Gamer:
 先ほど話した“編集部の同僚の弟さん”ですが,彼はモンストのワークショップに参加する際,PCもマウスもほとんど触ったことがなかったらしいんです。しかし,会場では直感的にプログラミングが出来てしまい,最終的に参加者の前でプレゼンもやれてしまったらしく,それを見ていた彼のお姉さんはいたく感銘したようです。

上野氏:
 そういう感想をいただけると,より一層の励みになります。

4Gamer:
 身近なデバイスの話だと,昨今は「スマホがあるからPCは必要ない」といった声も散見されますが,小学生的にはどうなんでしょう。スマホは受動的な機械であり,PCは能動的な機械である,この違いが分かっているのでしょうか。

上野氏:
 うーん,小学生の段階でそこまでの意識を持っている子は少数かもしれません。でも,多くの保護者は数年先を見て,「入会と同時にPCを買われる」ことが多いので,教室に通っている子は無意識に使い分けを学んでいるのかも。

4Gamer:
 小学生がPCを1人1台なんて考えも,人によっては「贅沢だ!」なんて感じたりして。

上野氏:
 持たせるかどうか,扱い方をどうするのかは,これらはご家庭の判断に依るところが大きいかもしれません。でも,日本は先進諸国に比べると,子供たちのPC所持率が明らかに低いので,我々としては自主的に理解を深めてくれるのは大変助かります。

4Gamer:
 個人的にですが,問題や意義は置いといて,PCかスマートフォンのどちらかを買い与えるとすれば,スマホのほうが喜ぶ子供が多そうな印象です。ここからは参考までにTech Kids Schoolの生徒の傾向を教えてほしいのですが,まず生徒は全員スマホを持っているんでしょうか。

上野氏:
 Tech Kids Schoolの場合は2割くらいでしょうか。持っているとすれば大体,高学年の子です。自分用のスマホとして持っている子もいますし,親御さんのおさがりの端末をWi-Fiオンリーで使っている子もいます。それ以外の大半の子たちは,スマホではなく,お母さんが持たせている「キッズ携帯」が多いです。

4Gamer:
 あれ,そんなもんでしたか。メディアの人間が言うのも情けない話ですが,「イマドキの小学生は全員スマホを持っている」みたいなイメージがあったもので。

上野氏:
 実際は全然ですよ。まあ,中高生ともなるとスマホの所持率はグンと上がるのではないでしょうか。

4Gamer:
 なら,生徒は「内向的な子」と「外交的な子」のどちらが多いですか。

上野氏:
 強いて言うのなら,内向的な子の割合のほうが高いかもしれません。ただ,サッカークラブの帰りに寄る子もいたりしますし,わりと均等な印象ですね。教室では生徒に作品のプレゼンを行ってもらいますが,そこでも恥ずかしくて話せないといった子はごく稀です。ユーモラスに闊達に喋る子ばかりです。

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4Gamer:
 男女比はどうでしょう。

上野氏:
 男子8割,女子2割です。女の子が圧倒的に少ないです。ゲームが嫌いな子はほぼいませんが,ゲームが大好きなのは圧倒的に男子です。

4Gamer:
 子供たちは「〜〜になりたいからプログラミングを学ぶ」みたいな目標をもっていますか。

上野氏:
 そういう子もいますが,あまり多くはない印象です。ほとんどの子は「楽しいから」「好きだから」「もっと出来るようになりたいから」という素朴な理由で学習に取り組んでいますし,それが自然だと思っています。私も小学生時代にピアノを習っていましたが,ピアニストになりたかったわけではありませんし(笑)。

4Gamer:
 あれ,ちょっと気が早い話でしたか。

上野氏:
 いえ,中にはもちろん,将来の目標のためにプログラミングを学んでいる子たちもいますよ。プログラミングという言葉から連想されやすい,システムエンジニアやゲームクリエイターなどを目標とする子がいる一方で,“プログラミングとはまったく関係なさそうな職業を目指している子たち”もいます。

4Gamer:
 例えば,どのような子たちでしょう?

上野氏:
 とある生徒はスポーツトレーナーを目指しているのですが,スポーツ選手のトレーニングをシミュレーションするうえで,プログラミングが役に立つのではないかと言っていました。

4Gamer:
 それはまた,先見の明というのか,小学生なのに人格の発達がすごい。

上野氏:
 そうですよね。自分の将来や目指す職業,それらとプログラミングを自然に結びつけている子たちの考え方には,私も驚かされてばかりです。

4Gamer:
 市場規模から察するところ,現状はリテラシーの高い一部の親御さんがPG教育を認識して子供を通わせているが,大多数の家庭には届いていない,みたいな状況ですか。子供を教室に通わせる判断をするのは,結局のところ親ですもんね。

上野氏:
 5年前と比べると認知度は確実に高まっていますが,そうですね,現状はいわゆるアーリーアダプターの層がメインターゲットです。

4Gamer:
 大体は,親御さんに連れてこられて始めるケースですか。

上野氏:
 これまでのケースで言えば,きっかけは常に大人でした。地域密着型の教室ではないですし,子供のアンテナではまだ見つけづらいですから。でも,嫌々に連れてこられるケースは皆無です。これはさまざまな習い事に通じますが,“初めからプロを目指して習い事をさせる”って,一般家庭ではそうそうないじゃないですか。

4Gamer:
 たしかに。特殊な家庭か,漫画の世界でしか聞かないかも。

上野氏:
 それにPG教育は到達地点がまだ見えづらいので,親自身が熱烈なモチベーションを持っていませんし,教育意識の高い方々ほど,“嫌がる子供に無理やりやらせるような教育は有効ではない”と理解しているのではないでしょうか。させたい習い事ランキングに「プログラミング」が挙がることも増えてきましたが,それでも無理やり子供を引っ張ってくるというケースはほぼありません。

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4Gamer:
 プログラミングを学んだら,その先でどうなるのか。広い視点で想像できる人は,まだ専門家以外いなさそうですしね。

上野氏:
 なので,最初は子供への「こんなのあるけど行ってみる?」の問い掛けから始まり,体験の場で子供が意欲を見せたから続けます,といったケースが圧倒的に多いです。あとは「子供がやりたいと言った」から始まり,親としてはなにをやる場所なのか,どんな必要性があるのかも分からないけど,子供を応援したいから場所を探して通わせる,これもあります。

4Gamer:
 PG教育の概念が一般化した際,もしくはプログラミングがゴールドラッシュにうってつけのツルハシだと認識されたら,無理やり学ばされる子も出てくるんでしょうか。

上野氏:
 それほど一般的な市場になっていて,魅力的な到達地点とのひも付けが提示されたのなら,あるいは。「これからの時代はプログラミングさえ出来れば食べていける」というような認識が一般的になったとすれば,受験に必死になる代わりに,PG学習に必死になる状況が生まれないとは言い切れません。まあ,ないと思いますが(笑)。

4Gamer:
 いやいや,せっかくなので,あるかもしれないと言っておきましょう(笑)。そういう事態も踏まえると,PG教育が今後どう作用するにしても,これからは国民全体のプログラミングへの理解の向上が求められそうですね。

上野氏:
 今の世の中でも,「ITなんてよく分からない」と考えている人が相当数いると思います。でも,国全体にプログラミングをはじめとする情報技術への理解が浸透しないと,近い将来,日本の生産性はさらに低下していくのではないかと私も考えております。

4Gamer:
 それでは本題の1つに入りますが,上野さんは2020年度から始まる小学校PG教育の実施の影響が,どれほどの理解を行きわたらせるものだと推測しておりますか。

上野氏:
 まず,私はPG教育の普及に関して,子供も大人も3つのレベルに分けて考えています。最低限のレベル1は「ITが有用だと理解できる」。レベル2は「ITがどのように有用なのかを理解し,作れる人とコミュニケーションできる」。レベル3は「ITを理解しており,モノも作れる」です。

4Gamer:
 察するところ,小学校で想定されている教育水準はレベル1前後でしょうか。

上野氏:
 “レベル1まで行けば御の字”ではないでしょうか。

4Gamer:
 まあ,ですよね。私も付け焼刃ながら,PG教育に関する意見交換会などに足を運んだり,公開されている資料に目をとおしたりしていますが,現在予定されているカリキュラム(※1)では,【夢と自信を持ち、可能性に挑戦するために必要となる力を育成する】(※2)といった理念をカバーできるのかにも疑問が残ります。悪く思っているというより,私自身が学校での勉強が大嫌いな子供でしたので,5教科ですらウンザリなところ,教科外の学習に身を入れるかと言えば,確実にやらなかっただろうなと。音楽や美術などの授業を楽しくてやれてしまう子であれば,その限りではないでしょうが。

■小学校でのPG教育のカリキュラム(※1)
 小学校でのPG教育は【プログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動】となる。授業は教科として編成されるわけではなく,「算数」「理科」「総合(総合的な学習の時間)」など,既存の教科の授業内で,プログラミングに関する学習シーンが用意される。なお,授業内容に関しては自治体の方針,ならびに教員の裁量に依拠するとされている。

※再来年に教科書が正式に採択され,どのような内容になるかのが浮かび上がってくるまで大きなことは言えないが,授業内容は実質上,教員に委ねられる部分が大きいとされている。とはいえ現在は政府,自治体(教育委員会,学校),事業者が連携し,盛んな意見交換が行われている最中で,専門家による自治体ごとのPG教育に関する研修,先んじてPG教育を導入している実験校の実践例の紹介,諸外国での導入事例などを踏まえ,3年後に向けて,より効果的な学びの方法が探られていることは注記しておこう。

■参考資料(※2)
参考資料「第3期教育振興基本計画の策定に向けた基本的な考え方」より。「2030年以降の社会の変化を見据えた教育政策の基本的方針」における,「II.今後の教育政策に関する基本的な方針」の項目にて記述。中央教育審議会教育振興基本計画部会(第8期〜)の編纂。

上野氏:
 例えば,イギリスの場合は“レベル3寄りのレベル2”を目指しており,中国の場合は“本気でレベル3”を狙っています。これらはカリキュラムの綿密さや,義務教育を含む学校教育全体の仕組みの違い,国ごとの目標設定に依るものなので,一概にどうこう言えるものではありません。そして,日本の場合は小学校から高校までをとおして“レベル1からレベル2”が目標ラインとなるはずです。

4Gamer:
 目標と実践と結果がそこにたどり着くのなら,良し悪しは問わず,施策としては一貫していますね。小学校PG教育にしても実践ではなく,あくまで理念を押さえるための授業なんですし。

上野氏:
 ただ,小学校は「算数」「理科」「総合」で,中学校は「技術」で,高校は「情報」で教えますので,一貫性を保つのは先生にとっても,生徒にとっても,難しいかもしれません。

4Gamer:
 ふむ……。そうなると,10年後,もしくは20年後のとある1シーンが容易に想像できてしまいます。「(企業が要求するレベル3の)IT人材になってないじゃないか!」と声高に叫びはじめるだろう,有象無象の知識人の姿が……。

上野氏:
 その可能性も否定しきれません。国の設定しているゴールがレベル2からレベル3ではなく,レベル1からレベル2であるかぎり,学校内ではレベル1にもなりきれない子供も間違いなく出てきますので。頑張ってレベル2になっても,イギリスや中国から出てきた次世代の技術者や,これから急成長するAi・ロボットの働きと張り合えるかというと,最前線で競うのは難しいでしょうね。

4Gamer:
 最初に聞かせてもらった「論理的思考力なら国語で学べ。PG教育では技術の獲得を目指せ」の論理がようやくお腹に効いてきました。

上野氏:
 もちろん国の施策ですから,現実的な折衷点や,他教科との兼ね合いなど,いろいろな事柄を加味したうえでの結論だというのは理解しています。

4Gamer:
 まあ,仮に,学校でいきなりレベル3を目指されたら,私のような子供は間違いなくスタート付近でだらけてしまうはずなので,生徒全体の理解が及びやすい現実的なラインとしては最適かもしれません。成功しても失敗してもロスが少ないですし,全体の底上げには間違いなく寄与するでしょうし。

上野氏:
 そうですね。そして,そうなったときこそ,Tech Kids Schoolは民間ならではの立場から“スムーズにレベル3を育成できるようになる”と考えています。我々のような民間企業がレベル2からレベル3の子供たちを効率的に送り出すには,公教育がレベル1を支えてくれる必要があります。国がやれば,量がカバーできますから。ボトムアップは国に任せるべきであると私も思います。それくらい先を踏まえて,自分たちの存在意義を考えたとき,国の理念に沿ったままでは,より高みに行ってもらうための技術を教えることなんてできませんよね。

4Gamer:
 おお,Tech Kids Schoolの戦略図が明確につながりました。どうぞ続きをお願いします。

上野氏:
 大手の企業であれば,数千もの教室を開き,万遍なくレベル2を育てるのもやり方の1つだと思います。でも,我々には社員が13人しかいませんし,全国津々浦々の600万人の子供たちをカバーするなんてことは,したくてもできません。だからこそ,1000人の生徒を将来のリーダー候補であるレベル3として送り出せるよう,質に特化することにしました。これが今の“Tech Kids Schoolの最大の役割”だと考えています。

4Gamer:
 存在意義は“スペシャリストのたまご”を育てることにあると。学校と民間の関りありきとはいえ,「学校と塾」のように「学校とPG教室」も一般化すれば,誰にでも分かりやすい事例になるのかもしれません。「ここがPG教室の先進校なんでしょ?」って。

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プログラミングって言ったら,そりゃゲームでしょ?


4Gamer:
 唐突ですが,やはり「マインクラフト」は子供たちに人気ですか。

上野氏:
 ええ,大人気です。弊社でもTech Kids CAMPではマイクラを使わせてもらっています。けれど,Tech Kids Schoolの授業ではいっさい扱わないことにしました。一番人気のあるコースでしたが,今年で廃止にしています。

4Gamer:
 何か理由があったのでしょうか。

上野氏:
 マイクラはプログラミングの入り口にはうってつけですが,プログラミングを学ぶには必ずしも適していないと考えているからです。

4Gamer:
 おっ,それは意外ですね。具体的にはどのようなところがでしょう。

上野氏:
 例えば,マイクラの世界で建物を自動建築する仕組みを,プログラミング的な手法で作ろうとしますよね。それって,とても時間がかかるし,回りくどいやり方なんですよ。これはマイクラならではのアプローチではあるものの,プログラミングを継続的に学ぶための方法としては,必ずしもベストではありません。それにマイクラ自体に魅力が多すぎて,気が散ってしまう子が多くいました。私だって,プログラミングそっちのけでTNTを投げたくなりますから。

4Gamer:
 そういうことですか。あくまで想像ですが,マイクラでプログラミング的なことをやろうとすると“ゲーム的なアプローチの延長線上にある方法”になるんでしょうね。ゲーム特有の,やり込んだ先に見えてくる遊び方と言いますか。

上野氏:
 そのとおりです。「プログラミング的」とは言えますが,どこまでいってもマイクラの攻略法にしかならないので,婉曲的なんですよ。マイクラを使ったプログラミングを2年,3年と続けても,上達には限界があると思います。マイクラの中上級者には間違いなくなれるでしょうけれど。

4Gamer:
 その経験を経て,教室では現在Scratchを入り口とし,さまざまなPG言語やツールに派生していくようですが,これらの選定はどうされましたか。

上野氏:
 開校当初は「JavaScript」や「HTML」,「CSS」なども扱っていましたし,「Android Java」の取り扱いなども検討しましたが,教室のコンセプトや目指すべき到達点を考え,選択と集中で絞り込んできました。

4Gamer:
 2018年度からは小学校PG教育で扱う教材の検定が始まりますが,先ほど見せてもらったScratchなんか,とても使いやすそうですよね。選定基準のアレコレは存じませんが,あれなら子供たちにも好感触なんじゃないかと思います。

上野氏:
 Scratchの利用者は現在,世界中で2300万人ほどいると言われています。ただ,Scratchはそれ自体が教材ではなく,あくまでプログラミングの環境を提供するツールなので,「なにをどうするのか」は教えてくれません。レッスンが用意されているわけではないのです。指導方法や授業内容を詰めている学校,ある程度経験のある先生なら扱えると思いますが,それらのノウハウを持っていない人が「はい,これがScratchです。これを使ってプログラミングを教えてください」と言われても,なにをどうすればいいのか困惑してしまうのではないでしょうか。

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4Gamer:
 なるほど,「総合」が教科になったばかりのときのようにですね。私のいた学校では,なにをやるわけでもなく,皆が持て余しているのすら見てとれた,意義もなく過ぎていく授業時間だったと記憶しています。おかげで大好きな授業でしたが。そして御社はすでに,学校を含む自治体との協力も進めているとのことですが。

上野氏:
 ええ,小学校PG教育の必修化が発表されてからというもの,PG教室業界に対する自治体からの関心はグッと高まりました。我々もそれに合わせて,プログラミングに関する研究発表や,学校内でのワークショップなど,さまざまなお手伝いをしている最中です。

4Gamer:
 PG教育の導入でどこが一番慌てるのかを考えると,やはり現場の先生ですよね。このご時世,プログラミングに関する専門スキル,そこまでいかない初歩的な知識でさえ,持っている先生は少数派に属するのではと。正直,授業内容は個々人の熱量が問われるんじゃないでしょうか。

上野氏:
 おっしゃるとおり,それが現場の一番の課題だと思います。彼らが公に口にすることはないでしょうが,「また手のかかるものが増える……」と1度は考えてしまった先生も少なくないでしょう。現代の学校教育はやれ食育だ,やれ道徳だ,いいやグローバル教育だ,いやいやお金の教育だと,次々と新しいものが持ち込まれていますから。現場の先生たちはすでに疲弊しています。ましてやプログラミングですから,「自分はそんなの習ってない!」と頭を抱える人も大勢いるはずです。

4Gamer:
 昨今の学校ならではの問題は,聞いているだけでも「大変そうだ」と思うので,現場の胃の痛さとなると想像もできません……。

上野氏:
 PG教育に関しては,新学習指導要領の実施にあわせて自分もスタートをきる先生,先んじて勉強しておいても自分が教えられるかどうかが不安な先生,なんなら自分が生徒に越えられちゃ困ると考える先生もいるでしょうね。例えばこれなんですが,前に小学校でワークショップを開いた際,現場にいた校長先生と担任の先生にお話を聞いたんですよ。

4Gamer:
 気になりますね,現場の声。どうでしたか。

上野氏:
 大学でプログラミングを学んでいたという校長先生は,「これからの社会での必要性は分かります。ただ,子供たちにどのように教えるべきなのかはイメージできていません」とおっしゃっていました。プログラミングがなんなのかも分からないという若い担任の先生は,「学ぶ必要性は分かりませんが,自分でやってみたら結構よかったです。でも,私が教えられるのかが不安です」と答えてくれました。

4Gamer:
 対岸の火事として口出しするのも失礼ですので,まだ助走期間なのだと捉えておきましょう。「まだ3年もあるし……ね?」なんて感じの。

上野氏:
 私も実際に見て聞いてきた例となると少ないので,全国の小学校に勤める先生たちの気持ちというのは,まだ肌感が薄いのですが。

4Gamer:
 けれど,ネガティブになっている人がいる一方で,当然やる気にあふれた人だっていますよね。

上野氏:
 はい。一部の先生たちは,この先の社会変化を見据えて,将来社会に出ていく子供たちになにが必要かを理解したうえで,PG教育に関する意欲的な取り組みを模索されています。現状は少数派ではあるものの。

4Gamer:
 PG教育の現場については諸外国の例(※)を見ても,授業内容が先生の裁量であること,教科書をはじめとする教材の選択,専任の先生がいないことからの他科目との兼任,導入前後に浮かんできた問題点など,さまざまな課題と戦っていることが分かっていますので,それらを参考に良いスタートができるといいですよね。そして本筋からはちょっと飛びますが,個人的に韓国の事例が気になっていたんです。

■諸外国の例
 参考資料「諸外国におけるプログラミング教育に関する調査研究(文部科学省平成26年度・情報教育指導力向上支援事業)」より。発行は大日本印刷。諸外国でのプログラミングの扱いはさまざまで,技術として,科目として,あるいは“コンピュータサイエンス全般の入口”として,さまざまな切り口でカリキュラムに組み込まれている。

 各国の苦戦例は前述したとおりだが,政府・産業・NPOが一体となったPG教育を推進しているアメリカ,教育省と大学間の協業で授業内容を動画公開しているイタリアなど,意欲的な取り組みの事例も記述されている。中には,OECD(経済協力開発機構)主導のPISA(学習到達度調査)では上位常連であるシンガポールはまだPG教育に大きな力を入れていないなど,興味深い例も。

上野氏:
 どんな事例ですか?

4Gamer:
 韓国では2007年から本格的なPG教育が開始され,小中高で情報教育に関する教科が新設されました。中でも興味深いのは高校のケースです。情報教育の実施から6年後,2013年時点での各高校の教科の開講率は「高校47%」に留まっています。さらに学生の受講率に至っては,新設から先,ずっと低下し続け,2012年時点で「高校5.2%」になったそうです。

上野氏:
 なるほど,それは韓国の受験問題が関わっているものですね。

4Gamer:
 はい。この原因は,韓国における一世一代のイベント「大学入学試験」において,入試科目に情報がないことから,学生らに重要視されなくなったと聞いています。プログラミングを勉強するくらいなら,入試科目の勉強に時間を充てるべきだと。日本でも社会情勢に反して“必要のない教科”という認識に傾けば,基礎学力を担う一般教科に力負けし,いずれ形骸化する道もあり得るのではないかと。悲観的に見た場合ですけど。

上野氏:
 いえ,日本においても高校の教科「情報」では,すでに同じことが起きてしまっています。でも,個人的にその流れは変わってきていると思います。

4Gamer:
 そうなんですか?

上野氏:
 例えば,SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)では入試に情報を使えるようになったと聞きました。ほかにも,私立中学の入試に情報科目を用意するところが出てきているようです。現時点ではPRとしての色合いが強いのかもしれませんが,今後どうなっていくのか私も注目しています。

4Gamer:
 それは知りませんでした。そういう学校側のフォローがあれば,プログラミングの勉強に充てる時間は一定を保てそうですね。

上野氏:
 そのうえで私は,PG教育が導入されてから,この流れの行きつく先で,“受験自体のプライオリティの変化”が起きることを期待しています。

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4Gamer:
 といいますと。

上野氏:
 これは長い話ではありますが,国民にプログラミングやITの有用性に関する認識がもっと広く,深く浸透したとき,普通に勉強して良い学校や企業を目指すという,既存の人生設計とは違うルートが生まれると考えています。国語や数学に特化しても,既存の社会では到達地点を探すのが困難ですが,プログラミングはそこが違います。より実践的で分かりやすい技術なので,そのスキルを以って一足飛びで企業に入ることもやろうと思えばできるんです。

4Gamer:
 ありえそうです。大きな社会変化になりそうです。

上野氏:
 国語や数学ができなくて,センター試験で点数を取れない人でも,プログラミングがバリバリできて,革新的なモノが作れるのなら,既存のルートをすべてすっ飛ばして,IT企業の何十万ドルのオファーに乗っかれるようになるでしょう。情報社会が醸成した先では,新たな人材市場価値が生まれます。その結果,既存の受験モデルに求められる価値が薄れるんです。ドラスティックな変化の例ではありますが。

4Gamer:
 たしかに,最初は一握りのセンセーショナルなニュースに留まるかもしれませんが,昨今でも「初給料1000万の新卒エンジニア」みたいなビッグな話は騒がれていますので,プログラミング1本でスタートからゴールまでカバーできるようになるかもしれませんね。

上野氏:
 それこそがデジタルの世界の非対称性であり,凄さなんですよ。ただ,「初給料1000万の新卒エンジニア」を目指す場合は1点,注意しておいたほうがいいことがあります。テクノロジーの変遷というのは早いので,プログラミングなどの情報技術でなにが求められるのかは,そのときどきで変わってしまうんです。

4Gamer:
 今だと「AI」「ロボティクス」でしょうか。

上野氏:
 5年前のIT人材の取り合いのときは,スマートフォンアプリの開発ができるエンジニアでしたが,それがたった5年でAI・ロボティクスに変わっているんです。しかも,今からAI・ロボティクスを始めても,また5年後には違うテクノロジーが台頭するでしょう。だから“そういう狙い方”はオススメできません。

4Gamer:
 一攫千金狙いで対象のテクノロジーをコロコロと変えるのも,簡単ではなさそうですもんね。やりたい分野をやるのが良さそうです。

上野氏:
 とはいえ,求められるテクノロジーは時代で変われど,それらを扱う根底の技術は変わらないので,プログラミングをはじめとする情報技術を理解できる人なら,いかようにもなれます。そして受験制度の変化よりも,これら情報社会の変化のほうが確実に早いので,今この瞬間のモノもキャッチアップできない受験制度では,価値観の変動が起きたときについていけなくなるのではないでしょうか。

4Gamer:
 いえいえ,学校側もたくましいので,突貫的な“PG入試”でどうにかするかもしれませんよ? そして言っても栓なきことですが,PG教育の効果が現れるのは学生が社会に出て頭角を現す10年後,20年後の話になるんですよね。

上野氏:
 さらにインドなんかは2005年から各学校でのPG教育を実施(※)してきましたから。日本の小学校PG教育は開始の時点で“15年もの差”が付くことになりますね。

4Gamer:
 うう,厳しい……。

上野氏:
 今後の中高の情報科目の強化や,効果的な取り組みが浸透するのにもさらなる時間を要すると考えると,もっとかかるでしょう。これはもはや命取りの時間差です。個人の程度の差はあるでしょうが,インドでPG教育を受けてきた脂の乗ったIT世代は,間もなくバリバリ仕事を始めますので。

■インドにおけるPG教育の実施状況
 インドでは2005年改定「NCF 2005」にて,3項「数学」に「Computer Science(CS)」が加わった。同国のいくつかの州を管轄する教育機関「CBSE」基準に準拠した民間出版社発行の教科書によると,PG教育は初等教育の3年生から導入されており,3-5年生ではLOGO,6-7年生ではQBasic,8年生ではVisual Basic言語,9年生ではC++およびJava,10年生ではHTMLおよびXML,11-12年生ではC++を学ぶという。

※学年については初等教育(5年制の初等学校,3年制の上級初等学校)から数え,中等教育(2年制の中級学校,2年制の上級中等学校)まで。
※なお,インドでは州により教育制度,学校制度が異なり,また学校により準拠する基準も異なることから,上記は一般例ではなく,あくまで一例となる。


4Gamer:
 当のインドや台湾では小3から,ロシアやハンガリーでは小1からと,各国でPG教育を始める学年は異なっていますが,上野さんの印象では小学生の「低学年」と「高学年」,どちらがプログラミングを学ぶのにより最適な時期だと思いますか。

上野氏:
 明らかに高学年です。

4Gamer:
 どういった面でそれが分かりますか。

上野氏:
 大体の教育って,早期化しがちなんですよね。英語は脳の発達と関係があり,体育も体の発達に影響するので,これらは早ければ早いほど良い教育の代表例といえますが,プログラミングの場合は“脳が発達してある程度の論理的な思考ができる”ことを前提としています。だから,Tech Kids Schoolではどんなに若くても小学2年生からの入会としています。

4Gamer:
 プログラミングは頭を捻りに捻りそうなので,脳の先鋭化にでも役立ちそうなものですが,効果的ではないんですね。

画像集 No.013のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話
上野氏:
 脳科学の専門家ではないので分かりませんが,もし効果があったとしても,効率的とは言えないと思います。プログラミングの学びは,知識や知恵の基礎があったうえで,それらを扱いながらロジックを組み上げ,積み重ねていくものです。

 そのため,高学年であれば一言の説明で済むところ,ひらがなができない,足し算ができないという低学年には余分な説明が必要になり,理解や実践までに必要以上の時間がかかってしまうんですよ。私はその時間を無駄にしないためにも,低学年にはむしろやらせるべきではないと考えています。

4Gamer:
 そういうことですか。納得です。

上野氏:
 日本の小学校PG教育の場合は,何年生から授業を始めるのかが自治体ごとに異なります。そして,大体の小学校は低学年を除くでしょうね。一部の気合の入っている地域では低学年から積極的に授業を行うかもしれませんが。

4Gamer:
 対極の話になりますが,50代,60代,70代といった年代になっても,プログラミングを学ぶことはできると思いますか。こちらは生涯学習の観点と言えますが。

上野氏:
 弊社は小学生が専門ですので,経験則からの回答ではありませんが,できるできないで言うと,「できる」だと思います。実際,60歳を過ぎてからプログラミングを始めて,先日“82歳のアプリ開発者”として話題になった日本人女性プログラマーもいますし。

4Gamer:
 そういえば,TVで特集が組まれていましたね。

上野氏:
 あとはそうですね,自治体から「地域住民をプログラミングのサポーターとして育成したい」という要望を受けて,先日弊社のスタッフが研修のために千葉県柏市にうかがったんですよ。

4Gamer:
 ああ,日本有数の“一部の気合の入っている地域”だという千葉県柏市ですか。実践事例も含めて,よく名前を目にしますね。

上野氏:
 自治体のリーダーがしっかり構えていると,そこに皆が引っ張られて活性化するという良い例ですね。そして当の研修に参加してくれた人たちって,ほぼシニア世代の方々だったんです。

画像集 No.018のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話

4Gamer:
 今の話題にうってつけじゃないですか。それでそれで。

上野氏:
 参加者の方々には週に1回,1か月かけてScratchを使ったプログラミングを学んでもらい,最後に作品制作とプレゼンを行ってもらいました。その結果,弊社のスタッフも柏市の職員の方々もビックリしてしまうくらい,プログラミングを理解し,実践してくれたようなんです。

4Gamer:
 そのときの参加者は前提として,PCの扱いに長けた方々だったんでしょうか。その世代になると,私がプログラミングのことをまったく知らないのと同じくらい,PCをまったく触ったことがない人も多いのではと思いまして。デジタル・ディバイドってやつです。

上野氏:
 元からPCを活用できた人たちなのかはちょっと存じていないのですが,こういった研修に参加してくれている人たちなので,PCの操作自体に抵抗感はなかったのではないでしょうか。

4Gamer:
 インタビューの主題とはかけ離れますが,“80歳からのゲームクリエイター”ってのもアリなのか気になっていたんです。事例さえあれば,私も将来的なセカンドライフでクリエイターを目指せるかもしれないってもんですので。とまあ,それは置いときまして。子供の話に戻りますが,奨学生についても聞かせてください。この子らはやはり,すごいんですか

上野氏:
 本当にすごい子たちです。一例を挙げると,小4でTech Kids Schoolに入って,今は中2になってライフイズテックに通っている,菅野 楓さんという女の子がいます。彼女はニュースなどでも度々取り上げられているような子です。

4Gamer:
 どういうことをやっている子なんでしょう。

上野氏:
 彼女は元々“言葉”に強い興味を持っていて,今は「自然言語処理」の研究をしています。先の「未踏ジュニア」(※)では,アニメや映画のシナリオに出てくる言葉を形態素解析で意味に分解し,それらを感情のデータベースとひも付け,物語全体の流れを感情のグラフに置き換えて,ヒットする作品がどのような波形になっているのか,その法則性を探るという研究成果を発表していました。これまで感性でしか推し量れなかった作品構造の領域を,科学的な見地から解き明かそうとしているんです。

4Gamer:
 分かっていました。いえ,研究内容じゃなくて。Tech Kids Schoolのことを調べている段階で予想できていたんです。その菅野さんのようにプログラミングを武器にしている小中高生と討論したら,確実に泣かされるなと。

(一同笑)

※下記は,独立行政法人IPA(情報処理推進機構)の未踏事業(独創的なアイディアと技術を活用する能力を持つ,若い人材の発掘・育成を目的とするIPAの事業の総称)の一環として行われた,プロダクト発表会「未踏ジュニア」におけるプレゼン動画。読者においてもぜひ“泣かされる”の意味を感じてみてほしい。


上野氏:
 彼女の場合は家庭環境が良いですし,Tech Kids Schoolの1期生としていち早くプログラミングを学び,小4の当時からさまざまな場所でプレゼンをしたり,コンテストに出場したりしてきたので,場数も違います。当初は初心者からのスタートでしたが,人前で話すのが上手で,度胸もあって,頭も良くてと,能力がどんどん伸びていった子供の好例です。ちなみに彼女の妹さんも,お姉さんの影響を強く受けて,小2からTech Kids Schoolに通っています。姉妹揃ってすごいんです。

4Gamer:
 当人の興味を大前提としつつ,成長した姿ありきでの感想ですが,これがまさに“プログラミングのエリート教育の成功例”なんでしょうね。彼女はおそらく,今この時点で,なんらかの具体的な道に進むための能力を手にしているのでしょう? こういうPG教育の成果が一目で分かる事例を見れば,プログラミングに懐疑的な人にも意識が芽生えそうです。

上野氏:
 当然,600万人の子供たちが,誰も彼も彼女のようになれるわけではありませんし,またそれを目指す必要もありません。PG教育も万能ではありませんから,あくまで今までの社会では開花させられなかったかもしれない,誰でも多かれ少なかれ持っているだろう素養の1つを,新たに見つけられるようになったという話ですので。

4Gamer:
 それでも,夢のある話ですよね。

上野氏:
 そうですね。こういう子が一握りでも出てきてくれると,先ほどの「レベル1を目指す公教育,レベル3を目指す民間教育」という話も相まって,PG教育はトータルで見たときにバランスを保てます。

4Gamer:
 「こういう子がいるなら,こういう風になれるかも」といった理想形があれば,反対論も引っ込みますもんね。この一握りってのは要するに,野球やサッカーを頑張ってプロ選手を目指したり,ゲームを頑張ってプロゲーマーを目指したりと,いわゆる“子供のときから目指せる新しいスターの像”なんでしょうね。プログラミングで世界的なエンジニアを目指す道が,各々の趣味ではなく,学校教育の課程をきっかけに生まれてくるかもしれないという。

上野氏:
 それがPG教育がもたらす気付きと,いずれ訪れる社会変化だと考えています。そして,我々が送り出したいと思っている子供たちの理想像です。

画像集 No.017のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話

4Gamer:
 これまでさまざまな話を聞かせてもらいましたが,そろそろ大元のテーマに準じて1つ,尋ねたいことがあります。上野さんはこれからの子供たちがPG教育を通じて,ゲームクリエイターという道を選びやすくなる,そういった効果が生まれると考えておりますか。

上野氏:
 教室で子供たちの関心を最も引く方法は,非常にシンプルです。それは“そのとき一番人気なゲームのタイトルを叫ぶ”ことです。子供がいっぱいいるところで,「マインクラフト―!!」って叫んだら,子供たちはおそらく一斉にバッと振り返るでしょう?

4Gamer:
 易々とイメージできますね(笑)。

上野氏:
 子供たちはゲームが大好きですし,とくにプログラミングに興味がある子なんて,元からゲーム好きであることが多いです。だから我々もゲームをきっかけに,プログラミングに興味関心を持ってもらってきました。「モンストしってる!」「マリオやってる!」「マイクラたのしい!」と口にする子たちに「実はこれ,プログラミングってもので出来てるんだよ?」と言うのが,最も効果的だったからです。こういう導入でプログラミングを始めた子がゲームクリエイターを目指すのはある意味,自然な流れです。小学校で初めてプログラミングに触れる子だって,少し背を押せば例外じゃありません。

4Gamer:
 ゲームとプログラミングをひも付けることが,学習意欲を引き出すコツであると。

上野氏:
 先日お話を聞いた生徒の親御さんも「うちの子がゲームや漫画が好きだというから,PG教室に通わせて,いっそのことゲームを作れるように仕向けました」とおっしゃっていました。その子は現在,Scratchにドハマりしています。

4Gamer:
 そういうお話が聞けて幸いです。私のようなゲーム畑の人間は「プログラミングって言ったら,そりゃゲームでしょ?」と安直に思い至りますが,現場での真実なんて,こういう機会でもなければさっぱり分かりませんでしたから。

上野氏:
 Scratchにしたってポテンシャルはすごいので,本気を出せばスーパーファミコンくらいのクオリティのゲームを作り出せてしまいます。例えば,この「マリオブラザーズ」や「ストリートファイター」を再現したものなどは,“Scratchでも一目ですごいゲームを作れてしまうのが分かる例”として,子供たちの興味を大きく掻き立ててくれます。これを見て「僕も作りたい!」と言う子たちに,我々も答えるんです。「ここで学ぶのはお遊びではなく,こういうものが作れる技術だよ」と。

4Gamer:
 人生,どこが曲がり道になっているのか分かりませんので,ゲーム好きな子がそのまま成長してゲームクリエイターを目指すかもしれませんし,途中で違う分野や職種に惹かれて路線を変更する子も当然いるでしょう。

上野氏:
 そうですね。

4Gamer:
 でも,PG教育の入り口に「ゲーム」を置きやすいというのなら,これから先の社会では,今の社会よりも間違いなく,ゲーム作りへの気付きが増える予感がします。ほかの業界のクリエイターには申し訳ありませんが,ちょっとだけスタートダッシュがしやすい我々のゲーム業界に,PG教育を経た子供たちが将来どのように寄与していくのか,今から非常に楽しみです。

画像集 No.014のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話

4Gamer:
 さて,本日は長々とお時間をいただきまして,ありがとうございました。最後に,上野さんが今後のPG教育にかける想いを一言いただけますか。

上野氏:
 これから先の社会は,誰も見たことのないフェイズに突入していきます。そこで生きる子供たちは,これまでなかったやり甲斐や大変さに出会うことでしょう。我々の目的は,少しだけ先を予見できている大人として,彼らをより良く導いていくことにあります。

 もし,この道を選ばないと決めた子がいても,最初からプログラミングで勝負しないと考える子が多くても,大いに結構です。例えAI中心の社会に変わったとしても,ホスピタリティをはじめとする人間ならではの専門業はなくなりませんから。

 ただし,AIやロボットのほうが生産性が良い場面は今後,徐々に増えていきます。今までの社会であれば仕事にありつけたところも,人が求められなくなるかもしれません。私だって,サービスに付加価値を付けられなければ,機械に立場を奪われるでしょう。そのため,今後はコンピュータの領域で勝負しないにしても,それらに取って代わられない程度の能力が求められることになるんです。

 全員がエンジニアやサイエンティストにならなければいけないというのは極論ですが,かと言ってなにも知らなくてよいというのも極論です。これからの時代を支える情報通信技術,コンピュータ,AIやロボットの有用性を理解し,人間社会の中でどのように活用していけるのかを考える力は,誰しもが持つべきではないでしょうか。

 私は,Tech Kids Schoolをとおして,子供たちがテクノロジーの有用性を自然と理解し,技術を駆使して,自分たちで何かを創りだせるという感覚を得てほしいと思っています。そのような経験や感覚こそが,未来の社会を生きていくうえで1番の強みになるからです。

 2013年からこの事業を続けてきて,さまざまな要因で注目度が高まってきたことは非常に喜ばしいです。しかし,現在はPG教育の意義が矮小化されていることを懸念しています。子供はやればできるんです。子供だからといって,子供なりのモノを与えているだけでは,PG教育は本来の強みには到達できません。

 3年後の2020年度。国が始動する小学校PG教育の必修化に向けて,我々はできる限りのサポートを続けていきます。そしてこれまでと同様,我々は我々なりのやり方で“PG教育のトップラインを走る子供たちを1人でも多く送り出していく”ことに全力を注いでいきます。これが我々の目指す道であり,我々の存在意義だからです。

画像集 No.015のサムネイル画像 / 小学校プログラミング教育はゲームクリエイターを生む原動力となるか。CA Tech Kidsが語る,PG教育は理念ではなく“武器”にすべきという話



 インタビューを終えた直後のこと。取材に同行していた者(編集部の同僚の弟さんの姉)が,ポツリと感想を口にした。

 「今日いろいろとお話を聞かせてもらって,プログラミングは料理と同じなのかなって思いました。料理は“レシピ”を見て,“道具”を使い,“材料”を調理すると,その人の力次第で簡単なものから難しいものまで作れますよね。突き詰めれば社会に影響を及ぼしたりもできます。でも,今の社会では皆が料理をしなくても,ご飯って食べられるじゃないですか? だから私たち大人は“料理”を作っている人や店を頼って,“ご飯”を食べてるんですよね。でも,今後の社会では私たちがすごく困りそうです。だって,大人たちは目の前の料理がどんな材料でできているのか,どのように調理しているのかも分からないのに,これからの子供たちはそれらを理解して作れる,料理(プログラミング)ができる子ばかりになっちゃうかもしれないんですよ? そう考えると,すっごい焦ります(笑)。弟も,そんな社会で生きていけるんだろうか……(笑)」

 今の子供たちが,今後の社会の在り方に順応するため,新しい教育を学ぶ。それに必要なこと,到達すべきところ,問題となるところ,今回のインタビューではそういった課題の全般を,現場の最前線を走ってきた人に教えてもらった。しかし,最後の最後まで私がこの問題をどこか蚊帳の外に見ていたことを,ズバリ指摘された気分であった。おのれ,編集部の同僚の弟さんの姉めっ。

 そう,慌てるのは現場の先生だけではないのだ。今後の各学校におけるPG教育の強化は,子供たちの新たな素養を見つけ出す最初の1歩になると同時に,私のようなITのアの字も知らない大人たちがアナログ世代として線引きされるカウントダウンでもあるのだ。いずれ出てくるであろう次世代の子供たちに「はぁ,これだからタブレットでノートを記録してこなかったロートルは……」なんて呼ばれたら,どうしよう。ちょっと堪えるかも……。私も柏市のエネルギッシュなシニア世代の方々を見習い,この先の社会の在り方にちょっとでも適応できるよう,これから多少なりとも努力しておかないといけないのかも。それこそ,レベル1くらいにはなれるように。



 さて,今回はPG教室業界の視点から,PG教育の全体像を語ってもらった。ここで書いた話はこれから大なり小なり,その片鱗をさまざまな場で聞くようになるのかもしれない。それでも「期待してたのにゲームに関係ない話ばかりじゃん!」と思われたら,ごめんなさい。いやいや,小学校PG教育の実施前から網羅し過ぎてしまったら,皆さんの興味を惹けないというものである。現段階でツッコミどころがない答えを提示しても息切れしちゃうので,今後の不定期発信なやり方も含めて,「まだ3年もあるし……ね?」の慈悲を持ってお付き合いいただけると幸いだ。

 それに記事のネタや知見を広げる手段なんてたくさんある。実際にPG教室に行って学んでみるのも楽しそうだし,次世代の子供たちに直接話を聞いてみるのも良さそうだし,ゲーム業界の方々がPG教育に求めるものを探ってみるのも一興だしと,できることはいくらでもある。もちろん,「PG教育を語るのに俺を呼ばないとか,舐めてんの?」とか,「おいおいPG教育ってのはさあ,そうじゃねえだろ?」とか,我こそがPG教育の権化であるという方々からのファンメールもお待ちしております(※対応できるかどうかは別の話となります)。

 4Gamar的にはなにより,“そのとき”になってから,PG教育の浅い理念の範囲だけをとりあえず押さえておこう風な記事を出してしまうほうが恐ろしい。PV乞食と謗られても反論すらできなくなる,矜持のなさが露呈してしまう。CA Tech Kids風に言えば,“ゲームとPG教育の関係性についてしたり顔で語れる読者を1人でも多くお送り出していく”のが,本企画の存在意義なのだから。

インタビュー協力
「Tech Kids School」

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