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[CEDEC 2018]宮本 茂氏の基調講演「どこから作ればいいんだろう?から10年」聴講レポート。宮本氏が自分自身と日本のゲーム市場の10年間を語った
CEDEC 2018公式サイト
この10年間で,何が変わったのか
10年前,宮本氏はCEDEC 2008で基調講演「どこから作ればいいんだろう?」を行っている。今回は,その内容を振り返りつつ,ゲーム開発の現状および今後の展望が語られた。
10年前の基調講演で宮本氏は,ゲーム開発の段取りや,その中で起こるさまざまなトラブル,グローバルに売れるものを作るといったこと,そして,若いメディアであるゲームが,コミックや小説などと並ぶ存在になれるように努力していきたいと話したという。
任天堂の歴史を振り返ると,同社は「ゲームをどんな構造にすると,人が遊ぶのか」「どんな構造なら都合がよいか」といったように,構造からゲームを考えてきたという。そうした考えは「ドンキーコング」に始まり,「nintendogs」や「Wii Music」など,センサーを使う新しい遊びの創出につながった。
宮本氏自身はといえば,グラフィックスの高性能化などによりゲーム開発が大規模になり,スタッフを管理することに労力を割かざるを得なくなったため,クリエイティブに使えるエネルギーが少なくなってしまったという。
グローバルに売れるものを作ると,物事の循環がよくなり,そのあとの仕事がやりやすくなるが,では,“グローバルに売れるものというのは何か”というと,宮本氏いわく「自分の体験から生まれるオリジナリティ」なのだそうだ。ちょっと難しいが,つまり「流行に流されることなく,自分が何を作りたいのかきちんと向き合っていこう」ということがグローバルに売れるものにつながるという。
この10年間は,そうした「作りたいものに向き合った」さまざまなタイプのゲームが台頭してきたという。例えば任天堂の「スプラトゥーン」シリーズは,「すごく斬新というわけではないけれども」と前置きしつつ,「海外でポピュラーな3Dシューターを,インクを出す銃で陣取りをするゲームに置き換えた」「インクを塗って得た自分の陣地をすいすいと気持ちよく移動できる,そうした独特の操作感をうまく混ぜ込めた」とし,「若いスタッフがこういうものを作ったことに,本当に安心している」と述べた。
センサーを使ったゲームも,この10年間で大きく進化したという。Nintendo SwitchのJoy-Conや,スマートフォンに内蔵された各種のセンサーが新しい遊びを生み出しており,ARやVRといった技術も扱いやすくなった。宮本氏は,今後もそうしたセンサーや新しい技術を活用したゲームが登場することに期待を寄せていた。
さらに宮本氏は,この10年間のインターネット環境の充実やスマートフォンの台頭により,ネットの常時接続や位置情報を使った遊びが生まれ,また,開発環境の向上によってプログラミングができない人でもゲームが作れるようになったと語る。これにより,新たなゲームが生まれる気運がより高まってきたという。
一方,課題としては,ゲーム開発の規模がこの10年間でますます大きくなり,全体を把握するのが困難になっていることが挙げられる。ディレクターは自分の手がけるゲームを,グラフィックスやサウンドなど,すべての要素を完成させたうえで評価してほしいと考えがちだが,そのためには2年前後の開発期間が必要となる。それだけ時間をかけて面白くなかったとき,どのような形で責任を取るのか,あるいは大規模開発の中で本来目指すべき形を見失わずにゲームを作るにはどうすればいいのか,といった課題が存在すると指摘した。
そうした課題を解消する方策の1つは,「今ある(あるいは流行っている)ゲームを改良して,さらに面白くする」というものがある。もっとも,シリーズものを作っている場合なら,それも比較的簡単だが,新規に立ち上げる場合は難しい。
そこで重要になるのがポイントのフォーカスだ。つまり「本当に実験するべきところはどこか」を見極めることで,とくにこの10年間はゲームの内容以上に,通信対戦やDLC,サーバーの維持やバージョンアップといった部分が肥大化しているので,どこにフォーカスして実験を進めていくかがより重要になっていくはずだと宮本氏は予想した。
スマートフォンのゲーム作り
繰り返しになるが,宮本氏がこの10年間の中でもっとも大きな変化だと感じているのは,スマートフォンの台頭である。宮本氏は,ゲームに限らずスマートフォンによって人々の生活が大きく変わったと感じている。「初代iPhoneが発表され,スティーブ・ジョブズが『タッチなんだよ』といったとき,『ニンテンドーDSのほうが先だ』と思った」と言う。「でも,DSを普及させるより,携帯電話をスマートフォンに置き換えていくほうが簡単という世間の構図があった。くやしかった」と当時を振り返った。
ちなみに当時の宮本氏は,携帯電話でゲームを遊ぶことに,あまり積極的ではなかった。ゲームでバッテリーを消費して,肝心の電話機能が使えなくなったら本末転倒だということが理由だが,そうした懸念もこの10年間におけるバッテリーの性能向上,また外付けのモバイルバッテリーの普及などによって解消された。
スマートフォンの普及は,人々のコミュニケーションを会話からテキストメッセージへ移行させた。スマートフォンで撮った写真をその場で加工して誰かに送ったり,世界に発信したりといったことは,今や誰でも手軽にできる。
宮本氏はこうしたことについて,「機能があっても,便利でなければ誰も使わない。ここまで利用されているのは,便利なアプリがあるから」「ユーザーインタフェースもよくなった。いまだにPCだとどこをクリックすればいいか分からないことがあるが,スマートフォンはどこをタッチすればいいのかすぐ分かる。UIデザイナーがいい仕事をしている」とした。
宮本氏は,ニンテンドーDSを「公共で使える,世界で一番安価なインターネット端末」として捉えていたという。そのため専用ブラウザを用意し,ショッピングモールのガイドとして使うような実験も行った。その集大成が「ニンテンドー3DSガイド ルーブル美術館」で,このソフトは今もルーブル美術館の公式ガイドとして採用されているという。
こうした公式ガイドをもっと大きく展開する構想があったが,スマートフォンの急速な普及によってあきらめざるを得なかったそうだ。
そのほか宮本氏は,この10年間で画像や音声認識の技術が大きく進化したことを挙げ,今後,この機能がゲームに取り入れられることに期待していると語った。
宮本氏は,ゲームの面白さを「ゴールを目指す」「再挑戦する」と定義づけた。任天堂がアーケードゲームを主に手がけていた頃は,「失敗したときに,もう一度コインを入れたくなるか」という,面白さの明確なポイントがあった。
そして,家庭用ゲームを作るようになってからも,この「ゴールを目指す」という分かりやすさからは,なかなか離れられなかったそうだ。自由度の高いゲームは,プレイした人から「何をやっていいのか分からない」というネガティブなフィードバックが寄せられたり,限られたメモリにプレイヤーに達成感を与える十分なリワードを用意するのが厳しかったりという技術的な制約があったりして,そこから逃れるには,決められたゴールを用意するのが一番適していたのだ。
「スーパーマリオブラザーズ」や「ゼルダの伝説」は遊ぶ人がいろいろ考える──いわば遊ぶ人のクリエイティビティが発揮されるからこそ面白くなるという宮本氏や任天堂の考え方も,自由度を制限する理由になっていたという。
しかし最近は,さまざまなゴールを許容するゲームが増えてきた。背景にはメモリの容量の増大や,1つのマップで同時に物事を動かす処理能力の向上などがある。
例えば「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」では,リンクが草原を走り,岩を登ってルートを見つけていくが,その動き自体が心地よく楽しいものになるよう,時間をかけて作ったという。
これは「スーパーマリオ オデッセイ」も同じで,こちらはプレイヤーが小さな目標を立てて自由に探索できるようにデザインされている。ステージをクリアしたとき,勝手に次のステージに進むのではなく,そのまま同じステージでプレイできることがポイントであり,1996年の「スーパーマリオ64」では,技術的に実現できなかったことだ。
宮本氏は以上をまとめて「環境が楽しければ,プレイヤーが自分で目標を作り,ゲームを進めていく」とした。
もっとも,ゲームと呼べないかもしれないが,宮本氏もかなり以前から,自由度の高いソフトにチャレンジしてきたという。例えば2000年の「マリオアーティスト タレントスタジオ」は,Miiの原型ともいえるようなキャラクターを使ってショートストーリーを作るエディタだったし,Miiをブラウザ上で作成できるサービスを実装したのも,宮本氏がとことんMiiを作り込みたかったからだという。
自由度の高いゲームの可能性
そうした自由度の高いゲーム(またはソフト)の中で,宮本氏がとくに注目したのが,「Minecraft」の成功だ。ブロックを積み上げて何かを作る3Dビルダーの発想は昔からあり,宮本氏もさまざまな実験をしてきた。しかし「レースゲームにしたらどうか」「アドベンチャーゲームにしたらどうか」といったように話が広がった結果,収集がつかなくなったそうだ。
とくに宮本氏は,「Minecraft」でコンビニエンスストアを作る動画に感銘を受けたという。「ここまでくると,コンビニの看板がほしくなる。つまりデータを売買する理由ができる」とし,「そこまでシステムを理解して,ほかの人に教えるプレイヤーが登場したことが本当にすごい」と絶賛した。その一方,なぜこれを自分達ができなかったのか「くやしい」とコメントした。
この10間年の宮本氏と任天堂のチャレンジの中で,とくに大きいのがスマートフォンゲームへの取り組みだ。任天堂は,1人でも多くの人に自分達のゲームを遊んでほしいと考えており,例えば「スーパーマリオ ラン」は,スマートフォンでやるなら,もっとシンプルに走って飛ぶだけのものにできないかと考えたという。
また,他社のプラットフォームにゲームを提供するのは任天堂としては初の試みであり,さまざまな知見が得られたという。
とくにスマートフォン向けゲームの難度調整は,困難をきわめた。適度なハードルを作り,達成感を得られるようにしたつもりだったが,データを見ると,初めて遊んだ人にとって難しすぎ,ステージ3あたりで投げ出してしまう人が多かった。そのため,上手でなくとも短時間でさまざまなパターンのステージが楽しめ,その中でパーフェクトを取れば高いスコアが狙える「リミックス10」モードを追加することとなったのだが,宮本氏は「最初からそうしておくべきだった」とする一方で,「プレイヤーの動向を見ながらコンテンツを追加していくのも,面白いやり方だと気づいた」と述べた。
ちなみに「Pokémon GO」も試作段階では,「ゲームとしてシンプル過ぎるのでは」と言われていたという。宮本氏は「Pokémon GO」の開発にはほとんどタッチしていなかったが,「もし深く関わっていたら,コミュニティの形成や位置情報を使うことの面白さに目が行かず,パッケージゲームのようにしてしまったかもしれない」と語った。
スマホゲームと課金システム
現状の日本のスマートフォンゲームでは,課金システムを切り離して考えるのは難しい。宮本氏によれば,任天堂でスマートフォンゲーム事業を展開するにあたり,「お金を出していただくのはサービスや開発したデータに対してであり,パラメータやレア度を調整して価値をつり上げるのはやめよう」という方針を採用したという。
スマートフォンゲーム市場はすでに巨大な存在になっており,少しでも多くの人に遊んでもらえれば十分に利益が生まれるはずだし,また(課金できないような)小さな子が遊ぶ機会の多い任天堂らしい落としどころではないかと考えたそうだ。
その結果,「スーパーマリオ ラン」では最初に所定の金額を支払えばゲームのすべての要素を楽しめる「買い切り型モデル」を採用したが,そこにはまた,自分の飽きやすさも加味したと宮本氏は言う。つまり,スマートフォンゲームの多くがMMORPGのようにアップデートを繰り返して長期のサービスを続けていくが,同じゲームに長く携わり続けるのは自分の性格に合わないというわけだ。
宮本氏は「マリオは気軽に始めて,失敗したら本気になるゲーム。そのため,1回ごとにお金をいただくより,買い切りモデルのほうが相性がいい」とも語っていた。
結果として「スーパーマリオ ラン」は3億前後のダウンロード数を達成し,今なお毎日遊んでいる人が多いとのこと。最初に立てた,多くの人に遊んでもらうという目標は達成し,またビジネス的には「買い切りモデルがうまくいったとまでは言えないが,採算は取れている。市場的にも定着しつつあるモデルなので,今後もチャレンジを続けたい」と意気込みを見せた。
話題は,プラットフォーマーやビジネス運営者と,ゲームを作る側との関係が変化していることに移った。任天堂はゲームを開発すると共に,プラットフォーマーとしてハードウェアを市場に提供している。競合他社との競争もあって,特定のゲームを独占的に提供することもあるが,基本はあくまでもソフトウェアビジネスにあり,その背景には任天堂の元代表取締役である故・山内 溥氏の「お客さんはハードなんて買いたくない。ゲームを遊びたいから,仕方なくハードを買う」という言葉があると宮本氏は言う。
とはいえ,最近ではハードを売るためにソフトを用意するケースも珍しくない。キャリアが契約者数を増やすために専用アプリを用意したり,オンデマンドサービスなどのサブスクリプションユーザーを拡大するためにコンテンツやアプリを利用したりするケースも目立つ。
そうした状況に対して宮本氏は,「ゲーム開発者は,それらの企業がソフトの価値を本当に分かっているのかを見きわめなければならない」とし,「ソフトに対価を払う習慣を作ろうとしている人達と,仕事をしていきたい」という持論を述べた。実際,宮本氏はかつて「ハードにソフト5本を付けて売りたい」という提案に強く反対したことがあり,これは「お客さんが対価を払ってソフトを手に入れるという仕組みを大切にしなければならない」という考え方に基づいているからだ。
無茶振りと批判が面白いものを生み出す
会場では,宮本氏のゲーム開発術も披露された。それによると,ゲームを作るうえでは,ゲームデザイナーがすべてのパラメータを自在に操れるようになるのもあまりよくない。例えば自動車のゲームでは,摩擦やフリクション,トルクといったさまざまなパラメータが出てくるが,それらを長くいじっていると感覚が麻痺して,どの状態が一番面白いのか分からなくなるという。これはどんなゲームでも起こることで,宮本氏はパラメータの一部は固定していじらず,ゲームデザイナーだけではなくプログラマーとも一緒に作業してゲーム開発を進めるという。
ゲーム開発のエネルギーになっているのは,「誰かの無茶振り」や「批判,酷評」だそうだ。例えばWiiは,「DVDケース2個の大きさに収まるサイズにする」という無茶振りにより,本当にそのサイズに収まった。また,とあるゲームは,開発途中で「全然面白くない」と酷評された結果,面白いものに生まれ変わったという。
宮本氏は,「無茶振りや批判がなければ,新しいアイデアは出なかった。むしろ感謝すべき」とし,「無茶振りや批判をどう受け流し,ポジティブなエネルギーに変えるかが大事だと思う」と述べた。会議など,あまりポジティブな気持ちになりにくい場面では,宮本氏は率先して笑い,その場の雰囲気をほぐすように努めているという。
さまざまなゲームを手がけてきた宮本氏は,「アイデアはどこから浮かぶのか」と尋ねられることも多い。宮本氏は「アイデアとは,誰もがいろいろ考えているもの。それがいいアイデアだと思うか,イマイチだと思ってボツにするかというだけのこと」とした。
また,いいアイデアであっても,時代や環境にそぐわないときもある。その場合,「なぜ使えないのか」というラベルを付けて,引き出しにしまい,状況が整ったときに改めて検討することが重要だ。
宮本氏の場合,アイデアが生まれるのは入浴中などリラックスしているときだ。ただし,引き出しにもともと何も入っていなければリラックスするだけで終わってしまうので,日々のインプットが重要になる。
冒頭の,CEDEC 2008の基調講演で語られたというグローバル展開について宮本氏は,「Nintendo Labo」の例を挙げた。親子で遊ぶというコンセプトは国民性に関係なく,本当にグローバルに通用するものであり,宮本氏は「まだまだがんばって世界に広げていきたい」と意気込みを見せた。
講演の最後には「出来不出来があるので,定点観測的に観ると面白い」と,ここ10年ほどずっとチェックしているNHKの連続テレビドラマに話がおよんだ。とくに2018年4月から放映されている「半分、青い」は,漫画家に憧れた主人公の少女とその挫折を描いた物語であり,やはりかつて漫画家を志したことのある宮本氏に響くものがあるという。
宮本氏は,主人公が師匠から何度もダメ出しされる中で,眠れなくなるほど追い込まれたり,締切に追われて現実逃避に走ったりする姿を見て,「自分がゲームを作るとき,はたして自分をそこまで追い込んでいるだろうか」と考えた。
そして会場に集まったゲーム開発者に向けて,「あの主人公くらい自分を追い込んでクリエイティブをやる人がこの中から出てきたら,日本もまだまだ世界に対して一矢報いることができるはず。お互い,また10年後に向けて頑張りましょう」と呼びかけて基調講演を締めくくった。
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