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[CEDEC 2019]東京〜出雲間のリモートワークの実態と課題,そして解決策は。ディライトワークスが挑戦した「働き方デザイン」の実例を紹介
ディライトワークス公式サイト
本セッションでは,ディライトワークスのデザイン部門であるアート部およびグラフィック部にて取り組んでいる,「自ら働き方もデザインする」事例が紹介された。
最初に紹介されたのは,アート部とグラフィック部のジェネラルマネージャーを務める直良有祐氏の働き方デザインだ。
直良氏は現在,社内のすべての業務をiPad Pro 12.9インチモデルで行っているという。メールやSlackを使った連絡はもちろん,プロダクトやスタッフの制作物の添削およびフィードバック,そして自身のアートワークまでもiPad Proでやっているというから驚きだ。また直良氏は紙媒体用のイラスト制作を請け負うこともあるのだが,その大容量の入稿データもiPad Proで描くとのこと。
さらに直良氏は,ディライトワークスの東京オフィスと,島根・出雲のオフィスを行き来している。月の半分は出雲で作業をしているため東京オフィスに座席はなく,専用のデスクトップPCはおろかノートPCすら用意されていないという。
いわゆるリモートワークをしている直良氏は,東京オフィスにいる間,リフレッシュルームの畳に寝転がって絵を描いたり,各スタッフを訪ね歩いてコミュニケーションを取ったりしているのだとか。
そのように座席やPCを廃したことにより,コストは大きく下がった。座席とPCやディスプレイなど必要機材を用意するには150万円以上かかるが,iPad Proと必要機材なら26万388円で済む。
以上を今井氏は,「以前はデスクトップPCや大きなディスプレイ2台,液晶タブレットといったようにデザインには特別な環境が必要だったが,iPad Proが登場した2016年以降は不要になった」とまとめた。
とは言え,これがすべての部署や人に当てはまるわけではない。紹介された業務のiPad Pro化は,直良氏がアートのコンセプトを担当する部署だったからこそできたことであり,例えばハイエンドなアセットを制作するグラフィック部のスタッフであれば,やはりデスクトップ環境に分があると今井氏は指摘。また普通のスタッフはPCでの作業がどうしても発生するものなので,すべての業務をiPad Pro化することは,コスト的にも向かないと語っていた。
ただ,この事例で得られた効果・収穫は,部門のトップであるジェネラルマネージャーが実践したことにより,成果物のクオリティや生産性が十分担保できると証明できたことにあるという。これが1スタッフの取り組みであれば,不可能だとされたり,仮に達成してもベストのクオリティを出せたのか疑われたりして,本当に使える働き方デザインであるかどうかは分からなかったと,今井氏は話していた。
2つめの事例は,入社して間もないグラフィック部スタッフの働き方デザインである。このスタッフは男性で,7月に奥さんが出産を控えていた。そこで彼は1か月間の休みを取りたいと希望したのだが,入社して間もないため,会社の育児休暇制度は適用されない。そこで連休明けの5月7日,今井氏のところに相談のメールが届いたというわけである。
そこから,グラフィック部を中心に社内で速やかな対応がスタートする。ちょうどその時期はアート部とグラフィック部内で働き方を自分達でデザインしていこうと話し合っていたタイミングだったこと,そのスタッフが近い将来リーダー業務を期待できる人材だったことから,育児と業務を両立できないかを今井氏らは検討。さらに人事部や情報システム部と相談し内容を固めた。
それが社内の会議で承認されたのは5月16日。最初のメールから9日経っているが,これは毎週開催される会議が連休の関係で5月9日に行われなかったからであり,今井氏は「最速なら2〜3日で承認された」と話していた。
具体的にはそのスタッフは,1か月間,基本的にリモートワークで業務を行い,事前に日程の決まっている重要なミーティングのあるときだけ出社することとなった。また1か月後には通常業務に戻るため,オフィスには座席やPCを残したとのこと。
実際にこの事例に取り組んでみた結果,今井氏によると,事前に想定したよりも現場でのサポートが必要となり,ほかのスタッフの負担が大きくなることが判明したという。その一方で組織運営視点では,次の事例につなげるための経験値を得られたとも話していた。
また育児休暇と言えば,それまでは女性スタッフが利用することの多い制度だったため,利用する際の大変さに男性が気づきにくい仕組みになっていたという気づきもあったとのこと。
この事例の効果・収穫は,まず働き方デザインに対して,周囲の部署が手厚くサポートしてくれると分かったことだという。今井氏によると,組織運営視点ではこれがもっとも大きな収穫で,どの部署も「どうすれば実現できるか」を常に考えてくれたそうだ。
また「事例がないから」と拒絶することなく,「よい事例を作って仕組み化していこう」という姿勢で取り組んでくれたこともありがたかったそうだ。
加えて,復帰したスタッフの仕事に対するモチベーションが目に見えて上がったり,時間に対する価値観の変化が見られたりもしたそうだ。とくに後者では,育児と業務を両立するために,集中が必要な実作業と短い時間で対応できる確認・連絡業務を細かく切り分けて業務時間を圧縮することに努めたという。
今井氏は,「彼にはリーダー業務を期待しているので,将来導いていくスタッフに好影響を与えるのではないか」と展望を語った。
最後の事例は,今井氏自身の働き方デザインである。今井氏は,リモートワークをしているジェネラルマネージャーの直良氏を支える,副ジェネラルマネージャーという立場だが,まずは互いの役割を決め,それぞれ得意分野を担当することにした。すなわち,アートのクオリティをチェックしたり,スタッフのスキル面を成長させたりするのは直良氏の仕事,組織運営をするのは今井氏としたのである。また決裁権は,それぞれが同等の権限を持つこととした。
そのほか大まかに,直良氏には部署の方向性の打ち出し,今井氏には各プロダクトのメンバーアサインや環境の整備といった役割があるのだが,ガチガチに線引きをするのではなく,遠慮なく意見を出し合うことに決めたという。
しかし,やはり東京と出雲の距離は大きな課題として立ちはだかった。IT技術が進化したとは言え,発生した状況によっては同じ時間,同じ場所で仕事をしたほうがいいケースもある。
また部署にとって重要な検討や判断をするときや,急なトラブルを解決しなければならないときには,ちょっと顔を合わせたいこともある。これらの点に関して今井氏は,「距離が離れていても,同じ仕事ができるというのは綺麗事に過ぎる」と,率直な感想を述べた。
さらには,直良氏が東京オフィスにいても,座席がないフリーアドレス状態なので,どこにいるかすぐに分からないということもあったそうだ。
以上の課題に対して,今井氏はそれぞれ実践した解決策を提示した。
まず東京と出雲の距離については,今井氏が出雲に出向くという手段を講じた。数字だけを見るのであれば,業務のiPad Pro化によって下がったコストの差額分を旅費交通費に充当するのは,トータルでありなのではないかと考えたという。
また直良氏と一緒に海外のカンファレンスに参加し,行動をともにした。海外出張は最低1週間はあり,移動のための飛行機やクルマの中,ランチ,ディナーと一緒にいる時間が多いため,必然的にさまざまなテーマで会話することになったとのこと。
そうしたジェネラルマネージャーのリモートワークと,その課題および解決策の効果・収穫としては今井氏は,まず「距離が離れているがゆえに,相手だったらどう考えるかを真っ先に考えるようになったこと」を挙げる。
また出張レベルの強制イベントを作ることで,「一緒の時間を作り,何か話そう」という気持ちが強くなるそうだ。とくにそれらの会話の中で,カンファレンスにて得た知識を用いてゲームや映像の今後,あるいは組織の未来や必要となる人材について語り合うのは非常に有意義だと感じたという。
その一方では新たな課題も生じた。今井氏の採った手法は,部署の運営にはいい方向に作用したものの,家を空けたり自分の時間を消費したりするので,家族が怒ってしまったのだ。
自分自身の働き方デザインができていないと痛感した今井氏は,さらにこの取り組みを進めなければならないと反省しているとのこと。今井氏は「始めたばかりの取り組みなので,継続しなければ意味がない。まずは自分から」と意気込みを見せていた。
会場では,今井氏が働き方デザインで今後チャレンジしてみたいことも示された。1つめは「部署内のタブレット端末での業務割合,人数を増やしたい」で,今井氏は「ジェネラルマネージャーが率先して試し,クオリティの担保と生産性の向上を証明したので,次は自分の番」と話していた。
また東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて目標として掲げられた,「競技会場周辺など大会期間中に渋滞が懸念される16の重点地区における最大30%の交通量削減」にも,氏は貢献したいとのこと。これはディライトワークスの東京オフィスが,まさに重点地区内にあるからで,今井氏は「週2日以上または部署内スタッフの30%以上をリモートワークにする」ことなどを検討しているそうだ。
3つめは「このセッション会場と出雲にいる直良氏をリアルタイムでつなぎ,リモートセッションにしたい」ということで,スクリーンに映し出された直良氏が,聴講者の質問に答える運びとなった。以下に,その中からいくつかのやり取りを抜粋して紹介しよう。
まず今井氏から,実際にリモートワークをやってみた感想を問われた直良氏は「忙しくはあるが,自分のホームタウンなので気持ち的にはのんびりやっています」とコメント。
また「ジェネラルマネージャーと副ジェネラルマネージャーが1週間も海外出張に行くとき,現場とのコミュニケーションはどうやっているのか」という質問には,今井氏が「部下にあたるマネージャーを信頼しているから,安心して出張に行ける」とし,直良氏も「マネージャーはかなり育っている」と同意した。
iPad Proで絵を描く作業を完結させる理由については,直良氏が「今はスマートフォンで観る人が多いので,そこにターゲットを絞ったほうがいいと考えた」と説明。ただし,場合によってはプリントアウトしてチェックすることもあるそうだ。
セッションの終盤には,CEDEC 2019の会場および周辺に掲示されたディライトワークスの広告画像も,直良氏が元画像をiPad Proを使ってレタッチしたことが紹介された。オリジナルサイズは6000×3200ピクセルとかなり大きいそうで,今井氏は「これも12.9インチのiPad Proでレタッチするんだ」と感心したという。
最後に今井氏は,「今回紹介した働き方デザインのチャレンジを共有して,ゲーム業界の発展に役立ちたいと考えています」と述べて,セッションを締めくくった。
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