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[CEDEC+KYUSHU]ガンパレや絢爛舞踏祭の芝村裕吏氏が,カレルシステムで目指すものとはなにか。その詳細を語った「LOOP8にみる群体型AIとその運用について」
2023年6月に発売されたマーベラスのジュブナイルRPG「LOOP8」(Switch / PS4 / Xbox One / PC)の特徴となっていたのが,プレイヤーが選択した行動によって,周囲のキャラクターの感情や人間関係が変化するゲームシステム。同システムの根幹をなすのが,カレルと称される群体型AIだ(LOOP8における正式名称は「エモーショナルAI」)。講演では,ゲームデザイナーの芝村裕吏氏が,群体型AIとはなにか,その活用方法などを説明した。
ゲームの世界で現実(っぽい)社会を構築する――群体型AI「カレルシステム」が目指すもの
群体型AIの着想元には,アリ・ハチグループ,いわゆる真社会性の研究があるという。女王を中心とした集団生活で,繁殖虫とそれら繁殖個体のために働く虫という身分の違いがあり,また血縁者同士の争いが起き,女王が追い出される。こういった社会構造は人間が特別なのではなく,アリやハチ,ハダカデバネズミにもある。それらの生きものたちの社会構造や思考ルーチンなどの研究の要領で,コンピュータ上に社会を構築するシステムができないか。こうしてカレルと呼ばれる群体型AIが誕生したそうだ。
群体型AIの概念について,「分かりやすく言うと,その仕組みはChatGPTなどに代表されるGPT(General Purpose Technology)のLLM(Large Language Model)と基本的に同じ」と芝村氏は説明する。
LLMが,前の言葉を参照してその次にくる“もっともらしい言葉”を選んで文章を作り上げるように,群体型AIもゲーム内で起きた出来事やキャラクターの行動を参照し,次に起きるものとして“もっともらしい反応”を選択しているだけ。ゲームには複数のキャラクターが登場し,同時並行でそれが発生するため,社会という複雑なものが再現される。
次にくる最適なものとしてAとBがある場合,「どっちでもいいかな」というときはサイコロ(乱数)だよりとなり,同じ状況でも試すたびに次の展開が変化するところも同じ。もちろん,詳しく話せばシステムの構造的にはまったく異なるが,「次の一手を探索するアルゴリズム」という意味においては同じものとして考えると分かりやすいというわけだ。
1つ(1人)の文章という形による個別の応答,“個体のリアリティ”を生成するLLMに対し,社会全体の動き“らしさ”をシミュレートする群体型AIだが,今までのゲームのAIとは何が違うのか。それについて芝村氏は,群体型AIは「中立的AI」であると話す。
ゲームにおけるAIの役割は,対戦相手を動かしたり,味方や部下の行動を自動で制御したりするものが主だ。それに対して群体型AIは,そのどちらでもない立場の人を動かすことを特徴としている。それが企画上においても,ほかのAIとの大きな差別化を図った部分だったそうだ。
では,中立性の高い群体型AIはどのようなゲームに向いているのか。例を挙げると「オープンワールドやそれに準じたゲーム」と芝村氏は話す。
群体型AIは,限定的に敵や味方を演じさせることはできるものの,社会での立場という“余分なモノ”が付いているので,ゲームとして最適な行動をとるとは限らない。例えば街を歩いている人を殴ったとしても,殴られたことで敵対するというプログラムではないため,「やめてけろー」と言って逃げたり,亀のような姿勢で頭をかばったりする。そこからバトルが始まるような,ゲームとして楽しい展開を作りにくいが,逆に言えば,現実的な人の反応を表現するにはとても向いているということだ。
こういったゲームの登場人物を敵,味方,中立で見ると,完全に敵,完全に味方というキャラクターは少数で,町の門番や住人,店の主人といった中立の立場の人物が圧倒的に多い。どこの町に行っても,そこの住人たちがその地域の暮らしをしている“っぽく”動いてくれるので,現実的な世界が描けるわけだ。
敵味方をハイドした(隠された)ゲームにも使えるという。中立的なふるまいをするので,人狼ゲームや,日常をウォッチしてスパイをあぶりだすようなゲームに向いているそうだ。
そして「組織」を題材にしたゲームとマルチストーリーADV。まずは組織だが,そもそも群体型AIの大元が真社会性の研究があるため,当然“超絶得意”な分野であり,すでに「高機動幻想ガンパレード・マーチ」「絢爛舞踏祭」といった作品でそれは証明されている。
マルチストーリーADVは,たとえば「ときめきメモリアル」のようにシミュレーションゲームの要素をもつ,複数の分岐や物語の展開があるゲームのこと。さまざまな条件で変化する数値がトリガーとなって,次のイベントやストーリーが発生するという仕組みでできている。そういったゲームは,とりあえずさまざまなシチュエーションのシナリオやイベントをたくさん用意すれば,あとの動きをAIに任せられるというわけだ。
「LOOP8」がまさにそれにあたり,“敵味方をハイドしたゲーム”の一面もあるので,実例として参考になるだろう。
もちろん,群体型AIにも苦手なことがあり,導入の際に注意しなければならない部分がある。そういったデメリットについても語られた。
まずは,ある程度導いてあげなければならないところや,制御してあげなければならない点があること。たとえば電車の席や公共の男性トイレの小便器の場合。一般的には,まずは両端から人が行き,他人と間隔を空けてスタックしていく。人間にはパーソナルスペースがあるからだ。ある程度埋まったところで隣りに入り,(電車の場合であれば)混み合ったときは距離を取る行動自体もしなくなる。群体型AIでそれを再現するには,また別に移動の制御などを入れる必要があるという。
また,それなりに高いレベルのデザインフィソロフィ(哲学)を持っていないと,群体型AIのメリットを生かしきれない。ゲームデザインには,無駄なものを外すという一つの大きな仕事がある。なんとなくで導入すると,群体型AIは余計なことをするもの,「このAIの制御いらなくない?」というものにも映るので,最初に「なぜ導入するか」の芯となる考えを持つ必要があり,またエンジニアとの緊密な連携も重要となる。
そしてコスト。人間の作業をラクにしてくれるAIではあるが,それはそれとして導入や運用にはコストがかかり,また扱いによっては開発コストが上がる場合もある。群体型AIは決して魔法の杖ではない。これから作ろうとしているゲームに生かせるのかどうかを考えることは重要で,そういった意味でもデザインフィソロフィの確立は欠かせないのだ。
ゲーム制作におけるさらに実践的な群体型AIの活用事例が紹介された後,群体型AIが引き起こす,既知の問題点も紹介された。
基本的に,ほかのAIが引き起こす問題は群体型AIでも起きるとのことで,たとえばAI同士でスコア付け(行動の是非や優先すべきことの数値決めなど)を任せっきりにすると,だんだんゆがみが生まれるとのこと。AI同士による独特のコマンドの並びが発生し,たとえば「ハグをする→そのあとに殺し合う」というような,おかしな行動のつながりが,普通のこととして是と判断される場合があるという。
また,人間が勝てなくなるという自体も起きるそうだ。敵や味方ではないものを描く中立AIなので通常起こりえないと思うが,“ヒロインが別のNPCにNTRされる”という事態が現実問題としてあるとのこと。
そして,「人間(プレイヤー)が異常者になる」。ゲームの世界で人間(プレイヤー)は,アイテムを探すため人の家に上がり込んでタンスを開けたり,隠された道を探るためにずりずりと壁に身体を沿わせて歩いたりする。そういった非日常を楽しめるのがゲームなのだが,ここでAIにしっかりと現実世界の規範や常識を覚えさせてしまうと,「こいつは異常者だ」と判断して距離を取る……という自体が起きる場合があるという。AIを活用するうえで学習機能を切ることは“敗北”ではないかとはよく言われるが,計算リソースを多く食われてしまうという問題とはまた別で,そういった判断をしなければならないケースはあるとのことだった。
セッションの最後に,まとめとして群体型AIを利用した場合のイベントシステムやシナリオの表現について語られた。
群体型AIを導入することで,イベントとイベントの間の出来事をゲームシステム側が補完してくれる。キャラクターたちの日常のほとんどをAIで管理できるので,イベント作成の自由度が上がり,また発生条件も任せられる。とは言え,通常のRPGのような感覚でイベントを設定しようとすると,そこには齟齬が起きる場合もあるという。
それはなぜかというと,人間がシナリオを書くとき,意識しなくてもドラマチックなものになる。この,ドラマチックというものが,数学側,デザイン側から見ると“TPOがそろった高度な奇跡”であり,イベントとして日常的な場面から発生させるとなると,それは至難な業であるという。
たとえば,朝日をバックに告白するシーンを用意したとしても,どちらかが寝坊してしまってはそのイベントは発生しないわけである。ゲームとして成立させるには,そこにある程度の手を加えなければならないのだ。
人間の行動は意外と単純で簡単にシミュレートできるが,偶然や奇跡(と呼ばれる何かしらのもの)といったランダム要素によって起きるドラマチックな出来事にも満ちている。あらためて人間の生活や社会活動の面白さを知り,ゲームでその世界を再現しようとするカレルシステムの挑戦のすごみに気付かされる講演だった。
「CEDEC+KYUSHU 2023」公式サイト
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(C)2022 Marvelous Inc.
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