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印刷2008/06/11 20:52

連載

ゲーマーのための読書案内 / 第49回:毒ガス開発の父ハーバー

ゲーマーのための読書案内
国民国家と火薬と毒ガスと 第49回:『毒ガス開発の父ハーバー』→軍事/民生技術モチーフ

 

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『毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者』
著者:宮田親平
版元:朝日新聞社
発行:2007年11月
価格:1260円(税込)
ISBN:978-4022599346

 

 有機化学をかじったことのある人なら,フリッツ・ハーバーの名前は先刻ご承知だろう。空気中の窒素からアンモニアを合成する実用的な方法を開発し,農業と工業に多大な貢献をした,ノーベル化学賞受賞者である。その彼の伝記『毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者』を,今回は紹介したい。

 書名が明かすとおり,この物理化学の大家が上げた業績は,時代背景と相まって軍事方面で大いに活用されてしまう。「ニトロ基」といえばピンと来ると思うが,窒素化合物に関する技術は化学肥料に使えるのみならず,火薬の生産に直結している。ハーバーの仕事は,農業生産と兵器生産の両面から第一次世界大戦時のドイツを支える結果となった。
 ちなみに本書の見解によれば,ハーバーのアンモニア合成法を聞いてカイゼル・ウィルヘルムII世が「これでドイツは戦える」と言ったという有名な逸話は,事後的に作られた伝説であろうとのこと。チリ硝石の輸入が途絶しても火薬が作り続けられるというのがこの伝説の趣旨であるものの,発言を裏付ける史料はなく,そもそも第一次世界大戦が持久戦になることを予測できた人自体ごく少なかったのだから,あり得ない発言というわけだ。
 ともあれ,このあたりだけを見ると,それこそアルフレッド・ノーベル以来連綿と続いている科学技術の悲劇にも思えるのだが,ハーバーの複雑なところは,祖国の戦争遂行に積極的に関与した点にある。彼は毒ガスの開発のみならず,高名な弟子のオットー・ハーンと共に,毒ガス戦全般のプロデュースを引き受けたのだ。

 そして第一次世界大戦の,科学技術戦争としての側面を見るとき,彼もまたお馴染みの見解を抱いていた。毒ガスは,戦争を早期に終結させて人的被害を抑える,相対的に人道的な兵器だと。ハーグ陸戦条約以来,つまり当時すでに(使い方によっては)禁止されていた毒ガスを,堂々と人道的と主張するのはたいへん分かりづらい話だが,そのあたりの事情は本書できちんと説明されている。
 実際,塩素やホスゲンを中心とする当時の毒ガスをほかの兵器と比べたとき,戦場で発揮する効果に比して,事後の治療で回復できる兵員の割合が高かったのである。兵器としての効果の消尽(=拡散)も速やかであって,彼の毒ガスに対する見解が,条約違反の可能性を考慮した強弁であるというわけでは,必ずしもないのだ。

 とはいえ,同じく化学を修めた彼の妻は戦争への関与を快く思わず,おそらくは夫への抗議の気持ちも込めて自殺してしまう。そうした,家族をめぐる悲劇を交えた彼の人生の結末は,ナチによる国外追放とシオニズムへの接近だった。そう,ハーバーの経歴とアイデンティティにずっと影を落とし続けたのは,彼がユダヤ人であることだった。
 これもまた,フリッツ・ハーバーという人間をどう捉えるべきか,問題を複雑にしているファクターである。ナチによるユダヤ人迫害が始まったとき,多くのドイツ在住ユダヤ人は,自分のことだと思わなかったという。迫害対象はきっと,最近になって東欧から入ってきた東方ユダヤ人であるに違いないと考えており,まさか100年単位でドイツに定着している自分達を指すとは,思っていなかったらしい。
 実際,ハーバーはユダヤ人であり,ポストの獲得に難儀した彼の前半生には明らかにユダヤ人差別が影を落としていた。にもかかわらず,ドイツ国家のために尽力するユダヤ系の人々は多かったのである。
 のちに「ユダヤ人問題の最終的解決」に用いられた毒ガスであるチクロンBが,ユダヤ人化学者たるハーバーの開発品であることは,こうした事態に対する最高度の皮肉であろう。

 同じくナチス・ドイツからの離脱を余儀なくされた多くの科学者の中には,かの理論物理学者アインシュタインもいたわけだが,アインシュタインとハーバーを対置してみるのも有益な視角だと思われる。
 ナショナリズムに批判的で,シオニズムからも距離を置いていたアインシュタインが主体的に行った連合国の軍事技術への協力は,対潜水艦戦など意外に広汎なものだったことが明らかになっている。その頂点が,マンハッタン計画(原爆開発計画)につながる提言への賛同だ。そして,ハーバーとアインシュタインは友人関係でもあった。

 この本は,フリッツ・ハーバーに関する海外の数少ない伝記本2冊をはぎ合わせたうえで,ハーバーの来日および星 一(ほしはじめ。小説家である星 新一氏の父)との親交を追い,ハーバーの日本軍への協力についても状況証拠を検討した,小品ながら注目すべき仕事だ。
 だが,それにも増してフリッツ・ハーバーその人こそが興味深い。おそらく彼こそ,20世紀の狂気と矛盾を一身に背負ったキーパーソンである。シオニズムの理論的根拠(パレスチナから追放されたユダヤ人の離散という図式)が,当のイスラエルで大きく疑われ始めている昨今,この複雑な人物の経歴を知っておくことも,無益ではあるまい。

 

諫められたヒトラーいわく「ならばドイツは物理も化学もなしでやる」

まことドイツの科学力は世界一ですな。

 

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■■Guevarista(4Gamer編集部)■■
無駄な読書の量ではおそらく編集部でも最高レベルの4Gamerスタッフ。どう見てもゲームと絡みそうにない理屈っぽい本を読む一方で,文学作品には疎いため,この記事で手がけるジャンルは,ルポルタージュやドキュメントなど,もっぱら現実社会のあり方に根ざした書籍となりそうである。
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