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オンラインゲームを教育に役立てる? 日韓のゲーム研究者によるシンポジウムが開催
このイベントは,東京大学大学院情報学環の馬場章教授の主催の下,オンラインゲームの研究,とくに有用性についての研究を取り扱ったもの。4Gamer読者にはお馴染み韓国ソウル中央大学のウィ・ジョンヒョン教授や,お茶の水女子大学の坂元章教授など,ゲームや仮想世界の研究に従事している専門家による,最新の研究成果が発表された。
ゲームの教育分野への応用といえば,シリアスゲームをはじめとして,北米での研究が盛んな分野なのだが,「オンラインゲーム」を扱った研究は,世界的にもあまり行われていないのが実情だ。今回のイベントでは,そうした状況に一石を投じるべく,オンラインゲームの教育利用……すなわち「G-ラーニング」の本格的な研究開始が韓国のウィ教授によって発表されるなど,今後の活動展開を含めたさまざまな報告が行われたのが印象的。会場となった福武ホール(定員180)も満席状態になるなど,関係者の注目度の高さも窺えた内容であった。
ゲームというと,「ゲーム脳」の言説を始めとして,なにかと悪い面ばかりが強調されがち(脳トレブームなどで若干雰囲気は変わってきた)なテーマでもあるわけだが,馬場氏は,そうした一方的な解釈だけではなく,多方面からゲームというメディアを理解していくための,このような取り組みは「意義のある研究」だという。
例えば,ゲームの持つ特性である「熱中性」には,ゲームに熱中しすぎて学力が低下してしまうというような負の面が言われる一方で,その中毒性/熱中性を良い方向,すなわち教育へと役立てることができれば,そこには大きな価値/意義があるというわけだ。
馬場氏の「大航海時代 Online」を使った研究などでは,授業にゲームを導入することで,生徒の学習に対するモチベーションを引き上げ,結果として知識の定着や,仮のものであるとはいえ,ゲーム内で当時(大航海時代)の世界観を実体験することで,歴史に対する認識や理解が深まったのが確認できたとのことであった。
まぁ,ゲームの有用性に関するより詳細な証明には,今後の研究の積み重ねが必要だとは思うが,馬場氏らの研究とは,ゲームというメディアの特性をいかに応用/利用するかという,「ゲームの持つ可能性」を開拓する取り組みであり,ゲームが社会の有益なツールとして認められていくためにも必要なこと。今後の取り組みに期待したい。
とくに「シャイネス者の社交性訓練」は,オンライン社会の特性の一つである「(リアル社会で会うよりも)恥ずかしさが少ない」点に着目した研究実験で,ハビタットIIをプレイしたグループとそうでないグループでは,見知らぬ人と同室になった場合の行動に差が生まれるのか? といった興味深い内容。
まぁ実験結果としては,一定の効果は確認できたものの,その効果は短期に留まるといったものだったが,「引き籠もりになってしまった人などが,対面訓練のステップアップの一環として使うには有効かも」としたほか,ラグナロクオンラインを使った実験では,オンラインゲームが引き籠もりや不登校などを助長するという言説に対して,「オンラインゲームが悪影響を与えているという結果は,いまのところない」とするなど,巷で“感覚的に”に語られる話が,実験ベースでは確認できていない点などを説明した(あくまで確認できていないだけで,影響がないという話ではない)。
野澤氏は,まず「お役所というと,お堅いんじゃないか,ゲームに理解がないんじゃないかというイメージがあるかもしれません」と語り始め,自身がコーエーやナムコから発売された「三国志」ゲームにハマったことをなど,ゲーム好きであることをアピール。「ゲームへの理解云々という話は,お役所だからという話ではなく,単なる世代の問題だと思う」として,政府機関に対する偏見(?)について私見を述べた。
野澤氏の講演は,政府機関らしくマクロ視点でゲーム産業を捉えたもので,巧みな話術と共になかなかに面白い内容。GDP(国内総生産)に占める国内コンテンツ産業の割合が2パーセントであることを挙げながら,世界平均の3.2パーセントやアメリカの5.1パーセントなどと比較しても,これがかなり低い数値であることを指摘。
「すなわち,まだ国内のコンテンツ市場が拡大する余地が大きい」として,コンテンツ産業,ひいてはゲーム産業の将来性の高さを示唆。また,日本のゲーム産業が世界をリードできる分野であること,そしてそのためには,ゲームを社会的に認知させる必要がことなどを説明。最後には「子供がゲームクリエーターになりたいと言っても,親が泣きださないような環境が必要」と冗談めかして語りながら,講演を締めくくった。
オンラインゲームを実際の教育に役立てようという試みは,オンラインゲーム研究の最先端を走るウィ教授主導で進められているプロジェクトで,曰く「今回の取り組みは,6年間アプローチし続けて,やっと実現しました」とのこと。
韓国といえば,言わずと知れたオンラインゲーム大国であり,オンラインゲームを軍事訓練として取り入れたり,ビジネス本では人気ゲーム「StarCraft」の戦術が引用されることもあるなど,なにかと“オンラインゲームに対して理解がある”印象があるが,ウィ氏の言うには,そんな韓国でさえ「オンラインゲームの教育利用については,かなりの反発があった」のだという。
またモデル校での実証実験が認められたとはいっても,教育者側も旧来の教育手法に対する拘りがあり,オンラインゲームを利用した教育方法を教師自身が理解しきれていないなど,問題も山積みの様子。ただウィ氏は,「オンラインゲームを使った教育手法が確立されれば,産業界に与えるインパクトは大きい」とし,前向きに今後の研究に取り組んでいくと語っていた。
ともあれ,講演者による一とおりの発表が終わった後は,登壇者全員が参加するパネルディスカッションが行われた。イベントのスケジュールの関係で,登壇者それぞれが一言コメントするのみという形となってしまったが,「日韓のオンラインゲーム研究者が一堂に会するのは,今回が初めて。歴史的な一日になりました」(馬場教授),「日韓が最先端を行くオンラインゲーム研究を,今後は世界へと広げていきたい」(ウィ教授),「時代にあった新しい教育工学は,国家の戦略/アイデンティティとして非常に大切なこと。政府機関にもぜひ積極的な取り組みを期待したい」(坂元教授)など,短いながらもそれぞれの思いをコメント。拍手のなかで講演は終了した。
さて,興味深い発表が数多くなされた今回のシンポジウムだったのだが,個人的に一番興味深かったのは,最後の質疑応答でのやり取りである。
それは,とあるパソコン教室の経営者が投げかけた質問なのだが,曰く
・小学生にPCの使い方を覚えさせるためにメイプルストーリーを遊ばせた
・それによって,PCに対する知識,熟練度は飛躍的に高まった
・一方で,いわゆる「学校の成績」は下がってしまった
・それに対して,子供の親達は大きな不満を抱いた
>親としては,むしろPCを取り上げたい,とかそういう話に
という内容。その経営者は,現代の社会において,PCやインターネットに対するリテラシーが非常に重要な要素であるにも関わらず,それが「社会的な評価(今の学校教育の評価軸では,という意味で)」として認められないこと,とはいえ現実問題として,子供の親達があくまで「学校の成績」に重きを置いてしまうことなどを訴え,教育とはなにか? と言う疑問を,教育者でもある登壇者たちに突きつけたのである。
これに対してウィ教授などは,「私自身は,オンラインゲームでより効率的に伸ばせる能力分野があると考えています。例えば,コミュニケーション力やリーダーシップなどについては,オンラインゲームが良い効用をもたらすというデータも出ています」と語りながら,「とはいえ,今の段階では,それを科学的に証明するのは難しい。オンラインゲームを現在の教育(学歴ベースの)に役立てるというのは,そうした親御さんや教育関係者を納得させるためのもの。言ってしまえば,現実社会との妥協でしかない」と,今回の取り組みの難しさを素直に語っていたのが非常に印象的であった。
今更言うことでもないが,どんな分野であっても,ある程度以上の規模となった産業ないし企業というのは,その社会的存在意義,あるいは社会的有用性を求められる傾向がある。社会に対して害毒があるとされたものは,それがどんなに大きな産業であれ,社会からの同意を得られず,ついには否定されてしまう例も無いわけではない(煙草だとか)。
そういう観点からすると,今回のようなシンポジウムは,今後ゲーム産業がより発展していくにあたってなくてはならないものであり,ゲームが内包する多くの偏見/誤解を解いてくれる,そんな可能性を持つ取り組みだろう。課題や問題は数多く,決して平坦な道のりではないだろうが,今後の成果に期待したいところである。
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