2014年9月18日の記事でお伝えしたとおり,Logitechの日本法人であるロジクールは,東京ゲームショウ2014(以下,TGS 2014)で,ゲーマー向けキーボードの新たなフラグシップモデルとなる「
G910 Orion Spark RGB mechanical gaming keyboard」(国内製品名:
G910 RGB Mechanical Gaming Keyboard,以下 G910)を発表した。新開発のメカニカルキースイッチ「
Romer-G」(ローマ―G)を採用し,キーの1つ1つを好きな色や光り方で光らせることができる点や,独自形状のキートップ「
Facet Keycap」(ファセットキーキャップ)を組み合わせるなど,極めて独自性が高い。
G910。欧米市場での愛称は「Orion Spark」となる
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Brent Barry氏(Head of Marketing, Gaming, Logitech)
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クリスマス商戦までには,メーカー直販価格2万185円(税別,単純計算した税込価格は2万2000円)で国内発売となる予定だが,完全新作のキースイッチとキートップをわざわざ新規開発してきた理由は何なのか。4Gamerでは,TGS 2014の会場で,ゲーマー向け製品ブランド「Logitech G」(日本ではLogicool G)のマーケティングを統括する
Brent Barry氏に話を聞くことができたので,その結果を踏まえ,G910のポイントをまとめてみたいと思う。
高速化のためにオムロンと協業
「実測値で」25%高速に打鍵できるRomer-Gスイッチ
G910における最大の特徴となるのが,新開発のメカニカルキースイッチであるというのは論を俟たないだろう。
Romer-Gスイッチのイメージ
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ゲーマー向けキーボード用のキースイッチといえば,ZF ElectronicsのCherry MXスイッチが定番だ。Logitech/ロジクールも初のメカニカルキーボード「
G710+ Mechanical Gaming Keyboard」(以下,G710+)で「Cherry MX Brown」を用いていた。また,最近では,独自性を出そうとして,中国メーカーの“Cherry互換スイッチ”を「オリジナルキースイッチ」として採用するメーカーもちらほらと出てきている。
それに対してRomer-Gは,Logitechが,日本のオムロンスイッチアンドデバイス(以下,オムロン)と共同開発した,ゲーマーのためのまったく新しいキースイッチである。オムロンはマイクロスイッチやタクトスイッチにおける大手の一社だが,マウスボタンのスイッチはともかく,ゲーマー向けと明確に位置づけられるキースイッチでオムロンの名前が出てきたのは,今回が初めてではないかと思う。
TGS 2014の会場で実際に触ってみたが,そのRomer-Gは,メカニカルキースイッチっぽさを感じさせない,不思議な打鍵感になっている。メカニカルキースイッチは,静音タイプであってもカチャカチャと音が出やすいのだが,それと比べるとRomer-Gの打鍵音は比較的静かだ。また,“底打ち”したときの感触も割と柔らかい。
もちろん,ラバードームを採用したメンブレンスイッチと比べるとしっかりした打鍵感はあるのだが,Cherry MXスイッチとは明らかに感触が異なる。
キーストローク自体について,Barry氏は「既存のメカニカルキースイッチと変わらない」と述べていたが,ロジクールが公開した製品概要では3mm±0.2mmなので,Cherry MXと比べると約1mm短くなった計算になる
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Barry氏によると,Romer-Gキースイッチの開発にあたってもっともこだわったのは「
高速化」であったという。氏いわく「高速化のために我々が研究したことは大きく2つある。1つはキーが反応する深さ,もう1つはキー押下圧だ。前者は『次の操作に進む速さ』を左右する非常に重要なパラメータで,後者はキーを押したときの感覚を左右するポイントになっている」とのことだ。
そこで,Cherry MXだと約2mm押し込んだところでスイッチが反応するのに対して,Romer-Gでは1.5mmのところで反応するようにLogitech/ロジクールは設定した。あえて短くしてあるわけだ。
Logitech/ロジクールとオムロンは,速度と耐久性,精度を追求してRomer-Gを開発した。キーは7000万回の打鍵に耐えるという
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この1.5mmという「スイッチが反応する深さ」をLogitech/ロジクールは「Actuation Point」(アクチュエーションポイント,作動点)と呼んでいるが,この深さを決定するにあたっては,「
League of Legend」の北米プロリーグに参戦しているゲーマーからのフィードバックを参考にしているという。「2mmでは深すぎる」「1mmや0.5mmでは浅すぎて,ちょっと触れただけで“誤爆”が発生してしまう」という意見が集まり,それを基に「Cherry MXより約0.5mm浅いActuation Point」が設定されたとのことである。
一方の押下圧も,主にプロゲーマーのフィードバックによって決定したそうだ。Barry氏は,「押下圧の異なる複数のスイッチをプロゲーマーやエンジニアに試してもらい,その結果を踏まえ,Cherry MXブランドのキースイッチと同じ(公称45gの)押下圧に設定した」と述べていた。具体的にどの軸を想定したものかまでは教えてくれなかったが,触った感覚で語るなら,おそらくは“Cherry青軸”こと「Cherry MX Blue」だろう。
実際にRomer-Gを押してみると,1.5mm押し込んだところで指先に軽いクリック感があるのだが,Barry氏によればこれも「(クリック感があれば)次の操作に移るポイントを知ることができるという,プロゲーマーの意見をもとに設定されたもの」だそうだ。発表時の記事でもお伝えしたとおり,Logitech/ロジクールは,既存のスイッチを採用するキーボードと比べて,G910を用いた場合,25%高速に打鍵できるとしているが,この数字は実測に基づくものとのことでだった。
キートップだけじゃない。キーの配置や角度も徹底した調査に基づく独自仕様に
TGS 2014の初日にG910が発表されたとき,ロジクールは,キーによってキートップの凹ませ方を変えるFacet Keycap仕様も強くアピールしていた。
一般的なキーボードのキートップは,[Space]キーなど,親指の横っ腹で打鍵するようなキーがかまぼこ形になっているのを除くと,左右にエッジが立ち,中央が丸く凹んだ形状になっている。それに対してFacet Keycapでは,
- メインキーのうち,左手の指で操作することになるキーとカーソルキーは,中央よりも少し奥のところに向かって四辺から切れ込んだ形
- メインキーの左端にある[Tab]や左[Shift],左[Ctrl]といったキーは,左側だけ盛り上がる形
- そのほかのキーは,一般的なキーボードのキートップにある左右のエッジを際立たせた形
が採用されているのだ。
メインキーボードに寄ったところ。左手の指が届く範囲のキートップは,中央より少し奥あたりを谷に,四隅のエッジが立った形状になっている。[Tab]キーなどは,左端のみエッジが立ち,それ以外は左右のみハの字型エッジが立っている
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長時間使ったわけではないので,まだ結論は下せないが,ファーストインプレッションレベルの感想を述べるなら,打鍵していてFacet Keycapによる違和感はなかった
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キートップの形状が変わったことに不安を覚える読者もいたりするのではないかと思うが,Barry氏によれば,これは「[W/A/S/D]キーの周辺で指を激しく動かす人に向けた配慮」だという。とくにLeague of LegendsなどのようなMOBAだと,左手の指は激しく動かすことになるが,そのとき,キーの1つ1つを,誤爆することなくしっかり押下したいというプロゲーマーの声に応えるべく,上下左右のエッジを効かせたというわけである。
Barry氏は,G910で,キーボードの左半分をキーパッド的に使うことも想定していると述べていた。実際,[F1]〜[F4]キーのすぐ上に,追加の[G6]〜[G9]キーがあるのは,まさにそういったキーパッド的な用途に向けたものだそうだ。カーソルキーは例外として,キーパッド的に使うとき,左手の指が届く範囲のキートップを大きく弄ってきたという理解でいいだろう。
G910は,ステップスカルプチャベースでありながら,最も手前の列ではパームレスト側に向かってキートップを傾斜させるという,独特の配置になっている
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大きく弄っているといえば,最も手前側のキーが,一般的なステップスカルプチャ仕様とは大きく異なり,
手前側に向かって下がるような格好になっており,また,
[Space]キーなどがかまぼこ形ではなくFacet Keycap仕様になっているのも目を引くところだが,これはなぜこうしたデザインになっているのか。
「G910では最良のパフォーマンスを得るために数多くのテストを行った。キーボードを操作している様子をビデオに撮影して検討するといったことはもちろん,プロゲーマーなどのユーザーが,キーボードのどこに手を置いているかといったことも,綿密な調査によって調べ上げた。このような科学的な検討の末に決定されたのが,今回のキートップであり,配置なのだ」(Barry氏)。
言われてみれば,パームレストに手を置いた状態だと,一般的な形状のキーボードでは[Space]キーがやや高めに感じられる。それを意識してG910の斜めに落ちた[Space]キーに手を置いてみると,確かにしっかりくるのだ。ロジクールによると,Logicool GアンバサダーであるStanSmith氏が事前にテストしたときも,この傾斜を高く評価していたという。
……と,ここまでの説明を聞いて,「そこまでユーザーのフィードバックを参考にしているなら,キーボードの左端にある『G-key』が“誤爆”しやすくて邪魔だという声は聞かなかったのか?」と思った読者もいるだろう。筆者も疑問に思ったので率直に聞いてみたところ,Barry氏は「確かに操作ミスしやすいというフィードバックがあった」と認めつつ,それを回避するために,メインキーの左端にある[Tab]キーなどで左側のエッジを立たせたのだと述べていた。「左側を高くすることで,G-keyと区別しやすくなった。G710+と比べると,[Tab]キーなどとG-keyの物理的な距離は近くなっているのだが,“誤爆”は圧倒的にしにくくなっている」とのことだ。
また,G710+では[ESC]キーと[G1]キーが横に並んでいたため,「[G1]キーを押そうとして[ESC]キーを押してしまう」ため,[ESC]キーの左隣にあったG-keyは取り除いたという。これもフィードバックを受けての改善だとBarry氏は述べていた。
もう1つ,面白いのが,パームレストの左側に刻まれた線状の溝と,910のロゴが光っている“穴”である。10人いたら9人がデザイン的なものだろうと軽く流すのではないかと思うが,これも科学的検討の産物だという。
「手のひらをパームレストに置いたときに,この溝とG910のロゴの部分が適切なエアフローを生んで,手のひらが蒸れてしまうことを防いでいる」(Barry氏)。
この手のインタビューでは,意図を聞くと「だって格好いいだろう?」と返ってくることが多いのだが,Barry氏の口から返ってきたのがすべて意図と根拠だったのは,正直驚いた。Logitech G/Logicool Gのタグライン(=キャッチコピー)「Science Wins」(日本語では「勝利の方程式」)に偽りなしというか,とにかくサイエンスが盛りだくさんといった印象だ。
フルカラーのLEDライトアップにも
強いこだわりが
Romer-GとFacet Keycapに並ぶ,G910の大きな特徴の1つが,キーを1つ1つ異なる色で光らせられる機能である。
「約1677万色のフルカラーLEDを組み込んだメカニカルキースイッチ」というと,ZF Electronicsの「Cherry MX RGB」や,Razerの「
Chroma」が記憶に新しい。とくにCherry MX RGBのほうは,ZF ElectronicsとCorsairが,相当なこだわりを持って共同開発したスイッチだ(
関連記事)。
Romer-Gのキートップを外すと,プランジャーっぽい柱の中央に,“つぶつぶ”っぽく見えるレンズユニットがある。LEDを光らせると,このレンズユニットが,光を広く拡散させる仕様だ
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それに対して,Romer-Gに埋め込まれたフルカラーLEDは何が違うのか。Barry氏は,「従来のLEDを組み込んだキーボードで気になっていたのは,『LEDがキートップの中央を光らせていない』という点だった。LEDがキースイッチの横に置かれている関係で,キートップの光がどうしても寄ってしまう。そこで,G910ではLEDを中央に取り付けられるようにキースイッチを工夫した」と述べている。
Romer-Gでは,スイッチとキートップの間にプランジャーのような機構が用意され,その奥に,光を拡散させるためのレンズユニットが搭載されている。このレンズは,Logitechの本拠・スイスにある光学メーカーとの共同開発だそうで,LEDがキートップの中央を光らせ,かつ,光を広く拡散できる設計になっているとのことだ。
キーはアンチゴースト仕様。Nキーロールオーバーとなる
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冒頭でも述べたとおり,国内におけるメーカー直販価格は2万2000円(税込)だ。伝え聞く他社のフルカラーLED搭載メカニカルキーボードの予価と比べると,独自仕様満載の割には相対的に安価だと思うのだが,Barry氏は「適正価格だと考えている」と冷静だった。「Logitech/ロジクールは,常に『適正価格』を考えている。G910でも,ゲーマーが適正と感じられる価格になるよう努力した結果だ」(Barry氏)。
なお,G910ではもう1つ,ユーザー手持ちのAndroid/iOSスマートフォンおよびタブレットと連携できる「
ARX Control」(アークスコントロール)という機能があるのだが,これは現在開発中とのことで,デモなどを確認することはできなかった。
Logitech/ロジクールのゲーマー向けキーボードは,一部のモデルで小型液晶パネル「GamePanel LCD」を搭載し,さらにそのソフトウェア開発キット(以下,SDK)が公開されていたが,表示は1バイト文字しかサポートされておらず,それゆえに,日本ではほとんど活用例も生まれなかった。しかし,今度はAndroidやiOS用のSDKがゲームパブリッシャなどへ提供されるとのことなので,日本でも利用例が増えてくることを期待したい。
ARX Controllはまだ開発中。写真のiPhoneに写っているのはあくまでもイメージだが,こんな感じでモバイル端末をキーボードに差し,セカンドスクリーン的に利用できるようになる
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以上,G910の発売はもう少し先になりそうだが,オムロンとの共同開発になるスイッチをはじめとして,相当に面白そうなキーボードということは言えそうだ。キースイッチの正体については「それは技術者に聞いてもらったほうがいいだろう」(Barry氏)ということで,またの機会になったが,ARXコントロールの詳細も含め,続報が入り次第,お届けしたいと思う。