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3D立体視に対応しないとマイナスになる時代が来る――池尻大作氏や稲船敬二氏らが出演した,立体Expo 2010セミナー「3Dゲーム/各ゲーム会社の現状の取り組み,今後の展開」聴講レポート
なお,立体Expo 2010は,立体映像をはじめとした映像システム/機器/コンテンツの展示会で,12月8日から12月10日の3日間,神奈川県横浜市内にあるパシフィコ横浜で開催されていた。4Gamerでは,展示会のレポート記事を掲載しているので,テクノロジーに興味のある人は「こちら」の記事もチェックしてみてほしい。
「New Media Technology 立体Expo 2010」公式サイト
まずは,出演者がそれぞれ自己紹介を兼ねて,3D立体視に関する自らの取り組み事例を紹介した。
池尻氏は,SCEでは以前から3D立体視導入への取り組みを行っていることを,自身がプロデュースしたPlayStation 3用ソフト「みんなのGOLF5」を例に挙げて説明。製品版をベースにプログラムを改良して3D立体視に対応させる実験を2010年春頃から開始し,遊べる形になるまでは2〜3か月かかったそうだ。なおその3D立体視対応版は東京ゲームショウ2010に参考出展され,非常に好評を博したそうである。
それ以外にも,「MOTORSTORM3」のように3D立体視対応を前提に開発されているタイトルがこれから発売されるのはもちろん,発売済みのタイトルでもオンラインアップデートで3D立体視対応が可能であり,「Mr.PAIN」「STAR STRIKE HD」「WipEout HD」のようにすでにその実例も市場に投入済みであると話す。また,視認性や操作性の向上,臨場感の増大といったメリットも発生すると,タイトルごとの説明も行った。
また,「ICO」や「ワンダと巨像」のように,PlayStation 2プラットフォームで発売されたタイトルをHD化してPS3で発売するプロジェクトが進行しており,そこではただHD化するだけではなく,3D立体視に対応することでより没入感を高められると,そのメリットを挙げた。
石井氏はまず,旧ナムコ時代を含めたバンダイナムコゲームスにおける,立体視ゲームの取り組みから紹介。同社においては,2眼/多眼/空間像といったさまざまな方式で立体視への取り組みを行ってきたと述べる。
その中で石井氏が担当した業務として,2000年7月にレンチキュラ・パノラマグラム方式リアルタイム立体視システム2000年型試作,2002年に同2002年型試作,2004年7月にはフラクショナル・ビュー方式の発表が挙げられた。
また,旧バンダイと旧ナムコが経営統合してバンダイナムコゲームスが設立されたあとは,立体視の関連業務と内製ライブラリ開発を並行して行い,2010年度からまた立体視の業務をメインに行うことになったそうである。
石井氏は現在の業務として,製品での立体視の技術レベルや,安全性に関する基準を統一するための技術資料,サンプルプログラム,安全基準の作成などを行っているとのことだ。
そして稲船氏は,先日カプコンを退職したばかりということで,「ゲームクリエイター」という肩書きだと自己紹介した。
稲船氏は23年間ゲーム制作に携わり,ゲームの進化を見てきた中で,2Dから3Dへの変化,今回の立体視という変化を経験したと話す。そして,今後制作に携わっていくゲームとしては当然立体視も視野に入れており,どんな立体視対応ゲームを作ればユーザーに喜んでもらえるかを考えながらやっていきたいとコメントした。
また稲船氏は,立体視には問題点もたくさんあるが,新しい技術や取り組みは,クリエイターの気持ちを揺さぶる部分があるとも話していた。
そしてパネルディスカッションは,テーマごとに3人の意見を聞くという形で進行した。
最初のテーマは,「立体視を巡る現状」について。
石井氏は,立体視は視差をつけて平面視から立体視へ調整できるので,立体視が主流になる,平面視がなくなるという訳ではなく,両方とも“あり”で,自分の好みで切り替えて楽しめるという,「立体視モードを備えたゲーム」が主流になるだろうと考えていると述べた。
稲船氏は,主流かそうではないという部分の判断は難しいが,「立体視」と言っていること自体がなくなれば主流になるだろう,またそのためには“慣れ”が必要だと述べた。
氏の発言を筆者なりに解釈すると,前者は,ふだんの生活の中で見えているリアルな3Dの世界を,普通我々は意識しない。同じように,ゲームの中でも意識せずに済むかどうかが,主流になるかどうかの分かれ目だということだ。
後者については,技術が先に立ったり,特性が極端に強調されるような「すごい立体視のゲーム」を作っても,ユーザーはその状況にいきなり適応できない。そのため,ユーザーが3D立体視をごく自然に受け入れられる状況を,クリエイターが段階を踏んで作っていく必要があるということだろう。
池尻氏は,映画において2D/3D両方を上映していれば,おそらくは多くの人が自然と3Dを観に行くように,PS3や3DSといった環境が整うことで,ゲームでも3D立体視の方向に向かっていくだろうと話す。ただ,レースやスポーツといったジャンルでは迫力が増してゲームもしやすいが,将棋や麻雀のゲームが立体視である必要がないといったことを例に挙げ,すべてが立体視になるというわけではないとコメントした。
また氏は,3D立体視で今までのゲームにない面白さをどれだけ提供できるかは,作り手に左右される部分が大きいので,責任を持って取り組んでいきたいと話していた。
続いては,立体視ならではのメリット・デメリットはどのようなものなのか,という話題だ。
稲船氏は,遠近感がより分かりやすくなることをメリットとして挙げた。たとえば,「奥にある物を頭を動かして見る」といったところまでを視差で表現できれば,シューティングでは「壁に隠れて顔を出して撃つ」表現の臨場感やリアリティが増すことにつながる。つまり,今主流のゲーム自体にも3D立体視のメリットはあるだろうと続けた。
池尻氏がメリットとして挙げたのは,空間の中の位置の把握しやすさと臨場感の二つ。
ゴルフゲームを作ってきた自身の経験から,氏は,たとえばティーグラウンドでの打ち降ろしやコースの障害物などにリアリティを出そうとがんばってきたが,やはり2Dのモニターに擬似的に3Dを表現しても,立体には見えるが平面視であると話す。
「みんなのGOLF5」の実験では,3D立体視で表現することで奥行きが再現され,打ちおろしの恐怖感や木々を邪魔に感じるところが再現できたことを挙げ,向き不向きはあるが,奥行きがあるものや空間を使って遊ぶタイプのものには,非常にマッチするとまとめた。
石井氏は,3Dゲームに限った話ではないが,「情報が分かりやすくなる」ことがメリットだという。
近年のゲームでは画面の解像度が上がり,演出がどんどん派手になるなど,表示される情報量も非常に多くなった。しかし,シューティングにおける空中のオブジェクトと地上のオブジェクトの見分けが付きにくいといったような,平面視のディスプレイでは情報の多さが分かりにくさにつながる一面もあると話す。
3D立体視で奥行きという情報が加わることで,こういったものも,より分かりやすく伝えられるだろうと述べた。また,ペットボトルのような透明なオブジェクトにおける,素材感のような表現力が上がることもメリットに挙げていた。
次にデメリットについては,それぞれ以下のような意見が挙がった。
石井氏から挙げられたのは,一部オブジェクトの表現と,3D立体視自体についてだ。
氏は,透明なオブジェクトや光るオブジェクトのようなものは,やり過ぎると水面の乱反射のような,現実に見ても“嫌な物”になってしまうため,表現を抑えめにするといった配慮が必要になることを示した。
また,3D立体視でしか表現できないものを作ってしまうと,少なからずいるであろう3D立体視用のメガネが苦手な人や,メガネを掛けても3D立体視として認識できない人が楽しめないものになってしまう。そのため現状では,立体視と平面視を任意に切り替えられるものを作っていくべきだと述べた。
稲船氏は,稲船氏は,デジタル処理をはじめとした,3D立体視ならではの要素が高コストの一因になり得る可能性を示唆して,最も大きなデメリットはコストアップだと話す。
氏によれば,ゲーム制作は時間のかかるものであり,コストアップの大半は開発期間が伸びることで発生するものだという。3D立体視をゲームに生かすアイデアを考えるための期間が必要であれば,それもコストアップにつながるといえるわけだ。
もう一つ稲船氏が挙げたのが,ゲーム制作のスパンである。
氏は,規模を問わずゲームの制作工程を最初から最後まで経験することが,クリエイターとしての成長につながると話す。スケジュールやコスト感などを意識しながらゲームを制作できるようになるには,最低でも3タイトル程度の経験は必要とのことだ。
氏は自身の経験に照らし合わせ,ファミコンの時代は2か月から長くても6か月で1本作っていたが,今は3年かけても1本完成できないこともあると述べる。今と昔で規模が違うのは当然だが,若いクリエイター達が経験を積んで成長するには,以前よりもさらに時間がかかるようになってしまったことを危惧していた。
つまり,立体視に対応することで開発期間がさらに長くなれば,それによって若いクリエイターがより育ちにくくなる,ひいてはそれがのちのゲーム業界にデメリットとして影響する可能性がある,ということだろう。
池尻氏は,3D立体視導入に伴うコスト増をデメリットとして挙げた。
映画なら映画館に行くだけでいいが,家庭であれば3D立体視対応のテレビを導入する必要がある。また,大画面かつサラウンド環境で遊ぶというのが理想的ではあるが,ゲームを遊ぶ人口のうち何%がその環境を満たしているかというところがポイントだ。
開発の方向性にもよるが,ゲームの購入者のうち,3D立体視やサラウンド環境に対応したコンテンツを楽しめる人の割合があまりに低いようなら,その開発にかけるコストを,ゲームを買った人皆が楽しめる部分に回したほうがいいという考え方もある,というわけである。
また池尻氏は,3D立体視のゲームは,見え方に個人差があるため,デバッグにおいて処理が難しい部分があるとも述べていた。
話題は,「立体視でどのような新しい体験が待っているのか」に移る。
池尻氏は,3D立体視のいちばん伝わりやすい特徴として,見た目のインパクトが強いことを挙げた。ただし,その特徴自体は,人からの伝聞では伝わりづらいものなので,実際に自分で体験したい,遊んでみたいという欲求は高くなる。その欲求にどれだけ答えられるかがが重要で,現在はソニーとも連携して,そういった機会を数多く設けられるようがんばっていると話した。
稲船氏は,過去にゲーム表現手法がスプライト主体からポリゴン主体になったときに,「ポリゴンで作りたい」という,ゲーム性やシステムよりも技術を重要視した考えにとらわれてしまったと,自身の経験をふまえた反省点をまず挙げた。そのため,「3D立体視という技術まずありき」「立体視であれば面白い」という勘違いは,クリエイターが最もやってはいけないことだと続ける。
また,実際には見るだけではなく聞いたり感じ取ったりといった感覚をすべて含めて「立体」であるため,ゲームも立体音響を含め「立体空間を演出する」という形で考えていかないと,良いゲームにはならないと述べる。「3D立体視」という言い方に惑わされず,総合的に立体という感覚に訴えかけるゲーム制作が求められている,またユーザーもそういうものを求めているのだと注意を促していた。
石井氏は,3D立体視でどのようなジャンルが成功するかは,プラットフォームや画面の大きさにかかってくると話す。大画面では「臨場感」,小さい画面では3D立体視で「そこにいる」という「実在感」を意識することが大事で,それぞれに適した,空間を感じさせる方法,画面にプレイヤーを引きこむような表現の工夫を模索していくべきだと述べた。
ここで,PlayStation MoveやKinect for Xbox 360といった,新しい入力デバイスの話が出て,「3D立体視で入力デバイスに変化はあるのか」という質問が出た。
池尻氏は,たとえば卓球のようなスポーツなら,PlayStation Moveで手首の返しまで認識できるし,立体視と組み合わせれば位置関係が正しく認識できることから,両者の相性はいい。このように,PlayStation Moveと3D立体視については,「すべて」ではなく「向いているもの」と組み合わせるという。
また,今後は「触りたくなる」ような映像が登場するのに合わせて,新しい入力デバイスも開発されていくのではないかと述べた。ただ,新しい周辺機器との組み合わせで新しい面白さは出るものの,あくまでパラレルであり,コントローラはなくならないと思うと,氏は付け加えた。
稲船氏は,新しいものには新しいデバイスを使うという感覚は間違っていると述べる。自動車が発明されてから今に至るまでハンドルがなくなっていないことと同じで,コントローラ自体にマイナーチェンジはあるものの,ゲームに絶対必要な物であると主張する。立体視に合わせてコントローラが何か新しいものに取って代わられるということは,個人的にはないと思うと話していた。
MoveやKinectは面白いデバイスだが,それと3D立体視がすべて良い相性で組み合わさるわけではない,また,コントローラを持つことで,ゲームをしているという意識,安心感があることが重要だと稲船氏は述べた。たとえば,「バイオハザード」のような怖いゲームを遊んでいるとしても,コントローラを持っているから「現実じゃない」「自分は死なない」という安心感のようなものがあるのだそうだ。
稲船氏は,今のコントローラが進化し続けていくだろうとまとめた。
石井氏は,コンテンツ次第であると前置きしたうえで,デバイスがアナログに寄りすぎていて,「1マスだけ動かしたい」といったデジタルな感覚がなくなっているような気がすると話す。そのため,デジタル式のデバイスもまた必要であり続けるだろうと話していた。
次に,3D立体視はいつごろ普及するのかという質問が出た。
池尻氏は,個人的な立場での意見で,かつ感覚的なものなので根拠はないと前置きをしたうえで,立体視用のメガネが不要になってより見やすくなるなどのタイミングで段階的に増えていき,普及に10年くらいはかかるのではないかとコメントした。
石井氏は,普及の定義そのものにも踏み込んで,ニンテンドー3DSが爆発的に売れることが普及だというなら,そうなるだろうと話す。
また,普及には対応デバイスの価格などによるところが大きいので,価格が高い大型の3D立体視対応ディスプレイばかりではなく,ゲームをプレイするための中型の3D立体視対応ディスプレイがもっとあったほうがいいのではないかと個人的には思う,とも話していた。
稲船氏も,どこをもって普及と捉えるかが難しい話であると述べ,ニンテンドー3DSが売れての普及なら来年,映画館やテレビのコンテンツが3D立体視対応となり,すべての家庭に3D立体視対応の大型テレビが普及というならば,10年という期間をおくことになるだろうと話す。
また稲船氏は,ゲーム業界では,どんなにいいハードであってもそれ単体があるだけで爆発的に売れることはなく,ハードはそれに見合った魅力的なソフトがあってはじめて爆発する,どのハードにおいてもそれを牽引したタイトルが存在してきたとコメント。
そのため,「3D立体視対応のテレビに買い替えなきゃいけない」と思わせられるだけのゲームを作れるかが重要であり,ゲーム業界でどこの誰がやるのか,それを競い合い普及の速度を高めることが,ゲーム業界にも3D立体視の普及にもいい効果を及ぼすだろうと話す。
また,ゲーム業界単体ではなく,例えば3D立体視対応テレビを作っているメーカーなど,業界を超えた連携がなされることで,流れはさらに加速するだろうと付け加えた。
ここでパネルディスカッション自体は終了となったのだが,そのあとの質疑応答で出た,「3D立体視に対応することで売上は伸びるのか?」という質問についての回答が非常に興味深かったので,その概要を本稿の締めとして掲載しておこう。
稲船氏は,開発視点で言えば,立体にしたから売れるかどうかは分からない,ただ経営視点では,立体視対応で仮にコストが2倍かかるとしたら,自分はNOと判断すると述べた。
氏によれば,アメリカなどでは新しい技術が出ると,ある意味コストを度外視して技術を取り入れようとするし,実際に製品を出してくる傾向にあるそうだ。一方,日本人はすごく計算した結果やめるということもあるため,それゆえ,ワールドワイドで「立体」が当たり前になっても日本では今ひとつ,といった状況もあり得ると示唆した。
つまり3D立体視対応は,世界規模の中長期的な視点から見て,やって売上を増やすというよりは,やらないと売上が減るだろうという形で必要となってくるというわけだ。
この意見には池尻氏からも,3D立体視に対応しないと,今後においてはマイナスになるだろうという話が出た。とくにSCEの海外スタジオでは3D立体視対応への取り組みを普通に行うため,3D立体視対応ということ自体,もはやそのタイトルの売りにはならないという。
氏は以前,ゲームは一人で(またはその場にいる友人と)遊ぶものだったが,ここ数年でオンライン対応が当たり前のようになっていることを挙げ,今後はそれと同様に,3D立体視対応であることが当然という傾向が,世界的な視野では年々高まっていくだろうと話した。
というわけで,約1時間半にわたるパネルディスカッションは,テーマが3D立体視ということもあり,少々難しめの内容となったが,個人的には非常に含蓄のある内容だと感じられた。中でも,オンライン対応のように,3D立体視に“対応していない”とマイナスになる時代が来るだろうという言葉には,個人的にも考えさせられてしまった部分がある。
世の中は3D立体視に向けて確実に動いているといえそうだが,この流れをゲーム業界がどれだけ促進できるのか,今後の展開に注目していきたいところだ。
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