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[SIGGRAPH 2015]玩具メーカーのマテルが子供向けVR HMDを開発中? SIGGRAPH 一般展示セクションレポート後編
Snapdragon 800系によるOpenGL ES 3.2対応デモを披露したQualcommブース
1つめは,Qualcomm社内で作成されたという,Unityベースのフライトレーシング風ゲームデモだ。曲がりくねった崖の隙間からなるコースを急旋回を繰り返しながらゴールを目指して飛んでいき,そのタイムを競うという内容である。単に映像を見るだけでなく,ゲームパッドで操作して遊べる技術デモというのが珍しい。
OpenGL ES 3.2の大きな特徴は,ジオメトリシェーダとテッセレーションステージを追加して,PlayStation 4(以下,PS4)やXbox Oneなどと同じDirectX 11世代のグラフィックスパイプラインを利用可能にした点にある。Qualcommが披露したこのデモで使用されているのは,そのうちテッセレーションステージのほうになる。具体的には,視点から近い位置にある地形やオブジェクトほどテッセレーションステージを活用して多ポリゴンに分割し,輪郭をなめらかに描画しているそうだ。
2つめのデモは,OpenGL ES 3.2の新機能というよりも,DirectX 11世代のヘビーなシェーダ表現がモバイルGPUでもできるようになったことをアピールするためのものだ。内容は,帽子を斜めにかぶった淑女が,表情豊かな顔面アニメーションを披露するというもので,説明員は「Lady」デモと呼んでいた。デモを披露していた機材は,SoCに「Snapdragon 810」を使用しているとのことだった。
QualcommはSIGGRAPH 2013でも,女性水泳選手のモデルを使った顔面レンダリングデモ「Swimmer」を公開したことがある(関連記事)。Swimmerは,表情アニメーションが一切ないうえ,皮膚が乾いたような感じで,あまりリアルに見えなかった。それに比べて今回のデモは,笑ったり怒ったり,唇を尖らせてキスの表情まで披露するなど,表現力は格段に向上している。
このデモでは,さまざまな要素技術が使われているのだが,筆頭に挙げられていたのが,人肌の表現に使われた「Screen Space Subsurface Scattering」(以下,SSSS)だ。SSSSは,一度レンダリングされたフレームの人肌に対して,人肌における反射率拡散プロファイルを使ってぼかし効果のポストエフェクトをかけることで,リアルな人肌の印影を実現してしまう手法である。PlayStation 4(以下,PS4)やXbox One世代のゲームグラフィックスでは,人肌表現の標準的な手法にもなっているテクニックであるが,OpenGL ES 3.2を使ってそれをSnapdragon 810上で実演してみせたというのが,このデモのポイントである。
ライティングは,キューブ環境マップを全方位光源としてライティングに用いる「Image Based Lighting」(IBL)を採用。さらにレンダリングパイプラインには,ハイダイナミックレンジ(HDR)レンダリングが採用されていることもアピールされていた。
アメリカ最大の玩具メーカーMattelがVRに進出?
Qualcommブースで注目を集めていたもう1つの展示は,アメリカで2015年秋に発売が予定されているMattel(マテル)の玩具「View-Master」の展示だ。
View-Masterとは,子供向けの仮想現実(以下,VR)玩具で,スマートフォンを取り付けて,さまざまなVRエデュテインメントコンテンツが楽しめるという商品である(関連リンク)。低年齢の子供達にもVR体験を普及させる狙いのある製品だが,なぜゲームではなくエデュテインメントコンテンツ向けなのかというと,「学習用としたほうが親の財布が緩みやすい」(説明員氏)ためだそうだ。
View-Masterの元ネタになっているのは,段ボールのフレームにスマートフォンをはめ込んでVR HMDを作るGoogleの「Google Cardboard」(以下,
さて,なぜ,MattelのView-MasterがQualcommブースに展示されているのだろうか。それは,View-MasterのVRシステム開発プラットフォームに,QualcommのAR/VR開発キット「Vuforia 5」が採用されているからだ(関連リンク)。
Vuforia 5とは,AR/VRアプリを開発するのに必要な基本機能やサンプルプログラムを集約した,無料の開発者向けキットの最新版である。Qualcomm製SoCをターゲットにしているのは当然だが,最近ではiOSデバイスにも対応するなど,Qualcomm製品以外でも利用できるところが評価されて,今やVuforiaを使うAR/VR開発者は15万人以上,開発されたAR/VRアプリは5000タイトルを超えるというほどの人気プラットフォームとなっているそうだ。
実際にView-Masterを筆者も体験してみた。体験できたコンテンツは,「サンフランシスコの観光」「太陽系の惑星/衛星探査」「恐竜時代の冒険」という3種類。すべてを体験してみたが,CGのクオリティは高くなく,据え置き型ゲーム機でいうなら,初代PlayStation〜PlayStation 2相当といったところだ。具体的にいうと,テクスチャが貼り付けてある3Dモデルが基本的なライティングを受けて数パターンのアニメーションで動いている程度だった。
あくまでも玩具ということで,幅広いスマートフォンに対応するために,要求スペックを引き下げたことが大きく影響していると思われる。
ただ,CGのクオリティはともかく,全天全周を覆うCG映像から,頭を向けた方向にあるものが見られるという没入感,そして頭の動きに追従するレスポンスはなかなか良好なものであったことは,評価に値すると感じた。
コンテンツへのインタラクションもシンプルで,View-Masterの右側面にある大きなボタンを押し込むだけ。方向入力もないので,ボタンでできることはクリック操作だけだ。こうした仕様であるため,コンテンツ内でユーザーが行えるインタラクションは,映像中に出てくるCGオブジェクトやユーザーインタフェースのアイコンを選択することだけだった。子供向けということを考慮すれば,これで十分なのかもしれない。
Oculus VRの「Rift」やProject Morpheusで体験できるものと比べれば,3D CGによるVRコンテンツとしての先進性はそれほど感じられなかったが,実写映像によるコンテンツは,十分に及第点を与えられると感じた。インタラクションは皆無でも,360度ビデオによって立体映像の好きな方向を見られるというのは,VRの中でも最も分かりやすい感動体験が得られるものだ。1クリックで動くだけのしょぼいCGよりも,エデュティンメントコンテンツの本命は,実写による360度ビデオなのかもしれないと思わせる体験だった。
近代グラフィックス技術全部入りを謳う新ゲームエンジンを披露したUnigineブース
Unigineという企業は,リアルタイム3D描画ミドルウェアのデベロッパーであるロシア企業だ。彼らは,自らの技術力をアピールしようと,2009年にWindows 7とDirectX 11がリリースされるやいなや,当時は先進機能として訴求されていた「テッセレーション」をフル活用したベンチマークソフト「Heaven Benchmark」を発表し,世界中のPCメディアによって性能計測テスト用に採用されて,一躍有名になった。
その後,同社が開発したゲームエンジン「Unigine」は,ウクライナのゲームスタジオであるFlying Cafe For SemianimalsのSFアドベンチャーゲーム「Cradle」に採用されたのを皮切りに,ロシアや東欧諸国のゲームスタジオでの採用事例を増やしていったのだった。
北米や西欧,日本を含めたアジア諸国では,UnityとUnreal Engineがゲームエンジンの2強で,Cry EngineやGamebryoなどがその後を追うといった状況にある。Unigineは,これらに割って入るべく,最近はこれらの地域でも露出の機会を高めているという。SIGGRAPH 2015にも自社ブースを構えて,今夏に公開したばかりの新ゲームエンジン「Unigine 2」の紹介と実演を行っていた。
Unigine 2で最大のウリは,近代ゲームエンジンのトレンドをすべて採用すべくアーキテクチャを一新し,レンダリングコアを物理ベースレンダリングエンジンに切り換えたところにある。
物理ベース・マテリアル(材質)システムには,Unreal Engine 4における金属的な表現のように,ゲーム向けに簡略化されたパラメータ実装を取り入れているほか,ガラスやプラスチックのような材質にも対応できるスペキュラパラメータも採用しているとのこと。さらに,布(Fabric)表現に特化した材質システムを備えていることも特徴であると,ブースの担当者は説明していた。
アンチエイリアス処理は,時間方向のフリッカーが起こらない「Temporal approXimate Anti-Aliasing」(TXAA)的な手法を採用。ポストエフェクトも,それっぽく見えるフェイク的手法ではなく,きちんと光学シミュレーションを行っているとのことだ。
また,もともとが業務用シミュレーション向けのレンダラー用途を想定した設計であるため,ジオメトリ座標系には64bit倍精度の座標系を選べることもウリであるという。
ちなみに,64bit倍精度座標系と独自実装した動的アセットローディングシステムは,既存製品の「Unigine 1」をバージョンアップしていく過程で実装された機能であり,とくに業務用シミュレーターを開発する顧客から好評を得ているとのことでだった。実際にブースでは,64bit倍精度座標系と動的アセットローディングシステムを活かして,262×262kmの超広大な仮想空間を飛び回れるフライトデモを披露していた。
またUnigine 2では,Riftに代表されるVR HMDに対応することも,特徴の1つに挙げられている。展示ブースでは,Unigine 2の特徴をすべて活用したうえで,さらにVRに対応させた応用事例として,実物大の国際宇宙ステーションを宇宙遊泳できる独自開発のVRデモが披露されていた。筆者も体験してみたが,ビジュアル品質はかなり良好で,たしかに競合に挙げられていたゲームエンジンに拮抗するレベルに達していると感じた。
今後,ゲームエンジンとして大きく普及する存在となるかどうか,その動向が気になるところではある。
SIGGRAPH 2015 公式Webサイト(英語)
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