インタビュー
ゲームは前向きに悩めるものが面白い――桝田省治氏に聞く「俺の屍を越えてゆけ」のゲームデザイン
「難しい」じゃなくて「迷わせる」
桝田氏:
んと,なんの話をしていたんだっけ?
4Gamer:
えーと,ゲームには“難しさ”が必要なんじゃないか,という話です。俺屍もそうですし,桝田さんのゲームは,そこのアプローチが興味深いなと常々思っていて。
桝田氏:
繰り返しになるんだけど,そこは「難しい」じゃないんだよ。あくまで「迷わせる」なんだよ。
4Gamer:
その「迷わせる」について,もう少し具体的に聞かせてもらってもいいですか?
なんというんだろうな。僕がいつも意識しているのは「贅沢な悩み」というのかな。そういう感覚なんだよね。そもそも僕は“前向きな迷い方”ってものが大好きでさ。
4Gamer:
前向きな迷い方,ですか。
桝田氏:
うん。前向きなんだけど,どっちか1個しか選択できませんみたいなことって,現実でも結構あるじゃない。例えば,東大の文一と早稲田の政経,両方受かっちゃいましたーみたいなものとかさ。それをどっちにしようかな?と悩むのは前向きだし,将来の人生設計まで想像して,それはとても楽しいわけじゃん。
4Gamer:
ああ,なるほど。
桝田氏:
もっと下世話なところで言うと,気になっている女の子のどちらを映画に誘おうかとか。きっとね,迷っている時が一番楽しいんだよ(笑)。あの娘とだったらこんなことになるかなーとか。こっちの娘だったらこうかなーとかさ。
4Gamer:
旅行は行く前が一番楽しい,みたいな話と同じですかね。いろいろ調べて準備して,計画してる時が一番楽しいみたいな。
桝田氏:
そうそうそう。それと同じだよ。もっとせこいところで喩えるなら,回転寿司なんかもそうだよ。次は何にしようって考えながら食べるじゃん。で,イクラに手を伸ばしたところで,遠くからウニが流れて来るのが見えて,そこでまた悩むわけだよ(笑)。
4Gamer:
(笑)。
桝田氏:
別に何食べたってそれなりの満足感が得られるし,お腹もいっぱいになるんだけど,ああいう前向きに悩む感覚って,ゲームでも大事だと思うんだよね。
4Gamer:
そうですね。
桝田氏:
ちょっと俺屍じゃないゲームの話になるけど,僕が昔手がけた「ネクストキング(※)」ってゲームでは,デバッグ期間中に「これは1プレイで20時間以上かかるから,もっと短くしてくれ」ってレポートがあがったんだよね。
でも僕は,せいぜい8時間くらいで終わるように調整したつもりだったから,「そんなハズはない!」って言って,当時,改めて自分でプレイをしてみたの。で,やっぱり自分でプレイしてみると8時間で終わっちゃうわけ。
※1997年に発売されたスゴロク形式の恋愛シミュレーションゲームで,当時でも珍しいジャンルの作品だった。恋愛ゲームに対戦要素を持ち込んだあたりは,桝田氏らしいと言えなくもない
4Gamer:
それでどうしたんですか?
桝田氏:
で,当時の版元だったバンダイから,20時間遊んでいる人達のビデオを送ってもらったんだけど,それが結構衝撃的だったんだよね。
何に驚いたかっていうと,女の子にプレゼントをするのに,ずーっと考えてるんだよな。この子に何をあげたら喜ぶかって。だって好みの情報とかは公開されてるんだよ? この子は赤いものが好き,あの子は靴が好き,とかさ。でもそのプレイヤーは,どっちにしようかというのをテレビ画面の前でずーっと考えていたんだよね。
4Gamer:
それはイラストの好みだとか,そういう部分で悩んでいたということですか?
桝田氏:
もちろん,そういう要素もあるんだろうけれど,実はそれだけじゃなくて,ゲームデザインとしても迷わせるように設計していたんだ。要するに,
・Aという女の子は靴が好き
・Bという女の子は赤いのが好き
としたうえで,そこに「赤い靴」というアイテムを用意していたわけだ。
4Gamer:
あー,なるほど。
桝田氏:
まぁこの例えが良いかどうかはともかくとして,でも,こういうのが「難しいんじゃなくて迷ってる」ってことだと思うんだよね。俺屍の「交神」なんかだって,そんなに迷わなくたって,とりあえず「今の奴より強けりゃいい」とかあるわけじゃない。でもさ,そこでちょっと“余計なこと”を考えさせたいんだよ。
4Gamer:
それこそ,顔が好みかどうかだったり?
桝田氏:
それもあるし,あとは,奉納点がもう2000点あればこっちの神様と交神できるから,ここは交神を我慢してもう1回討伐に行こうだとかね。そういうのって別に明確な答えがあるわけじゃないから,プレイヤーは迷うじゃない。そういうのは楽しいよな。
4Gamer:
確かに俺屍では,そういう悩み方をすることが多いかもしれない。
桝田氏:
俺屍はさ,もちろん後ろ向きな事もあるんだけど,ゲーム全体として見たら,前向きな悩み方の方が大きいはずだよ。
4Gamer:
最近,いろいろな方の話を聞いて思うんですけど,やっぱり物事をちゃんと自分なりに解釈して消化しているかどうかって,本当に大事だなって感じるんですよ。本とか他人の言葉じゃなくて,あくまで自分の感性や視点で,どう捉えるか。それが出来る人が,何かを成せる人なんだと。
桝田氏:
僕の場合は,大抵は食い物か女に変換して考えてだな……(笑)。
4Gamer:
でも,そういうのが本当に重要だなぁと。
桝田氏:
あとはアレだよ。野球。ここは送るべきか,代打を出すべきかみたいなさ。野球はね,いろいろと面白いよ。チームの戦略にしても,チームにお金があるかないかで選手層自体にもうハンデがあって。でもそのなかで「ちょっとでも勝率を上げてやろう!」みたいなところがね。見ていて面白いんだ。
4Gamer:
ちなみに桝田さんってどこのファンなんですか?
桝田氏:
子供の頃から阪神ファンです!
「ゲームの外」をより充実させたい――続編についても少し
4Gamer:
そういえば,先日の「東京ゲームショウ2011」で発表された俺屍の「続編」についても,せっかくなのでお聞きしたいのですが……。
桝田氏:
(横にいるSCEの広報を見ながら)それはどこまで話していいもんかねぇ……。
4Gamer:
細かい話は当然まだ出来ないと思うのですが,大枠の方向性や,桝田さんがやりたいと思っていること,そういう部分で少しでもお話が聞けると良いのですが。
桝田氏:
うーん。僕のイメージとしては,俺屍のオリジナル版,あるいは今回のリメイク版でも意識していたんだけど,「ゲームの外」をより充実させたいなとは思っているんだよね。
4Gamer:
ゲームの外,ですか?
桝田氏:
例えば,プレイヤーのAさんとBさんが何らかの形で情報交換をするであったり,育てたキャラクターなんかをやりとりしたり,混ぜ合たり,あるいは喧嘩させたり……みたいな部分のバリエーションをもっと増やしたいんだよね。
4Gamer:
それは,オンライン機能を使ったシステムということですか?
桝田氏:
オンラインにするかどうかはまだちょっと分からない。
4Gamer:
前回のインタビューでも少し発言されていましたが,プレイヤーが朝廷側だった俺屍に対して,俺屍続編では反体制側,つまり朝廷から“追われる立場”をテーマにする,みたいなお話がありましたよね。例えば,各プレイヤーの一族の集落がパラレルに存在して,そこで物資とかキャラとかをやりとりするようなイメージですか?
いや,そういうゲーム内でのやりとりじゃなくて,いかにプレイヤーさん達のなかで話題になるか,という方向だな。
例えば,僕とあなたが俺屍の続編をやっているとするじゃない。で,浜松町あたりの寿司屋で,何かの拍子に続編の話をしているとする。そうなった時に,ゲーム機がそこに無いんだけど,2人の会話が異様に濃密になっている……みたいな状況を作りたいんだよね。
4Gamer:
でも,そうなるために必要な要素って具体的にはどういうものがあるんでしょうね。
桝田氏:
話題の提供に尽きるだろうね。“共通の話題”をいかに提供するか。
4Gamer:
なんだろうな。これはちょっと話がズレるかもしれないんですけど,先日,ニコニコ動画を運営しているドワンゴの川上さんに「クチコミを発生させるにはどうすればいいか」みたいな話をお聞きしたんですよ。
で,その時に川上さんは,プロモーションをするときは,あるセグメント(20代男性ゲームファンなど)を見据えたうえで,とにかくそこでの“認知度の密度”を重視する,っていう話をしていたんですよ。広告の絶対量じゃなくて“認知度の密度”が大事なんだと。
桝田氏:
ふんふん。
4Gamer:
それはなぜかっていうと,例えば,僕が桝田さんと話をするときに,僕は「桝田さんがきっと知っているであろう話題」を振るわけじゃないですか。友達同士の話題,同じ趣味を持つもの同士で話が盛り上がるのは,そういう「相手も知っている」ことを話題に出来るからで。
桝田氏:
あー,なるほどね。
4Gamer:
だから,その「相手もこの話題を知ってるよね」っていう環境を作り出すことが,クチコミにのぼるための一つの要素で,そういうことを考えながらプロモーションをしないと駄目だよねっていう話をされていたんです。
桝田氏:
なんかね。僕もこういう仕事をしてて長いんだけど,「まおゆう」をプロデュースしていて,「あ,ネットの伝播力ってやっぱ違うわ」って思ったんだよ。10年前とは全然違うなと実感した。プロモーションというか,盛り上げる部分では二桁上の数字を狙って,そこから一桁下がった売り上げ数で回収するみたいなさ。そういう商売が成り立つようになったんだなと思ったの。
4Gamer:
例えば「初音ミク」なんかもまさにそういう構図ですしね。その意味で言うと,俺屍リメイクでもスクリーンショットの撮影機能がゲームに内蔵されていて,公式に「自由に使っていいよ」みたいな形になっていますよね。やっぱりネットでの広がりはかなり意識しているんですか?
桝田氏:
僕としては,もうちょっと豪華な仕掛けもやってみたいんだよね。例えば,自分のやったことのダイジェストが,アニメのオープニングソング風に自動編集される機能だとかさ。そういうのもやってみたいよね。主題歌に乗せて,かっこいいカット割りで次々とシーンが流れたり。
4Gamer:
それを動画としてアップしたり,人にそのまま見せたりみたいな?
桝田氏:
そうそう。俺屍をやってない人が見ても,なんだかわかんないけどこの鈴木さんっていう人の動画はどんどん派手になっているな,みたいなさ。
最近は「実況動画」だったり「ゲームプレイの生放送」みたいな共有の仕方も,ネット上では普通になりましたからねぇ。ニコニコ動画にしても,PlayStation Vita向けにプレイ実況をサポートする取り組みをしようとしているようですし。
桝田氏:
あとは,次はもう少しパイを大きくしたいっていう気持ちもある。いや,俺屍続編をたくさん売りたいっていうのは勿論あるんだけど,仮に売れてる数が大して変わんなくても,俺屍を知っている。あるいは遊び方を知っているっていう人がもっといっぱいいる。そんな状態にしたいんだよね。
4Gamer:
他社さんのタイトルで言うと,「アイドルマスター」なんかが近い形なんですかね。プレイしている人は10万人くらい。でもアイドルマスターという名前を知っている人は100万人以上いるみたいな。
桝田氏:
やっぱり「ゲームの外に出て行く」ようなものって大事だと思うんだ。あるいはプレイヤーの間にある状態というか。
4Gamer:
でも,それこそ俺屍は,そういうタイトルの一つだったんじゃないですか? そうじゃないと12年間も売れ続けるなんて無理ですし。
桝田氏:
どうだろうね。少なくともクチコミにのりやすいかどうかは相当怪しいぞ(笑)。分かりにくいゲームだし。逆にクチコミにしづらいから12年持ったっていう側面もあると思う。なかなか伝わんないゲームだと思うよ。
4Gamer:
確かに。むしろ「伝わらないからなんとか説明したくなる」みたいなノリだったのかも……。分かりにくいからこそ,「こんなにいいんだぞ」っていう風にみんなが説明してくれる作品/商品ってありますもんね。
桝田氏:
コンテンツとして“消費され尽くされない”っていうところがあったんだろうね。
要するに「ちょっとやってみ」って話
4Gamer:
そろそろお時間なので,俺屍リメイク版について,読者に向けてコメントを頂ければと。こういう風に遊んでほしいといったものはありますか。
桝田氏:
「こういう風に遊んで」はない。あえて言うなら,自分がかっこいいと思うやり方で。
4Gamer:
家系図なんかは大分見やすくて,あれだけでも「面白いな」と思いましたよ。
繰り返しになるけどさ。今回のはとても良いリメイクだと思うんだよ。自分で言うのもなんだけど。その家系図にしたって,地味だけど,プレイヤーさんに喜んでもらえると思う。
4Gamer:
そうですね。
桝田氏:
あとは,遊びのパターンが増えた。パターンっていうか,オリジナル版で定石として「こうやれば勝てるよね」というのが,それが使えなくはないんだけど,もっと違ったやり方でもできるようになった。
4Gamer:
神様の能力とかも見直されていて,今回はより「迷う」ようになっていますしね。
桝田氏:
細かいところでいうと,マップの移動がアナログパッドでの操作になってるから,操作性が格段に上がっていたり。そのせいでマップを徘徊する鬼の動き方とか,追いかけ方とか,いろいろ直してるからね。
4Gamer:
細かい修正/調整は,かなり多岐にわたっているみたいですね。
桝田氏:
まぁだから,要するにアーカイブ版をすでに遊んでいて「あえて買わなくてもいいかなー」とか思っている人がいたら,「ちょっとやってみ」っていう話なんだよな(笑)。
4Gamer:
そうですね。では,それが今回の結論ということにしておきましょうか(笑)。
本日はありがとうございました。
桝田氏と話していて改めて思い知らされるのは,原理原則を見つめる姿勢の大切さだろうか。面白いゲームとは何か。いや,そもそも「面白いと感じる」とはどういうことか。
日常の中で,常にその視点の掘り下げを欠かさない氏だからこそ,俺屍のような,一本芯の通った優れたゲームデザインが可能なのかもしれない。今回のインタビューでは,改めてその思いを強くした次第であった。
そもそも桝田氏は,数多のゲームクリエイターの中でも,特定の企業に所属せず(自身の会社を立ち上げてはいるが),いわばフリーランスのような立場で「名作」と呼ばれる作品を生み出している稀有な存在である。
それがどんなに難しいことかは,筆者自身,ゲーム業界に携わるようになって初めて感じた(そもそもフリーの立場では,制作の中心人物になるのが難しい)わけだが,だからこそ,桝田省治というクリエイターには惹かれるものがあるのかもしれない。
12年越しのリメイクとなった「俺の屍を越えてゆけ」はもちろんだが,正式に制作が発表された“続編”も気になるところ。桝田氏の今後の活躍にも注目していきたい。
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「俺の屍を越えてゆけ」公式サイト
※体験版の配信ほか,ソフト発売記念!7週連続キャンペーン「俺のつぶやきを越えてゆけ」実施中
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