インタビュー
田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
ほかの人がやらないことをやったほうが,絶対にいい
だから,アニメの音楽を作ろうと思った(田中氏)
田中氏:
話は変わりますけど,前山田君は,何で音楽を始めたの?
小さい頃,姉がピアノを習っているのを見て,マネして弾いていたんです。それが楽しくて,「僕にも習わせてくれ」ってお願いしました。ある程度弾けるようになってからは,歌謡曲とかアニメやゲームの音楽を耳コピして遊んだりして。
田中氏:
なるほどなるほど。
私は,クラシックピアノは小学校6年のときに先生とうまくいかなくなって,あとはずっと耳コピで弾いてましたね。高校に入ってから,受験のためにまた習ったりはしたんだけど。
4Gamer:
田中さんの頃だと,どんな曲を耳コピしていたんですか?
田中氏:
いろいろ弾いてましたよ。歌謡曲も。南 沙織やら天地真理やら。だから,筒美京平先生の曲はコード進行も全部分かってます。
でも,超クラシック派でもあるので,ワグナーなんかも聴いてました。大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会に行って,座席でスコア見ながら聴いているような,イヤな子供でしたよ(笑)。
4Gamer:
あー,いましたね。僕の同級生にも,同じようなことをやっていた,寺の息子がいます。
田中氏:
医者の息子とか寺の息子とか,まったくそこら辺はなぁ(笑)。
で,前山田君は私の曲だと,どの辺から知ってるの?
前山田氏:
「エスパー魔美」とか「ドラゴンボール」ですね。
田中氏:
そうか。今度,岩男潤子さんと一緒にコンサートをやるんだけど,そこのバンドマスターをやっている川村 竜君っていのがいてね。彼が一番最初に死ぬほど感銘を受けたのは,ドラゴンボールの「摩訶不思議アドベンチャー」のイントロだって言ってましたね。
前山田氏:
あ,分かります。イントロからエネルギーが充填される曲なんですよね。
田中氏:
川村君は,その曲のせいで音楽の道に入ることになったそうです。「田中先生の責任です」なんて言われました。
それにしてもあの時代に,あんなことをよくやったと自分でも思いますよ。まだ打ち込みが使われるようになったばかりの頃ですから。しかも,あれは私も半分ぐらい,自分で打ち込みもやってるんですよ。
でもみんなが打ち込みをやるようになってからは,自分でやるのはやめました。マニピュレーターに任せることにして。どうしたって,時間がかかりますからね。
前山田氏:
ああ,分かります。自分で全部やろうとすると,時間がいくらあっても足りなくなるんですよね。
それでね,みんながシンセミュージックに向き始めたときに,私は本気でアコースティックに切り替えたんです。ほかの人がやらないことをやったほうが,絶対にいいだろうと思って。
もともと,アニメの音楽を作ろうと思ったときも,そっちをやっている人がほとんどいなかったからなんですよ。そこに割って入って行けば,ほかの人達とは違う仕事ができるという自信もありましたしね。
4Gamer:
アニメが好きで,アニメの音楽を作りたい! というわけではなかったんですね。
田中氏:
そう。自分に能力があると信じていたから,それをどこで発揮しようかと考えたんです。でも,演歌だったらどこかの先生の弟子になって10年ぐらい下積みをやらないといけないだろうし,歌謡曲だとプロダクションの力が大きいから,音楽だけで決まることが少ないだろうと。
そう考えていくと,映画の劇伴なら実力だけでいけそうだと思ったんですが,当時の日本の映画には壮大なものがなくて,魅力を感じなかったんですよ。
4Gamer:
かつての邦画は,日常の風景を淡々と描くようなものも多かったですしね。
前山田氏:
小津テイストな。
田中氏:
ね? でも,よく考えてみると,アニメなら壮大なことができるし,オーケストラだって使えるわけだから,ハリウッドに行く前にこっちで修行したら,向こうからお呼びがかかるかもしれないって思ったんです。
今は別にハリウッドに行かなきゃいけないなんて思ってないですけど,当時はいつかはハリウッドで書かなきゃいけないと思ってましたし,書くべき人間だとも思ってたんですよ。だから,それに向けて,ここで頑張ろうと。
4Gamer:
最初から目標のスケールが大きかったんですねぇ……。
もう僕はダメなのかな……と思っていた時期
ニコニコ動画が始まった(前山田氏)
田中氏:
で,前山田君は音楽の仕事でいつ頃から食えるようになったの?
ここ2〜3年です。おかげさまで。
田中氏:
それまでは?
前山田氏:
家庭教師とか居酒屋でバイトしてましたね。
松井先生の元を離れてから,作曲家事務所をインターネットで検索して,デモテープを送ったらすぐに所属させてもらえたんですが……とにかく仕事が決まらなかったんです。コンペがあると聞くと,すべてのコンペに2曲ずつは書いて提出していたんですが,何の反応もなかったんですよ。
田中氏:
聴いてくれてるかどうかも分からないよな。コンペの俎上に載ってるかどうかすら。
そういうときって,事務所の力もある程度あるから。
前山田氏:
そうなんです。事務所力,政治力というのも必要なんだなと。
で,もう僕はダメなのかな……と思って,その事務所を辞めて,これからどうしたらいいんだろう? と悩んでいる時期に,「ニコニコ動画」が始まったんですよ。
当時のニコニコ動画は無法地帯で,他人の著作物そのままの違法アップロードばっかりだったんですけど,次第に二次創作的なものも目立つようになってきたんです。それらが案外レベルが高くて,面白そうだなと思って,自分でもやってみたんです。
4Gamer:
それで生まれたのが,ヒャダインなんですよね。
前山田氏:
ええ。自分の力……とくにアレンジ力というものに自信が持てない時期だったので,とりあえず自分が昔遊んでいたゲームの音楽をアレンジして,どんな反応があるか試してみたかったんです。
なおかつ,遊びながら想像していた物語を歌詞にして,歌モノにしてみようと。
……でも歌ってくれる人間がいないんですよ。
田中氏:
そりゃ,自分で歌うしかない。
前山田氏:
そうなんです。女性ボーカルの曲を作ってみても,女性を呼べるような環境じゃありませんでしたからね。六畳間の汚い家で,ネズミが走っている音が聞こるような。実際,ネズミにレトルト食品を食い散らかされたこともありますからね。
4Gamer:
よっぽどのネズミ好き女性でも見つけないことには,どうにもならないですね。
前山田氏:
だから自分で歌って,その録音した声のピッチを上げて……っていうことをやったのが,結果的に良かったんでしょうね。
田中氏:
フォーククルセダーズや,あんしんパパ以来かもしれないな。うまくいったのは。ピッチを上げると,みんな一緒に聞こえちゃうから,曲自体に相当なオリジナリティがないと面白くはならないんですよ。……ボーカリストとしては初音ミクと一緒です。
前山田氏:
ですね。僕が初音ミクを使わないのは,自分でヒャダル子という女性声が出せるからというだけであって,最近の若い子達が初音ミクを使う理由もよく分かるんです。
田中氏:
分かる分かる。
4Gamer:
自分で歌いたくないし,歌ってくれる人もいないし,だけど曲は作りたいという人にとって,ボーカロイドの存在は福音だったでしょうね。
田中氏:
初音ミクといえば,昨年ボーカロイドの開発者とドイツのコンベンションで話す機会があって,そのときにボーカロイドのアイデアって,「フィフス・エレメント」のオペラシーンからでしょ? と聞いたら,やっぱりそこから始まったって言ってましたよ。
前山田氏:
リュック・ベッソンですね! すげえ。
田中氏:
だからもしかしたら,ボーカロイドの未来は,ああいうことにもなるんじゃないかとも思うんですよ。日本語版だけじゃなく海外の言語版も開発しているらしいんで,それも楽しみですね。出し惜しみしないで,いろいろな言語や,シャウトもできるロック系や,クラシック系なんかも揃うと,もっと面白くなるし,プロだって使いたくなるし。
4Gamer:
100人のクラシック系ボーカロイドによる合唱団とかも面白そうです。
田中氏:
そういうこともできるからね。未来が楽しみだなぁって。
元ネタや作者への尊敬,そしてプライドが
パクリとオマージュの差を生む(田中氏)
4Gamer:
ニコニコ動画の話題が出たので,お聞きしてみたいんですが……。
いわゆる二次創作的なものにおいて,「パクリ」と「オマージュ」の差はどこから生まれるものだと思いますか?
何から何までパクリパクリと目くじらを立てないほうがいいのかなと思いつつ,何にも考えていないパクリはいかんだろうというのは私にもありますね。自分なりに工夫してくれていれば,許そうって思えるんですけど。
結局,元ネタやそれを作った人を尊敬しているかどうかですよ。それにね,誰かが作ったものを自分の名前でそのまんま出すっていうのは……自分自身のことも尊敬できてないでしょう。
前山田氏:
プライドということでしょうか……?
田中氏:
そう。プライド。
つまり,他人が考えたものを自分のものとして出すわけでしょ。それって本来は恥ずかしい行為ですよね。でも,作った人を尊敬し,自分もプライドを持っていて,元ネタを自分なりに一度吸収して噛み砕いてからアウトプットする分には,何でもOKだと思います。何をしてもね。
前山田氏:
安直すぎるのはダメだってことですよね。リスペクトがないと。
田中氏:
すでにあるものから,適当にちょいちょいつまむ感覚は,プロとしてはダメでしょう。アマチュアだったら,まだいいです。それで商売しているわけじゃないし,好きなものを自分なりの作品に落とし込む能力なんてないんだし,世間もその程度の人なんだと思うわけですから。
4Gamer:
ところが最近は,それで小規模ながら商売になってしまうケースもあるようです。
田中氏:
コミケとかね。二次創作自体,決して悪くないとは思っているんですけど,そこまでやるのはどうかな? というのは,ありますね。
4Gamer:
でも,そこの線引きは難しいですよね。
田中氏:
そこから著作権料をとるのか? というのもね。例えば,盗作されたとなって,適正な形で著作権料をいただこうとなると,下手したら裁判までしなきゃいけなくなりますからね。
4Gamer:
裁判にかかる費用やら期間を考えると……。
田中氏:
そんなの面倒だし,過去にプロ同士がその手のしょうもない裁判もやってたしな(笑)。
4Gamer:
ああ……,何のことかは分かります。
田中氏:
まあいいや(笑)。
前に自分のブログにも書いたんですけど,ポール・マッカートニーが「Yesterday」を作ったとき,あまりにも素晴らしい曲が出来たものだから,どこかで聴いた誰かの曲を知らないうちに盗んでしまったのかもしれないと思い,学生アルバイトを数十人雇って1か月かけて,20年ぐらいの間に発表された楽曲を全部調べさせたけど,似た曲がなかったそうなんです。で,それなら発売しようということにしたらしいんです。
これはさすがに極端な例ですけど,それぐらい慎重になったほうがいいんですよ。盗作を指摘されたときに「第一感で自分で考えたものです! だから偶然です」なんて弁解するんじゃなくて。
前山田氏:
でも,危険なんですよね。好きで何度も聴いている曲の場合は,似たものが出来てしまったときに自覚できるんですけど,街中で一回だけ聴いたものとかの影響が,いつの間にか出てしまうことは確かにあって。
4Gamer:
何となく聴いてしまって,それが残ってしまって……という。
田中氏:
罪の意識がある分にはまだマシかもしれないですけど,潜在意識に刷り込まれているからといって,「これは俺の曲」なんて言ったらダメですよ。それは,ただの無知だから。
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