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田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
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印刷2012/03/31 00:00

インタビュー

田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?

シンガーソングライターの登場以後

プロの作曲家が減った(田中氏)


4Gamer:
 無知を自覚するか,それとも無知であることに気付くこともなく開き直るかは,同じ無知でも大きな差がありますね。何事においても。

画像集#017のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
田中氏:
 多くの日本のミュージシャンの悪いところが,それなんです。まだアマチュアリズムから抜け出してない。
 その理由は,プロの作曲家がいなくなったからなんですよ。例えば筒美先生みたいなね。筒美先生は,どこかで聴いたことがあるようなフレーズをたくさん生み出しているんですけど,全部,自分なりに昇華してますからね。あれならOKだと思うんです。

前山田氏:
 筒美節というものがありますもんね。

田中氏:
 そう。今の若いミュージシャンなんか,どこかで聴いたことのあるようなものや,あからさまに元ネタと同じものを堂々と発表していることがありますが,そもそも元ネタの存在を知らなかったりするんですよ。
 プロの作曲家がいなくなって,こういう状況になってしまっていることを,私はもの凄く寂しく思っています。

4Gamer:
 1970年代後半あたりから,歌手にしろバンドにしろ,作詞や作曲は専門の人達が手がけていた時代から,誰もが自分で作った歌を歌う時代に移り変わってきたと聞きます。

田中氏:
 シンガーソングライターの登場が,一つの契機だったでしょうね。だから今でも,昔から人気があるシンガーソングライターが,昔と同じような曲を書いて歌って,同じファンだけが買うっていう循環になってしまっているんですよ。
 本来,歌唱力のある人は,いろんな作曲家にいろんな形のプロデュースをしてもらって,違う世界を開いていくほうがいいんです。それは世界中で,今でも行われていることなんですから。

前山田氏:
 ですね。マドンナなんかもそうですし。

田中氏:
 レディー・ガガだってそうでしょう。自分で書いている曲も多いけど,いろんな腕利き達とコラボしてるじゃないですか。

4Gamer:
 考えてみると,今の日本では自分で作詞や作曲ができるほうが,ミュージシャンとして上という空気はありますよね。
 一方,アニメソングやアイドルソングでは,昔ながらにいろんな人が曲を書き,プロデュースをし……という形が残っているような気がします。

田中氏:
 ええ。日本でCDが売れなくなったということの一つの原因として,音楽を作るプロがいなくなったというのは,大きいことだと思うんです。でも,アニメの世界と劇伴の世界では,まだプロが生き残っていますから,少しだけ未来はあるんじゃないかと思っています。
 ただ……声優さんが誰も彼も自分で全部曲を作りますって言い出したら,こっち側も終わりでしょうね。

画像集#018のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
前山田氏:
 僕は作曲だけじゃなくて作詞もやるんですが,歌詞についても当てはまるところがありますね。
 これは僕ではなくて,とある音楽プロデューサーの言葉なんですけど,「最近のシンガーソングライターは,発信したい気持ちも,内面に深いものも持っているんだけど,言葉を持っていない」と話していたんですね。だから,「作詞サポートという職業,作詞ディレクターという職業を設けるべきだ」と。
 僕もこれを聞いて,本当にそのとおりだと思いましたし,今でもそうだと思っているんです。

田中氏:
 かつてのシンガーソングライターの歌詞には,ちゃんと意味がありましたからね。どうしようもないのもあったけど(笑)。
 まあ確かに,シンガーソングライターには,作詞ディレクターや作曲ディレクターが必要かもしれない。

前山田氏:
 ここのコードをちょっと変えたり,一音変えたりってことをするだけで凄く良くなる曲っていうのは,実際にいくつもありますから。

田中氏:
 プロが少なくなっているというのは,そういうことを分かる人が減っているということなんです。
 それに,正統的なプロも減っているんですよね。ミュージカルを聴きに行くと,やっぱり凄くうまいんですよ。この転調痺れるなぁとか。プロってこういうもんだなって思うわけです。そういう人材が,日本から減ってしまったなぁ。


前山田君はセンスがあるんだから

もっと勉強して幹を太くしたほうがいい(田中氏)


4Gamer:
 そういったプロとしての観点から見て,田中さんは前山田さんの手がけた楽曲をどのように評価していますか?

田中氏:
 面白いよね。

前山田氏:
 ありがとうございます!

画像集#019のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?

田中氏:
 ただ,変化球が多いのは,ね。昔の手癖からきてるだろうから,しょうがないのはよく分かるんですけど。

前山田氏:
 ですね……変化球ばっかりです。

田中氏:
 だから前山田君があと10年,20年先も音楽で生き残っていきたいのなら,もっと正統なクラシックやジャズなんかの凄いものを,たくさん聴き込んだほうがいい気がするね。
 今でもこれだけセンスがあるんだから,幹の部分を太くしたほうがいい。幹を太くしないで,枝で勝負している人は,大体立ち枯れしますよ。今はまだ,枝だけで勝負してるでしょう。

前山田氏:
 おっしゃるとおりです。その枝も枯れかかっていて,生えてこない状態になってきているので,とりあえず切り刻んだ枝で何とかしてるんですけど,この先を考えて幹の部分をどうしたらいいのかって,よく考えているところなんです。

田中氏:
 修行期間が少し短いというのもありますね。

前山田氏:
 確かにそうかもしれません。

画像集#020のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
田中氏:
 うちの若い奴には,こう言うんです。「デビューのときまでに,もの凄く大きな袋を背負っておけよ」と。
 袋の中に自分の書きたいものとか情熱とか勉強したものとか根性とかセンスとか,そういうものをドーンと一杯ためておいて,いざ仕事となったときに,その袋から出していきなさいと。仕事をしながら,袋の中身をもう一度詰め込んでいくのは,とてもしんどい作業ですから。まあ,本人が気付かないと,いくら言ってもしょうがないんですけど。

前山田氏:
 まったく同じことを,松井先生からも言われました……。

田中氏:
 だから私は,デビューなんて遅ければ遅いほうがいいとすら言ってるんです。

前山田氏:
 先ほどもお話ししたとおり,僕がこの仕事で食っていけるようになったのって,28歳ぐらいからなんですね。今だから思えるんですけど,22〜23歳ぐらいで,作曲家としてお金を稼げなくて結果的に良かったなとは思っています。

田中氏:
 それができていたら,今頃はもう作曲家じゃないかもしれないな。きっと,ニコニコ動画に投稿しようなんて思わなかっただろうし。

前山田氏:
 ええ。それもありますし,何にしても独りよがりになっていたように思います。
 食えなかった6年間は,ずっとバイトをしていたんですが,その時期に初めて,自分が生まれ育った環境とは異なる環境で生きている人達に出会い,知らなかった世界や価値観に触れることができたんです。とにかく,いろんな部分でカルチャーショックを受けましたね。
 それまで自分がいかに狭い範囲でしか生きてこなかったのかを思い知ることができたので,今にしてみればあの期間は本当に良い経験だったと思っています。

田中氏:
 それはいい経験をしましたね。でも,もっと下積みがあっても良かった。

前山田氏:
 そうなんですよね。音楽の学校を出ていないので,音楽的なインプットはどうしても少なくて,根っこがしっかりしていないんです。


この3年間,必死にできることをやったあと

ニューヨークへ行きます(前山田氏)


4Gamer:
 常にアウトプットしながら,ちゃんとインプットもし続けるというのは,なかなか難しいものですよね。アウトプットの量が多いほど,インプットしたい量も増えていくのに,時間だけは有限で。

画像集#021のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
田中氏:
 私と一緒にワンピースの曲を書いてる浜口史郎君の場合は,藝大を出てビクターに入って,私と同じ事務所に入ってという,私と同じような道を歩んでるんですけど,作曲家として7〜8年目のとき,食っていける状態になっていたのに,2年間バークリーに留学したんですよ。そういうのも,アリじゃないかな。
 まあ,彼がバークリーに行ったのは,私のせいだけどね。「ジャズを知らないんだったら,バークリーでいろいろ習ったほうがいいよ」みたいな話を常々していたら,全部の仕事を休んで本当に行っちゃった(笑)。

4Gamer:
 もう一度学びたいと思っても,実行に移せるのはそれだけで凄いことですよね。とくに生活の面で。

田中氏:
 浜口君の場合,ワンピースの印税があったから何とかなったって言ってましたけどね。まだ結婚もしてなかったし。
 というのも,彼が向こうに行っている間も,私は日本でワンピースを続けていたし,その間,彼の書いた曲が使われることもあるわけです。そうなると,その分の印税も発生するんですよ。だから,「公平さんのおかげです。ありがとうございます」って言ってましたね。
 そして2年経って帰ってきて……凄く良くなりましたね。ジャズ的なものも書けるようになったし。そういう意味で,彼にとってあの2年間は大きなものだったんでしょう。

前山田氏:
 行こうかなぁ……。

田中氏:
 あの,あれはダメよ。充電とかいうやつ。ニューヨークで充電してきます! ってやつ。

4Gamer:
 漏電しがちという。

田中氏:
 充電なんて低い志だったら,そりゃダメですよ。ただ向こうに住んでいるだけになって,日本では忘れ去られてしまうという。
 だから本当に学校に通うとか,誰かに師事するとかね。例えばジョン・ウィリアムスの弟子になるとか,ハンス・ジマーの工場にアシスタントとして入れてもらうとかね。そんな感じで2〜3年行くんだったら,必ず意味がありますから。日本での2年やそこそこのキャリアって,別に大したことないもん。

前山田氏:
 ……行こうかなぁ。

田中氏:
 またけしかけちゃった(笑)。

画像集#022のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
前山田氏:
 僕もなぜかシンガーソングライターになってしまったんですが,そうやって表に出る仕事と裏方とを同時にやっていくことを考えたとき,すぐに飽きられて捨てられるんじゃないか? という怖さが常にあるんですよ……。でもそれは,自分が持っている袋の中身が足りないからなんですよね。
 だから今,決めました。 とりあえずこの3年間,35歳ぐらいまでは,ミュージシャン業とタレント業を,必死に頑張ります。そしてその後,ニューヨークに行きます。決めました。そういう人生設計にします!

4Gamer:
 あっという間に3年後の人生設計が出来てしまいました。

前山田氏:
 実は僕,向こう3〜5年ぐらいの人生設計は常に考えているんですよ。2012年にはマンションを買おうと,26歳ぐらいから思っていましたし(笑)。

4Gamer:
 ある程度の具体的な目標を立てて,それに向けて努力をしていくタイプなんですね。堅実だ……。

前山田氏:
 いやもう,本当にニューヨークに行きます。そうします。ありがとうございます! 何か凄くスッキリしました。

4Gamer:
 それまでは,今あるものを出し切る方向で。

前山田氏:
 ええ。もう出し惜しみもせずに,今ある枝を全部切り落としていくぐらいの勢いで。今ある枝とか,生え始めた芽を一生懸命枝にしたりとかもしつつ。そのうえで,もう一つ次のステップに行くためには,これまでとはガラッと違う方向性にしたいです。

田中氏:
 そうだね。さっきから悪口ばっかりいってるけど,息の長いシンガーソングライターって,それだけ幹が太いんですよ。同じような曲ばかり書いていても,ちゃんとオリジナリティを保っているということは,それだけの幹があるんです。ただ,彼らには枝がないから,違うことができないだけで。
 前山田君には枝があるんだから,幹を太くする努力をすればいいんですよ。

前山田氏:
 そうですね。僕もこの業界で長生きがしたいですから。

画像集#023のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?

田中氏:
 長生きするには,とにかく誰も寄せ付けないぐらいのオリジナリティを身につけることです。そして,この人ならこういう曲を書くというイメージを,業界内に確立しないとダメですね。そのうえで,毎回,「この人は挑戦しているね」「冒険しているね」と言われるような曲を作ること。つまり,一瞬聴いただけで「あ,これは○○が作った曲だ」と誰もが分かるんだけど,毎回ちゃんと違うことをやるというね。
 例えば私が書いた曲だと,ウィーアー!と「ウィーゴー!」を比べてもらったら分かると思うんです。12年の間に,同じテイストを残しながら違うことをやっているというのは,プロほど褒めてくれますから。

前山田氏:
 田中さんは,作曲家として仕事が来なかった時期はありましたか?

田中氏:
 そういう苦労はほとんどしてません。それは,デビューした時に,もの凄く大きな袋を持っていたからなんです。それと,仕事にも恵まれたし,人が少なかったというのも大きい。ほかにいないっていうね(笑)。

4Gamer:
 これまで膨大な量の曲を書き続けてきていらっしゃいますが,その大きな袋の中身が空になってしまうことはなかったんですか?

田中氏:
 私は今年で31年目なんですけど,たぶん20年ぐらいはもつ袋を用意できていたと思うんですよ。でも一度,本気で自分を変えようと思って,勉強をし直して,一曲にかける時間も長くしたんです。
 だから最初の15年で5000曲ぐらい書きましたが,あとの15年では3000曲ぐらいにペースダウンはしてるんです。でも,その分,一つ一つを濃くしようとしてきました。さすがに最近,袋の中身は尽きつつはありますが,その都度勉強するつもりでやってます。

前山田氏:
 本当に理想的ですねぇ……。

画像集#024のサムネイル/田中公平氏とヒャダインこと前山田健一氏の対談が実現。前山田氏が「このままじゃ大丈夫じゃないことが分かりました」と語った訳は……?
田中氏:
 いやぁ,うまいこと行きましたよ。
 それと私の人生で一番良かったのは,大ヒットが初めに出なかったことなんですよ。「トップをねらえ!」の作曲とか,ドラゴンボールの編曲とかは,みんな知ってますけど,それだけで食えるっていうものではありませんでしたからね。「勇者王ガオガイガー」だったり「バスタード」だったり「絶対無敵ライジンオー」だったり,中ヒットや小ヒットばっかりだったんです。それが17〜18年続いて,そこでサクラ大戦やワンピースという大ヒットに恵まれて。要するに,後半に大ヒットが来ているんです。
 これが初めのうちに大ヒットが来てしまったりすると,あっという間に飽きられますから。みんなそうでしょう。

前山田氏:
 怖い……。イヤだ……イヤだ……。

田中氏:
 世間はもの凄い正直ですから。

前山田氏:
 正直で,残酷なんですよね。

田中氏:
 そう。でも,わりと公平でもあるんですよ。運不運はありますけど,本当に実力があったら,ちゃんといい時は来ます。

前山田氏:
 ですよね。だから幹を太くして,どんどん枝を張って,袋にぽんぽんぽんぽん溜めていかないと……。

田中氏:
 それができれば,きっと音楽家として長生きできますよ。

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