連載
死という究極の理不尽に直面した男たちの命の輝きを描く海洋冒険小説「女王陛下のユリシーズ号」(ゲーマーのためのブックガイド:第57回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
囮で敵を誘い込んで猛射を浴びせる包囲殲滅戦は,古来から伝わる戦術の一つだ。曹操が袁紹を欺いた,三国志における「十面埋伏の計」をはじめ,正攻法では歯が立たない強敵を知略で下す方法として,古今東西,幾多の戦場で試みられてきた。
第二次世界大戦のノルウェー海にも,まさしくそうした構図があった。
イギリスの誇りと呼ばれた巡洋戦艦フッドが,独戦艦ビスマルクの砲撃であっけなく轟沈されて全軍が震え上がった1941年5月。そのビスマルクこそ沈めたものの,ノルウェーのフィヨルドの奥に潜んだ同型艦ティルピッツは,洞窟に潜む虎のごとく,依然として恐怖の的であり続けた。
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一方,ドイツ軍の猛攻に押されて気息奄々のソ連は,連合国軍の援ソ輸送船団によって不凍港ムルマンスクへ届けられる物資が頼りであった。もちろん,ドイツ側もそれをただで見逃したりはしない。ノルウェーを出撃基地とする航空機や潜水艦Uボート群による波状攻撃で,輸送船団の航行を阻んでいたのだ。
そうして起こったが,いわゆる「PQ17船団の悲劇」だった。アイスランドを出航した37隻(34隻とも)の商船のうち,20数隻が海の藻屑と消えたのである。
連合軍にとって手痛い損害となったPQ17船団の悲劇だが,この失敗が一つの計略を浮かび上がらせることとなる。それが援ソ輸送船団を餌に,独戦艦ティルピッツをおびき出す囮作戦であった。
と,ここまでの歴史的事実を土台として,スコットランドの作家,アリステア・マクリーンが熱筆を振ったのが「女王陛下のユリシーズ号」である。のちに冒険小説の王と呼ばれるマクリーンの長編デビュー作でもあり,今なお不朽の名作とされるこの小説を,今回は紹介してみたい。
「女王陛下のユリシーズ号」
著者:アリステア・マクリーン
訳者:村上博基
版元:早川書房
発行:1972年1月25日
定価:1034円(税込)
ISBN:978-4-15-040007-1
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本作に登場する英国軍艦(HMS)ユリシーズ号は,排水量5500トンで公式速力33.5ノットを誇るという架空の軽巡洋艦だ。
レーダーを完備した世界最初の艦とされ,砲塔4基に8門を備える5.25インチ(13.3cm)連装主砲は,速射かつ両用――すなわち水上戦にも対空射撃にも使える優れもの。護衛空母群を率いては,ドイツ軍のUボートを相手にした対潜戦闘を新たなステージに引き上げる,まさに新鋭艦であった。
ところが海軍軍令部は,このユリシーズ率いる第14護衛空母戦隊に,戦艦ティルピッツをおびき寄せる囮役を負わせようとする。
下された命令は,北米から到来する援ソ輸送船団FR77とアイスランド北岸沖で合流し,ムルマンスクへ東進せよというもの。その狙いは釣られて出てきたティルピッツを,北方海域で待ち構える本国艦隊に引き寄せることにあった。かつてビスマルクを追いつめ,撃沈せしめたことの再現を狙ったのだ。
だがそれは巡洋戦艦フッドと同じく,まずお前たちが犠牲になれと言うにも等しかった。
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かくしてユリシーズ号は,英国北辺の泊地スカパ・フローから厳寒の海へと出航する。タイミングとしてはスターリングラード攻防戦にようやく決着がつくかどうかで,米英軍はまだ北アフリカで戦っていた時期のことだ。
第14護衛空母戦隊の陣容は旗艦を含めた軽巡2,護衛空母4,駆逐艦5,フリゲート艦,コルベット艦,掃海艇各1の計14隻。カナダ北東岸から大西洋を渡ってきたFR77船団は貨物船やタンカーからなる18隻。合わせて32隻が,ノルウェー北端沖を回りこんでムルマンスクに向かうことになっていた。
ところがアイスランドへ北上する途上で暴風雪に遭遇し,FR77と合流した時点で空母はすべてが脱落。護衛艦は計6隻と半分以下になってしまう。ならば計画を取りやめて引き返すのが筋だが,海軍軍令部の命令はあくまで続航である。
護衛空母の上空直掩機はもはやゼロだというのに,これではPQ17船団の悲劇の轍を踏むようなものではないか。
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前ふりがだいぶ長くなってしまったが,ここからが本作の真骨頂。ただただ打ちのめされるしかない読書体験の始まりである。
素手で手すりを掴めば瞬時に凍りついて肉まで剥がれるので,手袋は三重にしなければならない酷寒の甲板。ようやく艦内に戻って温かい食事にありつこうとしたら,また警報が鳴って持ち場に戻らされるやりきれなさ。ユリシーズ号艦内の一コマ一コマが,克明な映像記録を見るかのごとく描写されていく。
19歳で英海軍に入隊し,さまざまな艦に乗務した経歴を持つ,マクリーン自身の体験が色濃く投影されたものに違いない。
ノルウェー北岸に近づく危険な海域では,“群狼”と呼ばれるUボートの船団や,フォッケウルフFw200コンドル四発爆撃機にくりかえし襲われ,陸地が近づくとハインケルHe-111の滑空爆弾や,雷撃機の魚雷に晒される。
そうして船団は一隻また一隻と脱落し,残存艦も満身創痍の状態だ。そしてまた,意外なタイミングで意外な敵艦が現れるのである。
登場人物は,艦長と戦隊司令官から末端の水兵に至るまで非常に多く,メモ帳に人物表をつけながら読むことをお薦めする。
ちなみにこの記事のためにネット検索をしていて,アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の沖田艦長は,本作のリチャード・ヴァレリー艦長がモデルなのではという説を見つけ,なるほどと思ったものだ。病身を押して帰還の望み薄い航海に出撃する姿は,確かに沖田艦長を連想するものがある。ほかにも似た人物が複数登場することから,ヤマトと照合しながら読むと理解がしやすいかもしれない。
とはいえ,所詮本作はフィクション。ハリウッド映画よろしく,どうせ主人公は生還して喝采につつまれて,ハッピーエンドで終わるのだろう,と思うかもしれない。もちろんは結末はここで明かせないが,それでも本書を読み終えてページを閉じれば,本書が傑作と呼ばれる由縁が,胸に沁みわたるやるせない思いと共に理解できるはずだ。
筆者の私見を述べるならば,本書は第二次世界大戦の海戦という特殊な状況を描きながらも,そこにはある意味,災害文学にも通じるものがあるように感じられた。
爆雷を使い果たし,砲塔のいくつかも失って,それでもなお戦い続けるユリシーズ号の乗員たち。ドイツ軍機の残骸が艦上に刺さったその甲板で,降りかかる理不尽な死に身震いしながらも,最後まで信念を曲げずに生きようする男たちの姿からは,単なる戦記もの,冒険小説の域に留まらない普遍性を感じるのだ。
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水俣病患者への綿密な取材を通して執筆されたルポルタージュにして文学である同書には,胎児性水俣病の杢太郎という少年の祖父が,「杢は、こやつぁ、ものをいいきらんばってん、ひと一倍、魂の深か子でござす」と語るシーンがある。そして,ただ一言でいいから少年の言葉を聞きたいとしぼりだすのだ。
一方,ユリシーズ号のヴァレリー艦長は,終盤の絶望的状況のなかで,かつて反乱を起こした兵たちが,その実,艦と仲間たちを深く愛していたのだと知り,こう語るのだ。「彼らこそ、およそ神が一艦長にさずけた最高の乗組員だ」,と。
理不尽な命令で理不尽極まりない死に直面したユリシーズ号の男たち。彼らが語り得ぬ無念や願望,尊厳をあるがままに綴ったことで,本書は戦争文学の金字塔となった。そこに筆者は,反戦や愛国といったポジショントークからは生まれ得ぬ説得力を感じるのだが……あなたはどうだろうか。ぜひ手に取って,確かめていただきたい。
■■待兼音二郎(翻訳家,ライター)■■
幻想文学やゲーム翻訳を主戦場とする翻訳家・ライター。“中二病”まっただ中に出会った1980年代のウォーゲームブームを原体験とし,以来,古今東西の戦場を盤上で追体験してきた生粋のウォーゲーマーでもある。近刊に「セイレーンの歌」(共訳書,アトリエサード),「料理の魔書ネクロノミコン ラヴクラフトの物語から生まれたレシピと儀式」(共訳書,グラフィック社)など。
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