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[GDC 2013]MGS5を実現する「FOX ENGINE」。ついに明らかになった新世代ゲームエンジン詳報(前編)
講演の主題であるFOXとは,小島プロダクションが制作した新世代ゲームエンジン「FOX ENGINE」のことだ。
講演では,2012年12月に公開されたムービー「The Phantom Pain」で描かれた包帯男の扮装で,小島秀夫氏が登場。小島氏は「Metal Gear Solid V: The Phantom Pain」(以下,MGS5)を発表するとともに,最新のトレイラーを披露した。
トレイラーについては,すでに速報でお伝えしているので,ここでは主題となるFOX ENGINEについて,できるだけ噛み砕いて紹介したい。
なお,かなり情報量の多い講演であったため,今回は前編として,後編は後日紹介するということでご容赦を。
さて,講演には小島氏のほかにも,CGアートディレクターの佐々木英樹氏,ライティングアーティストの鈴木雅幸氏,テクニカルディレクターの多胡順司氏と,合計4名が登壇した。
小島秀夫氏(中央)と,鈴木雅幸氏(左,ライティングアーティスト) |
佐々木英樹氏(CGアートディレクター) |
多胡順司氏(テクニカルディレクター) |
講演では,まず佐々木氏から,「FOX ENGINEとはなにか」という部分が説明された。佐々木氏によると,FOX ENGINEは小島プロダクション製のゲームエンジンであり,
- レベルエディタ
- アニメーションエディタ
- カットシーンエディタ
- エフェクトエディタ
- UIエディタ
- サウンドエディタ
といった各種ツールを備えているとのことだ。
カットシーンエディタの画面 |
レベルエディタの画面 |
エフェクトエディタの画面 |
UIエディタの画面 |
サウンドエディタの画面 |
ライティングの基本は「リニアスペースライティング」
グラフィックスに関する説明でまず提示されたのは,小島プロダクションの会議室だ。ここでは,写真とFOX ENGINEによるレンダリング結果とを並べて,フォトリアルなレンダリングの様子が示された。下がそのスライドだが,細かい部分を除けば,ほぼ同じようなライティングが再現されていることが見て取れるだろう。詳しい説明はなかったものの,会議室で実測されたデータによる,「イメージベースドレンダリング」が行われているものと思われる。
会議室の写真(左)とFOX ENGINEによるレンダリング結果(右) |
この話を聞いて,なんとなく既視感を覚える人もいるかもしれない。これは,スクウェア・エニックスの「Agni's Philosophy」デモで使われたゲームエンジン,「Luminous Studio」と同じようなアプローチであるからだ。
アセットを制作するための環境は,「リニアスペースライティング」,つまり“ガンマ1.0の色空間”での処理に統一することを基本としているそうだが,このあたりもLuminous Studioと同じアプローチである。
講演の後半に行われたワークフローの解説部分では,このリニアスペースレンダリングの作業について,鈴木氏から説明があった。順番は前後するが先にまとめて紹介しておこう。
一般的な映像機器は,入出力とも,「sRGB」(standard RGB)などといった色空間の規格に合わせたガンマ値に設定してある。数値が0.1違っても,照度によって光のエネルギー量の割り当てが不均等になる方式で,これは人間の目の特性に合わせた手法なのだが,演算時にはむしろ邪魔になることもある。そこで,「演算はガンマ1.0のリニア空間で行ってしまおう」というのが,リニアスペースレンダリングとなる。
ノンリニア空間では演算結果の飽和が起きやすいので,リニア空間で演算してしまう,という説明スライド |
処理で使用するテクスチャ素材の色などは,あらかじめガンマ1.0になるように補正しておく。そのうえで,レンダリングの計算後,表示する直前でトーンマッピングなどを施し,ディスプレイ用のガンマに合わせて出力するのだ。
リニア空間用に色調整されたデータ |
FOX ENGINEもLuminous Studioも,フォトリアルを目指すうえでの基本的な方法論は似通っている。だが大きな違いは,FOX ENGINEでは物理ベースのレンダリングを行っているところだ。
光の性質をもとにレンダリングを行うのが,物理ベースレンダリングの考え方である。詳しくは,CEDEC 2011でトライエースが行ったセッションのレポート記事などを参照してほしいが,光の物理的性質を考え方の根本としているため,光源の状態が変わった場合などでも破綻がない方式とされている。
スクウェア・エニックスの場合は,アーティストとプログラマの双方が光学の基礎を把握したうえで作業を行うことで,物理ベースのシステムを導入しなくても破綻しなくなったと,筆者は同社から聞いている。一方小島プロダクションでは,根本的なところからその解決に乗り出したようだ。
物理ベースで色彩や光沢の状態を設定する場合には,光学的な知識がないとうまくいかないという。たとえば,アーティストの主観で綺麗に見えるようにテクスチャを描いても,その判断に物理的な根拠がなければ,物理ベースのシステムと相性が悪くなるというのは,言われてみれば当然かもしれない。
そこで重要になるのが,主観を排した素材の「リファレンス」になるデータだ。小島プロダクションでは,デジタルカメラを使ったリファレンス作りを行っているという。
カメラ側の補正は切ってRAWデータを撮影し,グレー18%のカードを基準に輝度を合わせるなどといった手法は,スクウェア・エニックスのアプローチと共通だ。光源は先ほど紹介した会議室の光源状態を基準にしているという。
素材のリファレンスデータを作成する作業場の様子 |
リニア空間用に調整されたテクスチャ |
テンプレート化した素材のデータベース |
ちなみに,シェーダのチェックなどにも,冒頭の会議室が使われるという。会議室というと違和感があるかもしれないが,要するに“普段の制作オフィスでの光源環境”だと思えばイメージしやすい。普段見慣れている環境だから,何かおかしなものがあれば違和感を受けやすいため,シェーダのチェックがすぐにできるというメリットがあるのだそうだ。
会議室をベースに,モデルの表示をチェック。かなりシュールな画像だが,おかしなポイントを見つけるのに役立つそうだ |
FOX ENGINEのツール実動画面も公開された。いろいろなバッファに切り替えて,パースペクティブビューの表示が披露されたのだが,
- ディフューズマップ
- スペキュラーマスク
- マテリアルID
などと並んで,「ラフネスマップ」というものが設定されているのが,ちょっと特徴的だった。
最終的には,スペキュラマップやキューブマップなどに落ちてくるのだろうが,物理的なパラメータ指定の一貫として,素材の表面状態を「粗さ」という尺度で用意しているというのは面白い。質感をコントロールするときに,これを使えばより直感的な作業ができそうだ。
ラフネスマップを使った例として講演では,武器で一部のラフネス設定を変更したものを並べて比較する画像も示された。なるほど,指定した値によって質感が見事に変わっており,ラフネス設定パラメータの必要性に説得力のある結果が出ているように思われる。
フォトリアルなモデリングに対するアプローチ
右上のスライドは,このシステムで作られた人間の頭部のモデリングデータである。データの継ぎ目のような部分が若干残っているものの,さすがにディテールは,実物から取り込んだだけのことはある再現度だ。
ちなみに講演会場は,画面がワイヤーフレーム表示に切り替えられたとたん,笑いに包まれた。ワイヤーなどまったく見えないくらいの密度で,ポリゴンが設定されていたからだ。
PhotoScanで作られた頭部を,ワイヤーフレーム表示に切り替えた状態。といっても,あまりの高密度でワイヤーフレームには見えないほど |
もちろん,人間以外でも3Dキャプチャは可能だ。筆者が驚いたのは,ゲーム内に出てくる瓦礫さえも,実物から精密に再現していたこと。形状に決まりがあるわけでもないものさえ,律儀に作り込んでいるという。
PhotoScanで作られた「瓦礫」の例。一般的にはわざわざキャプチャして作るものではないが,こだわりの一環だろう |
さらに驚かされたのが,人の頭部を作るモデリング手法だ。役者の顔を3Dキャプチャでモデル化してから,そのデータを基にクレイモデルを製作。クレイモデルに対して特殊メイクを加えたうえで,さらにクレイモデルを再度3Dキャプチャするという,手間のかかるモデリング手法を採用していた。
頭部のモデリング手法を解説したスライド |
たびたび引き合いに出して恐縮だが,スクウェア・エニックスのAgni's Philosophyでは,複数のモデルデータを選択的に合成していくことで,ある程度は人の手でコントロールしながら,リアルな顔を作り出していた。
この手法は,リアルな人間を作るにはよいのだが,バリエーションに限界があり,極端なデザインを備えたキャラクターを作成のは難しい。その点小島プロダクションでは,自由度のほうを重視したようだ。
左は役者から取り込んだ写真で作ったモデル,右はさらに特殊メイクを加えたモデル。右耳や右目の周囲に手を加えられているのが分かるだろう |
辻 一弘氏の略歴 |
3Dスキャンで作成したモデルに,テクスチャを貼る工程の様子 |
テクスチャも一緒に撮影されているので,それをそのまま貼り込めばいいような気もするが,「気になる部分を直接修正できる」とのことで,こういうツールは重宝されているようだ。
Photo Scanの3Dスキャンで取り込んだモデルの例 |
衣服システムを支える「Marvelous Designer 2」
Marvelous Designer 2による,衣服データ作成の様子 |
Marvelous Designer 2は,衣服のしわの寄り方など,さまざまなシミュレーション機能を備えているそうで,今回もそうした機能が活用されているようだ。とはいえ,Marvelous Designer 2には,デザインしたデータを3DCGツールに出力する機能は用意されているものの,リアルタイムで動かすには対応したミドルウェアが別途必要になる。そのあたりは自社開発しているようである。
実際の型紙に従って作られたパーツが,キャラクターに巻きつくように服になっていくデモは,来場者を驚愕させていた。
後編ではFOX ENGINEのレンダリングエンジンやライティングについての情報を噛み砕いてお伝えしてみたい。お楽しみに。
※2013年3月30日0:05追記:後編を掲載しました
「Metal Gear Solid V: The Phantom Pain」ティザーサイト
Game Developers Conference公式サイト
- 関連タイトル:
METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN
- 関連タイトル:
METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN
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(C)2013 Konami Digital Entertainment
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