インタビュー
ゲーム制作集団「ゲームフリーク」が試みる“原点回帰”という挑戦――初の自社パブリッシングに踏み切った背景を,ゲームフリークの杉森 建氏と渡辺哲也氏に聞いた
元々はゲーム雑誌/攻略本の先駆けとも言える「ゲームフリーク」というミニコミ誌に端を発する同社だが,同人サークルだった時期に,名作「クインティ」を自主制作という形で開発してナムコに売り込み,その資金で会社を設立。その後,今や世界的なIPとなった「ポケットモンスター」の開発に至るなど,業界内にあっては,半ば伝説的なゲームメーカーでもある。いったいどんな会社で,どんな人達が集まっているのか――興味を抱いている人も少なくないだろう。
そんなゲームフリークが「ソリティ馬」というニンテンドー3DSダウンロード専用タイトルを発売した。ソリティア×競馬というよくわからないテーマながらも,同社初となる“自社パブリッシングタイトル”ということで,ファンや関係者からは注目され,最初は筆者も半信半疑で遊び始めてみたのだが……これが思いのほか面白かったのだ。それどころか,遊び込んでいくにつれ,その完成度の高さに衝撃を受けた。
しかも話を聞けば,ゲームフリークでは,「GEAR」という制度を社内で設けてオリジナルタイトルの開発を強化,今後も続々とオリジナルタイトルを発表していく予定なのだという。ポケモンの開発会社として知られる同社が,今このタイミングでオリジナルのゲーム開発に注力する意味,そして“自社パブリッシング”というチャレンジに踏み出した理由とはなんなのだろうか。
4Gamerでは,ゲームフリークのアートディレクターを務める杉森 建氏,および開発1部部長を務める渡辺哲也氏に話をうかがう機会を得て,彼らの考えていることを聞いてみることにした。「ポケットモンスター」という世界的な作品を生み出したゲームフリークの原点や考え方,そして彼らが目指すものとはなんだろうか。
10年後を考えたら,絶対に必要なこと
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
以前からゲームフリークさんにはぜひ一度取材をさせて頂きたいと思っていましたので,今回は,その機会を頂けてとても嬉しいです。
渡辺氏:
ははは。お声がけ頂ければ全然やるんですけどね!
4Gamer:
僕も長年ゲーム業界で働かせて頂いていますが,ゲームフリークさんはなかなか接点がない会社なので(笑)。でも先日,「ソリティ馬」を遊ばせて頂いたときに,「これはめちゃくちゃ良く出来てるゲームだな!」と衝撃を受けて。その勢いでインタビューを申し込んでしまいました。
渡辺氏:
ありがとうございます(笑)。僕らとしても,「ソリティ馬」はかなりこだわって作ったつもりなので,そういうご評価を頂けるととても嬉しいですね。
4Gamer:
「ソリティ馬」に関しては,なんといいますか,「若手が頑張って作りました」とか「500円という価格以上の面白さを」とか,“そういう次元を超えている完成度”だと思ったんです。「このゲームは一朝一夕で作れるものではない」というか,ゲームフリークさんの中にあるこだわりや積み重ねがあって,初めて作れる作品なのではないかと感じて。
杉森氏:
そうですねぇ……。
4Gamer:
ですから,今回は,そんな「ソリティ馬」を生み出したゲームフリーク――世間的には「ポケットモンスター」の会社というイメージが強いと思いますが――とはどんな会社で,どんな人達がどういう思いでゲームを作っているのか,みたいなお話をお聞きできればと思っています。
渡辺氏:
分かりました。よろしくお願いします!
4Gamer:
ではまず,そんな「ソリティ馬」を生み出すキッカケにもなった,「GEAR」という取り組みを始めた経緯からお聞かせ願えますか。
まず「GEAR」という取り組みについてご説明しますと,これは,プログラマーだろうがデザイナーだろうが,企画書を書いて,それに賛同する人が自分を含めて3人以上集められれば,3か月間そのゲームを作ってよいという,ゲームフリーク社内の新しい制度です。新しいといっても,もう3年くらい前からやっているんですけど。
4Gamer:
Googleの「20%ルール」みたいな話ですよね。
渡辺氏:
そうですね。で,作り始めてから3か月後に一度チェックが入って,そこをクリアするとさらに3か月間作れるんです。そして合計6か月試作した段階で,これを会社としてのプロジェクトにするかどうかという経営判断を行うわけです。
4Gamer:
そういう制度をわざわざ設けたのは,新しいゲームを作らなければ,という議論がゲームフリーク社内であったからなんですか?
渡辺氏:
まあ,何かオリジナルのタイトルを作ろうというのは,実はずっと,「ポケットモンスター」が世に出てからもやっていたんですよ。ただ,近年結果として形になったのが「スクリューブレイカー 轟振どりるれろ」くらいで,なかなかうまくいかないことが多かった。もちろん,ちゃんとやっていたつもりなんですけど,最終的に完成まで至らないことが多かったんですね。
杉森氏:
そうだったねぇ。
渡辺氏:
そういう状況が続いたものですから,「これはちょっと,会社自体の組織体制から変えないと駄目なんじゃないか?」という話になって,結果,出来上がったのが,「GEAR」という仕組みなんです。
4Gamer:
「GEAR」が出来る前のゲームフリークでは,ゲームの企画ってどういう形で進むものだったんですか?
渡辺氏:
どちらかというと,トップダウンに近い形でした。「ポケットモンスター」の開発などが落ち着いた時期に,「誰か若い人を立ててやってみよう」みたいな感じで,その時に企画を温めている人間のアイデアを吸い上げて進めるみたいな。それに昔は,プランナーが中心になってプロジェクトを進めていたんですが,最近はそうした制限も無くして。もうちょっと自由にやれる形に変えました。
4Gamer:
じゃあ,今のゲームフリークさんは,いわゆる「ポケットモンスター」の開発ラインと,他のゲーム(GEARの取り組み)のラインが複数動いているという形なんですか?
最近になってようやくそういう形になった,ということですね。以前は,「ポケットモンスター」に掛かり切りで,事実上,他のラインを持つというのが無理だったんですけど,「難しいですね」って言ってるだけだと何もできないので,「無理矢理にでもやってみようじゃないか」っていうのが,今回の「GEAR」って取り組みなんです。そもそもウチは,そんなに大きな会社じゃありませんから,複数のラインを動かすこと自体が難しかったんですよ。
渡辺氏:
今でこそ,社員は80人を超えていますけど,これって今回の「ポケットモンスター X・Y」の開発のために増やした結果ですからね。それ以前はせいぜい50〜60人くらいの規模でしたし,さらに前はもっと小さい規模でした。それにポケモンって,僕らにとっても大事な作品だから,作るのにはもの凄くエネルギーを使うんです。だから,ポケモン以外のものを作るっていうのが,なかなか難しい状態が続いて。
4Gamer:
なるほど。
渡辺氏:
それとは別に,やっぱりね。ウチの若いスタッフは,「ポケットモンスター」という作品を作ることに対して,誇りをもって仕事をしてくれていると思うんですけど,一方では「自分たちが作り上げたものじゃない」感覚というか。そういうものがあるみたいで。
杉森氏:
ゼロから自分たちで作って育てていく感覚は,また格別なものですからねぇ。
渡辺氏:
だから,社内の若い人達にも,そういう経験を積むチャンスを作るべきだと。自分たちで主体性を持って動いて,ケンカもしながらプロジェクトを進めていく――みたいな経験っていうのは,うまくいかないことも多いかもしれないけど,この先の5年後,10年後を考えたら,絶対必要だろうなと思ったんです。
4Gamer:
ふうむ。
渡辺氏:
若手には,いつも「自分から動け」とか「もっとハングリーさをもってやれ」みたいなことを言うんですけど,実際問題として,仕事そのものは,割とトップダウンで進められることが多かったんです。それじゃ,自分から動けなくて当然ですよね。だから,「自分から動ける環境」を作ることが,僕ら責任ある立場の役割なんだろうなと感じて。
好きに作って好きに売れるぞ!という喜び
4Gamer:
「ソリティ馬」は,ゲームフリーク初の“自社パブリッシング”という形でリリースしていますよね。その意図はなんなのでしょうか。
渡辺氏:
いや,そこは単純明快で,ダウンロード販売みたいな環境が整って,自分達でいいと思ったものを素直にリリースできるっていうんだったら,そこはやってみようよってことですね。
パッケージゲームが主体の頃は,金銭的なリスクを負うことがなかなか難しかったですし,そこをクリアできても,自分達でお店に営業したり宣伝したりっていうところまでは手が届くと思えなかった。結果として,パブリッシャさんに売ってもらうしかなかったんです。
杉森氏:
マニアックなものでも,制作費が抑えられて,かつそれなりに売れる環境が出来ているんなら,営業活動が苦手な僕らも,なんとか体制を整えてやってみようかって感じですかね。
4Gamer:
ゲームフリークさんの企画(ゲーム)であっても,パブリッシャさんは取り合ってくれないものなんですか?
渡辺氏:
パッケージゲームが主体の頃は,どうしてもフルプライスで売る前提の内容が求められましたから,そこをクリアできる作り込みやボリュームまでを含めると,僕ら自身がやりきれないってところもありました。
杉森氏:
あとは,単純に1人で黙々と遊ぶゲームは売れないから,みたいなことも言われたり。
渡辺氏:
通信機能はないの?ってね(笑)。
杉森氏:
そうそう。僕らは基本的にはマニアックな集団なので,「自分達の好きなものを作る」となると,どうしてもコアな方向に寄ってしまうんです。結果,なかなかパブリッシャさんには採用されづらい企画が多くなる。ポケモンで通信機能を入れたのだって,それが必要なゲームだったからで,それ以上でもそれ以下でもないしね。何か当時の流行がどうかみたいな部分は関係がないんです。
正直な話,例えば「ソリティ馬」だって,これをどこかのパブリッシャさんに売り込んでこいって言われたら,僕は途方に暮れますよ(笑)。
4Gamer:
僕なら買いますけどね(笑)。確かにパッケージタイトルでと言われたら,躊躇はあるでしょう。
渡辺氏:
でも,こうやって完成させて売り出してみれば,ちゃんとご評価頂けることだってあるわけで。
杉森氏:
だから「GEAR」の取り組みに関しては,デベロッパとして「好きに作って好きに売れるぞ!」っていう喜びが一番大きいですね。もちろん,売れないと続いていかないっていうのはあるんですけど。
渡辺氏:
お金を無尽蔵につきこんでいいということでもないですからね。そこはちゃんと予算や期間を切って。
4Gamer:
ゲームフリークさんは,いわゆる「パブリッシャになりたい!」みたいな目標はあるんですか? ゲームデベロッパさんのひとつの成功モデルという意味では,デベロッパとして実績を積み重ねながら,どこかのタイミングで自社のタイトルを出してパブリッシャになる――というものがありますよね。
渡辺氏:
そういう気持ちは……ウチないよね?
杉森氏:
うん,ない。
渡辺氏:
単純に,自分達が作りたいゲームを,一番面白そうなデバイスで出すってスタイルを続けたいんです。そして,それとパブリッシャさんの望まれるものとの乖離が大きくなってくると,それは自社でやるしかないという話です。
4Gamer:
これはぜひお聞きしてみたいなと思っていたんですけど,それこそゲームフリーク設立初期から在籍している方々は,今も「作りたいもの」ってたくさん持っていらっしゃるんですか?
杉森氏:
そうですねぇ。僕らに関して言えば,やりたいことのある程度は,結構ポケモンで吸収されているんです。だけど,そこからはみ出してしまうものとか,ポケモンでは吸収しきれない企画もやっぱりたくさんある。そういうものを吐き出す場として,「GEAR」みたいな取り組みがうまく回っていくといいなとは思いますよね。
渡辺氏:
例えば「たくさんのプレイヤーがやりとりする遊び/仕組み」だとかは,むしろ,ポケモンという場で実施した方が,よっぽどしっかり動かせるというか,形にしやすいんですよ。
4Gamer:
それはそうですよね。
杉森氏:
だから,オリジナルで作りたいものは,むしろポケモンでは実現しづらいアイデアです。例えば,今どき2Dのアクションやシューティングを作りたいと思っても,なかなかパブリッシャさんは首を縦に振らないでしょうから,そういうものとかですよね。
渡辺氏:
でも自社パブリッシングであれば,作って売るところまでは自由に出来ますからね! ……売れないかもしれないけど(笑)。
杉森氏:
それに,やっぱりパブリッシャさんにお金を出してもらうとなると,当たり前ですが,いろいろと要望も受け入れる必要があるじゃないですか。
4Gamer:
そうですねぇ。
杉森氏:
例えば,このままじゃ売れないから,このゲームシステムにこの別のキャラクターを乗せてくれというのはビジネスとしては分かるし,確かにそれで売れるんですけど……なんていうんですかねえ。
渡辺氏:
モヤモヤッとするんだよね(苦笑)。
一所懸命にキャラクターを作ってる人間からすると,ちょっときついなあと。やっぱりショックだったりする。そういう思いは,あんまり今の現場にはさせたくないなって気持ちもあって。できる限り,自由に作れるって部分を尊重したいとは思っています。
渡辺氏:
それに,例えばポケモンのキャラを使ってしまうと,それはもう“ポケモンの派生”になってしまいますからね。それは,「GEAR」のコンセプトの一つである「作り手が自分のゲームと思えるもの」という部分にそぐわないじゃないですか。利益を出すのが第一だったら,そういう選択もしますけど,少なくとも,今僕らがやってる取り組みではあまりやるべきじゃないですよね。
杉森氏:
今って,本当にマーケティング先導型の作り方が増えているじゃないですか。「こうじゃないと売れないよ」って,すぐに言われてしまう。だけど,それもちょっと世知辛い。自分の作りたいものを作って,それがそれなりに売れるっていうのが,やっぱり一番幸せな状態だと思っているので。
渡辺氏:
トップダウンで,マーケティング主導でものを作るよりは,現場から上がってきた企画の方がモチベーションも高くなります。だから,「儲けが出ないから」みたいな理由では,「GEAR」という取り組みを止めたくないですね。できるだけ長く続けていきたいと思っているので,なんとか黒字化する戦略はこれから考えます。
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