インタビュー
「Fate/Grand Order」がもたらす新しいスマホゲームの形――奈須きのこ×塩川洋介が語るFGOの軌跡と未来とは
誰が「FGO」を遊んでいるのか
4Gamer:
サービス前のインタビューで,奈須さんと庄司さんは,本作で「100万人に届くFateを目指す」というお話をされていました。それが現実のものとなった……と言っていいと思うのですが,実感はいかがですか。
若いファンがものすごく増えたと思います。最初は僕らも,古くからのTYPE-MOONファン中心に遊ばれるものと想定していました。でも実は,データで見ると20歳前後のプレイヤーが大多数を占めていて,リアルイベントの会場で実際に接してみても,客層が非常に若いです。
奈須氏:
TYPE-MOONには,僕らも驚くほどコアなファンが恐らく10万人くらいいてくれて,正直に言えば,この10万人さえ大切にしていけば,それでいいと考えていた時期もあったんです。「オタクの話をしよう。ワシらは自分が楽しいと思うものを作って,TYPE-MOONコロニーの中で10万人と一緒に死んでいくのじゃ! ガーデン・オブ・アヴァロン!」というような。
4Gamer:
FGOを契機に,それが変わった?
奈須氏:
そうですね。ゲームはスマホで遊ぶのが当たり前という若い子達が大勢入ってきてくれて,意固地に自分達の限界を決めなくてもいいだろうって,考えられるようになりました。自分達の芸風が新しい世代とズレているのではなくて,単にPCかスマホかっていう環境の問題だったんだなと。そこさえ調整すれば,もっとたくさんの人に楽しんでもらえるんだと気付いて。自分にとっては,それがカルチャーショックでしたね。
4Gamer:
プレイヤーが一気に増えた時期というのはあるのでしょうか。
塩川氏:
基本的にはサービス開始時から右肩上がりに増え続けています。その中でも節目になった時期をあえて挙げるなら,Fate/ZEROスペシャルイベント「Fate/Accel Zero Order」,1周年の「FGO夏祭り2016〜1st Anniversary〜」,そして,2017年のお正月ですね。イベントをやる度に,DAU(デイリーアクティブユーザー)の過去最高記録を常に更新し続けています。直近ですと,「復刻:チョコレート・レディの空騒ぎ -Valentine 2016- 拡大版」がもっとも高い数字です。
4Gamer:
そうした新しいプレイヤーというのは,FGOで「Fate」シリーズに初めて触れた人なんですか?
奈須氏:
そうだと思いますよ。「Fate」シリーズの始まりである「Fate/stay night」をリアルタイムで遊んでいた人って,割り合いだと今はもう2割以下なんじゃないかな。
塩川氏:
なので,Fateファンのこだわりや情熱を大事にしつつ,過去作を知らない若い人達にも,ちょっと背伸びする感覚で楽しんでもらえるようなコンテンツを目指したいと思っています。
4Gamer:
以前のインタビューで「100万人に届くFate」と聞いたときには,正直に言いますが,まさかという気持ちでした。それがここまで広がるとは……。
奈須氏:
今だから言えることですが,シナリオの分量が多くて造りも単純でない「Fate/stay night」があれだけ売れるのなら,本気でスマホゲームに取り組んだら,100万人にだって遊んでもらえるのではないか? ……そんな予感はあったんです。もちろんそう簡単なことではないですし,不安もありましたけど。
塩川氏:
具体的な数字は言えませんが,サービス開始時と比べると,今のDAUはおよそ3倍になっています。ほかのスマホゲームと比較しても継続率が非常に高くて,毎日アクティブに楽しんでくれている人がこれだけいるというのは,すごいことだと思っています。
4Gamer:
ARPU(1ユーザーあたりの売り上げ額) はどうなんでしょうか。
塩川氏:
ほかのタイトルと比べると,おそらくかなり低いと思います。これはやっぱり,学生さんとか若い人が多いからかなと。 “ごく少数のプレイヤーだけがものすごく課金して全体を支える”という,極端なパレートの法則状態にまったくなっていないのも特徴だと思います。
4Gamer:
えっ,それは意外です。にわかには信じられないというか……ものすごく健全じゃないですか。
奈須氏:
使う金額は人それぞれですけど,若い人の方が課金に抵抗がないみたいなんですよね。一方で,20代後半から30代になると抵抗のある人が増えてくる。ただ,使えるお金の額が違うので,平均すると同じくらいになっているっていう。
4Gamer:
2016年10月には中国でのサービスもスタートしましたが,海外からの反響はいかがですか?
塩川氏:
中国での人気と売り上げも,おかげさまで好調です。日本とは計測方法が違うので単純には比べられませんが,日本のタイトルとしては異例の数値を叩きだしています。先日はApp Storeのランキングでも2位を記録しました。
4Gamer:
ああ,沖田さん効果がすごかったと聞きました(笑)。ちなみに,英語圏への進出についてはどうなのでしょうか。
塩川氏:
現時点で具体的にお話しできることはありませんが,英語圏に限らず,海外からのアクセスは相当多いですね。日本語でしか遊べないのに,とにかくアクセスして普通に遊び続けてくれている。そうした,ずっと待ってくれている海外の人達にも何かできないかというのは,常に考えています。
FGOを彩ったイベントシナリオの数々
4Gamer:
ではいよいよ,シナリオについて聞いていきたいと思いますが,まずはFGOの1年半を彩ってきたイベントについて,お二方の記憶にとくに残っているイベントというと,何になりますか。
塩川氏:
イベントだと,圧倒的に「空の境界/the Garden of Order」ですね。
奈須氏:
自分も「空の境界」はトップ3に入ります。「空の境界」って,僕にとって聖域みたいなものですし,そもそも一度終わったもののスピンアウトって,そう簡単に書けるものじゃないんです。そこに作者なりの意義を見つけなきゃいけない。
だけど,マップとして小川マンションを用意してもらい,曲までお膳立てしてもらって,さらに両儀 式を配布キャラにしていいとまで言われたら,もうやるしかない。いや,本来だったら式を配布とかありえないでしょ?
4Gamer:
メインヒロイン配布には,正直驚かされました(笑)。
奈須氏:
あとは,「魔界村」パロディだった「ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村〜そして冒険へ……〜」も印象深いですね。エリザベート・ブレイブがデザインからアクションから声から何から何まで可愛くて。でもまさか,あんな馬鹿なアイデアが通るとは(笑)。
塩川氏:
あれの会議の時は,本当に閃いた感がありましたね。一度クリアしたところで,「唐突ですまない……。」って言われて戻されるところまで含めて,リスペクトしきった感があります。
奈須氏:
「ここはすまないさん(※)出すしかないでしょ」って(笑)。あの部分,本当は懐かしのドット演出にしたかったんですけど。
※セイバーのサーヴァントであるジークフリート。メインストーリーで「すまない」を頻発することから,この呼び名に。
4Gamer:
すまないさんもそうですが,シナリオやBGMの作り込みも含めて,本当に楽しいイベントでした(笑)。一方で,プレイヤーに人気の高かったイベントとなるとどうでしょうか。
塩川氏:
うーん,最近のイベントになればなるほど参加するプレイヤーが多いので,人気となると難しい……。
奈須氏:
でもやっぱり「Fate/Accel Zero Order」は,さっきも言ったとおり,それまで様子を見ていた人達を呼び込んだという意味でも人気のイベントだった。トコトコ目の前を歩いていた虚淵 玄さん(※)を捕まえて,シナリオをお願いした甲斐がありました(笑)。あれは彼のスケジュール的にもたまたま空いていた,というラッキーも大きかったです。
※シナリオ ライターの虚淵 玄氏。Fate/stay nightのスピンオフ作品「Fate/Zero」の著者。
塩川氏:
いま思えば,どのイベントも,「どうやったら針が振り切れるか」を大事にしてきたように思います。2部構成の夏の水着イベントなんかもまさにそれで,まさか誰も後半で文明開拓が始まるとは思いもしなかった。だけど,そういう振り切れたことをやるのがFGOなんだぞと。
奈須氏:
塩川さんは会議の時,「同じことはやらないでほしい」「過去を常に超えていきたい」っていつも言ってくれるので,こっちも会議が楽しいんですよね。とくにFGOは,予算の問題をあまり気にしなくていいので,やりがいがあります。まあ,そのあと死にそうになるんだけど(笑)。
4Gamer:
意外性という意味では,「羅生門」の難度には驚かされました。主に茨木童子のヤクザキックの威力にですが……。
奈須氏:
みんな罵詈雑言を浴びせつつ,ひたすら茨木を殴りにいってましたからね。自分としては,最初から茨木童子は鬼界唯一の真面目委員長,真面目故に異端として浮いている……という怖面白いサーヴァントと分かっていたので,「みんなもうちょっと待ってくれ! こいつの面白さや魅力は近々分かるから!」という思いでしたけど(苦笑)。
4Gamer:
茨木童子の可愛らしさは,その後の「鬼ヶ島」で花開いた感じですね。ちなみに,お二人のお気に入りのサーヴァントは,何かありますか?
奈須氏:
使ってみたら楽しいジャガーマンと,後ろ姿がカッコよすぎるエドモン・ダンテス。それから7章でいろいろと動いてくれたイシュタル(※)ですかね。イシュタルに関しては,森井しづきさんのイラストの表情がすごく活き活きとしていたので,本筋から多少逸れたとしても,この絵に応えるだけの活躍をさせなければという気持ちが沸き起こりました。
※Fateのヒロイン遠坂 凛を依代とした疑似サーヴァント。
4Gamer:
エレシュキガルも可愛らしかったですよねぇ。
奈須氏:
あ,ここでいう凛の可愛さは,エレシュキガルも込みということで。もう,「10年ぶりに,遠坂 凛の可愛さを思い知らせてやる!」と。
塩川氏:
僕は最近だと,キャスターのギルガメッシュですかね。それまでもギルガメッシュのことは見てきたつもりでしたけど,7章をプレイして,こんなに頼れる感じのいい王様なんだというところに驚きました。
4Gamer:
ちゃんと実務能力や政治関連の能力もあったんですねえ。
口だけじゃなかった(笑)。そういう新しい面が7章で見られたことはすごく良かったです。あとは,種火周回に便利だと聞いて,エイリークを育てました。試してみたらホントに便利で,「皆さんこういうのをよく見つけるなあ」って思いましたね。
奈須氏:
あっ,あと水着清姫が思いのほか可愛い。「夏の恋……」ってボイスには「いや,夏の恋って炎とかそういうんじゃねえから!」とツッコミを入れたくなる。
塩川氏:
実はサポートに入れてます(笑)。火を噴くアクションが好きです。
4Gamer:
分かります(笑)。ちょっと脱線しましたが,FGOの場合,イベントシナリオは二次創作的というか,いわゆるファンディスク的なノリを強く感じます。水着イベントなんてまさにそうですが,これは意図的にそうしているんですか?
奈須氏:
そうですね。メインストーリーがシリアスな分,イベントでは基本的にコメディに振るようにしています。そっちまでシリアスにしちゃうと,さすがに重すぎますから。あと裏ルールとしては,メインストーリーで出番の少なかったサーヴァントにできるだけスポットライトを当てる,というのがあります。キャラクターの二面性というか,日常の部分を見せることでキャラクターを深掘りするというか。
塩川氏:
武内さんから,「毎月,エイプリルフールをやっているような感覚」と言われて「確かにな」って思いました。
4Gamer:
ところで,リヨさんの「マンガで分かる!Fate/Grand Order」や,経験値さんの「Fate/ぐだぐだオーダー」といった公式漫画コンテンツもありますが,あれもある意味,イベントみたいなものじゃないですか?
塩川氏:
公式でしたっけ?(笑)。
奈須氏:
あれ……ネームチェックすらした覚えがない……だと……?(笑)。
いえ、真面目な話をすると,経験値さんの漫画はTYPE-MOONの管轄ですが,リヨさんに関しては完全にディライトワークスさんにお任せです。我々もリヨさんの名前が出たときには,「え,リヨさんに頼んだ? そりゃぶっちぎりで面白いけどコントロール不可能なのでは?」と思いましたが,そこはディライトさんがなんとかしてくれるだろうと(笑)。
4Gamer:
コントロール……できてるのかな? ちなみに,あれでNGが出たことってあるんですか?
塩川氏:
あまりにエグい話だとか,マズい時事ネタが入っているときに止めたことはあります。でも,それ以外は基本的に自由に描いていただいてますね。
「もっと漫画で分かる! Fate/Grand Order」
人類史の記録を辿る旅――Grand Orderの意義
4Gamer:
ではここからは,FGO第1部のメインシナリオについてお聞きします。以前のインタビューで,奈須さんは「今度こそ俺は地球を救うぞ!」とおっしゃっていましたが,この物語の構想は,どんなところからスタートしたのでしょうか。
奈須氏:
まだこの企画がスマホではなくPCのネットゲームだった頃は,世界中のプレイヤーが争い合うような話を考えていました。プレイヤー同士が戦うことで,人間そのものの悪性が表れてくるようなイメージです。でも,それだとスマホでやる必然性がないんですよね。生活に密着したデバイスなのだから,もっと明るく前向きで,ライトなものにしたかった。ライトとは軽いではなく光の意味で。
4Gamer:
確かに,日々の生活の中で悪性と向き合うのは,ちょっと重たいかも……。
奈須氏:
でしょう? それならということで,前から一度やってみたかった,人類史の話に挑戦してみようと思ったんです。なにせ「Fate/EXTRA」で霊子虚構世界なんてものを書いたあとだから,壮大なことをやらないと意味がない。そこでまず,「7つの聖杯,7つの時代」というモチーフを設定しました。
4Gamer:
Grand Orderの始まりですね。
奈須氏:
ええ。まさにこの段階で「Grand Order」というタイトルが決まり,以前ボツになったビーストという設定を引っ張り出すことにしました。そうなれば,全体の流れは決まったようなもので,ビーストを出すなら神代の終わりの話にしよう。神代の終わりと言えばソロモンだ。じゃあソロモンとロマンの関係を物語の核にしよう,といった感じで屋台骨ができていったという。
4Gamer:
その時点で,ほかのライターさんの起用も決まっていたんですか?
奈須氏:
この時はまだ,決まっていなかったです。ただ,人類史を遡るなんて大仕事ですから,自分一人では厳しいのは分かっていました。そこで東出祐一郎さんと桜井 光さんに声をかけて,一緒に新しい事やってみないか,と。二人とも甘い言葉に騙されてホイホイやってきてくれたぜ!(笑)
4Gamer:
東出さんや桜井さんとの作業は,どのように分担していったのですか?
奈須氏:
まずはこちらで全体の構想を作り,「頭とお尻の部分は自分が責任を持つから,それ以外の特異点に関しては,その中で1本のRPGを作る気持ちで進めてくれればいいよ」という形で進めました。このサーヴァントたちと,この年代の人理定礎でお話を作ってください,と。そうして仕上がったものに監修としてFGO全体のテーマ……マシュの成長やロマンの在り方を加えていって,全体的に一部の最後につながる空気感を付け足したり。
4Gamer:
各章に登場するサーヴァントも,担当作家のチョイスですか?
奈須氏:
一部のサーヴァントについては運営会議で決まったものです。そこはライター都合より運営都合でした。でもこれはライターでは生まれない長所もあって,「牛若丸を女の子にしたい!」と武内が言ったりする。「なんで?」と聞くと「男女比率がやばい。男ばかりだと華がない」と難しい顔で返してくる。「なるほど,いつものか」と(笑)。でもそれが本当に,FGOに必要なファクターになる。
4Gamer:
なんというか……武内さん,さすがです(笑)。
奈須氏:
その後,ライター3人が頭を悩ませ,「どうやって残された伝説から『実は女性だった』という話を拾うか?」と,相談しながらサーヴァントの基本設定を作っていきました。
4Gamer:
これだけたくさんのサーヴァントが登場しながら,本作の場合,それぞれに史実や伝説に基づいた設定が反映されているじゃないですか。1人のサーヴァントを生み出すのに,どれだけの時間がかかっているんでしょうか。
奈須氏:
登場させる英霊が決まったら,そこから4か月は皆で資料漁りですね。だから,とりわけ2015年後半の東出さんと桜井さんは,ひたすら本を買っていました。やはりサーヴァントとして登場させるからには,その英霊をより深く分かってもらえるエピソードを入れたいですから。単に名前だけ借りるようなことにならないよう,そこは皆,プライドを持って頑張ってくれました。
4Gamer:
今登場しているサーヴァントって,150体超いますよね。ものすごい労力です。
奈須氏:
ローンチ前は時間がありましたので,それまでになんとか100体を準備しました。そこから先は,3人のライターそれぞれが月1体のペースで設定を作って,どうにか間に合わせてきた,というのが現実です(笑)。
4Gamer:
FGOでもそうですが,TYPE-MOON作品にはラテン語やドイツ語がよく登場するじゃないですか。そういったところは,どうやってチェックされているのでしょう。
奈須氏:
そこは森瀬 繚さんや三輪清宗さん,海法紀光さんといった,知識のあるライターさんにフォローしていただくことが多いですね。規模の大きいプロジェクトだからできることなんですけど。
4Gamer:
ちょっと脱線しますが,サーヴァントの能力値などは奈須さんが決められるのですか?
奈須氏:
能力値については,実は明確なルールがあるんです。A〜Eの5種類を,筋力/耐久/敏捷/魔力/幸運の5つのパラメータに,同じアルファベットが被らないように割り振るっていう。これは,昔自分が遊んでいた,自作のTRPGシステムの名残りなんですが。
4Gamer:
あれ,でもパラメータが被っているサーヴァントもいますよね?
奈須氏:
それは特例として,Aがない代わりにBが2つとか,Aが2つあるけどCも3つとかも,バランスが崩れない限りはアリってことにしています。あと宝具は別で,自由に設定していいことになっているので。
4Gamer:
なるほど。そういう仕組みだったんですね。
奈須氏:
ただ,Fateシリーズの場合は,こうした能力値とは別のところで,Fateの世界観における総合的なサーヴァントの強さを,僕の方でランク付けすることになっています。だから,能力値だけで強さが決まるわけではないんですけどね。
4Gamer:
シナリオの話に戻りますが,本作の物語は,ソロモンとビーストを軸に生み出されていったとのこと。それがプレイヤーに明示されるのは,7章を待たなければなりませんでしたが,伏線は至る所に散りばめられていました。改めて1章から読み直してみると,ドクター・ロマンのセリフの端々から,それが読み取れます。
奈須氏:
ロマンの話でしたから,ボクの中では。それと,最終章制作時にちょっと面白いエピソードがありまして,最終章でゲーティアとロマンの戦闘シーンが入るじゃないですか。あそこでディライトワークスさんから「あれ,ここ戦闘ムービーにするんですか? なら追加でボイスを収録しないと」という話が来たんだけど,「いや、それは3年前に録ってあるよ。たぶんファイルの一番底にある」と。
4Gamer:
ディライトワークスさんも忘れていたと。つまり,あのシーンはそれぐらい最初期から決まっていたものなんですね。
奈須氏:
収録当時,自分以外「なんでバトル以外のボイスをとってるんだ? ドラマCD?」と思っていたそうですから。最終的にロマンとゲーティアというキャラが活きるように,シナリオを組み立てていきました。さっき言った「伏線を付け足す」というのはまさにこれで,「ここのロマンのセリフは軽すぎる」「この情報をロマンはすでに知っているから,この場面でこういう顔はしない」という感じに,細かく調整させてもらいました。
物語の結末自体はライター陣にも伝えていましたが,そこに辿り着くまでにロマンが何を考え,さまざまなことをどう受け入れてきたのかまでは,自分しか把握してなかったので,そこは口で説明するより書いたほうが早いなと。
4Gamer:
ちょうど復刻版のお月見イベントでロマンと再会したところだったので,とても感慨深いです。セリフの一つ一つが違う意味を持って感じられて。
奈須氏:
自分としても,読み返すことで新しい発見があるシナリオがTYPE-MOONの芸風だと思っているので,そう感じてもらえたならライター冥利に尽きます。百読に耐えるのが理想ですが,まずは2度読んもらっても面白いものを書きたいと思っているので。
4Gamer:
再読していて気になったんですが,6章での獅子王が「たとえ標本のような形でも,人類を未来に残したい」と考える一方で,最終章ではゲーティアが「そもそも人間は滅ぼして,星を作り直すことから始めなければいけない」って言うじゃないですか。最終的に主人公はそのどちらも否定するわけですが,奈須さんご自身としては,彼らの道理をどう考えているのでしょうか。
奈須氏:
獅子王とゲーティアの考え方の違いって,単に選択の違いだと思うんですよ。本当に人類が行き詰ってしまったとき,個人の幸せを取るか全体の幸せを取るか,あるいはそのほかの存在の幸福を取るかという,選択の違いでしかない。
4Gamer:
獅子王が選んだのは,全体の幸せだったと?
奈須氏:
いや,獅子王が選んだのは,「次にこの星を訪れる者にとっての幸福」です。何もかもがなくなった後で,この星にやってくる存在に未来を託そうとした。そして叶うのなら,かつていた輝かしい者たちを知ってほしい,と。だから単純に言えば,「ただ残し続けること」が彼女にとっての「永遠」なんですね。
4Gamer:
ああ,そういうことなのか……。
奈須氏:
一方で,人類悪であるゲーティアは,なんだかんだ言っても人間が大好きなんで,彼なりに人間のための最適解を考え,人間が持つ苦しみをなんとか乗り越えようとした。その結果が,「もう一度,死の概念を持たない知的生命体を,ゼロから造り出して解決する」という選択だった。
4Gamer:
その行為が,「逆行運河/創世光年」(※)なのですか?
※1.5部のティザームービーより。ナレーションにて,魔術王を名乗ったモノの計画が「逆行運河/創世光年」であると語られた。この名称は,「MELTY BLOOD」シリーズに登場する蒼崎青子のラストアークと同名である。
奈須氏:
ええ。「ゼロに戻ってから良い前提を作り直す」というゲーティアの選択は,ある意味,魔法に近しい行為だった。あのPVはむしろ,ゲーティアを知ることで青子の痕跡や第五魔法の一端が知れるという,逆の伏線というか……。奈須きのこの,ささやかなサービス精神です(笑)。
4Gamer:
古参のTYPE-MOONファンを心底驚かせたフォウくんの正体も,最初から用意されていたギミックだったのでしょうか?
奈須氏:
あれは最後に用意したビックリ箱。元々フォウくんのデザイン自体が,プライミッツ・マーダーを可愛くした姿なんです。ちなみに序盤のフォウくんのセリフも,翻訳するとひどいネタバレをしゃべってるので,2度目に読むときは想像してみると面白いかもしれません。
4Gamer:
なんですと……。
奈須氏:
一番怖かったのは,7章から最終章までのあいだに,誰かが正体に気付くんじゃないかってことだったんですよね。ティアマトが出た瞬間に「フォウってIVじゃねえの!?」って言いだしたらと……ヒヤヒヤものでした。
4Gamer:
キャスパリーグの時点で納得していましたし,まさかそんな駄洒落みたいなものが真実だとは……。
奈須氏:
7章と最終章の間がほとんどなかったですからね。ともあれ,FGOで一番怖かったのがこれだった気がします。
4Gamer:
自分としては,まさに人類史に代表される「人類」や「記録」と言った要素,それから6章のテーマであった「永遠」といった部分に,物語のキモがあったように感じます。奈須さんが第1部を通して伝えたかったのは,そういった歴史なのでしょうか。
奈須氏:
若い子達に,もっと過去を知ってほしいという思いがまずあったんです。「今の自分達があるのは,かつてこういう出来事があったからなんだ」っていう。それを知っていれば,今をもっと楽しく,前向きにやっていける。
4Gamer:
我々が拠って立つべき場所というお話ですね。現代に生きていると,ときに忘れがちになりますけど。
奈須氏:
それをゲームで表現するために用意したのが,人類史の記録をプレイヤーが辿る旅――このGrand Orderでした。万物は流転し,後の時代に残らないものだってあるけど,輝かしい者は永遠に残るんだと。だからこそ,今この瞬間に現代を生きていることにも意味はあるんだ,ということを伝えたかった。
4Gamer:
なんというか,本当に壮大な話ですよね。
奈須氏:
いやもう楽しかったですよ。「地球が! 宇宙が! 銀河が!」っていう,「スーパーロボット大戦」みたいな規模の話ですから。舞台がとにかく広いので,ラスボスも大暴れさせられましたし。
4Gamer:
スマホ向けということで,ノベルゲームや小説のシナリオと書き方を変えた部分というのはあるのでしょうか。
奈須氏:
それはあまりなかったです。スマホだからセリフ回しを簡単にしようとは思いませんでしたし,単にこれまで書いてきた文章を,2行でポンポンと読めるように調整したくらいです。むしろ意識したのは,最終的に決断するのは主人公でなければならないということ。これはどんな媒体であっても,譲れない部分です。
4Gamer:
ヒロインのマシュについてはいかがですか。ノベルゲームの場合とは違って,ある意味もう一人の主人公のような立ち位置でしたが。
奈須氏:
マシュはある意味主人公の分身というか,主人公の代わりに世界を覗く,カメラとしての役割なんですよ。だから,初登場時の彼女は非常にフラットな性格ですが,主人公と旅する中で,どんどん人間性を獲得していく。そうしたマシュの成長に合わせて,プレイヤーにはFGOを好きになってもらおうと。そういうシンクロ感は,少し意識していました。
4Gamer:
奈須さんは以前,「自分にとって『Fate』は一生かけて付き合っていくコンテンツになるかもしれない」とおっしゃっていましたよね。FGOのサービス開始から1年半が経った今,改めて奈須さんにとって「Fate」シリーズがどういう存在なのか,聞かせてもらえますか。
奈須氏:
前提として,現時点でFGOは当初予定していた内容の半分が終わったところです。なので,今はスケールがここまで大きくなった作品を完結させることを最優先に考えています。
ただ,Fateそのものは,あと10年は続くんじゃないかなという手応えみたいなものはあります。それは自分一人の力でという意味ではなく,「ワシがここで死んでも誰かが引き継いでくれるじゃろう!」というような感覚ですけど(笑)。
第1.5部,そして第2部へ。「FGO」の未来を探る
4Gamer:
さて,ここまでFGOを振り返る話をしてきましたが,ファンにとって大いに気になる,これからのFGOや関連作品・関連商品についても聞かせてください。
まずは公開を間近に控えている1.5部について教えてください。2部につながる4つの物語ということで,プレイヤーの期待も高まっていると思うのですが。
奈須氏:
1.5部は2部に備えての準備という側面がありまして,各ライターさんに自由にシナリオを書いてもらう,アンソロジーのようなものを予定しています。自分も一部のように全体を見据えた監修は入れないので,個々のライターさんの個性が色濃く出たものになるかと。すでに第一弾,第二弾があがっていますが,いやあ,みんな好き放題やってるな!(笑)と。
4Gamer:
監修というより,編集視点みたいなものですか。
奈須氏:
そうです。半面,「Fateらしくしよう」といった全体ローラーはかけていないのでシナリオごとに好みの合う合わないは,きっと出ると思います。でも,それはそれでいいと思っていて。というのも,2部を迎える前に一度みんな気持ちをフラットな状態に戻して,奈須きのこだけでは生まれ得ない多様性に触れてほしいんです。
4Gamer:
ちなみに,どの章をどのライターさんが担当されているかは非公開ですか?
奈須氏:
非公開です。でも,読めばすぐ分かると思いますよ。縛りがない分,サーヴァントにしろシナリオにしろ,相当自由に書いてもらっていますから。それこそ,とあるライターさんは「それ商売としてどうなの!?」と思うような,女性キャラがまったく出てこないシナリオを書いていますし,逆に「女キャラしかいねー!」というようなシナリオもあります。
4Gamer:
なるほど(笑)。1部が1つの太い線を辿っていく物語だとしたら,今回は4つの物語から好きなものを探していくというようなスタンスなんですね。
奈須氏:
FGOの冬祭りイベントで塩川さんが言ったとおり,1.5部はどこから始めても問題ない作りになっています。4つの商品をお店に並べてみたので,好きなものを手に取ってみてくださいという感じですね。
4Gamer:
サブタイトルに「Epic of Remnant」とありますが,これはどんなニュアンスなんでしょうか。直訳すると「残骸の叙事詩」という感じですが。
奈須氏:
サブタイトルは最初,「余りものブルース」だったんですけどね(笑)。ニュアンスとしては,甦った死者やありえない禁忌達による神話というような意味合いです。それは4つの物語すべてに通じますが……これ以上はプレイしてからのお楽しみということで。おそらく遊んでもらえれば,これは本編ではできない内容だって分かってもらえると思います。……そしてそれが全部終わった後に,2部が始まると。
4Gamer:
2部の内容は,先ほどおっしゃっていた,予定していたものの残り半分なわけですよね。現時点でお話いただけることは多くなさそうですが,ヒントだけでもいただけないでしょうか。
奈須氏:
そうですね……とりあえず,いろいろなものがガラリと変わることになると思います。ひょっとすると,「1部はまだ平和だったね」ということになるかもしれない。
4Gamer:
え,えぇ……。
奈須氏:
1部と2部では前提条件を同じにしているところもあるけれど,まったく違う部分もあるんです。なので,それぞれ別の楽しみ方をしてもらえたらいいなという気持ちで作っています。
リリース時期などはまだお話しできませんが,2部に関しても,2017年中にはなんとか開始できるよう頑張りますので,どうか気長にお待ちいただければと。
奈須氏:
間が空いてしまうと思われるかもしれませんが,実際には「Epic of Remnant」もかなりのボリュームなので,2017年は我々もプレイヤーもなんだかんだで忙しくなると思いますよ。
塩川氏:
そうですね。忙しいんでしょうね……。
奈須氏:
「2部からは休む!」って言ったのになあ(笑)。
4Gamer:
期待しています(笑)。そのほかの動きとしては,先日「Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト」が発表されたり,アニメで,劇場版「Heaven's Feel」「Fate/Apocrypha」「Fate/EXTRA Last Encore」が控えていたりと,盛りだくさんの2017年になりそうです。TYPE-MOONの2017年について,なにかお話しいただけることがあればお願いします。
奈須氏:
VRは塩川さんがやろうと言ったんですよね。その話が出たとき,武内はさほどVRを意識していなかったみたいですが,僕は個人的にOculus Riftを買っていたので,「VRなんてやったらウケるに決まってんじゃん!」って思ったものです。
アニプレックスさんとSIEさんが同じグループ企業ということもあって,以前から声は掛けていただいてたんです。そういう話もあったなとぼんやり頭にある中で,ある日「これならイケるのでは!」と思ったのが今回の「feat.マシュ・キリエライト」の企画なんです。そこから企画書を作り,FGOがVRに取り組む意義を整理し,提案させていただいたというのが経緯です。
奈須氏:
VRはまだまだ発展途上の技術ですが,この先ゲームの新しい常識になるのは間違いないわけで。だからこそ,ここで取り組むことには絶対意味があると思っています。ゲームのキャラクターが目の前にいるというのは,人類が行きつくところまで行ってしまったというか,とんでもないことなんで。なので,まずはAnimeJapan 2017の会場で,ぜひ体験してもらいたいですね。
4Gamer:
ええと,そのほかにも……。
奈須氏:
自社タイトルのほうも少しずつ,いろいろなことを進めているのですが,現時点では残念ながら明確にお話しできることはありません。申し訳ない。ただ,奈須きのこの夢として,FGOが稼働している間に,「月姫R」コラボをせぬワケにはいくまいと。
4Gamer:
!
奈須氏:
そのためにも,責任を持ってFGOを良いコンテンツにすることと,自社ラインの「月姫R」をしっかり進めることが,自分自身とTYPE-MOONに課せられた使命だと思っています。だって,僕だって「SSR アルクェイド・ブリュンスタッド」が見たいもの!
4Gamer:
……それはもう,TYPE-MOONファン全員の願いかと。
最後になりますが,1.5章そして2章を楽しみにしているFGOのプレイヤーに向けて,メッセージをお願いします。
塩川氏:
今のFGOがあるのは,これまでついてきてくださった皆さんのおかげだと思っています。その期待に応えられるよう,新しい楽しさを提供して,よい意味で騒ぎを起こし続けられるように頑張りたいです。
一年半前にFGOを分析した際に感じたポテンシャルも,実は引き出せたのは半分くらいなんです。なので,残りの半分を掘り起こすのが自分の使命だと思っていますし,まだまだゲームを良くしていけるという確信もあるので,これからもどうかFGOについてきてほしいです。
奈須氏:
僕としても,これまでもらってきたエールや熱意にお返しができるように頑張るというのが一番のテーマです。プレイヤーさんの二次創作なども作業の合間に読んだりして,愛を持ってくれてるんだなと感じています。
実はですね,2013年ごろの話ですが,アニメ版の「Unlimited Blade Works」と「月姫R」,そしてFGOは,それぞれがシンクロするようにシナリオを書いてあったんです。もしすべてが予定どおりのスケジュールで進んでいたら,「Unlimited Blade Works」でギルガメッシュが人類悪という単語を……。
4Gamer:
あっ。
奈須氏:
……使うのと,FGOのクライマックス,そして「月姫R」の中でのとある言及が,同時に進行するという夢のある状況になっていたはずで……いやはや,現実は厳しい(苦笑)。
ともあれ,重要な目標としてあった「忘れられない2016年にする」ということは果たせたので,2017年は1.5部を提供しながら,第2部の着地点をどんなところに持っていくのかを模索したいと思っています。いずれにせよ,いま見えている目的地までは全力で走り続けて,皆さんの期待に応えられるよう頑張ります。
4Gamer:
本日はありがとうございました!
「FGO」は,これまでのスマホゲームにおける常識をいくつも覆したと言えると筆者は考えている。もちろん,Fateシリーズという強力なコンテンツを前提とした面もある。それでも手軽にさくさく楽しめるというイメージを大事にしつつ,そこに深いテーマ性を持った長大なテキストやバックグラウンドまで練り込まれたキャラクターを取り入れた本作が,多くのファンに受け入れられたことは,間違いなくスマホゲームの世界に新たな可能性を提示したはずだ。
さて,第1部はプレイヤーの期待に応えた美しい結末を迎えた「FGO」だが,マスター達の旅はまだまだ続く。すでに第1.5部の始まりとなるストーリー「亜種特異点I 悪性隔絶魔境 新宿 新宿幻霊事件」も公開され,インタビューでも語られたようにVRを用いてのイベントも企画されている。
システム面も含め,「FGO」はこれからも進化を続け,プレイヤーを楽しませ続けてくれるだろう。筆者もひとりの「マスター」として期待したい。
「Fate/Grand Order」公式サイト
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Fate/Grand Order
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(C)TYPE-MOON / FGO PROJECT
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