インタビュー
ジョン・ハンケ氏の考えるARの可能性とTVアニメ「イングレス」の展開について,キーパーソンに話を聞いた
本稿では,イベントの会期中に,「Ingress」のメジャーアップデート版「Ingress Prime」や,ジョン・ハンケ氏の考えるAR(拡張現実)の可能性,TVアニメ「イングレス」の展開などについて,それぞれのキーパーソンに話を聞くことができたので,そのときの様子をお届けする。
ジョン・ハンケ氏の考えるARの可能性
―――本日はよろしくお願いします。Niantic Labs(現Niantic, Inc.)ができてから8年,「Ingress」のβ版が提供されてから5年,Googleから独立してもう少しで3年ですが,これまでを振り返ってみていかがですか?
ジョン・ハンケ氏:(以下,ハンケ氏)
8年! もうそんなに経つんですね。Googleのマップチームにも8年間いたので,それと同じぐらいの時間を過ごしたのかとあらためて思います。
Niantic Labsは,“Labs”という名前にも表れているように,実験的なことを行うチームとして編成されました。そのため,商業的な成功を目指すというよりは,「リアルな体験と,ARを組み合わせて一体何ができるのか」というのを模索していましたね。
IngressはAndroidだけのサービスでしたし,マーケティングのノウハウもまったくなく,手探り状態からのスタートでした。現在では,Google Glassが再び脚光を浴びるなど,あらためてARに注目が集まっており,できることがどんどん増えています。また,我々が提唱している「リアルワールドゲーム」というカテゴリも認知され,新しい大きなチャレンジが自分たちの目の前に広がっていると感じています。
―――Nianticの掲げる“Adventure on foot with others”という言葉がありますが,約1年前に“with others”の言葉が付け加えられましたね。
Nianticでは,Ingressや「Pokémon GO」などのリアルワールドゲームにおいてコミュニティを重要視しているのですが,プレイヤー同士のコミュニティだけでなく,Nianticの新しいスタッフにもイベントへの参加を働きかけ,我々が大事にしていることを実際に感じてもらうようにしています。
モバイルゲームを作っている会社はほかにもたくさんありますが,その中でNianticをユニークなものにするには,たくさんのコミュニティを作ってふれあい,プレイヤーと直接意見交換をすることが大切だと考えています。
そこで,もともとリアルワールドゲームで大切にしていた“Adventure on foot”(冒険へ出かける)に,“with others”(仲間とともに)を加えました。
―――イベントといえば,世界中でPokémon GOやIngressのリアルイベントが実施されていますが,日本の被災地はすごく大切にされている印象です。
ハンケ氏:
大切にしていますね。というのも,我々がGoogleにいたときからプロダクトマネージャーとして関わっている河合敬一が仙台出身で,東日本大震災があったとき,Googleはどのようなサポートができるのかを積極的に考えていました。
私との関わりも濃かったので「ぜひ石巻などでイベントをして欲しい」という話になったのがきっかけです。
当時,「少しでも助けになれば」という思いで被災地でのイベントを決定したのですが,一部の方から「被災地でゲームなんて……」という声をいただくこともありました。しかし,地元の方からそういった声はまったく上がっておらず,むしろ「ぜひやって欲しい!」と非常に好意的に受け入れてくださったんです。
実際,イベントを目的に訪れた人がその地域の魅力を発見し,そこにお金を使うことで地元の人たちへどんどん還元される,そういった良い流れを作れると実感できました。その後,フィラデルフィアやロサンゼルスといったアメリカの都市でも,自治体と協力して積極的にイベントをやっていくきっかけにもなりましたね。
今までは,観光客に足を運んでもらう効果的な施策は,コストがかかりすぎてしまうことが多かったのですが,現在では,ARをうまく活用することで,コストをあまりかけずに地方の魅力をアピールできるようになっています。
鳥取でのPokémon GOのイベントでは,約8万9000人の来場者があり,約18億円もの経済効果があったと言われていますし,可能性はまだまだあると思いますね。
関連記事:イベント「Pokémon GO Safari Zone in 鳥取砂丘」は3日間で約8万9000人を動員,経済効果は約18億円に
ハンケ氏:
また,イベントに参加する人もそうですが,主催する側もあらためて自身の地元の魅力を再認識するいい機会にもなればいいなと思っています。今回のMission Day Fukuokaでも,ミッションを進めることで黒田官兵衛の歴史をなぞり,福岡の歴史を知ることができるのです。
また,今回話題にあがったような被災地支援は,Googleが社をあげてやってきた(※)背景もあり,NianticもGoogle時代から取り組んできたことです。最初におこなった石巻市でのイベントには80人ほどの方が参加してくださったんですが,翌年の仙台で行ったイベントには約4000人の方に,その後おこなったPokémon GOのイベントでは,石巻だけで10万人もの来場者に来て頂くことができました。
もちろん,場所選びについては,被災地支援という形だけでなく,日本各地のいろいろ場所に興味を持ってもらえるよう,さまざまなことを考慮していますよ。
※Googleが社をあげて取り組んだプロジェクト「イノベーション東北」
―――被災地支援でも大きく貢献したPokémon GOですが,ARが再び脚光を浴びるきっかけにもなっていると思います。Nianticあるいはハンケさん自身,ARという技術にはどのような可能性があり,将来どう発展していくと思いますか?
ハンケ氏:
確かに,一時期はVRがとても注目されていましたが,現在はARにも注目が集まっていてすごく嬉しいですね。
実は,VRに多くの投資が集まっているとき,「あまり望ましくないテクノロジーの進歩なのではないか」と,個人的な懸念がありました。というのも,ヘッドセットを被ると外界から完全に遮断されてしまい,家族や友達など,現実世界の人々とのつながりが断たれてしまうほか,限られたスペースの中でプレイすることの多いVRは,外に出かけることにはつながりにくいからです。
もともと私は,外へ出かけたり,コミュニティに参加したりするきっかけを作るなど,社会に対してよりポジティブに貢献できるARに,大きな可能性を感じていました。
実際にPokémon GOがリリースされたとき,VRに投資していたFacebookが積極的にARをフィーチャーするようになり,ARKitを提供しているAppleもARに対して非常に力を注いでいます。Google Glassで少しつまづいてしまったGoogleも,仮想現実プラットホーム「ARCore」などの提供を開始し,ARに対しての重要性を認識してアクションを起こしています。
ただ,ARに対する懸念点もあります。ARに注力している多くの企業が,ARを視覚的にどのようにして表示するか,どのようにして現実世界と重ねるか,といった“技術的な課題”にものすごくフォーカスしていることです。
個人的には,技術的な側面よりも,新しい体験をするきっかけや,歴史を知るきっかけを作るなど,ARというテクノロジーを使った先にどういった体験や感動を生み出せるのか,という点を気にしてほしいのです。実際,Pokémon GOやIngressはまさにそうした点が成長のカギになっていましたしね。つまり,ハードウェアのスペックよりも“プロダクトをどうデザインするか”が大事なのです。
私がインスピレーションを受けたのは,ファミコンのデザインを担った方が「ファミコンは最先端の技術を利用したわけではない」と言っていたことです。「枯れた技術の水平思考」(横井軍平氏)とは言ったものですが,ファミコンは,まさに広く使われている技術を利用してより楽しい体験を生み出した,とても良い例だったと思います。
最新の3Dグラフィックスや高いスペックのハードウェアを利用した技術よりも,“どうやって楽しいものを作るか”という考え方を大事にしている任天堂の姿勢は,非常に感銘を受けましたね。
ARは,純粋な技術力の高さではなく,ARが持ちうる“本来の潜在能力”をどう活かすかが重要で,Nianticは実際にそれを見せていき,技術面に注力している企業にもAR本来のポテンシャルに気づいてもらえれば嬉しいですね。
―――2か月前にAR分野に力を注いでいるEscher Realityを買収されましたが,どういった意図があるのでしょうか?
ハンケ氏:
Escher Realityをチームの一員とした理由は,彼らの技術でARゲームをより素晴らしいものにしていくためです。
ARゲームは自分1人が机の上に現れているものを見ても,それほどエキサイティングな体験にはなりませんが,さまざまな人が一緒に見て楽しむことで一変し,非常にエキサイティングなものとなります。しかし,今のARKitやARCoreといった環境では,みんなでARの体験を共有するまでに至っていません。
これを実現するのがEscher Realityの技術です。例えば,「Harry Potter:Wizards Unite(邦題未定)」では対象物をみんなで囲んだり,Pokémon GOでは現れたポケモンをみんなで捕まえたり,Ingressでは巨大なポータルを囲んで同じものを見て戦ったりといったことができるようになるのです。
先進的なテクノロジーを持つEscher Realityは,非常に強力な援軍だと思っていますし,これからもAR方面のテクノロジーをより強化していくためにどんどん仲間を増やしていきたいですね。
関連記事:惑星規模のARへ:Escher Reality買収について
―――Pokémon GOのレイドバトル,Ingressのアノマリー,フラッシュシャード,シャードシャトルなど,複数のプレイヤーが同時にゲームを楽しむという体験はすでに実現できているように思います。Escher Realityが加わることによる違いをもう少し具体的に教えていただけないでしょうか?
すごく良い質問ですね。確かに今言ったような体験は,すでにIngressであったり,Pokémon GOで実現されている部分ではあります。
Escher Realityの技術を投入するのは,言うならば未来への投資です。近い未来にARグラスやデバイスが広く普及し,みんながARグラスなどのデバイスを利用して,AR体験をしていくことになると思いますが,そのときにEscher Realityの技術を通じて視覚的に体験を共有できるよう,準備を進めている状態ですね。
我々は,iOSであろうと,Androidであろうと,何か新しいARのプラットフォームであろうと,それを越えてARをマッピングしたデータを共有できるもの,つまり「クロスプラットフォームのARマッピングクラウド」の実現を目指しているのですが,ゲームだけに限らず,これから作られるARのアプリケーションにおける重要なパーツの1つになっていくのではないかと考えています。
Nianticの最初のプロダクトである「Field Trip」は,地域の歴史や面白いスポットが自動的に表示されるアプリなのですが,これが「クロスプラットフォームのARマッピングクラウド」に対応することで,城や銅像などの情報がARパネルとして表示されるようになるのです。こうしたSFのような体験が,今後,5年から10年で実現されるようになっていくと思います。
―――Ingressのメジャーアップデート版「Ingress Prime」についても聞かせてください。
ハンケ氏:
Ingress Primeを配信してからのイベントでは,5年間の歴史や今までに作られてきたことを振り返るような体験,そしてそれを新しくしたデザインを提供したいと思っています。
もちろん,Ingressで行ったことをそのまま流用するわけではなく,新たなストーリー,まったく新しいフォーマットでのイベントなど,“ゼロに戻して新しく始める”ことになると思います。
今までの私たちは,どんどん種を撒きつつ“走りながらIngressを進化”させてきました。イベントを行う中でイベントが変化したり,イベントがゲームデザインに影響したり……そういったことを繰り返し,それが今につながっています。
現在は,たくさんのフィードバックから,何がどのように機能しているのか,ある程度予想を立てられるようになってきており,今まで得たものでどんな新しいものを作れるかを考えていますね。
―――昨年おこなわれた,日本法人設立2周年記念記者説明会での発表以来,Ingress Primeの続報が出ていないのですが,フィールドテストの開始時期,ローンチ時期など,話せることはないでしょうか?
ハンケ氏:
現在公開できる大きな情報はないのですが,我々はエージェントの求めているクオリティを真剣に考え,失望させないものを作る必要があると考えています。また,今夜のイベントで何かお知らせできるかもしれません。
関連記事:Ingressのメジャーアップデート版「Ingress Prime」が2018年に配信予定。最新情報が公開された日本法人設立2周年記念記者説明会をレポート
関連記事:3000人以上の「Ingress」エージェントが参加登録。“世界初のAR舞台挨拶”が行われた公式イベント「Mission Day Fukuoka」と「XM Festival Fukuoka」の模様をレポート
ハンケ氏:
1つ情報としてお話しできるのは,私たちはゲームだけではなく,イベントやストーリーを生み出す,まったく新しいもの,まさに“Restart”と呼べるものにしたいと考えていています。
今までもエージェントのみなさんに協力してもらい,Ingressが成長してきたことに大変感謝しています。そして,Ingress Primeにおいても,ゲーム,ストーリー,イベントの三角形がすべて機能するためには,エージェントのみなさんの協力も必要です。この三角形が機能するように,みなさんと一緒に協力していけたらと思いますので,よろしくお願いします。
―――私はPokémon GOからIngressに入ってきた人間なのですが,Ingress Primeも非常に期待しています。ただ,Pokémon GOに比べると,Ingressは小難しいイメージでコミュニティががっちり組まれており,新規だと入りにくい印象でした。このあたりのサポートについてはどうお考えでしょうか?
元をたどると,企画段階のIngressは今よりもカジュアルでフレンドリーなものだったのですが,テクノロジーを最大限に活用して尖ったプレイヤーをターゲットする,という方向性から現在のような作りになった経緯があります。もしかしたらまたゲームとして作るかもしれないので,もともと作っていたゲームの具体的な内容は言えないのですが(笑)。
また,Ingressを作った当時はゲームを作るという経験がほとんどなく,技術的に実現できない部分がたくさんあったため,ちょっと難しいと感じる要素やサポートが行き届いていない要素があったかもしれません。
しかし,今はさまざまな経験を積み,任天堂のゲームアクセシビリティを向上させることに携わってきたスタッフなど,いろいろな業界から才能のあるスタッフを雇用しているので,技術面での課題はほとんどクリアできていると思います。
一方のPokémon GOは,そもそもIngressとはアプローチそのものが違います。老若男女が楽しめる間口の広いものを目指して作っており,ゲームを起動してアバターを選んだあとは好きにポケモンをキャプチャーしてレベルアップしていく,という非常に分かりやすい体験が待っています。
そのため,Pokémon GOからIngress Primeなどに移ったプレイヤーたちにとって,最初の体験はすごく重要なものだと思っており,Pokémon GOのシンプルさはIngress Primeにもしっかりと生かしていくつもりです。
コミュニティについては,Ingress Primeでさまざまなものをリセットしながらも,TVアニメ「イングレス」など,今までになかった展開で新たなエージェントを獲得する動きをしているため,“新たな波”がコミュニティの血を循環させ,良い影響を及ぼしてくれるのではないかと思います。
―――最後にこんなことを聞いて申し訳ないですが,先日Ingressでガーディアンメダルの廃止が発表されました。私もエージェントとしてショックな一方で,トラブルがあったことも承知しています。あらためてストップした理由と,今後復活の可能性はあるのかお聞かせください。
ハンケ氏:
とてもいい質問ですね。まず前提のお話をさせてください。私たちは将来,全世界の人口の10%の人々が,隙間時間を利用したり,歩いている距離をカウントしたりと,毎日1〜2時間プレイするようなゲームを作りたいと思っています。しかも5年遊べるゲームではなく,50年,あるいは人生をとおして体験できるゲームにするのが目標です。
ガーディアンメダルは,我々が1番最初に実装した機能の1つですが,自分のポータルを守りたいという気持ちが毎日プレイするモチベーションになりますし,リチャージはいつでもできる行動なので,先ほど挙げたビジョンにとてもフィットしています。
ただ,そこには1つ問題があり,140日守り続けたポータルを150日に達する前に壊すチーターがおり,今までのアップデートでも改善を続けてきましたが,完全に取り除くことができていない状態となっています。
ガーディアンメダルの廃止は,我々がチーター対策に手をこまねいている間に,真剣にプレイしている大切なプレイヤー達ががっかりするような体験を作りたくなかったからです。
現在は,不正行為を防止する技術に大きな投資を行っており,Pokémon GOなどで実際に機能しているので,Ingress Primeでもこれらの技術が活用されていくことになると思います。不正行為対策が,この水準なら問題ないというラインに達したときには,ガーディアンメダルを復活させますので,今後にご期待ください。
関連記事:ガーディアンメダル廃止
※2ページ目には,TVアニメ「イングレス」の監督である櫻木優平氏,プロデューサーの石井朋彦氏,そしてNianticの川島優志氏と須賀健人氏へのインタビューを掲載
「Ingress」公式サイト
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(C)2012-2018 Niantic, Inc.
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