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[GDC 2018] 任天堂が明かす,「ARMS」に活かされた「マリオカート」の経験とは?
Nintendo Switchならではと言える,TPS風「背後視点」の格闘ゲームがいかにして生まれたのか。「マリオカート8 デラックス」(以下,マリオカート8)をキーワードとして矢吹氏が語ったので,概要をお伝えしたい。
背後視点の格ゲーは可能なのか? アイデアの実装試作から生まれたARMS
2017年6月に発売されたARMSは,新感覚の格闘ゲームとして同ジャンルに新風を吹き込んだ作品だ。さまざまな大会が開催されるなど盛り上がりを見せているARMSは,どのように生み出されたのだろうか。
プロデューサーを務めた矢吹氏は,これまで任天堂で「ゼルダの伝説」「マリオカート7」といった同社を代表するタイトルの制作に関わってきたそうだが,「格闘ゲームはARMSが初めて」だったという。
矢吹氏は,格闘ゲームの制作経験がないことは必ずしもハンデにはならず,「むしろ,ほかのジャンルを知っているからこそユニークなものになる可能性がある」と話す。同時に「ストリートファイターのような伝説的な格闘ゲームが他社にある。それを我々が真似しても劣化したゲームにしかならない」という考えが当初からあったそうだ。
そして任天堂には,他社とは違うものを作らなければならないという風土があるという。「他とは違う何かを見つけない限り,自分が格闘ゲームを手がけることはない」(矢吹氏)というくらいにオリジナル性にこだわるのが任天堂らしいところだろうか。
ARMSが世に出るきっかけになったのは,矢吹氏と軸丸慎太郎氏(ゲームデザイナー)との雑談だという。雑談のネタは「背後からの視点の格闘ゲームは作れるか?」というもの。格闘ゲームは敵との間合いを計りながら戦うのが基本なので,キャラクターを横から見るサイドビューを採用するのが普通だ。
「背後からの視点にすると敵との距離が分かりにくくなり,パンチが届くかどうか判断しづらくなる。背後からの視点のまま,プレイヤーが自由に動けるなら駆け引きができず,みっともない戦いになってしまうだろう」(矢吹氏)。
格闘ゲームがサイドビューを採用する理由は敵との間合いがはっきり分かり,駆け引きで戦いを進めることができるため |
背後からの視点だと敵との距離が分かりにくく,このままではゲームにならないと矢吹氏 |
この問題をどうするかを考えるにあたり活かされたのが,マリオカートの経験だったそうだ。マリオカートでは敵や障害物との距離が正確に測れなくても,ぶつからないように避けられる。つまりマリオカートは敵との距離が大雑把に把握できていれば,ゲームとして成り立っているわけだ。
そこで矢吹氏が考えたのが「背後視点の格闘ゲームでも,もし敵にパンチが届くのであればゲームになるのではないか」。敵にパンチが届く前提であれば,パンチを避ける格闘的なゲームとして成り立つのでは,という発想だ。
マリオカートでは障害物に当たらないように避けることができればいい |
そこで「パンチが当たるかどうかの敵との距離を,画面全体に置き換える」。これで背後視点の格闘ゲームが成立するのでは,というのが矢吹氏の発想だったそうだ |
というわけで,さっそく矢吹氏らはアイデアをもとに試作を行ったという。その貴重な動画が会場で披露されたので紹介しておこう。
このような試作を通じて,前述のアイデアが十分に格闘ゲームとして成り立つことを確認。「ボクシングのようでもありシューティングゲームのようでもあるが,駆け引きのある対戦ができた」(矢吹氏)と評価したという。
また,試作を通じてARMSを具現化するさまざまなアイデアが生まれたそうだ。たとえば,格闘ゲームにおける“スキ”を,ARMSでは伸びている腕を戻す腕の伸縮に置き換えているという。さらに格闘ゲームにおける攻撃のバリエーションは,腕のバリエーションで表現できることに気づいたと語る。「このような(既存の)要素の置き換えは,新しいゲームをデザインする上でとても大切なもの」と矢吹氏は指摘していた。
Joy-Conの未来を感じたARMSの試作
先にも軽く触れているが,試作を通じ,Joy-Conの将来性を強く感じたという。
格闘ゲームでは操作に遅延が生じたり,確実な操作ができなかったりすることは致命的な欠点になるが,「ハードも進化した。ソフトウェア,つまり私達も進化している」(矢吹氏)。今の技術をもってすればモーションコントロールを用いるJoy-Conでも格闘ゲームに要求される正確で遅延のない操作が可能になり,「上級者でも楽しめるはず」と確信したそうだ。
Joy-Conを採用するに当たり,矢吹氏が心がけたのが,まず間口を広く取るという点。初心者がJoy-Conを適当に動かすだけでも楽しめるが,上級者に対しては適当に動かしただけでは勝てないというバランスに注力したという。「間口は広いが奥も深い。これはマリオカートでも心がけてきたこと」だそうだ。
また,上級者同士であっても,Joy-Conとゲームパッドが対等に戦えることを重視したという。Joy-Conとゲームパッドのどちらを使っても上達できるゲームに仕上げることで,Joy-Conの楽しさを広げようという狙いだろう。実際,ARMSは狙い通りに仕上がったという。「(ゲーム開発者の)皆さんは信じられないかもしれないが,ARMSではJoy-Conを使ってランクトップを取ったプレイヤーがいる」(矢吹氏)そうだ。
Joy-Conから発想を得たキャラクターデザイン
ところで,なぜARMSではキャラクターの腕が伸びるのだろうか。じつは先の試作の段階では腕が伸びるのではなく,拳が伸びるという表現が実装されている。
矢吹氏はそれに合わせて100体以上のキャラクターを検討したそうだ。中にはヨッシーがベロを伸ばすとか,リンクがフックで戦うといった任天堂の既存のキャラクターを使う案もあったという。
だが,いずれも決め手を欠いていたと矢吹氏は振り返る。その理由は拳だけを伸ばす形だと画面上の動きが小さく,こじんまり見えるからだと分析。そこで腕全体を伸ばしてみたところ,「満足できる画面になった」(矢吹氏)。
拳を伸ばす動きだとダイナミックさにかけ,こじんまりと見える |
思い切って肩から腕全体を伸ばす動きに変えてみたところ,満足できる画面になったそうだ |
腕がびよーんと伸びるアニメーションはJoy-Conとの相性が非常にいいというのも気に入った点だという。「Joy-Conを振ると,あたかも自分の腕が伸びていく感触が得られた」と矢吹氏。ARMSの設定にJoy-Conが大きな,……というほどではないかもしれないが,それなりの影響を与えていたことがうかがえる話だろう。
もっとも,矢吹氏は「手が伸びるファイターをデザインしてしまうあたりが,任天堂らしいところかもしれない」と語り,なぜARMSでは腕が伸びるのかと問われば,「それは任天堂だから」と言えるかもしれないとも語っている。
いずれにしても,肩から腕全体を伸ばすと決めてからは,キャラクターがスラスラと決まっていったという。スプリングマンを始めとするユニークなARMSのキャラクターたちは,腕全体を伸ばすというアイデアがあって初めて生み出されたものなのだ。
キャラクターが生まれると同時に,ARMSの世界観も自然と生まれていった。ARMSの世界は地球に似ているが少し違う世界で,腕が伸びる特技を持つ人々がいるという設定。そして,ARMSはその世界でのスポーツであり,ARMSグランプリはワールドカップやグランドスラムのような祭典という設定が作られていったそうだ。これらのおかげで「サウンドの方針も固まった」(矢吹氏)。
ステージの作成にはマリオカートの経験を活かしつつ,戦いの集中力を下げてしまうような過度な作り込みを避け,ステージにアクセントをもたせるように工夫したという |
キャラクターが身につける架空のロゴも異世界感を持たせるように,こだわったそうだ。架空のロゴ作りはマリオカート8でも行っており,その経験が生きたと矢吹氏は振り返っていた |
ARMSのキャラクターと世界のデザインによって,「カラフルでポップだけれどもキャラクター達が真剣に戦っている世界が作れたのではないか」と矢吹氏は評価していたが,ARMSの世界を読者はどう感じただろうか? 矢吹氏の狙い通りであれば,ARMSの世界構築は大成功ということだろう。
バランスにこだわり進化を続けるARMS
ご存じの通り,ARMSは発売後にもアップデートが重ねて実施されている。その理由はバランスだそうだ。
矢吹氏は,対戦ゲームでは常に運とテクニックのバランスに注意しているという。たとえば,マリオカートは運の要素が大きいタイプのゲーム。うまくドライブしていてもバナナで滑って負けることもある。「何が起きるか分からない,マリオカートは人生と同じ」と矢吹氏は言う。
一方,ARMSでは「ちょうどテニスの試合くらいの(運とテクニックの)バランスを狙っている」とのこと。テニスでも相手が右に動くか,左に動くかには運の要素があるが,全体としてはテクニックに優れた選手が勝ちを収める。ARMSもそんなバランスが理想というわけだ。
特定のキャラクターが特別に強くならないように注意を払ったそうで,膨大な対戦データを収集してバランスを取っていると説明した。キャラクターとアームをすべて試すと膨大な組み合わせになるため,「発売前にはAIによる自動対戦でデータを収集した」とのことだ。
発売後は,対戦の上位3%の成績をもとにバランスを確かめ,アップデートの際の調整に使っているそうだ。現時点で上位3%のプレイヤーのバランスが実際にどうなのかという実データを,矢吹氏が示していたので掲載しておきたい。なかなか興味深い数字が並んでいる。
スライドは,あるキャラクターが別のキャラクターと戦った場合の勝率を示したもの。50±5%のばらつきがあるが,これはキャラクターの得手不得手によるもので許容範囲として調整しているそうだ。
4Gamerの読者ならご存じだろうが,ARMSではさまざまな大会が開かれている。たとえば昨年には,任天堂も主催に加わった日本全国大会「ARMS JAPAN GRAND PRIX 2017」が開催された。このようなイベントを開催するのは,任天堂としても初めての経験だったと矢吹氏は振り返り,これからもARMSの大会を盛り上げていきたいと,今後の展開を語った。
最後に矢吹氏は,「家族や友人とのコミュニケーションを生み出すゲームづくり」という任天堂が目指す理想を掲げ,ARMSもまた任天堂のDNAを受け継ぐゲームであることを強調した。さらに,マリオカートなどの制作経験が格闘ゲームに生きた経験を通して,「あなたがた(会場のゲーム開発者達)の経験は,どのようなゲームにも必ず生きてくる」と語り,講演を締めくくっていた。
家族や友人とのコミュニケーションを生み出すゲーム作りは,任天堂のDNA。AMRSもまたそんなゲームであると矢吹氏は強調していた |
ゲーム開発の経験はたとえ分野が異なるゲームであっても生きてくる,と会場開発者に呼びかけて講演を締めくくった |
ちなみに,矢吹氏はARMSを任天堂の新しいIPとして大切に育てていきたいとも講演で語っていたので,これからもARMSのさまざまなイベントが企画されるはずだ。今後の展開に期待したい。
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