［GDC 2021］「Tell Me Why」が実現したInclusiveなサウンド制作とは

　2021年7月21日，オンライン開催されている世界最大規模のゲーム開発者会議「Game Developers Conference 2021」で，MicrosoftのElise Baldwin氏による「Moving the Needle: Inclusive Audio Production Practice in Tell Me Why」と題された講演が行われた。「Tell Me Why」（PC / Xbox One）というゲームを知らない人やInclusiveという単語に疎い人にはピンとこないタイトルかもしれないが，海外ではゲーム業界でもInclusiveという単語が結構使われるようになっている。

「Tell Me Why」公式サイト

　本来は年齢，性別，人種，民族，宗教，さらに身体障害なども含めた多様な人々を排除しない社会の実現に向けた用語なのだが，一部で，Diversityやinclusionといった単語をもっぱらLGBT系の用語として使っているクラスタがあり，最近のgamesIndustry.bizの記事を見ても，ゲーム業界だとそちらのほうが目立っていると感じる。完全にではないが，この講演もそういった傾向のあるものである。

　講演で使われているLGBTQIA（レズ，ゲイ，バイ，トランス，クエスチョニング，インターセクシャル，アセクシャル）という用語も先に少し解説しておこう。LBGTまではだいたい誰でも知っているだろう。LGBは恋愛対象に関するもので，Tは肉体的な性別と精神的な性別が一致しない人のことだ。Qは，精神的に性別がはっきりしない，もしくはさせたくない人で，Iは物理的に性別がはっきりしない人。Aも恋愛傾向に関するものだが，Bの逆で，どちらもダメな人のこと。すでにLGBTQIA＋といった用語も出てきており，カバー範囲は拡大している。

　さて，Tell Me Whyというゲームは，アラスカに住む双子の男女を主人公としたアドベンチャーゲームだ。特徴的なのは，2人はテレパシーでつながっており，肉体的に男性側の主人公（タイラー）がトランスであるということ。LGBTQIAや少数民族に焦点を当てた意欲作であり，その表現の確かさは高く評価されているようだ。ゲームではあまり扱われないこのようなテーマを追求したインディーズゲームは存在していたが，Microsoftからコンシューマ機（とPC）向けにメジャーリリースされたことが大いに注目された。

Tell Me Whyの特徴

　今回の講演は，デベロッパのDONTNOD Entertainment と共に，この作品のサウンドディレクターを担当したBaldwin氏がこのような難しいテーマに挑んだ作品での苦労話を語るもの。Baldwin氏自身もLGBTQIAであり，この作品に力を注いだほか，ナレーションや演技など，本作のInclusiveな要素の多くを担当したという。
　開発に当たって，Micosoftは外部団体の協力を仰いでいる。LGBT系の団体とアラスカの原住民であるトリンギット系の団体だ。社内にトリンギットの専門家がいなかったので，これは必然的なものだったようだ。これらの団体のフィードバックやアドバイスにより，LGBTやトリンギットのコミュニティからも評価される作品になったと氏は語った。
　本作では，トランスであるタイラーの表現に注目が集まりがちだが，ゲームの重要な側面であることは認めても，それはゲームの本筋ではないとBoldwin氏は語る。もう1人のアリソンも主人公であり，2人のプレイアブルキャラクターを使って事件の謎を解き明かすことが目的だ。


　Baldwin氏は，自らが「Inclusive Production」と呼ぶものの説明を行った。それは，文化的に正確で微妙なところまで表現できるものを作り上げるため，内部スタッフと外部コンサルタント全員の意見と人生経験を結集することが必要だという考え方だ。
　現代のエンタテイメント業界は，社会正義としてのInclusionの問題を理想主義的なプロセスで実現できるようになってきたと氏は語る。これまでのメディアでは誤解を含んだ表現でしか語られなかった問題をきちんと表現でき，高品質なものを作ればコミュニティから評価され，結果として肯定的な報道にもつながると本作の経験から語っている。Microsoftの内部データでは，このような作品を作ったことで，ユーザーの多様性が広がり，従来のコアゲーマー以外の層にリーチできるとされていた。また氏は，このような作品を作ることは，スタジオの人材面でもメリットがあると考えているようだ。

　特殊なテーマのゲームだけに，声優のキャスティングには注意が払われ，実体験が重要ということで，トランスの声優が起用されている。しかし，現実に使われている人材発掘用のツールでは，男女のどちらかでしか性別を登録できず，どちらも選びたくない人は協会に登録できない仕組みになっていた。そこでキャスティング担当者は外部団体と協力し，声優経験のない俳優や演技経験のない応募者などを調べたり，ソーシャルメディアやYouTubeなどでの検索を駆使して探したという。
　トランス役をやるからといって，実際にトランスである必要はあるのかと思う人もいるかもしれないが，こうして探した声優に脚本で不自然に感じるところはないかといったフィードバックを求めることで，シナリオの品質をさらに高めることができたのだそうだ。
　また，ローカライズを担当したMicrosoftの担当者は，各国語向けにトランスやゲイの声優を見つけてくるという，信じられない仕事をしたと氏は語った。


　本作はまた，上記のようにトリンギットについても焦点を当てており，スタッフはアラスカに10日間の取材旅行を行った。現地の人々に多くの話を聞き，たくさんの写真を撮り，環境音などを録音してゲームに使用している。また，現地で対応にあたってくれたAmellia Wilson氏から，トリンギットの役者を使うように勧められたり，現地の職人と会ってその文化を取り入れたりしたという。


　スタッフにもInclusiveな人材を登用するなど，Inclusive ProductionとしてTell Me Whyの制作が進められていった本作。制作にあたっては，コミュニティと専門家からのフィードバックを重視したが，こうしたタイトルにとって不可欠なことだという。さて，このような作り方をすることで，費用はどうなったのだろうか？　氏によると総予算の2％以下で済んだとのこと。2％でInclusive Productionができるのだ。


　個人的には，LGBTQIAのスタッフを集めてLGBTQIAをテーマにしたゲームを作ることがInclusiveだと言われると，ちょっと考えてしまう。LGBTQIAの補集合になる人々をバイナリと呼んでいるのも逆差別じゃないかと思えなくもない。それでも，難しい社会問題に対して，多くの誤解を取り去るべく，正確さを第一に堅実なアプローチでゲームを作っていく姿勢や方法論は評価に値するだろう。Microsftがこういうことを率先してやっているあたりに，ゲーム業界を取り巻く社会的な状況や文化的なものが日本とは違うなとも痛感させられた講演であった。

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