2021年10月14日にスクウェア・エニックスから配信された
「DUNGEON ENCOUNTERS」 (
PC /
PS4 /
Switch )は,非常に尖ったRPGだ。装飾を最小限に留め,プレイヤーの想像力を刺激するシンプルなグラフィックス。頭をフル回転させて数値を睨み,こちらがやられる前に素早く敵を倒す,計算が重要なバトル。
なぜ,2021年にこんなゲームが出てきたのか。そもそも,どうやってこの企画がスクウェア・エニックスで通ったのかと,遊んでいるうちに疑問が浮かんでくる尖り具合である。
そんな本作について,ディレクターの
伊藤裕之氏 とプロデューサーの
加藤弘彰氏 にインタビューする機会を得た。
伊藤氏といえば,「FINAL FANTASY IV」において,コマンド選択式RPGにリアルタイム性を持ち込んだ「アクティブ・タイム・バトル(ATB)」を考案し,その後も「ファイナルファンタジーXII」の条件構築型自動戦闘「ガンビット」を作り出した人物だ。氏は,いったい何をコンセプトにして本作を作り上げたのだろうか。
※発売後にインタビューしているため,ネタバレも含まれる。その点はご注意を。
伊藤裕之氏
加藤弘彰氏
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2021/10/01 19:30
10年前から変わらない,伊藤氏の作りたかったもの
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。DUNGEON ENCOUNTERSについて,いろいろとお聞かせいただければと思います。
加藤弘彰氏(以下,加藤氏):
DUNGEON ENCOUNTERSのプロデューサー,加藤です。伊藤さんとは以前に「FINAL FANTASY XII THE ZODIAC AGE」で一緒に仕事をさせてもらったことがあります。
伊藤裕之氏(以下,伊藤氏):
DUNGEON ENCOUNTERSのディレクター,伊藤です。30年近くゲームに携わってきて,また新しいゲームを作ることになりました。
4Gamer:
ゲームのグラフィックスが高度化し,内容もどんどん親切になっていく昨今,DUNGEON ENCOUNTERSはその真逆を行く作品だと思います。よくこの企画が通ったな,というのがプレイした率直な感想なのですが,どういった経緯でスタートしたのか教えてください。
加藤氏:
もともとは10年ほど前,DUNGEON ENCOUNTERSの原型になる企画を伊藤さんが見せてくれたのが始まりでしょうか。
そのときいただいたのは,画面から得られる情報をもとに予測し,実際に試した結果を踏まえて考察し,もう一度トライしていくという,グラフィックスやストーリーも抑え目のプリミティブなゲームでした。
4Gamer:
10年前の時点で,コンセプトは完成していたんですね。当時はゴーサインが出なかったんですか?
加藤氏:
はい。伊藤さんが作るので面白さは保証されているとは思ったのですが,より多くの方をターゲットにしたいということで,結局,ペンディングになったんです。
4Gamer:
やはりそこですよね。企画が再始動したきっかけはどういうものだったのでしょう。
加藤氏:
FINAL FANTASY XII THE ZODIAC AGEの開発時に,改めてガンビット(※)に触れ,伊藤さんが提唱する「考える楽しさ」の大切さを再認識したんです。そこで伊藤さんに新しいゲームの企画をお願いしたところ,10年前の原型とほぼ同じ内容のものが提出されてきたという。本当にブレない方だなと思いましたよ。
※「ファイナルファンタジーXII」で伊藤氏が考案した自動戦闘システム。対象となる条件と行動を組み合わせ,NPCの行動を最適化していく。
伊藤氏:
ブレないというより,それしか思いつかなかったんですよね。はたから見た人が「これ一体何をやってるんだろう……?」と思うようなゲームを作りたかったんです。画面はゲームっぽく見えないけれど,プレイヤーさんは楽しんでるし,一生懸命になっているという感じの。
加藤氏:
イメージとしては,株やFXのトレードをしているグラフのようなものを挙げられていましたよね。
4Gamer:
それは今のDUNGEON ENCOUNTERS以上に尖っていますね。
加藤氏:
社内のデザイナーにこの話をしても,分かってもらえませんでした(笑)。ファイナルファンタジーXIIのディレクターである皆川さん(皆川裕史氏)に話をしても,「ゲーム畑の人間がデザインをするのであれば,相当な経験が必要だろう。むしろWeb関連のデザイナーさんの方がいいんじゃない?」という返事でしたし。
4Gamer:
10年後に改めて出てきた企画に対して,社内の反応はどういったものがありましたか?
加藤氏:
やはり私と同じで,「面白いものになるのは分かっているけど見た目が……」という反応でした。
ただ,当時の上長だった橋本さん(橋本真司氏)に企画書を見せたところ,「見た目がシンプルで広く売るのは難しいかもしれないけれど,新しいチャレンジは必要なので,こうした作品も出していこう」と後押ししてくれたんです。また「ファイナルファンタジーXIV」の吉田さん(吉田直樹氏)も,「非常に先鋭的で面白そう!」と会議の場でプッシュしてくれました。そして代表取締役の松田社長(松田洋祐氏)も理解してくれて,DUNGEON ENCOUNTERSの制作がスタートしたんです。
4Gamer:
この企画を後押ししてくれるあたりが,さすがスクウェア・エニックスさんと言いますか。伊藤さんのシステム作りに,社内的に大きな信頼が寄せられているんですね。制作がスタートしてからは,いかがでしたか?
加藤氏:
試作を進めたところ,やはり「システムとしての面白さは理解できるけれど,どうにも地味だ」というのが当時の認識です。その後,外注さんを探すことになり,RPGを得意とするキャトルコールさんにお願いすることになりました。企画にも大いに興味を持っていただき,本格的な制作に入ったのはそこからです。
4Gamer:
キャトルコールさんも,今の形に持っていくまで苦労したのでは?(笑)。
加藤氏:
今でこそ,マップの上をキャラクターの3Dモデルが歩いていますが,当初は「キャラクターもいらない」という感じで,チェスの駒のようなものが動いていましたからね。
4Gamer:
確かにマップに表示されるのがチェスの駒,なんなら記号であっても,ゲーム自体は成り立ちますからね。
伊藤氏:
ただ,それを見たとき,さすがに寂しいと感じまして,ただの製図のようだったゲーム画面に少しずつ色がついて,賑やかになっていったという感じです。
4Gamer:
製図のようだった時期のゲーム画面も,どこかで見てみたいですね。
ゲームシステムが生み出す,唯一無二の物語
4Gamer:
ゲームを進めていくうえで,探索のドキドキ感はもちろん,状態異常や罠に非常に重いペナルティが設定されており,これを受けた時の「してやられた!」感と絶望も印象的でした。しかし,ただ辛いだけではなく,ゲームが進むと敵味方のパラメータも大幅に増えたり,アビリティで迷宮を一気に上り下りできるようになったりと,いい意味でのインフレが加速します。こうしたバランス感は,伊藤さんによるものなのでしょうか。
加藤氏:
ゲームバランスやパラメータの計算式などは,伊藤さんがすべて決めています。
伊藤氏:
ゲームバランスに基づいたものというより,「これを選んだ自分は大丈夫なのか?」と自分のプレイに疑問を持つようなポイントが生まれればいいなと考えました。何か事件が起きた時に,解決するための旅ができれば,そのプレイヤーが自分だけの物語を作れるんじゃないかと。
4Gamer:
解決するための旅ですか。
伊藤氏:
例えば,エレベーターのような強力な移動のアビリティを使って,うっかり戻る手段がなくなった場合は,生還するために敵を避けつつの旅。借金がかさんだ場合は,大金を返済する旅。仲間がモルモットにされてしまったら,その治療法を探す旅。きっとそこには,そのプレイヤーだけのストーリーが広がっていくはずだと考えました。「ストーリーがないこのゲームにおいて, プレイヤーに物語を与えるにはどうしたらいいか」ということですね。
4Gamer:
なるほど,すごく納得できます。実際,いろいろなストーリーを体験しましたよ。全滅した仲間を回収するために,レベル2のゲイシャブランを1人で出撃させてエレベーターを使ったんですが,99階まで降りてしまって爆笑しました。石化やモルモットをくらった時も,プレイに及ぼす影響が大きいのに治療法がエグいので「スクエニに人の心はないのか!」と思いましたね(笑)。
状態異常のモルモット。その名のとおり,モルモットになる。治療方法が特殊で,困り果てて「プイプイー!!」とか言いながらひたすら迷宮をさまよった
4Gamer:
あとは“HPに1ダメージだけ与えてくる”モンスターが出てきて笑っていたら,“キャラクターのHPを強制的に1にする”技を使ってきて,「組み合わさったら即死じゃないか!」と慌てました。なんというか,伊藤さんの手のひらの上で踊らされている感があるんです。
ただ,危険な状態異常や罠がある一方で,「ウィザードリィ」や「夢幻の心臓」のようなキャラクターロストまではいかないので,どこかで線を引いているのかな,と思いました。
伊藤氏:
「現実に生きている我々プレイヤーが,起こったことの因果関係にちゃんと納得できるものなら入れてもいいだろう」というのを,線引きの基準にしています。お金を奪う攻撃を受け続ければ借金を抱えることになるし,人間が1人,石になったなら,そんなに重いものを持ち歩けるわけがないからその場に置いていくしかない,といった感じですね。
もしかすると,納得されていないかもしれませんが……。
4Gamer:
石化はびっくりしましたね……。
さまざまな状態異常や罠が出てきますが,対応するアビリティがあれば,どれも本当に完全に無効化できますよね。敵によってはその状態異常が個性だったりするので,「ここまでやれてしまっていいんだろうか」と思わされることもあったのですが,あれはどういった意図なのでしょう。
伊藤氏:
ボーイスカウトで学ぶ「備えよ,常に」という心構えを基本に考えています。このゲームでは,状態異常の種類をはじめとして,非常に多くの情報を早い段階で開示しています。「情報は明かしました。防ぐのはあなたたちです」という感じにしたかったので,意図的にアビリティで完全に無効化できるようにしているんです。
4Gamer:
しかも,そうしたエグい効果を自分達も使えて,敵を容赦なく酷い目に遭わせられるので,どこか納得感があるんですよね。
伊藤氏:
多くの人が「使い道がない」と判断するような武器に,ちゃんとメリットを持たせたかったんです。例えば,あまり使われていないであろう石化の武器はかなり強力で,出てくるモンスターのほとんどを石にできます。「食べる」攻撃も,ほとんどすべての敵を食べられますから,いろいろ試してもらえたのなら嬉しいです。
4Gamer:
食べるは自分で使って,あまりの強さに「は?」って声が出ましたよ。
あとは借金はインパクトが大きかったようで,発売後にいろいろなところで話題になっていましたね。
加藤氏:
借金に関しては,伊藤さんに「最大の額が50万というのは多すぎるので,もう少し下げられないですかね?」とお話したことがあります。でも,いろいろあって50万のままで世に出たんですよね。
伊藤氏:
実は借金が膨らんでも,即座に完済できる手段もあるんです。借金だけでなく,すべての事件にはフォローを入れてあります。本作では取り返しが付かない要素は入れていませんので,ほんのちょっとだけユーザーフレンドリーなんじゃないかと思っているんですが……。
4Gamer:
ユーザーフレンドリー……でしょうか……(笑)。
本作はゲーム内で物語を語らないからこそ,尖った面白さがあるようにも感じられましたが,なぜこのような形にしたのでしょう?
加藤氏:
アイデアの中には,もう少しキャラクターの関係性を掘り下げる仕組みもあったのですが,DUNGEON ENCOUNTERSのシステムとあまりリンクしないだろうと考えたんです。なので,システム部分はシステム部分で確立させて,物語はフレーバーテキストから想像してもらおうという形にしました。
伊藤氏:
小さな町の人々が助け合う物語ですから,もっと掘り下げたかった気持ちはあるんですけどね。
4Gamer:
けっこう変なキャラ多いですよね。犬のフラウや猫のようなネコなど,人間以外のキャラクターも多いですし。
伊藤氏:
キャラクターたちは“みんながどこかで見たり聞いたりしたもの”をベースに作りました。フラウとジョラスが双子なのは,カインとアベル的な存在がいてもいいだろう,ネコは“ダンジョンの奥底で不思議な生物と出会う”エピソードがあってもいいだろう,という感じです。
加藤氏:
キャラクターデザインに一番時間がかかったのはネコなんですよね。キャラクターデザインの伊藤(龍馬)さんも「ネコって,一体どんなやつなんですか? サイズ感含めて教えてください」と言っていました。
伊藤氏:
通路の幅より大きなネコがノシノシやってくるイメージですね(笑)。
4Gamer:
キャラクターに添えられたフレーバーテキストも,すごく想像力を刺激しますよね。個人的には「モデナリ」が印象深いです。疫病が流行ったのはお前のせいだ! と罪を着せられて脱獄してダンジョンに迷い込んだ人で,なぜか魔法を一切装備できない。魔法を使えない理由がぼかされているので,例えばその疫病が実は呪いで,魔法と相性の悪い彼女だけが疫病にかからなかったなど,いろいろと想像してしまいました。
伊藤氏:
モデナリが魔法を使えないのは,ずっと刑務所にいてアカデミーに通ってないから,使い方が分からないぐらいの理由のつもりでした。でも,皆さんそれぞれの考察があって良いと思います。
キャラクターといえば,彼らの名前がどこからきているか,気づかれました?
4Gamer:
何か由来があるんですか? ナンガパルやゲイシャブランは,不思議な響きがある名前だとは思っていたんですが。
伊藤氏:
名前を決める際に共通点があるといいな,と思っていて,実はみんな山の名前からきています。ナンガパルはヒマラヤ山脈にある世界第9位の山「ナンガ・パルバット」からですね。本来なら,ヨーロッパの貴族の名前なんかをいちから調べ上げてから名前を作るんでしょうけど,僕は「考えなければならないところを減らしていく」ことを念頭に置いてゲームを作るんです。
4Gamer:
エネルギーを使うべきところに集めて使う,というのが伊藤流なんでしょうか。BGMがすべてクラシックのアレンジなのも,そうした理由ですか?
伊藤氏:
昔,植松(伸夫)さんが「ファイナルファンタジー」のBGMを手がけてる時に,「作る曲の数が多くて大変だ!」というお話をされていたんです。それを聞いて「クラシックのアレンジにすれば,著作権も切れてるからいいんじゃないですか?」と返したことがあるんですが,それを思い出したんですよ。
加藤氏:
植松さんは忘れていたみたいでしたけど(笑)。でも,本作のBGMをお願いしたところ,楽しんでアレンジしてくださいました。
4Gamer:
アレンジBGMはかっこよく仕上がっていたので,サウンドトラックを販売してほしいです。
ところで,DUNGEON ENCOUNTERSは,プレイヤーの立ち位置が独特だと感じました。今のゲームは,作中の世界をゲームであることを隠した世界として演出しているのに対し,DUNGEON ENCOUNTERSはちょっとメタな感覚で遊ばせているというか。
主人公がおらず,誰でバーティを組んでもよく,ゲーム的な情報を使いこなした攻略が求められます。ダンジョンを座標で管理し,地形を神の視点から俯瞰してアビリティを使い……と,プレイヤーはほかの次元からゲーム世界に介入している存在であるかのようです。
伊藤氏:
いいところに気付かれましたね。
おっしゃるとおり,アビリティはプレイヤーのためだけにあるものであり,キャラクターたちのものではありません。プレイヤーがキャラクターたちを導くための,神の手として位置づけていました。
これには,「運命的な操作が,第三者によってゲームに対して行われる」という仕組みを作りたかったというのがあって,「ポピュラス」や「シムシティ」に近い土台があるかもしれません。
伊藤流のゲームの作り方とは
4Gamer:
ここからは伊藤さんご自身についてうかがえればと思います。伊藤さんのゲームにおける原体験はどういったものだったのでしょうか。
伊藤氏:
会社に入る前は,ゲームをそんなにやっていませんでした。コンピュータゲームも知り合いが遊んでいたくらいで,スクウェアに入るまでは何も知りませんでしたし。知り合いにボードゲーム好きはいましたが,「毎回ボードやコマを並べるより,コンピュータで計算させられれば楽なんだろうな」と考えていたぐらいです。
4Gamer:
では,そこからなぜスクウェアに就職したのでしょう。
伊藤氏:
長く働いていなかったので「早く就職しないとマズイな」と思っていたときに,スクウェアが就職情報誌に大きめのスペースで企画職を募集していたんです。当時の映画で,銀座で働いている人が出てくるのを見て,銀座に憧れがあったので,ここにしようって(笑)。
4Gamer:
会社の場所で決めたんですか!?(スクウェアは銀座にあった時期がある)
伊藤氏:
そうですよ。そこから会社に入って,3年くらいは,あれを作れ,これを作れと,言われたことをやっていた感じです。当時のスクウェアは社長や事務職を含めて30人ほどの会社で,その中で開発は20人ほどの体制でしたから,いろいろとやっていましたよ。
4Gamer:
ご自身のお仕事の中で,最も印象に残っているものはなんでしょうか。
伊藤氏:
「ファイナルファンタジーXII」ですね。当時,僕は海外から戻ってきたところだったんですが,みんな楽しそうにオンラインゲームの「ファイナルファンタジーXI」を作っていたんです。それがあまりに楽しそうだったので,それなら自分は,1人で遊べるファイナルファンタジーXIを作ってみようと思ったのを覚えています。
4Gamer:
自分もオンラインゲームを開発しよう,とはならなかったんですね。
伊藤氏:
そうですね。「オンラインゲームはファイナルファンタジーXIでできあがる」という実感がありましたから。僕が作るのはそのコピーじゃなくて,1人でオンラインゲームを遊んでいるような感じにしたかったんです。
とはいえ,当時はファイナルファンタジーXIを実際に触っていたわけではないので「自分以外のキャラクターが何かの仕組みで動けばいい」という考えで作りました。仲間がAIで動くゲームといえば,既に「ドラゴンクエスト」シリーズがありましたけど,それよりはプレイヤーが具体的に仲間の行動を決められた方がいいだろうと。
加藤氏:
実は,DUNGEON ENCOUNTERSのプロトタイプは,ファイナルファンタジーXII同様にガンビットで戦闘するゲームだったんです。
4Gamer:
それは意外ですね。てっきり「1980〜1990年代コマンド選択式バトルの復権」みたいなテーマなのかと思っていました。
伊藤氏:
開発に時間がかかりすぎるので断念したんです。
4Gamer:
伊藤さんはATBやガンビットなど,さまざまなシステムを考案されていますが,システム制作への熱意はどこからきているのでしょう?
伊藤氏:
「物事はこうした方がうまくいくんじゃないか」というようなことを常に考えているので,それを具現化していく感じですかね。どこからきているのかは良く分からないです(笑)。
4Gamer:
なるほど。これまでにハマっていたものはありますか?
伊藤氏:
いや,正直あまりないですね。
加藤氏:
一時は自転車とか登山にハマっていませんでしたか?
伊藤氏:
一時のブームのようなものは来るんですけど,結局すぐ飽きるんです。自分の理想とする形になった瞬間,もう終わる。完成したものを使って,新たな何かをするということがありません。
加藤氏:
伊藤さんは,ゲーム作りでもそういうところがありますね。同じシステムを何度も使うことがないですし,「システムはできあがったから,発展型はいいや。あとは任せた」みたいな。実際に同じようなロジックでシステムをデザインできる人なんて,なかなかいないのに。
4Gamer:
では,DUNGEON ENCOUNTERSについては,システムを作り切った感じでしょうか。それとも続きを作れそうですか?
伊藤氏:
もう少しユーザーフレンドリーにはできるかなと思います。スケルトン(骨格)的なものは作れたので,デコレーションはしたいかなと。ただ,ひな形は作ったから,僕がやる必要はないかな……?
4Gamer:
やはりそうなるんですね(笑)。
伊藤氏:
続編を作るとしたら,オンラインのDUNGEON ENCOUNTERSなんて,コミュニティとしては面白いんじゃないですかね。みんなが一緒になってダンジョンに潜るものかどうかは分かりませんが,本編に出てきたのと同じクラスのダンジョンがいくつかあって,そこを探索していく。そして「ダンジョンの奥深くで,生身の人間っぽいもの,つまりほかのプレイヤーと出会う」とか。そのうえで,ダンジョンのどこに何があるのかという情報を伝達し合いながら遊んでいくものになればいいのかなと。
4Gamer:
ダンジョンの奥深くで情報交換するわけですよね。それはすごく面白そうです。
伊藤氏:
ただ,どのようなものであれ,続編を作れるかどうかは会社の判断です。今回で核となるシステムを作りましたからシリーズ化は難しくないと思いますが,どのようなデコレーションをするかは,考えていかないといけないですね。
4Gamer:
DUNGEON ENCOUNTERSとは別に,これから作ってみたいタイトルやシステムはありますか?
伊藤氏:
冷蔵庫ですね。
4Gamer:
れ,冷蔵庫……?
伊藤氏:
たまたまゲーム会社に入りましたけど,今は冷蔵庫を作ってみたいなって(笑)。シンプルな家電を見ると「ああ,その機能で攻めてきたのね」と,ちょっと羨ましくなります。今の冷蔵庫はいろいろと便利機能が付きすぎているので,もう少し原始的なところにまで戻したうえで,今の技術で冷やすことに特化した冷蔵庫を完成させればいい物になるんじゃないかなと。すべての機能が一通り揃っていないと,売れ筋の商品にはならないというのは分かるんですけど。
4Gamer:
削ぎ落して特化させたいというあたりが,伊藤さんらしい着眼点かもしれませんね。
そんな伊藤さんが手掛けているからこそ,伊藤さん作品は低レベルクリアや短時間クリアといった,システムを理解した上でのディープなやり込みが盛んなのかなと,なんとなく思いました。
伊藤氏:
基本的に,「プレイヤーさんがうまくやれば,ゲームもうまくいく」という風になっていなくちゃいけないと思うんです。例えば「ファイナルファンタジーV」では,ボスは一撃で倒せるように設計していますし,工夫次第でなんとでもなるのがいいのかなと。
ゲームの中で“自分だけがこれを発見した”喜びってあるじゃないですか。
4Gamer:
分かります,DUNGEON ENCOUNTERSでも意図的に仕込まれていますよね?
伊藤氏:
そうですね。例えばHPが1しかないアンデッド系のモンスターを素手で殴ると一撃で倒せる(※)のは,昔あった裏技みたいなものですね。こういうことって,発見できるとちょっと嬉しいと思うんです。そして「あえて誰かを素手にしておこう」と,攻略法をどんどん理解していく。まぁ,味を占めて全員を素手にした頃に合わせて,しばらくアンデッド系が出てこなくなるんですが(笑)。
プレイヤーがこうしたステップを踏んでいくんじゃないかな,と思って作っていますね。
※素手で攻撃すると,防御を貫通して確実に1ダメージだけ与えられる
4Gamer:
まさに伊藤さんがおっしゃる通りの心の動きがあったので,本当に手のひらの上で転がされていたことが分かりました。
伊藤氏:
僕のやり方は,「ゼルダの伝説」みたいにキッチリとうまく作っているわけではありません。おそらくこうなるだろう,きっとこう動くに違いない……と憶測して,要素をいくつも散りばめておいて,どれかに引っかかってくれればいいなという感じです。プレイヤーさんが「ハメられた!」と思ってくれればシメシメと。
こっちとしては的中しなくてもいいんですよ。スルーするなら,スルーしてもらってもいい。でも,プレイヤーさんが1000人いれば,その中の2〜3人は僕の憶測通りの行動を取るだろうし,その2〜3人に向けて作っています。
4Gamer:
誰かには刺さるだろう,と。
伊藤氏:
「こういうゲームが好きなプレイヤーさんは,きっとこう考えているに違いない」という,プレイヤーさんとの約束ごとってあるとは思うんです。そうした期待に応えるために,いろいろな要素を配置しますね。プレイヤーさんが「ああ,やっぱり」「そりゃそうだよな」と思えるのが大切だと思いますから。
加藤氏:
言葉にしづらい,伊藤裕之としての作家性の部分ですよね。こうした設計思想で同じようにやれるような人はそういないと思いますよ。
4Gamer:
では,加藤さんから見て,伊藤さん的なゲーム作りの特徴はどういったところにあると思いますか?
加藤氏:
「ゴールをハッキリさせたうえで,いろいろな遊び方を散りばめ,いろいろな人が好きに遊べる」ところでしょうか。こうした設計を1人でやってしまうわけです。
DUNGEON ENCOUNTERSも,見た目はシンプルですけど内部的には大量のデータを持っていて,「ファイナルファンタジー」のナンバリング作品と変わらないくらいのプレイ時間を支えています。これを作ったうえに,キャラクター設定やフレーバーテキストまで書かれるわけですからね。
シナリオやシステムのそれぞれに特化した人はいますが,伊藤さんはそのすべてを1人でやってしまいます。ここまでやれる人は,僕が今までスクウェア・エニックスで仕事をしてきた中でも限られた数人だけです。
4Gamer:
「伊藤裕之のゲームデザイン理論」みたいな本があれば,ぜひ読んでみたいですね。
シナリオといえば,伊藤さんはどこから刺激を受けて,フレーバーテキストなどを書いているのでしょう。映像作品は見ていらっしゃいますか?
伊藤氏:
海外ドラマは見ていますね。DUNGEON ENCOUNTERSを作る前は「ブロードチャーチ〜殺意の町〜」(※)を見ていたんですが,僕が作りたいネタに考えていたものと似ていて,すごくいいなと思いました。
※イギリスのサスペンスドラマ。少年が殺された事件をきっかけに,小さな町の住民たちが抱える秘密が明らかになっていく。
伊藤氏:
あとはYouTubeも見ますよ。最近はほとんど火山を見ているんですけど。
4Gamer:
噴火の様子を眺めているんですか?
伊藤氏:
はい。ライブ映像で「昨日とどう変わったんだろう?」とか。
あとは列車のライブ映像でしょうか。例えば,中央線の八王子駅にあるライブカメラの前を,あずさが通過する。「ああ,この列車は,しばらくすると山梨に着くんだな……」ということで,1時間半後に山梨県の駅のライブカメラを見ると,さっき見たのと同じあずさが走っていくのが見える。自分は移動していないのに,同じ列車を別のカメラが捉えているのが面白いです。
4Gamer:
やっぱり伊藤さんは,観察的なものの見方をされているということなんでしょうか。
伊藤氏:
ちょっと妙な体験だなとは思いながら見ていますね。
あとは将棋をよく見ます。
4Gamer:
伊藤さんご自身では指されないんですか?
伊藤氏:
コロナ禍の前は,街の将棋クラブで指していました。小学生が強すぎて,普通に負けていましたけど。
4Gamer:
そうなんですか? ロジカルなゲームシステムを考案される方ですから,なんとなく強そうなイメージなのですが。
伊藤氏:
いやぁ,彼らは脳が違いますよ。記憶力も考え方も違っていて,何とでもなる脳なんだろうなと実感します。
ほかのテーブルゲームも日本で遊べるものは大抵プレイしているんですが,囲碁だけはルールが独特でサッパリ分かりません。
4Gamer:
お話を聞いていると多趣味なように思えるのですが,ハマりはしないんですよね。広く浅くという感じなのでしょうか。
いろいろな事柄から受けたインスピレーションは,作品へ意識的に取り入れたりされているんですか?
伊藤氏:
僕の場合はすべてそれです。自分で考えているオリジナル的なものは一切ないです。「あの時見たアレを使ってやろう」「コレはどこかで使えそうだな」の連続ですよ。
ただ,企画のために特別に何かをするようなことはなく,「今まで見てきたものの中に,きっと使えるものがある」という意識です。
4Gamer:
そこから伊藤さんが作られているものは,オリジナリティに溢れていると思います。
伊藤氏:
ものごとって,すでにあるものからしか発想できないものだと思うんですよ。ですから,オリジナルを考えるのではなく,既にあるものを蓄えて,それを足したり,引いたり,割ったり,掛けたりしていくのが,ゲーム制作ではないでしょうか。
4Gamer:
そうした視点から,伊藤さんの作品を見直してみるのも面白いかもしれませんね。
次の伊藤さんの作品がどのようなものになるかも,楽しみにしています。冷蔵庫以外で(笑)。
伊藤氏:
次ですか。作るかはともかく,DUNGEON ENCOUNTERSを遊んでくださった方には,「また同じようなゲームを作っていいですか?」とは聞いてみたいですね。
4Gamer:
個人的にはぜひ見てみたいのですが,そうした声はどこに寄せればいいんですか?
加藤氏:
DUNGEON ENCOUNTERSの
公式Twitter にお願いします。
4Gamer:
分かりました。
最後に,伊藤さんが考えるDUNGEON ENCOUNTERSの変わった遊び方があれば聞いてみたいです。
伊藤氏:
DUNGEON ENCOUNTERSは,たった1回のバトルだけでクリアすることができます。ゲームをゼロからスタートして,初のバトルがラスボスです。これをやると,普通ならゲーム開始直後に表示されるバトルに関するチュートリアルが,ラスボス戦に表示されるので,その画像を撮影すれば1回のバトルで終了させている証明になります。ぜひ挑戦してみてください。
4Gamer:
いきなりラスボスって,勝てるんですか?
伊藤氏:
勝てると思いますよ。敵との遭遇をアビリティで避け,数値問題などを解いて強力な装備を手に入れ,深い階で救出できる仲間が最初から高レベルであることを利用して……といったやり方です。最初に「バトル番号表示」のアビリティを手に入れるまでは,敵がマップ上で見えないので遭遇しないように祈り,「トレジャー」マスではお金でなく装備が手に入るように祈るという感じでしょうか。
4Gamer:
本当に「うまくやれば,うまくいく」作りになっているわけですね。ありがとうございました。
以上,DUNGEON ENCOUNTERSについて詳しく聞いてみたが,その企画の成り立ちやコンセプトが,まさか「株やFXのような画面で遊ぶRPG」だとは思わなかった。周囲が伊藤氏に寄せる信頼,創作と合理化への姿勢など話題も多く,氏の作家性も感じられるインタビューになったのではないだろうか。
DUNGEON ENCOUNTERSは,ダウンロード専売でSteam,PS4,Switchで配信されている。万人受けする作品とは言わないが,本稿を読んでピンと来た人はぜひ遊んでみてほしい。