インタビュー
「学マス」Pの人生を1本のゲームが変えた。「学園アイドルマスター」小美野日出文氏×「マブラヴ」吉宗鋼紀氏の特別対談
学マス前はゲームプロデューサーをやめようと思っていた
4Gamer:
吉宗さんのゲームの作り方は,自分の経験を元にした“キャラクターセラピー”なわけですけど,小美野さんは何かを込めて作っていたりはしますか?
僕は何か残したいとか,メッセージ性を込めたいというほどの強い気持ちがあるわけではないです。でも,やっぱりゲームをプレイしたユーザーさんにとって大切な作品になったり,それがその人にとっての次の行動につながるきっかけになったりするといいな,と思っています。
4Gamer:
それこそ,小美野さんがそうだったように,ですか。
小美野氏:
はい。マブラヴをやって「もう一回がんばってみよう」と自分の中で思えた経験があるからこそ,ゲームを作るときには,プレイしたユーザーさんの次のアクションにつながる,何かを変えるきっかけになってほしいです。マブラヴのように,人生そのものを変えるほどの力が自分にあるかは別ですが,これが今のゲーム作りに最も影響を受けている部分だと思います。
4Gamer:
そのきっかけになったのを実感できたエピソードってありますか?
小美野氏:
すごく嬉しかったことがあって,ちょっと前に,怪獣を扱ったゲームを作っていたんです。そのときに,ユーザーさんからの声で「子どもとあまりコミュニケーションがうまく取れなかったんですが,このアプリがきっかけでコミュニケーションが取れて,自分にとって大事なゲームになりました」と,サービス終了の発表をしたときに書き込んでもらえたことがあって。
吉宗氏:
いい感じの話に見せかけて,一番言いたいのは「そういういい話は,サ終前にもっと伝えてよ」ですよね?(笑)
小美野氏:
違いますよ!(笑)。
そのときは,「センスねえな自分」と思っていて,異動希望に人事部書いたりして,ゲームのプロデューサーという仕事を辞めようと考えていたタイミングだったんです。でも,先ほどのメッセージで,「もう一回がんばってみよう」という気持ちになれたんですよ。今度は作っていただいたゲーム(マブラヴ)ではなく,ユーザーさんからの声で。
4Gamer:
相手を変えただけでなく,それで小美野さんも変わったわけですか。その方が声を届けてくれなければ,今の学マスはなかったかもしれないですね。
小美野氏:
そうかもしれません。ゲームを作って,その結果が自分に返ってくるときって,一番楽しい瞬間なんですよね。いい意見でも悪い意見でも,どっちでも嬉しいです。
4Gamer:
悪い意見でもですか?
小美野氏:
はい。もっとこうしてほしいとか,嫌だって言われるのは,完全肯定され続けるよりも嬉しかったりします。
4Gamer:
作品とちゃんと向き合ってもらえた証拠ではあるかもしれませんね。
小美野氏:
そうなんです。叱ってもらえてるというか,ちゃんとコミュニケーションを取っていると感じることが多くて,いい意見も悪い意見も,全部目を通しています。やっぱり,何かしらのフィードバックがあるというのは,プロデューサーをするうえで前を向けるんですよ。
吉宗氏:
ネガティブなことをわざわざ言うのって,そのコストをかけているわけですもんね。情熱の裏返し。好きの反対は無関心ですから。
小美野氏:
怒るのも大変ですよ。この会社に入って,先輩や上司に散々怒られましたが,いざ自分が上司になって部下に怒るとなると,めちゃくちゃカロリーいるし,相当疲れるなって。本当にどうでもいいなら,放っておくんですよ。
吉宗氏:
怒る労力使うくらいなら,自分でやったほうが早いって思いがちですよね(笑)。
小美野氏:
当時僕にあれだけ怒ってくれたのは,よっぽど期待してくれていたんだと,今の立場になって気づきました。
4Gamer:
昔の小美野さんは,そんなに怒られていたんですか?
小美野氏:
僕,絵に書いたような「人と喋れない男」だったんですよ。
4Gamer:
そうなんですか? お話ししていて,まったくそう感じません。
小美野氏:
入社してからガシガシ鍛え上げられて,今みたいに人と喋れるようになっただけで,当時は人の目を見て話すのがキツいぐらい喋れなかったんです。多分なんですが,自分の人間としての性根は,ネガティブ寄りなんだと思います。後天的に明るくなっただけ。
でも,おかげでプロデューサーとしては,感情的なところはすごくポジティブ,論理的なところはすごくネガティブという,両輪ができるようになりました。
吉宗氏:
プロデューサーとして正しいですよね。
小美野氏:
そうだと思います。プロデュースは,性善説だけで回らないことがいっぱいあるので,ロジックの部分で「こういうプロセスを組んで,こういうふうにやっていくべき」と計画を立てるには,ネガティブな部分から整えていくように気を遣っています。
吉宗氏:
素晴らしいですね。例えばトラブルが起きた時,逃げないプロデューサーが立派だと言う人もいます。でも,起きたトラブルに謝罪したり責任を負ったりするのって本来当たり前のことで,別に立派って話じゃない。他責にしたり逃げたりする人が結構多いから,そういう風潮なんだと思うんですけど。でもプロデューサー本来の仕事は,状況判断でネガティブを予見して,最悪なケースが起きないように事前に潰すことだと思うんです。
小美野氏:
おお,僕も同じ考えなので嬉しいです。
吉宗氏:
よくある「辞めて責任を取る」ってのも勘違いですよね。進退伺いとか経営判断で更迭なら別ですが,自分が辞めることにその損失分以上の価値がないと成立しない。もし責任とる気があるなら,損失を倍返ししてからヨロシクって話で(笑)。
今のご時世,若い世代はそういうことも教えられないまま,旧態依然の社会に放り出されているのでホント気の毒です。そういう社会や大人に対して「無責任なことすんじゃねえよ」っていう心の叫びが,香月夕呼を生み出したという(笑)。
4Gamer:
そうやって生まれたんですね(笑)。
吉宗氏:
面倒くさいことと引き換えにいろいろ教えてくれる大人が割といた僕らの時代でも,やはり「大事なことはだいたい,漫画やアニメ,ゲームが教えてくれた」っていう認識があるんで,その恩を送らないとっていう意識はありますね。
小美野氏:
「キャラクターとしてしか伝えられないことがある」というのは,僕もまったく同意見です。
吉宗氏:
僕の場合,松本零士先生,永井 豪先生,石ノ森章太郎先生,富野由悠季先生などの神々に,カッコイイ大人の姿を叩き込まれて育ってきました。受け取った重いバトンを,小美野さんたちの世代に渡せたのであれば,ちょっと気が楽になります。
小美野氏:
エンターテインメントって,そうやって輪になってつながっていくべきですよね。
吉宗氏:
そうやってバトンの受手の人生に伴走できることもエンタメの強みで,同時に使命でもあると思います。
例えば学マスに登場する子たちって,みんな「何かを抱えて」いますよね。
小美野氏:
そうですね。これは僕が作ったというよりは,アイドルマスターシリーズが伝統的に「なにか足りない子たちを手助けしてあげることで,彼女たちの人生をより良いものにできる」ゲームだからですが。
吉宗氏:
ゲームで他者に何かを贈る体験を間接的にすることで,「他人にコミット」したり「他人を応援すること」の訓練になると思うんですよね。脳内でその行動様式と思考を自然にやれるようになると,実社会でも他人や,隣人にそれができる素地になる。これは,今回シリーズで初めて学マスを遊ばせてもらって,素晴らしさに大感動した部分です。
マブラヴは全世代に刺さるように作られた
吉宗氏:
ユーザーに前向きな応援をする学マスに比べてやや後ろ向きな作品ですが(笑),システムを刷新した全年齢版「君が望む永遠」(10月18日に「君が望む永遠 〜Enhanced Edition〜」が発売された)も,マブラヴと一対になる作品ですし,小美野さんにプレイしていただきたいです。もしプレイ済の方でも,若かった当時とは違うテイストになるはずなのでぜひ!
小美野氏:
大人の視点で見ると変わるコンテンツってありますよね。
吉宗氏:
僕はそういう作劇構造を,「機動戦士ガンダム」で富野由悠季さんに学びました。
小美野氏:
僕もそうかもしれないです。
当時の嫌々見ていたときと,大人になってから見直したときで,見え方が全然違ったんですよ。当時は感情移入する対象が主人公とかでしたが,大人になってから見ると「この大人の立ち位置つら……」と。
吉宗氏:
通常,作品がターゲットとする市場の一番分厚い層や世代の共感性を担保する主人公を設定し,その世代と対立する価値観を敵側に配置しますよね。でもガンダムで富野さんは,若者の入り口になる主人公はそれにしつつ,周辺キャラの解像度を上げて各世代の価値観を重層的に網羅しているので,観る年齢毎に面白さが変わります。
マブラヴもこれに倣いました。なのでこの手の作品の場合,「主人公頑張ってるから大好き」的な感想は,最も表層の入門的位置付けになるわけです。
小美野氏:
あ,やべ,それさっき言った……。
一同:
(笑)
むしろ最初はそれがいいんですよ。ガンダムは物語や世界観,設定などの作品強度が高かったからファンの成長に伴走できたことで,マニアックさや深読みも受け容れる懐の深さが醸成されました。初見が学生だった場合,就職して数年後には中間管理職キャラの悲哀に感情移入しちゃうわけで,再視聴の度にそういう新たな気付きを得ることが最大の財産なんです。子どもたち視点の正義は主人公に,社会正義や合理的な正義は悪役に言わせて,それを滅してバランスを取るけど,決してメデタシメデタシにならないっていう作劇。これはそのままマブラヴの参考にさせていただいてます。
小美野氏:
つまり,それぞれの主義主張がちゃんとあるってことですね。
吉宗氏:
そのうえで,オタクコンテンツで人気のお約束をほぼすべてブチ込んだんです(笑)。「ループもの」や,今で言う「異世界転生」「強くてニューゲーム」なんかも含めて。
小美野氏:
あの頃は,異世界転生が今ほど流行るとは思わなかったですけどね。
吉宗氏:
富野さんは既に「聖戦士ダンバイン」でやってましたね(笑)。
本格流行の背景には「失われた20年」の社会背景的影響やその閉塞感から,娯楽として異世界転生に矢印が向いたのかもしれません。でも,インターネットのエコーチェンバーが世代のムードを固定化してしまう昨今の状況を見ていると「そこに答えはない」ってことは,誰かが言い続けなきゃいけないなと思うんです。
小美野氏:
ないですよね。
吉宗氏:
一時流行った「自分探し」も同じですよね。海外に「自分探し」に行って見つけた人に会ったことがない。結局「自分」って内側にしかないんで,漫然と異郷を旅するだけじゃ無理。見たくない心の闇と向き合わないと。
僕は40代ですべて失う絶望に打ちひしがれ,結果的にそれができたことで人生がかなり楽になりました。この経験から,これからも主人公を追い込むことで,他人事の疑似体験によってプレイヤーがそれを得る切っ掛けを提供したいと思います。
小美野氏:
武は本当に言い訳ができないところまで追い込まれていましたね。そこからの這い上がりだから感動するし,気持ちも良かった。
吉宗氏:
でもそれは主人公だけでは無理で,夕呼というメンターがいて,上の世代が痩せ我慢の背中を見せてくれることが必要でした。そういう上の世代や大人の価値観を敵側にしてしまう物語構造って,若い世代にはウケやすい反面,大人になった時その作品が馬鹿馬鹿しく思えて離れてしまう。長期展開を狙う物語重視のコンテンツなら,価値観の重層化は必要だと思うんです。
実は20年前の発売以来,マブラヴっていつ調査しても20代のファンが30%を切らないんですよ。その理由のひとつが,この多世代価値観の重層構造で,全世代がそれぞれ共感できるからなのかなと考えています。
4Gamer:
なるほどなぁ。
そういえばマブラヴは,エヴァンゲリオンの影響を強く受けているとも,以前お話しされていましたよね。
吉宗氏:
はい。僕は,エヴァンゲリオンのテレビ版と最初の劇場版がああいうラストになったことに,ものすごい憤りを覚えたんです。だから自分で作品を作るなら,僕が見たかったエヴァをやろうって気持ちがありました。それが制作動機のすべてではないにせよ,緻密で的を射た批評が評判の方に,「エヴァンゲリオンに代表される当時の世界系や,自意識の檻系のテーマに,唯一答え切った作品」というありがたい評価をいただきました。考察も的確でこちらの執筆意図もズバズバ当てられていた方だったので,めちゃくちゃ嬉しかったですね。
小美野氏:
そんな背景があってそれを言われたら,嬉しいですよね。
吉宗氏:
エヴァの話には続きがありまして(笑)。「シン・ゴジラ」なんですが,あの構成と設定,プロット構造は,マブラヴとオルタとの共通点が多いんです。コミュニケーション不能の異常生物に侵略された世界で,「上の連中がやってることはダメ」と視野狭窄と合理主義でイキる有能な若手が,上が居なくなってトップに立った途端馬脚を現し何もできずに狼狽える。
そうしたら,口が悪くて権力を持った女性が利害関係でパートナーになり,軍事超大国のアメリカとのパイプをつないで航空戦力でボコったら,ゴジラがレーザー対抗進化して人類の航空優勢を無力化して。
最後は飽和攻撃でレーザー枯渇させて特効兵器で攻略,首都近郊にGで始まる超元素の策源地となるモニュメントが残って,さあ人類どうする的な展開。
4Gamer:
ああ,そう言われると似てますね。マブラヴも光線級がレーザー撃ってくるから,航空戦力が使えない世界ですし。
吉宗氏:
それだけ現実の人類航空兵力って強すぎるんで,無敵のレーザー兵器を持つ敵を出すしかなくなる。
これはマブラヴがパクられたって話じゃないですよ? あのテーマと内容を理詰めでキッチリやれば,誰がやっても収斂的に同じになるってことなんですよ。
ホント嬉しすぎて,スタッフクレジットを見ながら号泣しました(笑)。
小美野氏:
え,どこで?
吉宗氏:
スタクレに感動したんじゃないんです。マブラヴ発売から14年越しで,満点がついた答案用紙を庵野さんからいただいたような気持ちに勝手になってしまい(笑)。
4Gamer:
自分の作ったゲームは合っていたんだ,みたいな。
吉宗氏:
一緒に観に行った人は,隣でドン引きしてました(笑)。
学マスはキャラクターの土台を固めるのが大変だった
4Gamer:
マブラヴってスピンオフやアニメ化も含めると,ずっと続いていますよね。近年,20周年や25周年といったキリのいい数字を迎えている美少女ゲームはいろいろとありますが,だいたいは展開が終わっていますから。
アイドルマスターシリーズも長いですよね。来年で20周年でしたか。
小美野氏:
おかげさまで,20周年です。
僕がやってきたわけじゃなくて,先人たちが作ってくれた道なので,汚さないようにと思いながらやっています。
4Gamer:
やはりそういう気持ちはありますか。
小美野氏:
はい,すごく強いです。ですから,学マスに携わることになったとき,最初から覚悟をしっかり決めましたよ(笑)。もうゲーム開発を辞めようと思ったところから,もう一回やるわけですから。学マスの話を上司からもらったときは,ここだなと思いました。
4Gamer:
ここだな,というと?
「俺のプロデューサーとしての命を懸ける場所は,ここだな」って。
一同:
(笑)
小美野氏:
最後に,当時アイドルマスターの総合プロデューサーだった坂上(坂上陽三氏)さんに相談して,やってみようと覚悟を決めたんです。
吉宗氏:
その覚悟があるってすごいことですよ。
4Gamer:
学マスの前は,ほかのゲームを開発していたわけじゃないですか。なぜそこから学マスに合流したんでしょう。
小美野氏:
当時の学マスはペラ一ぐらいの企画段階だったんですが,学園ということで,王道のアイマスではなく,少し変化球寄りだったんですよ。だから,これまでのアイマスの経験値がある人ではなく,外の人間を連れてくるべきということで,僕が呼ばれたのかもしれないです。
吉宗氏:
そういう経緯だったんですね。
4Gamer:
システムからしても,新しいアイドルマスター,今の時代のゲームという感じがします。
小美野氏:
ほとんどは,僕らが来てから考えました。意識して「変なことをやろう」としたわけではないですが,自分がやるからには,自分がやる価値のあるものにしたいとは思っていましたね。
4Gamer:
小美野さんのキャラクターの描き方も掘り下げてみたいのですが,学マスのアイドルたちは,こういう思いを込めて造形したとかはありますか。
小美野氏:
僕の担当はことね,清夏,リーリヤ,麻央なんですが,最初の制作段階では全員自分がやっていて,伏見さん(伏見つかさ氏。学マスのシナリオ担当)と一緒に作ったんです。そのときに大事にしていたのは,全員がちゃんと主人公になるようにすることでしたね。
僕は過去にオリジナルIPの立ち上げに参加したこともあったので,アイドルのキャラクターを作ることにそこまで苦労すると思っていませんでした。でも,実際やってみたら,めちゃくちゃ大変で。
4Gamer:
学マスが特別に大変だった?
小美野氏:
はい。なぜかと言うと,物語がなかったから。
オリジナルIPを作っているときは,まず物語があるわけです。復讐がテーマの物語だったら,復讐する相手がいたり,その人に殺されてしまう自分の親がいたり,自分を支えてくれる幼馴染がいたり……物語を作ると,ポジションが生まれます。そのポジションでキャラクターのベンチマークができるので,そこから作っていけるんですが,アイマスって全員ゼロなので!
4Gamer:
ああ,アイドルを目指すこと以外は何も決まってないから……。
小美野氏:
真ん中の3人,咲季,手毬,ことねだけは,これまでの系譜である程度の指向性がありました。
最初はそこから考えはじめて,伏見さんと話しながらキャラクターをイメージしていったんですが,残りの6人に関しては,とにかく苦戦しましたね。何していいかも分からなくて。
4Gamer:
何から手を付けたんですか?
小美野氏:
とにかく,いっぱいアイデアを出しました。霊感女子とか,巫女とか,暗殺者の一族とか。
4Gamer:
アイドルの「ア」の字も関係なさそうじゃないですか(笑)。
小美野氏:
本当に酷かったんですよ(笑)。
吉宗氏:
とはいえ,出さないと進まないですもんね。
小美野氏:
でも,いっぱいアイデアを出して,全部ボツでした。そこで,「ゲームの作り方」の考えを転用したんです。
ゲームを作るとき,どんなユーザーさんにやってほしいかというターゲットと,その人がどんなことを望んでいるのかを想像して,それをアイデアとして落とし込んでいきます。
例えば「エースコンバット」なら,戦闘機で空を飛びたい,英雄になりたい,みたいなニーズを満たすから,エースコンバットっていうゲームができるわけです。そういう文化づくりの方程式があるんですが,それをアイドルにあてはめました。
まず,アイドルを好きになる人たちのニーズを分析して,デザインとか成長のストーリーとか,足りないところは何だろうっていうのを,言語化して落とし込んだんです。パズルのピースみたいに,ひとつひとつ要素をはめ込んで。
吉宗氏:
一人ひとりがこういう成功をするとか,夢を叶えるとかがあると思うんですが,物語の軸はあまり与えなかったんでしょうか。
小美野氏:
いえ,アイドル一人ひとりに,きっちりとした“コンセプト”を作りましたね。
普通は,最初に設定資料が用意されると思うんですが,チームには「設定資料はとにかく見るな!」と話しました。設定資料はいろいろなことが書いてあって,その子にとって本質的じゃないものも多分に含んでいるんです。だから,設定資料は基本的に使わずに,最初に作ったコンセプトに立ち返る。何かで迷ったら,コンセプトとズレていないかというのを確認していました。
4Gamer:
コンセプトというのは,どの程度のものが書いてあるんですか?
小美野氏:
基本的なものですね。誰に向けたどんなアイドルなのか,とか。
吉宗氏:
つまり,アイドルの設定資料ではなく,いわゆる“仕様書”ってことですよね。
小美野氏:
そうですね。キャラクターデザインを作るときも,話のプロットを考えるときも,必ずそれを見て良し悪しを判断するようにと徹底しました。最近はキャラが固まってきたので,設定資料を見ることも増えてきましたが。
「この子はこういう子だよね」というのを定義するのって,姉妹がいるとか,外国から来たとかっていうことではないんです。これらは,あくまで設定ですから。なぜ,この子は外国から来て,これをやりたいと思ったのかとか,そっちの方が大事なわけですよ。設計図には,そのピースをちゃんと織り込んでいるので,そこからブレないように,曲もキャラクターデザインも話も作っていくというのが,僕のやり方でした。
4Gamer:
土台がしっかりしているからこそ,彼女たちも魅力的に見えるわけですね。
小美野氏:
あとは,身近な人たちとの会話の中で生まれてきた「人の悩み」という,自分自身じゃないことに対して思うことを,アイドルに乗せていただいています。
アイマスをプレイしているプロデューサーさんがどこに魅力を感じてくれるかって,意外と身近な人たちから得られるヒントが多いと思うんですよ。特に,アイドルマスターって全員が主人公なので,一人ひとりの話をちゃんと聞いてみないといけない。
それをしっかりと描くには「この作品でこんな子がこうらしいよ」ではなく,いろいろな人からリアルな話を聞いて,「こういうところで悩むんだな」という生の声を知ることが大事だと思うんです。
僕のコンセプト作りで言えば,自分の人生を投影するというよりは,周りにいる人の話から「こういうのもありそうかな」と考えることが多いですね。
4Gamer:
なるほど。プレイしていて彼女たちの悩みがなんとなく分かる,共感できるのは,リアルがベースだからなんですね。
吉宗氏:
小美野さんって,人が好きなんですか?
小美野氏:
もともと暗い性格なんで,どちらかと言うと嫌い……かもしれないです。自分にとって好きな人はめちゃくちゃ好きなんですが,そうじゃない人は嫌いというよりはあんまり興味が持てないかもです。
吉宗氏:
良かった,会ってもらえて。
小美野氏:
(笑)。
アイマスは,ゴールよりもプロセスを大事にすべき
吉宗氏:
学マスを見ていて難しそうに思うのが,キャラクター主軸構造のゲームでありながらアイドルの成長を描いていることです。キャラ主軸の強みは,アイドルのリアクションと日常の積み重ねです。でも成長物語はいつかゴールが来る。お話としてどこかにピークを持ってこないといけないわけで。
小美野氏:
はい,難しいです。
吉宗氏:
ですよね〜(笑)。僕だったらキャラ主軸のソシャゲで成長要素なんて高難度案件は絶対できない(笑)。ものすごい手間をかけて丁寧に作っているのが分かります。
小美野氏:
でも,みんながやりたがらないからこそ,それが強みになっていると思うんですよ。
それに,自分自身や周りの人を見ながら思っていることなんですが,成長っていくつになってもし続けるものなんですよね。今回,学マスを作って,一番思ったことは「自分はまだ成長できる」ということなんです。
吉宗氏:
かっこいい。
小美野氏:
ずっとゲームを作ってきて,まだ伸びしろがあることに驚きました。とくに,坂上さんがこまめにフィードバックをくれて,マンツーマンで教えてくれたのが大きかったですね。いろいろな人から勉強させてもらえば,まだまだ成長できるなって実感があって。
だから,成長をテーマにアイドルの物語を描いたとしても,環境や師事する人が変われば,彼女たちの成長に終わりはない。そういう意味では,僕はやりきれると思っていました。
吉宗氏:
人間,理不尽な状況で追い込まれているときが一番成長するんですよね。それは,小美野さんがプロデューサーの仕事を受けたときもそうでしょうし,学マスのアイドルたちもそうでしょうし。
それでも,難しいと思うのは,動機が「アイドル」なことですよ。そういう人前に立ちたいという思い,アイドルになりたいという強い動機を持っている人の中で差をつけなきゃいけない,それを描かなきゃいけないっていうのは,ホントに大変だなと。
小美野氏:
実は,アイドルになりたいという純粋な動機の子って,2,3人しかいないので(笑)。
確かに,そういう動機で描くのは難しいと思うんですが,僕は全員がアイドルになりたくてアイドルを目指すわけじゃなくてもいいなと思ったんです。
吉宗氏:
なるほど。アイドルが自己実現のステップというリアリティは時代的にも納得いきますね。
小美野氏:
ことねだと,お金持ちになりたい。咲季だと,アスリートでは1位になれないけど,1位になりたいからアイドルを目指したい。心からアイドルというものに憧れを持って,アイドルを目指す子だけじゃないという作品にしたんです。まあ,アイマスだと結構多いんですけど。
4Gamer:
学マスだと,心からアイドルに憧れて,強い精神でそこを目指しているといえば,真っ先にリーリヤが思いつきますが,逆にリーリヤ以外ではあまりそういう印象はないですね。
吉宗氏:
スタートはなんであれ,積み重ねた課程とそれに伴う良い結果がすべてを肯定する構造は,非常にうまいなと感じますね。
小美野氏:
どこかで「私,アイドル目指してていいのかな」って思う子がいてもいい。そこの葛藤も含めて,描いていけたほうがいいと思ったんです。盲目的に,アイドルを目指すことだけを描くのは,学マスでは違うかなと。
4Gamer:
スタートが違うということは,目標が「アイドルになる」に変わったときのギャップみたいなものも,話の見せ場として盛り上がりますからね。そういう子がいたほうが面白いと思います。
でも,運営型のタイトルで,ゴールのない成長を描き続けるのは大変ではないですか?
小美野氏:
むしろ,成長に終わりはないと思っている僕にとって,運営型でないと描けないことなんです。もしゴールがあったとすれば,そこが終わりになってしまう。アイマスを好きなプロデューサーの皆さんのことを考えると,物語が終わってしまうことに対しての抵抗がすごく強いと思うんですよ。
だから,彼女らの物語は,いろいろな状況や環境に応じて変化しながら続いていく。アイマスという作品は,ゴールよりもプロセスを大事にすべき作品だと思っているので,そのプロセスをしっかり描いていくっていうのを,できるだけやっています。
吉宗氏:
ちなみに,プロセスを大事にする理由はなんでしょう。アイドル業界でも実社会でも,過程が評価されるのは結果が出てからという厳しさがありますが。
小美野氏:
だからこそですよ。結果だけが大事だって言っちゃうと,夢がないじゃないですか。マブラヴでも,生きているという結果だけあればいいわけじゃないという話がありましたが,それと一緒で,生き方の問題だと思うんです。彼女たちの生き方を大事にしたい。それは,アイマスにとって重要な要素だと思います。
吉宗氏:
試すような質問をしてゴメンなさい。でも,納得の解答でした。社会構造の閉塞感から,若い世代がタイパや効率などを優先することで「結果がどうなるか分からないこと」を避ける風潮がなにかと話題になる昨今,マブラヴで業界に入った小美野さんが若い世代に向けて「そうじゃないよ!」って語りかけ続けてる。その言葉が聞けたことは,僕にとってとても勉強になりましたし,とてもうれしかったです。
人があまり好きじゃないのに,会っていただいただけじゃなく,とても深い話をきかせていただき,本当にありがとうございました!
小美野氏:
こちらこそ,ありがとうございました。僕は人の話を聞くのが大好きなので,楽しかったです。
吉宗氏:
それって小美野さん,やっぱり人が好きなんだと思いますよ(笑)。
吉宗氏によるマブラヴのインディーゲームが出てくるかも
最後に,収録時間の関係で対談中にはできなかった,現在の吉宗氏の活動についてお伝えする。本段落は,後日,担当編集が氏に個別で話を聞いている。
4Gamer:
新作として発表された「マブラヴ Resonative」や「マブラヴ INTEGRATE」は,情報のアップデートがここ数年ありませんが,シリーズの近況を聞いてよいでしょうか。
吉宗氏:
マブラヴシリーズは現在,株式会社aNCHORが権利を持っているため,立場的に好き勝手にお話しできないんです(笑)。今の僕は原作者ではありますけど,あくまで版元ではない外部の人間ですから。
ただ,商売である以上やり様はあって,例えば僕がaNCHORさんの許諾を得て,ロイヤリティを払うなどすれば普通に作品は作れます。そういう感じで色々なアプローチを考えてますね。
4Gamer:
え,吉宗さんが別のラインで動くんですか?
吉宗氏:
ですね。これは実感ですが,IPにとっての最強の一手は,どんな状況でも「続ける」ことです。メーカー主導で完成品パッケージ販売一辺倒だった昔に比べ,今はリッチさに拘らなければ,いろいろな形で作品を世に出すことができるいい時代になりました。
版元が進めている現在の二次展開に対して,やっぱり僕は,マブラヴ世界の直系的な物語を広げることをワンセットでやっておきたいんですよ。
そこで今考えているのが,インディーゲーム市場でのミニマムな展開です。まずは作品を世に出すことを優先して,基本はデジタルノベルをベースに,UIや演出をAVG風に少し盛った感じで,プロトタイプを気軽に出す。細かく回収しながら,段階的にリッチにしていく。
最初のターゲットは「テキストでもいいからマブラヴの先が読みたい!」っていうコアユーザー向けに,Discordコミュニティなどをベースに,火種を育てる感じですね。
システムがある程度構築できたら,未発表のオリジナル企画もこの軸で発表していく感じで考えてます。
4Gamer:
つまり,吉宗さんが動ける範囲で,IPが続いているところを見せていくと。
吉宗氏:
はい,使えるものはなんでも使って,版元の許諾が下りる範囲でなりふり構わずゆるっとやっていこうかなと(笑)。
そもそも僕らの創業当時も,美少女ゲームはエロさえ入っていれば何をやっても許される市場だったからこそ,君のぞやマブラヴが形になった。その意味で,インディー市場は当時の美少女ゲーム市場的な匂いを感じます。やっぱり僕には,大企業よりもそういうスタイルが合ってるんじゃないかなと(笑)。
これをひとつとして,今後は3本の軸を立てて進んでいこうかなと考えています。
4Gamer:
残りの2つは?
吉宗氏:
2つめが,他社のIP展開や原作制作のサポートですね。キャラものやテンプレ的な作品は作れるけど,テーマ昇華がちゃんとある重厚な10年単位でファンの支持を受けるタイトルの設計はできないってメーカーさんのお手伝いです。ソシャゲバブルの崩壊後,かなり問い合わせや引きがありまして,既に何作か吉宗鋼紀の名前を伏せてお手伝いをさせていただいています。
僕はもうオタクとしての夢は叶いましたから,次は誰かの夢をサポートして,日本のオタク業界の世界市場での競争力強化に貢献できたら最高に嬉しいですね。お仕事は常に募集してますんで,興味がある担当さんはXのDMにご連絡いただければ(笑)。
最後は,これまでと同じaNCHORやfuzzなどの企業と組んで進む軸ですね。fuzzは,今進んでいる「マブラヴタクティクス・カーリダーサの悪夢」が成功すれば,最初の質問にあったマブラヴ Resonativeや「DUTY -LOST ARCADIA-」,マブラヴ INTEGRATEの開発につなげていく覚悟みたいなんで,長いお付き合いになるかもしれません。
4Gamer:
Fuzzさんの「Muv-Luv Tactics カーリダーサの悪夢」の発表は驚きました。ついにマブラヴのSRPGが単独で(※)出るのかと。
※ファンディスク「マブラヴ ALTERED FABLE」や,ファンクラブ専用ソフト「ハルコマニアックス」の1モードとして,戦略シミュレーションゲーム化したことはある。
吉宗氏:
fuzzの開発は笑っちゃうくらいすごいですよ。「SRPGと言えばこの人」っていう名作のレジェンドスタッフがずらっと揃ってる。個人的にはもう大興奮で,あの人たちが作るS-RPGシステムでマブラヴが遊べるって嘘みたいです。
ありがたいことに,マブラヴ統括プロデューサーが「マブラヴに一番向いているシステムはSRPGとアドベンチャーを合わせたもの」って昔僕が話したのを覚えていてくれてて,奇跡的に実現したんですよ。やっぱり言葉にしておくもんですね(笑)。
4Gamer:
となると,純粋にSRPGとして期待できそうですね。
吉宗氏:
はい。本当に豪華なメンバーですよ。世界観監修とシナリオ監修は,マブラヴのアニメのシナリオをやってくれた方ですし,もちろん僕も監修で入っています。楽しみにしていてください。
- 関連タイトル:
学園アイドルマスター
- 関連タイトル:
学園アイドルマスター
- 関連タイトル:
マブラヴ オルタネイティヴ REMASTERED
- 関連タイトル:
マブラヴ REMASTERED
- 関連タイトル:
Muv-Luv Tactics カーリダーサの悪夢
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(C)Muv-Luv: The Answer
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