生成AIの台頭で,生活者の情報の取り方が変わった。検索してもサイトをクリックすらしない“AIゼロクリック時代”に,流入を前提としたマーケティングはどう変わるのか。
これが,このセッションの出発点だ。4Gamerも他人事ではない。
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登壇したのは,Molocoでシニアグロースマネージャーを務めるNick Kim氏と,Brazeでカスタマーサクセス部門を率いる吉永 敦氏。
Molocoのキム氏は,韓国出身,米国育ち,大学から日本で東京在住15年という。同氏は,テレビ通販のバイヤーや越境ECを経てMolocoへ。一貫して「ものが売れる仕組み」を作ってきた人物だ。
Molocoは2013年,元Googleの機械学習エンジニアたちが設立した会社で,ひとことで言えば,アプリの成長を「AIで広告運用する」会社とのこと。
「従来の広告運用は,どの層に,どのクリエイティブを,どの予算で,とマーケターが手で設定し,結果を見てまた手で調整する。ひたすら人力の繰り返しです」
MolocoはここをほぼAIに任せる。誰に,いつ,どの広告を出せば最も良い結果になるかを,1秒に数百万回のレベルで計算し,自動で判断し続ける。「人間の経験や勘では,速度でも量でも追いつけない領域です」とキム氏は説明した。
検索に頼れなくなる時代,キム氏が示す答えの一つが「アプリ」だ。
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ユーザーがいつどこから来るか読めなくなるからこそ,一度ダウンロードしてもらえれば24時間365日の接点が残るアプリは強い。Webは来てくれなければクリックはゼロだが,アプリなら,プッシュのように自分から動くアプローチができる。
「接点がないと,AIの外側で,気づかぬうちに顧客との接点を失っていく。それが現実です」
もう一つの柱が,獲得と収益化を一つで回すことだ。世界中の広告需要と,自分のアプリの広告枠をAIがマッチングし,収益が外貨(ドル建て)で入る。「円安のいま,これは地味に大きい」という。
得た収益を獲得に回し,入ってきたユーザーの行動データを分析してまた収益化する。この大きなサイクルの中心にあるのが,自社に貯まるファーストパーティデータだという。
そして,キム氏が「鳥肌が立った」というBCGとの共同調査の数字。いまや検索の8割はクリックされずに終わり,買い物をAIに完全に任せてしまう人も3割いる,というものだ。
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続いてBrazeの吉永 敦氏。同社は「次世代の顧客エンゲージメントプラットフォーム」を掲げ,AIを標準搭載した顧客接点の基盤を提供する。
メッセージのコピーはAIが自動生成し,レコメンドや配信時間もユーザーごとに最適化。メール,プッシュ,LINE,SMS,WhatsApp,そして近年注目のRCSまで,単一のプラットフォームで網羅する。
強みは速度だ。「ユーザーの行動を捉えてから,平均1.1秒で次のメッセージを送れます。極端に言えば,9時59分59秒に解約した人には,10時に予定していた配信からちゃんと外れる」
公開APIやMCPサーバーも備え,Claude CodeやCursorから操作や分析ができる“エージェンティック”な作りになっているという。実績はグローバルで2600社超,日本で130社超。配信メッセージは70億通を超える。
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吉永氏がこの時代の要点として挙げたのが,「CRM投資の重要性」だ。
ゼロクリックでAIが参照しているソースを見ると,YouTubeやInstagram,note,アメブロといった“ユーザーが作ったコンテンツ(UGC)”が上位に来る。「AIに推奨されるのは,企業が作ったものではなく,顧客の声なんです」
だからこそ,早い段階から顧客としっかりエンゲージメントし,そこへ投資しておく必要がある。「良いブランドだと思ってもらえなければ,新規に投じた予算の大半は無駄になってしまう」という指摘だ。
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ここからパネルディスカッションへ。まず「ゼロクリック時代に何が起きているのか」を,キム氏が二つに整理した。
一つは,Google検索の上部に出る「AIによる概要」で答えが完結してしまうケース。先の8割はこれを指す。もう一つは,そもそもGoogleにすら行かず,ChatGPTやClaudeに直接聞いて答えを得るケースだ。
「ユーザーからすれば,わざわざワンステップ挟む理由がない」
MolocoとBCGのレポートは,業界を四つの枠組みで描く。縦軸はAIに奪われにくいかどうか,横軸はユーザーとの接点の強さ。右上のSNS,ファイナンス,ストリーミングは利用頻度が高く接点も強い。左上はゲームなど。
最も危ういのが左下だ。ニュース,旅行,自動車,ヘルスケア,フィットネスなど。「パーソナライズとの相性が良い領域ほど,AIにまるごと持っていかれやすい」
たとえば旅行なら,自分で観光地や宿を探して比較する手間を省き,AIに情報を渡して“おすすめされた先”にそのまま決める人が増えていく。
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「では,その左下はどうすればいいのか」
吉永氏が突っ込むと,キム氏は「そこを話したかったんです」と笑った。
答えは,やはりAIを取り込んでいくこと。そして,左下の本当の怖さは“静かに沈むこと”だという。「ある日いきなり売上がゼロになるわけじゃない。少しずつトラフィックが減り,プロダクトやUI/UXに原因があるのではと社内で探しているうちに,検索という入り口が静かに閉じていく」
まずはこの構造を意識することが最初の一歩だ,と語る。
小売やECの例でいえば,「自分の好みは,自分よりAIのほうが詳しいかもしれない。AIは,あなたが思う以上にあなたを知っている」
それだけに,このゾーンはAIの推薦が当たりやすい,という皮肉でもある。
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次のテーマは「従来のマーケ投資はどこでつまずくのか」吉永氏は見立てを示した。
「日本の人が“マーケティング投資”と言うときの範囲が,グローバルの人の言うそれと,ちょっと違う気がしています」日本では認知や獲得,ブランディングといったファネルの上ばかりを指しがちだが,本来は初回の購入や体験まで含めて重要だ,という。
獲得偏重になると,せっかく集めたユーザーも体験が悪くて離脱する。「TVCMでどっと来たのに,サーバーがパンクして耐えられない,というのも失敗のかたちですよね」
グローバルでは,新規獲得から育成,ロイヤル化,そして離反時の見極めまでを通しで捉える“ライフサイクルマーケティング”が当たり前だ,と吉永氏は続けた。
特に見落とされがちなのが,離れた顧客を呼び戻す動きだ。「一度接点を持った相手なので,新規よりずっと効く。システムを入れずとも,まずは手作業でいい。かつてロイヤルだった人を特定して,離脱者に声をかける。そこは強くお勧めしたい一歩です」
キム氏は,スタートアップへ向けて別の角度から補足する。
「つまずくのはむしろ,ある程度規模のある大手なんです」
数百人で数十億円の予算を動かすと,組織や社内事情でAI導入のハードルが上がる。導入しても,データや情報の整理が不十分でAIが力を出せない,というのもよくある話だ。
「その点,小さな会社は転換のスピードが速く,状況に合わせやすい。業界のネガティブな話ばかりしてしまいましたが,AIと自分のビジネスをよく知ったうえで,ぜひ取り込んでほしい」
「ファーストパーティデータを新しい資産としてどう捉えるか」
キム氏は「持っているだけでは資産にならない」と釘を刺す。「AIという関数に通し,構造を増やすほど精度が上がる。誰がいつ来て,どう動いたかを分析して初めて,最も大事な武器になります」
吉永氏は具体例を挙げた。鍵は“年次の振り返り”だ。
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「データは,使える形にまとめておく意識がないと,ただ集まっているだけで終わってしまう」
もう一つが,北海道日本ハムファイターズの事例。「年間に何回球場へ行ったか」「あなたが観戦したときの勝率は何%か」をアプリ内のポップアップで返す。「行きすぎでは,と焦りつつ,実は嬉しい。UGCが自然に生まれる設計です」
この“振り返り”はIPとも相性が良い,と吉永氏。
従来は,新規層を取り込むためにタレントや新IPを当てるのが定石だった。だが逆に,長く使い続けている既存ユーザーにこそ特別なメッセージやIPを当てる手もある。
「それがUGCを生み,“私も推したい”という気持ちが新規登録を後押しする」
Kabuk Style(Hafh)のキャラ診断は,生成AIを使って一人のマーケターが自作したものだったという。「代理店を介さず,作り手が直接ユーザーに届けられる。これも大きな変化です」
@cosmeを運営するアイスタイルの年次振り返りも同様で,「今年はたくさん見なきゃ」と,使い続ける理由そのものになっているという。
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続くテーマは「検索に頼らない獲得と,入ってきた瞬間の出し分け」
吉永氏によれば,ChatGPT経由でサイトに流入したユーザーには,URLにUTMパラメータ(chatgptなど)が付く。「AIで事前に中身をある程度わかったうえで,取捨選択して入ってくる。昔のように“タイトルが良さそうだから開いてみる”とは,もう挙動が違う」
ならば,そのパラメータは宝だ。「自然に入ってきた人と,AI経由で入ってきた人とで,最初に出すポップアップやバナー,LPを出し分ける。テストしながら,配信を人手で回すのではなく,エンゲージメントの仕組みで検証していく観点が大事です」
キム氏は「検索に頼らない獲得とは,ユーザーの質を上げること」と言い添える。ポイ活アプリ「Ninja Miles」の運用では,たくさんポイントを貯めてくれそうなロイヤルティの高いユーザーをAIがまず見つける。
「昔は安いCPIで大量に連れてくるのがトレンドでしたが,いまはCPIが高くても,ROASの観点でどのユーザーが売上をもたらしてくれるかで判断します」
最後のテーマは「AI時代のLTVの再定義」だ。
キム氏は「LTVを,一人あたりの生涯売上という“最低限”の意味に閉じるべきではない」と語る。「その人が連れてくる別の売上や,行動パターンのデータまで含めて評価すべき。プライバシー規制が厳しく,クッキーやトラッキングの拒否が当たり前になった時代だからこそ,一人の単純な売上だけで測るのはもったいない」
吉永氏は,さらに踏み込んだ。「AIが推奨するのは人間の声だと,改めて認識する必要があります」と。
LTVだけで見ると,満足していないのに解約せず,使わないまま課金し続ける人が“優良”に見えてしまう。「本当に好きで使ってくれているのか。エンゲージメントの仕組みを入れれば,ユーザーが実際に動いているかが分かる」
LTVは高いが無反応なユーザーと,熱量高く年次振り返りにも反応するユーザー。どちらが本当に価値があるのか。「“ユーザーの熱量”という目に見えない資産をどう資産化するか。CRM投資の再定義が必要だと考えています」
聞き終えて感じたのは,二人の話が「入り口(獲得)」と「関係の継続(CRM)」という別々の場所から始まったのに,行き着く先がぴたりと重なっていたことだ。
サイトを開かせる前提が崩れるなら,勝負は“来てくれた人”をどれだけ深く知り,どれだけ長く好きでいてもらえるかに移る。そのとき効くのは,派手な新規獲得よりも,ファーストパーティデータと,数字に表れにくい熱量だった。
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