So my game flopped after 3 years of work...?
— Mystik'art | Mesoké on Steam (@Mystikart_) June 13, 2026
Since its release on May 26th, I've sold 77 copies... Streamers and curious gamers loved it.
I have 2800 wishlists, 800 of which are from the release date....
What do you think? Be honest.?https://t.co/2KvxPOPqkn pic.twitter.com/Gn4wEMJ8uP
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ウィッシュリストの数だけで,発売後の売り上げが決まるわけではない。価格,発売時期,告知の届き方,レビュー,配信,ストア上での見つけられやすさ。ゲームが誰かの手に渡るまでには,作品の出来だけでは測れない多くの要素がある。
作者の切実な問いかけとその数字の生々しさは,多くの人に「良いものを作れば届くのか」「そもそも“届く”とは何なのか」を考えさせるものとなり,ポストは170万回以上表示され(2026年6月27日時点),普段はインディーゲームの販売事情に触れない人のタイムラインにも流れていった。
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筆者もこの出来事を追いかけていたが,ポストをきっかけに広がった反響について考えるなら,まずは発端となったゲームを遊んでみなければならないと思った。
本稿では,「Mesoké」を最後までプレイして作品に向き合い,ゲームを伝えること,手に取ってもらうことの難しさについて考えたことを伝えたい。
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未知の世界へ,いきなりテイクオフ。心理的コストを越えた先にある作者との対話
「Mesoké」は,CryEngineで描かれた景色の中をグライダーで飛び回る,非戦闘・非言語のフライトアドベンチャーだ。作者は「Journey」(風ノ旅ビト)や「ABZÛ」から影響を受けたことを明かしており,本作もテキストや画面表示を極力抑え,プレイヤーが自分の手で世界の意味を読み解いていく体験を重視している。
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ゲームを起動してまず驚かされるのは,潔いまでの誘導のなさだ。画面にはストーリーを語るテキストもなければ,次に進むべき方向を示すナビゲーションも表示されない。プレイヤーは今いるその場所で,自分が一体何をするべきなのかを手探りで続けることになる。
たとえば,ゲーム中に現れる青いマーク。これはプレイヤーに何かを促しているシグナルなのだが,それが何を意味するのかは,プレイヤーが実際に遊んで察するしかない。
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実はMystik'art氏が公開しているプロモーション映像やトレイラーでも,本作がどのようなゲームプレイを提供するのかは意図的に伏せられている。
映像から伝わってくるのは,美しいグラフィックスと浮遊感であり,「ゲームとしての形」はあえて分からないように作られているのだ。
つまり,このゲームがどういう遊びなのかを言葉で説明すること自体が,作者が設計したゲーム体験に対するネタバレに近いニュアンスがある。
前提なしに,五感を通じて世界を読み解いてほしい――そんな作者の強いこだわりが,スタート直後からひしひしと伝わってきた。
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そしてこうしたゲームは,記事で説明しすぎることがネタバレに近いものになり,体験を削いでしまう難しさがある。
実際にプレイして感じたゲームの具体的な目的やルールについては,本稿の最後に記載している。できれば実際にプレイして確かめてほしいところだが,先に知りたい人はこちらからご一読いただければと思う。
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実のところ,本作の遊び方自体はそこまで複雑なものではない。だが前述のとおり,“何も知らない状態で世界に触れること”が前提にあるため,これらについて作中ではほとんど説明がない。
下記の画像のように,いちおう図のようなビジュアルで伝える要素はあるのだが,これを見落としてしまうと……自分ではなかなか気づけないと思う。
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筆者自身,ゲームを開始してから大まかな内容を掴むまでの1時間ほどは,「本当にこの遊び方でいいのだろうか」「何か大切なシステムを見落としていないか」と気にかかり続けていた。
公式が情報を伏せている以上,今でも100%見落としがないとは断言できないのだが……ともあれ,ゲームそのものはシンプルであるはずなのに,そこに確信を得るまでの心理的コストがとても大きかった。その心理的コストこそが作者の意図したものかもしれないが,演出などによる改善の余地は大きいと感じる。
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もちろん,それを乗り越え「読み解いた」からこそ,遊びのサイクルがつかめたときの嬉しさが大きかったのも確かである。
まるで,ちょっとシャイな性格の人に,こちらから間合いを詰め,ゆっくり時間をかけて打ち解けていくような感覚だった。ゲームプレイを通じて,海の向こうにいる作者と静かにコミュニケーションを交わしていたわけである。
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ビジュアルに込められた精神性も興味深い。プレイヤーが操作する主人公は,常に後ろ姿しか見せてくれない。スタート時は坐禅を組む後ろ姿が見えるが,ゲーム中はグライダーに乗ったままであり,その素顔を直接見ることはない。
作中のキャラクターというよりも,プレイヤーであるあなた自身という意味合いなのかとも考えさせられる。
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世界を見渡せば,瞑想する釈迦と菩提樹らしき壁画や,蓮の花などがモチーフとして配置されている。坐禅からスタートしているところからも,本作のグライダーによる浮揚体験は,瞑想による空中浮遊といった,ある種の神秘体験のメタファー(比喩)のようにも解釈できる。
さらには,ステージを滑空する中,ときおり「悲嘆」「憤怒」「孤独」といった感情をそのまま形にしたような,巨岩に遭遇することもある。作者は多くを語らない代わりに,プレイヤー自身の人生の記憶をそっと刺激するような断片を,ステージの各所に置いているのだ。
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本作には,明確なストーリーラインはおそらく存在しない。ただ,プレイヤーは滑空するうちに,それぞれの内なる記憶を呼び起こされるかもしれない。断言はしないが,そんな作者の意図がありそうだ。
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このように“何も知らない状態で世界に触れること”自体を体験の中心に置くゲームは,その魅力をどう伝えるかが難しい。遊びの仕組みを具体的に説明すれば,プレイヤーが自ら読み解く驚きは薄れてしまう。
とはいえ,購入前にどのようなゲームなのかを知りたいと考えるのも当然のことだ。
Mystik'art氏は「Mesoké」のデモ版も公開していたが,それでも初動は77本に留まった。もちろん,その数字だけでデモが機能しなかった,あるいは売り上げの理由がそこにあったと断じることはできない。だが少なくとも,体験の一部を先に遊べるようにするだけでは,この作品を手に取る理由を十分に伝えきれなかったのかもしれない。
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“多くを語らない”ゲームをどう伝えるのか
実際にプレイし,あらためてSNSで話題となった“初動77本”という現実に向き合ってみて,多くを語らずにプレイヤーに委ねる作風は,昨今のエンターテインメントを取り巻く状況と相性がいいとは言えないということをあらためて感じた。
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“商品”としてのインディーゲーム,いやひいてはエンタメ全般は,「SNSでいかに話題をつくるか」「動画でどう興味を引くか」といった競争が激しい。仮に誰かの目に触れたとしても,よりストレートに「これは楽しそうだ」と思わせる作品が注目を集めるなかで,多くを語らない作品に手を伸ばしてもらうのは,簡単なことではないだろう。
もちろん,だからといって「プレイヤーに委ねるゲームは作るべきではない」と片付けるべきではない。個人のこだわりや,その人にしか作れない表現をゲームとして形にすることにも,大きな意味があるからだ。
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本作のようなゲームに向き合ったとき,発信する側の難しさも考えさせられる。
無理やりにでも「神秘の浮揚感がマジ神ゲー!」「なんか急にお釈迦さま来ちゃった,オーマイブッダ!」といったような,インパクト狙いの言葉で拡散してもよいものだろうか。
そうした紹介が注目を集める可能性はある。だが,それが作品の実像を伝え,実際に手に取った人の満足につながるのかは別の話だろう。少なくとも「Mesoké」には,言葉を削ぎ落とした静かな世界で,プレイヤー自身に時間をかけて何かを読み取ってほしいという作家性が感じられた。
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本作は,間違いなくプレイヤーを選ぶゲームだ。ステージごとに作り込みの密度に差があり,進行するにつれて同じ作業の繰り返しに思える場面もある。BGMのバリエーションも多いとはいえない。完成度という意味で,気になる点があるのも事実だ。
筆者はグライダーでの滑空を楽しみ,最終的には黄金クリスタルと絵画をすべて集め,作者からのメッセージを受け取った。
この感覚に惹かれる人のもとへは,きちんと届いてほしいと思う。一方で,本作を誰にでも勧められるかと問われれば,答えは単純ではない。
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例えるなら,旅先でたまたま入った小さな博物館で,思いがけず印象に残る収蔵品に出会うような体験に近い。自分にとっては味わい深くても,誰にでも「絶対に行くべきだ」と勧められる場所ではないかもしれない。そうしたもどかしさが,本作にはある。
これはインディーゲームに限った話ではないが,個人的な好みや,面白い / 面白くないという評価を超えて,「これは誰かに伝えたい」と思わせる作品がある。その気持ちは実際に遊んだ人の体験から生まれるものであり,PRの設計や売るための方法論だけで作れるものではない。
個人や小規模の開発者は,作品を作るだけでなく,自身で情報を発信し,入口を作っていかなければならない。ただ,拡散したからといってそれが作品にとって幸いするとも一概には言えない。その難しさが「Mesoké」に起きた出来事の背景にもあるのだろう。
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伝える側のジレンマと問い
「発売前にどれだけウィッシュリストを集められるか」「どれほど良いものを作っても,見つけてもらえなければ埋もれてしまう」。こうした話題は,インディーゲーム界隈で以前から語られてきたものだ。
「Mesoké」の初動77本という数字と作者の言葉は,その現実を,普段はインディーゲームの販売事情にそれほど触れない人々にも広く伝える出来事になった。
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ゲームメディアで執筆し,作品を伝える仕事に携わる立場からも,これは他人事ではない。
メディアの発信も,SNSやコミュニティで話題となったものを取り上げ,分かりやすい対立や強い数字,断言するような言葉を入口としたほうが人目を引きやすい傾向がある。それによって記事のタイトルは読者を挑発するようなものへ寄せられ,断定せず思考を促す読み物は「何が言いたいか分からない」「重い」と敬遠されることもある。
この記事も「Mesoké」がSNSで大きく話題になったことを入口にしている。しかしだからこそ,その話題に乗っかり,反響をさらに煽るのではなく,数字だけでは見えないゲームそのものに向き合おうと試みた。
ゲームとして何が面白く,どこに戸惑い,何が伝わりにくいのかを,実際にプレイしたうえで見えてきたことを伝える。こうした発信が,何かを直接変えられるわけではないかもしれない。それでも,反響や数字の向こうにあるゲームそのものへ丁寧に向き合うことは,何かの意味として残るはずだ。
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ネタバレ(?)ありの「Mesoké」解説
最後に,“何も知らない状態で世界に触れること”が大事な本作にとっては“ネタバレ”にもなる,ゲーム進行やルールについて紹介したい。
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本作の目的は,一言で言えば,グライダーでステージを飛び回り,散らばるChi(気)エネルギーを集め,先のステージに進むことだ。が影響を受けたとする作品のほか,往年のタイトルで言えば,中 裕司氏が手がけた「ナイツ」「ロデア・ザ・スカイソルジャー」などを個人的には思い出した。
集めたChiエネルギーを,ステージセレクト画面の「坐禅している像」へ捧げることで,新たなステージへの入口がアンロックされていく。仕組み自体は,ベーシックな探索型アクションアドベンチャーといったところだ。
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プレイヤーが操るグライダーには,プロペラなどの動力は一切ない。操作はスティックのみで行い,機首を左右に向けることで旋回し,下に向けることで加速する。少しなら上昇も可能だが,その分失速するので,操作には慣れがいる。
操作はほとんどこれだけで,エアブレーキはおろか,カメラ操作すらない。
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地上から発生している「上昇気流」にうまく乗ることで高度を稼ぎ,各ステージに3つ隠されている「黄金クリスタル」や,2つ隠されている「絵画」を探し出していくのがメインの遊び方となる。
動力がないからこそ,飛行には独特のリスクとリワードが組み込まれている。地形や壁面への衝突すれすれの場所を維持して飛ぶと,空気を捉えて大きな揚力を稼ぐことができる。また,各所にある青いクリスタルに触れることでも,同様に揚力を得られる。
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ちなみに各ステージ同士は,ゲートやワープオーブでもつながっている。移動先を覚えてしまえば,ステージセレクト画面に戻らずとも,ステージを行き来することが可能だ。
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