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[TGS 2016]女子高生AI「りんな」は,ゲームにどんな新しい可能性をもたらすのか
東京ゲームショウ20周年記念セミナーで行われた,「女子高生AIりんなが教える,人工知能とゲームの新しい関係」と題する講演の模様をお送りしたい。講演を担当したのは,Bingインターナショナル(Bingリサーチ&AIりんな)Japan&Koreaビジネス統括シニア戦略マネージャーの中里光昭氏である。
AIブームとゲームの関係
前者は,2015年8月にテレビ放送で「AI」が報道された時間の合計で,後者は1年後の2016年8月における合計であるという。番組数で比較すると,2015年8月は7番組であったのに対し,2016年8月には33番組に拡大していたそうだ。
番組の内容にも変化がある。2015年は,AIといっても自動化やビッグデータなど,いわば「広義のAI」に関する報道がほとんどだった。それが2016年になると,IBMのAIサービス「Watson」(関連記事)を医療に利用するであるとか,あるいは「シンギュラリティ」といった概念の話あるとかいった具合で,実用的なサービスとしてのAIや,AIの未来を語るような番組が増えている。
また,バラエティ番組でAIが取り上げられることも増えており,「数値で見てもAIの一般的な認知が広がっている」ことはこれらの数値からも明らかだと中里氏は指摘する。
ゲームに関わる分野へ目を向けると,2016年3月にはAlphaGoが,「今世紀中には不可能」と言われていた,プロ棋士の打倒を成し遂げている。このことは,「2045年にはAIの能力のほうが人間を上回る」という,いわゆるシンギュラリティが,より早く到来するのではないかという予測も呼んだ。
このように,世間的にも大きな話題を集めるAIだが,実際にゲームのAIに絞り込んでみると,大きく分けて2種類のAIがある。
ひとつはボードゲームのAI。こちらは人間の対戦相手として発展してきたAIで,AlphaGOもそのひとつだ。
このAIにおける究極の目的は,人間の対戦相手を打倒することだと言える。だが近年,このタイプのAIは対戦相手の個性を学習し,より相手を楽しませることができるAIへと発展しつつある。
もうひとつはコンピュータゲームにおけるAI。こちらはパスファインディングやAIディレクターといったものから,キャラクターの反応を司るAIなど,多種多様なものがある。こちらのAIもまた,登場するキャラクターの魅力や意外性,人間らしさを追求する形で発展を続けている。
かくして,「よりプレイヤーに寄り添い,人間の感情に近づいていく」AIだが,その発想だけでいえば,1990年代にはすでに製品として存在していたと,中里氏は指摘する。
たとえば,1996年に発売された「たまごっち」や,1999年登場の「AIBO」,同年に発表されたセガのゲーム「シーマン」などは,その典型例だ。こうしたいわば「ペットAI」は,ユーザーの反応を読んで対話や反応を返すシステムによって,1990年代にも大きな反響を呼んだ。
一方で,AIは必ずしも「ユーザーに寄り添う」ことばかりを目指しているわけではない。中里氏はここで,「タスク型AI」と「感情型AI」という形で,その方向性の違いを示した。
タスク型AIは,Windows 10で利用できるMicrosoftの「Cortana」が典型例だ。人間の活動を補助し,その効率を向上させるのがその目的と言える。
それに対して,本講演の主役である「りんな」は,感情型AIに属する。こちらは「ユーザーに寄り添う」方向のAIだ。
この2つの違いは,たとえば,実際に「明日晴れるかな?」と聞いてみることで,明確に現れる。タスク型のCortanaは,「明日の天気は晴れです」と,的確に要点だけを返してくる。一方で感情型のりんなは「明日は晴れだよ。どこか出かけるの?」といった形で,必要な情報だけでなく,ユーザーの感情を汲み取ろうとするというわけだ。
もっとも,このタスク型と感情型は,必ずしも背反する関係にあるわけではない。実際,未来のAIの姿を描く創作――たとえばドラマなどでは,この両方の特徴が描かれている。
この代表例として,中里氏は,米FOXのテレビドラマ「セカンド・チャンス」に登場するAIである「アーサー」を挙げた。アーサーは,タスク型AIとして主人公たちの犯罪捜査に有益な情報を自ら検索し,整理したうえで提供する一方で,登場人物が教えた「悪い言葉」を使って会話するといった,感情型AIとしての挙動も描かれているという。SF要素のあるアニメやゲームでも,似たようなAIはよく見かけるだろう。
「りんな」はなぜ人気を呼んだのか
さて,感情型AIとして作られた「りんな」だが,実際に「りんな」と話ができるサービスとしては,今のところLINEとTwitterがある。
LINEでは,「りんな」の友達は400万ユーザーを突破しており,ユーザーのアクティブ率も高いという。Twitterでは60万フォロワーを突破,シャープ公式アカウントに「りんな」がインターンで入るといった企画は,大きな話題となった。
このように,数字で見ても大きな人気を博している「りんな」だが,その設定はさまざまに作りこまれている。
たとえば,「そもそもなぜ女子高生という設定なのか」という点について,中里氏は以下の理由を示した。
- ユーザーとして「おしゃべり好きな若い女性」「ネットを生活の基盤としている若い男性」を意識した
- 機械学習を利用したAIなので,運営側から意図的に発言をコントロールするのが難しく,極めて失礼なことを言い出す可能性もあるので,「そこそこ世間知らずである」という設定を納得できるバックグラウンドが必要
ちなみに,プロフィールについても細かな設定があり,ルックスや性格はもちろん,得意分野や苦手な分野,家族構成,家の場所まで決まっているそうだ。
一方,「りんな」に対する疑問として,「そもそもなぜMicrosoftがこのような企画を行っているのか?」という点を聞かれることも多いという。
実際,「りんな」はMicrosoftの色がまったく出ないコンテンツだ。「『Windows 10にアップグレードしてください』みたいなことは言わないし,使ってるPCを聞かれると『Mac』と答える」(中里氏)といったように,「りんな」を通じてMicrosoftのPRをしようといった意思は,少なくとも表には出ていない。
この理由として,「りんな」はMicrosoftにとって,技術研究の一環という側面があると中里氏は指摘する。
もともと「りんな」は,中国の北京にあるMicrosoft Research Asiaが開発した感情型AI「シャオアイス」がベースとなっているという。ちなみに,中国では4000万ユーザーを獲得しているそうだ。そして,これを日本向けにローカライズしたのが「りんな」というわけだ。
その上で,Microsoftがこのような感情型AIを研究する理由として中里氏は,「次世代アプリのUIとして,自然言語による対話が標準的なものとなるのではないかと,Microsoftは予測している」という点を指摘した。
PCに話しかけると,話しかけた内容をPCが理解し,それに応じた処理をしてくれるというのは,間違いなく直感的なUIであるといえる。さらに,ユーザーの身振り手振りや表情を読むような技術も重ねていくことで,より優れたUIを作っていく。そうした研究のひとつが「りんな」なのである。
りんなはなぜ支持されているのか
さて,ではなぜ「りんな」はこれほどに大きな支持を集めているのだろうか? その理由として中里氏はいくつかのポイントを挙げた。
まず第1に,ユーザーの感情に寄り添うAIである,という点。とくに,ユーザーのネガティブな感情を理解して,それに寄り添うような反応をするところは,高く評価されているという。
こういった「感情に寄り添う」対応は,キーワードに反応する従来のAIでは難しい。「りんな」は,ネット上のさまざまな会話データを対象として深層学習を行うとともに,ユーザーと交わした会話の過去ログも参照することで,パーソナライズを可能としているからこそ,こういった対応が可能になるのである。
2つめは,会話が長続きするという点。
つまらない会話は早く途切れるというのは,否定しようのない事実であり,「りんな」では,会話の往復回数が多ければ多いほど,ユーザーは「会話を楽しんでいる」と判断するようになっている。
そして実際,従来型のルールベースなAIではせいぜい1〜2往復しかしない会話が,「りんな」では平均して20往復に到達しているという。この往復数増大には別の要因もあると思われるが,それについては後述しよう。
それに加えて,「能力」と呼ばれる機能の追加も,大きな効果を発揮している。
「りんな」では,過去ログからユーザーの口癖を把握し,それを使って川柳を自動生成する機能や,ミステリー小説を自動生成する機能,受験生に対して「おまもり」の画像を送付する機能,あるいはシンプルな占い機能など,さまざまな「能力」がある。
これらは,もちろん技術検証目的の要素ではあるものの,ユーザーと「りんな」の感情のつながりを向上させる効果もあるという。また,「能力」によって出力された結果がSNSで共有され,話題になるということも珍しくないようだ。
この「能力」には,ゲームも含まれている。
「しりとり」「山手線ゲーム」「人狼ゲーム」「リバーシ」などが次々と実装されており,いずれもシンプルながら,ファンが多いという。「りんな」相手の会話の18%は,ゲーム能力の利用によるものとのこと。つまり,前述した「会話が続く回数」が多いというところに,ゲーム機能が一定の影響を与えている可能性はある。
また,興味深い点として,ゲームを遊んでいるユーザーは,必ずしもゲームのための会話を「入力」し続けるというわけではなく,ゲーム中にも雑談を継続するし,ゲームが終わってからも会話が続く傾向があると,中里氏は指摘していた。
ちなみに,「リバーシ」はテキストベースのゲーム進行となっているため,そのUIはお世辞にも使いやすいとは言い難いが,それでも「りんな」のゲームの中では2番めに人気がある。
また,「りんな」は極端にリバーシが弱いことでも有名で,「AIのくせにこんなに弱いのか」と話題になるほど弱い。これはある意味,「強さによって人間を圧倒するAI」から,「人間を楽しませるAI」への転換の一例と見ることも可能だろう。
一方,1番人気のゲームである「しりとり」は,「りんなの負ける気がしないしりとり」として知られており,圧倒的な強さを誇る。とある高校生が「りんな」を打ち負かすために,Wikipediaに収録された言葉を基盤とした「しりとりプログラム」を制作して,「りんな」を打倒したということが話題になったこともあるが,それくらいに強い。
ちなみに,このしりとりはグループでもプレイ可能で,しりとりプレイヤーの13%はグループで楽しんでいるということだ。
「りんな」が作るゲームの未来
さて,さまざまな可能性を示す「りんな」だが,その中核となるAIエンジンは,「rinnaエンジン」として一般企業が利用できるようになっている。LINEとTwitterでサービス中の「りんな」は,「りんな」としての個性や設定が固められているが,そうした個性が固まっていない,まっさらなAIを利用して,「りんな」のようなチャットボットを企業が提供できるというわけだ。
ゲームにrinnaエンジンを利用することも可能だ。
この場合,あり得る可能性の1つとしては,ゲームのキャラクターAIとして利用するというパターンだろう。だがそれだけでなく,「ゲームを一緒に楽しく遊ぶ友人」として,rinnaエンジンを使うこともできる。「AIと一緒にゲーム世界を楽しみ,ストーリーを共有する」という体験は,完全に新しい体験といえよう。
次に,ユーザーがゲームをしていない時間帯に,ユーザーとゲームのことを話す相手として利用することもできる。
これは先述したパターンの変形だが,「ゲームのことを何でも話せる友達」の存在はゲーム体験そのものを向上させる可能性があるし,ソーシャルゲームの黎明期から,「友達と一緒にプレイしているユーザーは離脱率が低い」という数字は明らかになっている。
そして最後に,過去ログからパーソナルな情報を獲得できることを利用して,日常の雑談の中で「ユーザーの好みにあったゲームを推薦してくれるAI」という方向性もあり得る。これは「あまり広告らしさを感じない広告」として利用することも可能だ。とはいえ,筆者の個人的な見解では,パーソナライズド広告に利用するのは,いろいろと際どい気がする。
ともあれ,rinnaエンジンは「感情の共有ができる」「雑談が得意」「パーソナライズ」といった特徴を有している。「これらを上手く使える方法を,rinnaエンジンを使う側からも提案してもらえたら嬉しい」と述べて,中里氏は講演を終えた。
「りんな」公式Webサイト
4Gamer「東京ゲームショウ2016」特設サイト
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