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[CEDEC 2018]基調講演「インターネット文明における空想と現実」聴講レポート。“日本のインターネットの父”が語るインターネットの現状と将来とは
「CEDEC 2018」公式サイト
講演では,“日本のインターネットの父”として知られる,慶應義塾大学 環境情報学部教授 大学院政策・メディア研究科委員長の村井 純氏が,インターネットの現状および今後の展望などについて語った。
急速な広がりを見せるインターネット文明
セッションのタイトルである“インターネット文明”だが,村井氏によれば,それは社会がインターネットを前提に動いている状態を指すという。多くの人がスマートフォンを手に,いつでもどこでもインターネットにアクセスできる現代社会は,まさにインターネット文明というわけだ。
事実,世界のインターネット利用者は,2000年では総人口の6%だったが,2017年には51.7%まで拡大している。村井氏は「2020年から2025年の間に80%に到達する。それは,ほぼすべての人がインターネットにつながっている状態といえる」という見解を示す。
インターネット文明は,リアル空間とインターネット上のサイバー空間によって構成される。リアル空間では国や地域に分かれてそれぞれ別に活動しているが,サイバー空間では国境の壁が取り払われ,教育やビジネス,サービスなどがグローバルに展開される。
しかし,リアル空間では国ごとに異なる法律や文化,言語,警察組織,そして政府が存在するため,その違いを1つのサイバー空間の中で,どう解消するのか,または折り合いをつけていくのかが社会的な課題になる。
村井氏は,最近話題になった「漫画村」のようなサイトの扱いにも言及した。「漫画村」は,日本の著作権に照らし合わせると違法性の高いサイトだが,こうしたサイトへのアクセスをブロックするには,インターネットの基本的な仕組みに手を加える必要がある。
しかし,上記のとおりサイバー空間は世界に1つの存在で,国境もなく全人類が共有する空間だ。そのため,その仕組みに手を加える権利は誰にあるのか,という議論が生ずるという。
なお,「漫画村」と似たようなインターネット上の事例で,これまでに各国の意見が一致したのは唯一,人権の問題にかかわる児童ポルノ規制のみとのこと。
ゲーマーのクレームがインフラ構築に影響?
ゲームはインターネットのインフラ構築に大きなインパクトをもたらしたと村井氏は述べる。村井氏ら分散処理の専門家は,ゲーマーから寄せられる「えげつない」要求により,画像処理,計算量,並列処理,そして遅延と,あらゆる困難な課題にチャレンジすることになったという。
とくに遅延に関しては,理論上,発信したデータが地球の裏側に到達して返ってくるまでに133ms,約7分の1秒の時間がかかる。しかもこれは理論値であり,実際には光ファイバーケーブルなどを介して通信するため,限界値は200msくらいになる。
ちなみに,人間が飛んできたボールを目で見て,脳が判断し,ボールを避けるのに400msかかるとのことなので,133msでも200msでも,会話をするなら十分な速度だ。
ただ,このクレームを聞いた村井氏は「ついに遅延を気にする人達が出てきたか」と嬉しくなったそうだ。ゲーマーのほかには,ミュージシャンや脳外科の医師などがよくクレームを入れてくるという。村井氏は,脳外科手術室をオンライン化する研究にも携わっている。
AIやストレージの現状と将来
続いて話題は,AIやストレージに移った。
村井氏はまず,1980年代初頭にスタンフォード大学の哲学科でコンピュータが使われていたことに驚いたというエピソードを披露した。これは,哲学書の記述をそのまま打ち込み,使われている単語の頻度を調べて,書いた哲学者を分析するという研究に使用されていた。
言語を分析するアプローチとして対話型自然言語処理システム「ELIZA」が紹介され,その研究が,のちの自動翻訳につながっていくことが示された。
やがてWebが出現し,使用できる単語や構文の量は飛躍的に増加。構文が正しいかどうかの判定もできるようになった。
そして現在,AIの進化によって画像分析分野の成長が著しい。またストレージの進化によって,以前に比較してかなり低コストでそれらの処理が可能になっているという。
こうしたAIが参照,分析するデータは当初,人がSNSなどに書き込んだテキストが中心だった。
しかし今では,IoTを筆頭にインターネットにつながっている機器や,それを使う人間の活動からもデータを収集できるようになった。村井氏は,「それらのデータを分析,活用できる企業が,時価総額ランキングのトップに上がっている」と説明した。
ストレージの話題として,村井氏はデータセンター関連の技術が急激に進化していることを紹介した。一時期,冷却効率の事情から北方の国や地域にデータセンターを設置するケースが多かったが,現在では各社が海中に設置しているという。これは冷却効果を狙ったわけではなく,端末の近くにサーバーを分散配置して遅延を少なくする「エッジコンピューティング」の効果を考えた結果とのこと。こうして地球全体の海中にデータセンターを配置しておけば,将来あらゆる処理が適度に分散され,それだけ遅延も少なくなるというわけだ。
インターネットのカバレッジとモビリティ
講演の最後の話題は,インターネットのカバレッジ(適用範囲)とモビリティ(移動中や外出先での利便性)だった。
カバレッジに関しては,海底ケーブルの配置や準天頂衛星といった現在の取り組みのほか,低軌道衛星を用いて全世界に高速インターネットサービスを提供する衛星通信ビジネスが展開される予定であるという。
モビリティに関しては,2019年にサービスを開始する予定の第5世代移動通信システム(5G)により,従来以上に有用なものになるという期待を示し,それ以外のWi-Fi環境も整っていくだろうと予想した。
基調講演のまとめとして村井氏は,自身が述べてきたことを総括しつつ,「もし新しいゲーム,またはサービスを作るとき,日本のマーケットを考えるのはもちろん,インターネットで世界につながっていることの意味を加えることが重要」「各国のルールにより,制限も受けるだろうが,そこであきらめるのではなく,世界で展開できるアドバンテージをうまく利用するべき」「AppleやGoogleが,そうしたアドバンテージをどのように活用しているか,ぜひ理解してほしい」と語った。
ルールやコストについても「ルールは破るためにあるとは言わないが,変えることができる」「コストは時間が経つほど低くなる」とし,「ぜひすべてをうまく使って,ワクワクするようなゲームを作ってください」と会場のゲーム開発者に呼びかけて,基調講演を締めくくった。
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