業界動向
Access Accepted第503回:Oculus VRの「Rift」は開かれたプラットフォームになるか?
ゲーム産業を拡大させる超新星として期待されているOculus VRの「Rift」に対する一部消費者の批判が,最近耳に入ってくる。VR対応ヘッドマウントディスプレイという生まれたばかりの,そして高価なデバイスを誰よりも早く購入したコアゲーマー達は,Riftに何を期待し,何に失望を感じているのだろうか? 今回は,そんなRiftの現状をまとめてみたい。
まずはOculus VRの過去を振り返る
2016年6月25日,VR対応ヘッドマウントディスプレイ「Rift」を製造・販売するOculus VRがソフト開発者向けにリリースした「Oculus Runtime for Windows」の最新版(Oculus PC SDK 0.6.0.1 Beta)において,DRM(デジタル所有権管理)プログラムの1つであるデバイスのチェック機能が削除されていたことが明らかになった。リリースノートに該当する記述はないので,相当急いで発表したか,何かの理由があって公表を控えているものと思われる。
いずれにせよ,今回のアップデートによってOculusのストアにあるゲームタイトルをどのVR対応ヘッドマウントディスプレイでもプレイできるようになった。これは,多くのユーザーの希望に応える目的で行われたものだが,そこに至るまでどのような経緯があったのか,振り返ってみたい。
Riftはもともと,2012年当時,20歳だった創業者のパルマー・ラッキー(Palmer Luckey)氏が自宅で進めていた個人的なプロジェクトだった。それがネットで話題になったために,クラウドファンディングサイト「Kickstarter」に企画を掲載したところ,250万ドル近くの開発資金が集まったことから事業化されることになり,やがて,このデバイスに将来を見たジョン・カーマック(John Carmack)氏やマイケル・アブラッシュ(Michael Abrash)氏,ジェイソン・ルービン(Jason Rubin)氏など,ゲーム界の名士が次々と合流したことによって,ゲーマーの大きな注目を集めた。
2014年3月には,Facebookが20億ドル(当時の為替レートで約2054億円)という破格の買収額を提示して,Oculus VRを傘下に収めた。ちなみに当時は,現在のライバルであるHTCのSteam VR対応デバイス「Vive」や,Sony Interactive Entertainmentの「PlayStation VR」の存在も明らかになっていなかった。
この新たな資金によって開発も軌道に乗ったが,その一方,「独立したプロジェクト」から「大企業の傘下企業」になったOculus VRに対し,Kickstarterのバッカー(投資者)を中心に,反発が起きている。草の根で新技術に挑む1人の若者を応援しようとしていたファンにとって,Facebookによる買収はある意味,ショッキングな出来事だったようだ。「Minecraft」の開発者であるMarkus Persson氏もこの買収話を聞いて,Rift対応版「Minecraft」の開発をキャンセルすると発表した。
また,当時からOculus VRの生産ラインには問題があるとされており,600ドルという高価なデバイスをオーダーした熱狂的なファンに対する製品の配送は,数か月待ちという状況にあった。これもまた,一部の人々を苛立たせる原因になったようだ。
適切な比較かどうかは分からないが,例えばソニーはPlayStation 3のCPUであるCell Broadband Engineの開発や生産に3000億円規模の投資をしており,ハードウェアの生産に大きな資金と知識が必要なのはIT業界の常識だ。Oculus VRはもちろん,Facebookにさえ新しいハードウェアを1から作り出すという経験はなかったのだから,生産でつまづくのは無理のない話だろう。
ちなみに,改善を重ねた結果,現在の配送状況は「1か月待ち」にまで短縮されている。
閉ざされたプラットフォームに対する批判
決して順風満帆な船出とは言えなかったOculus VRだが,発売から数週間後に新しい問題が浮上してきた。Oculusストアにある,「Lucky’s Tale」や「Esper 2」などのRift専用タイトルをViveでもプレイできるようにする非公式パッチ「Revive」が公開されたのだ。開発したのは,LibreVRというハンドルネームのプログラマーだった。
これに対してOculus VRは,5月中旬のアップデートでDRMを導入し,エクスクルーシブタイトルをRift以外でプレイできないようにする「ハードウェアロックアウト」を行った。Oculus VRはReviveを「ハッキング行為」と見なしたわけだ。
海外のハードウェア専門の情報サイトMotherboardとのインタビューで開発者のLibreVRは,「Riftを購入していない人による海賊行為を防ぐことはできるでしょうが,Riftを購入した人にとってはなんの意味もない機能です」とOculus VRの動きに反論している。欧米のユーザーの多くもDRMをOculus VRによる囲い込みだ感じたようだ。
その半年前にラッキー氏がReddit(電子掲示板の一種)のおけるファンとの対話において,「ゲームソフトを我々のサイトから購入したのであれば,ユーザーの皆さんがそのソフトをモデファイしようが,ほかのVR対応デバイスでプレイしようが,まったく問題にしません。過去何百万回も言いましたが,我々は皆さんをハードウェアでがんじがらめにして儲けようとは考えていないのです」と書き込んでいたこともあり,この発言との矛盾もネットで指摘され,拡散していった。
ラッキー氏は,その後も頻繁にRedditに登場してはファンとの強気な対話を続けているが,筆者が読む限り,若き創業者のオープンな姿勢と,閉鎖的なRiftに対する批判はまったく噛み合っておらず,マイナス効果のほうが高いように感じられた。
“エクスクルーシブ”の功罪
こうしたユーザーの批判や議論は専用タイトル,つまりエクスクルーシブタイトルの是非にも及んでいる。デメリットばかりが目立つが,エクスクルーシブタイトルそのものについては一概に否定できないと筆者は思っている。サードパーティによるエクスクルーシブタイトルは,プラットフォームホルダーが開発費を支援したり,広報活動を受け持つといった条件と引き換えに権利が与えられる場合が多いからだ。大手パブリッシャならともかく,VRゲーム市場で一旗揚げようというメーカーは,資金力に乏しい中小開発チームが多く,エクスクルーシブ権の譲渡なしでは,彼らの作品が市場に出回ることさえなくなるかもしれない。
もっとも,こうしたエクスクルーシブの権利についても悶着が起きている。ちょっと脱線するが,「Serious Sam VR」を開発中のクロアチアのCroteamはE3 2016の期間中,Redditにコメントを投稿し,「Oculus VRがエクスクルーシブ権を購入しようとしたが,断った」と書き込んだ。Oculus VRは即座に「そのような事実はない」と否定したものの,これについて匿名のゲーマーがValveのCEOであるゲイブ・ニューウェル(Gabe Newell)氏にメールを送り,その返答をRedditに掲載した。
それによると,「Valveはエクスクルーシブタイトルという仕組みを信じていない。我々も開発費を貸すことはあるが,ほかのプラットフォーム向けにリリースしようが何をしようが,干渉することはない」とニューウェル氏は述べており,かくして,「Serious Sam VR」についての事実は分からないままなのだが,Valveのオープンな姿勢と,Oculus VRの囲い込み戦略の違いが妙な流れで浮き彫りになってしまった。
E3 2016の最終日である6月17日,今度はRift専用のVR版がアナウンスされたSUPERHOT TeamのFPS「SUPERHOT」が一部のゲーマーから,「Steamでリリースされているのに,なぜRiftにしか対応していないのだ?」という批判を受けるという出来事が起きた。
RiftのユーザーがSteamでゲームを購入できるために起こったことだが,SUPERHOT Teamが,「時限独占であり,いずれはほかのプラットフォーム向けにもリリースする」というコメントを出しても,ネガティブなコメントがレビュー欄を埋め尽くし,赤い「おすすめしません」はしばらく減りそうにない状況だ。
ここで話は冒頭に戻るのだが,ユーザーの批判を受けたOculus VRはついに,最新アップデートで「ハードウェアロックアウト」機能を削除することを決断したのだ。Oculus VRは再び,開かれたプラットフォームを目指し,ハードウェアのチェックは今後行わないとしている。
市場は消費者によって動くものであり,コアゲーマーが多いVR対応ヘッドマウントディスプレイ市場においては,オープンであることが求められているようだ。Oculus VRやValve/HTCなどは,そうした消費者の意向に従ってVR市場の拡大と安定に努めることを優先するだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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