業界動向
Access Accepted第607回:GDC 2019で見えてきた,次の時代に向かって動き出す欧米ゲーム業界
Googleがクラウドゲームサービス「Stadia」を発表するなど,欧米ゲーム業界の変化の兆しが感じられたGDC 2019。今年も海外のメディアとしては珍しい数の取材スタッフを送り込み,さまざまなテーマのセッションやエキスポフロアの様子をお届けしてきた4Gamerだが,言うまでもなく,すべてをカバーできているわけではない。実に780ものセッションが成立するほど欧米ゲーム業界は多様化しており,我々の知らない次元へ進化しつつある……そう感じられた。
建物も方向性も新しくなった
世界最大のゲーム開発者会議
北米時間の2019年3月18日〜22日,サンフランシスコの中心部にあるモスコーニ・コンベンション・センターで,長い歴史を持つ世界最大規模のゲーム開発者会議,Game Developers Conference 2019が開催された。イベントを主催するUBM Game Networkによれば,今年のGDCは前年に比べて約1000人多い,過去最大となる約2万9000人の来場者を記録したという。
そんなGDC 2019では,最新のゲーム技術やインディーズゲームを展示するエキスポフロアに加えて,ゲームデザインやプログラミング,オーディオ,ビジュアルアート,組織作り,人工知能,マーケティング,さらには教育やキャリアアップなど,実にさまざまなトピックを扱った約780のセッションが行われた。
ノースホールとサウスホールで3年ほど続いていた改修工事も2018年12月にようやく終了し,地下階にあったセッションルームが取り払われて,そのぶん,エキスポフロアが広くなっていた。サウスホールの2〜3階部分に新たなセッションルームが設けられ,移動距離は長くなってしまったが,サウスホール全体が広々とした印象になり,歩きやすかった。
昨年まではイケイケ感の強かったインディーズゲームの開発者や学生達は,年間1万本もの新作がリリースされるようになった現状でヒットを出すことが難しくなったためか,より現実的な視点を持ち始めているという雰囲気を感じた。インディーズゲームの開発者が,ゲームを作ること以外で陥りやすい失敗を,いかに防いでいくのかといったテーマのセッションも少なくなかった。
というわけで,過去20年にわたってGDCに参加してきた経験を持つ,まさに「GDC戦士」と呼べる筆者が今年のGDCに参加して感じ取った欧米ゲーム業界のトレンドを,いくつかの項目に分けて紹介していく。
クラウドゲームで欧米ゲーム産業が変化する
GDC 2019会期中に出てきた最大のニュースは,やはり,Googleが発表したクラウドゲームサービス「Stadia」だろう(関連記事)。現段階でGoogleがどのようなビジネスモデルを考えているのかなどの情報はないが,2018年末から2019年1月にかけて行われた「アサシン クリード オデッセイ」を使ったクラウドゲームの実験については,本連載の第591回「Googleのクラウドゲーミング参入はゲーム業界に変革をもたらすか」で詳しく解説しているので,ぜひそちらも参照してほしい。
クラウドゲームを簡単に説明すると,画像や入力の処理などをすべてサーバー側で行ない,その結果をプレイヤーの端末にストリーミングするというものだ。これにより,ディスプレイとコントローラさえあれば,端末(PCやコンシューマ機)の性能にかかわらず,どんなゲームでもプレイできるようになる。ゲームをダウンロードする必要さえなく,大きなストレージも高性能なグラフィックスカードも不要で,極端な話,ブラウザが動くテレビやディスプレイにコントローラを挿せば事足りてしまう(もちろん,ネットワーク接続は必須)。そのため,将来はゲームハードがお払い箱になってしまうという予想さえ聞かれる。
GDCでは分からなかったものの,2019年内に新たなハードウェアを発表するのではないかと噂されるMicrosoftとソニー・インタラクティブエンタテインメントが,これをどのように考えているのか興味深いところだ。筆者としては,エクスクルーシブタイトルによる囲い込み以外,とくに思いつかないのだが,いずれにせよ,Googleは欧米ゲーム産業に大きな影響が与えるだろう。以前から言われていた「ゲームサービスのNetflix化」は,我々ゲーマーのライフスタイルを変えるはずだ。
なぜ,自分達はゲームを作るのか
GDC 2019のメインステージで行われた「Developer’s Journey」(開発者達の旅路)は,開発者達がどのような経験をし,何を考えてゲーム作りを行ってきたのかをテーマにしたセッションだ。
登壇したのは,Media Moleculeのスタジオ ディレクターであるショバーン・レディ(Siobhan Reddy)氏と,Microsoft Gamesのクリエイティブ ディレクター,ララライン・マクウィリアムス(Laralyn McWilliams)氏,そしてHello Gamesの設立者ショーン・マレー(Sean Murray)氏で,この3人が入れ替わって壇上に立つというスタイルだった。4Gamerではこのうち,「No Man’s Sky」のマレー氏に注目したGDCレポートを3月21日に掲載している。
ポストモーテム(事後検証)系のセッションでも開発者の経験が語られることがあるが,GDCでは初の試みとなるDeveloper’s Journeyは,ゲームではなく開発者達の情熱や生き方にフォーカスした内容になっており,今後,恒例のセッションになりそうだ。
ちなみに,GDCの講演者は,主催社に招待されるか,講演を行いたい人(または企業)が提出した企画書の中から選ばれるシステムだ。
今年のGDCでは,「なぜ,自分達はゲームを作るのか」といった議論が増えていたという。それはつまり,そういったセッションを行いたいと希望するゲーム関係者が多く,また主催社側としても,そういう講演を増やしたいと考えているからだろう。
記事にはしなかったが,筆者が聞いた「Why Make Games? Lessons from Frostpunk and This War Of Mine」(なぜ我々はゲームを作るのか? FrostpunkとThis War of Mineから学んだこと)という11 bit studiosのセッションも,まさにそうした内容で,自分達の作り出したゲームの技術的,社会的な意義ではなく,何を燃料にしてゲーム開発という職業に携わり続けていくのかに力点が置かれていた。
こうした講演はなかなか記事にしづらいのだが,巨大な産業の中で「個人の意識」が議論されるようになってきたという意味では,ゲーム産業がさらに成熟に向かっているのではないかという印象を強く受ける。
生き残りを賭けたサバイバル
GDC会期中に行われたインディーズゲーム開発者の祭典「Independent Games Festival」では,日本在住のクリエイター,ルーカス・ポープ(Lucas Pope)氏の新作「Return of the Obra Dinn」が大賞に相当するシェ―マス・マクネリー賞を獲得した(関連記事)。ポープ氏にとっては前作「Papers, Please」に続く大賞受賞であり,受賞作を選ぶのもゲーム開発者達なので,ポープ氏は2作続けて同業者から高い評価を受けるという偉業を達成したことになる。
インターネットの普及やゲームエンジンの無償化,オンライン配信の一般化などにより,ここ何年かにわたってゲーム開発者人口が急増し,それに伴って成功者も増えてきた。しかし,年間でリリースされるタイトルが1万本にも達するようになった現在,ゲームをリリースしても消費者に知られず,開発費も賄えないままゲーム業界から去って行く開発者も増えてきた。こうした状況を世紀末になぞらえて「インディカリプス」などと呼ぶ……というのは,3月18日に掲載した本連載でもお伝えしたとおり。
ゲーム開発者自身の情報発信能力が求められており,ストリーマーやインフルエンサーへのアプローチも重要になる。インディーズ開発者向けに廉価で広告業務を引き受けてくれる広告代理店の必要性も高まっているという。
個人制作であっても,「Return of the Obra Dinn」のように良い作品が人々に知られれば,きちんと評価されてヒットするのだから,ディスカバラビリティの問題は深刻だ。
しかし,考えてみれば,そもそも玉石混淆のタイトルの中から良い作品を選んで人々に伝えることこそ,ゲームメディアの仕事であろう。映像配信などの新しい波に押され,古いタイプのジャーナリストとして最近,肩身の狭い思いをすることの多かった筆者だが,GDC 2019に参加したことで,筆者にもまだまだ業界に貢献できることはあるはずだ,という気持ちを新たにしたのである。
「GDC 2019」公式サイト
4Gamer「GDC 2019」記事一覧
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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