インタビュー
今,ハイエンドなゲーム制作に取り組む意味とは?――スクウェア・エニックスが「Luminous Studio」で目指す“ゲームの未来”について聞いてみた
「本気なんだな,この人達」っていうことが確実に伝わってきた
4Gamer:
話を「Luminous Studio」に戻しますけれど,ゲームエンジンという視点でいうと,数年前,ゲーム開発が大規模化していくなかで,国産のものや海外のものを含めて,汎用的なゲームエンジンが凄く注目された時期ってあったじゃないですか。
橋本氏:
ああ,ありましたね。
4Gamer:
国内でも,Unreal Engineを使ったプロジェクトがいくつも立ち上がって。……ただ,少なくとも国内の取り組みに関して言えば,結果としては,うまくいかなかったプロジェクトが多かったように思います。あの時の状況を,当時の橋本さんはどう見ていたんですか?
まず,時代というか,各エンジンの開発フェイズの問題はあったのかなって気はしています。エンジンが熟成する前に携わったプロジェクトだと,エンジンそのものの完成度や機能にかなり引っ張られますから,単純にしんどい時期が多かったんじゃないのかなっていう。
4Gamer:
それはそうですよね。
橋本氏:
あとは使い方というか,使う目的次第ですよね。スクウェア・エニックスグループで作られている「バットマン アーカム・アサイラム」(開発自体は外部のデベロッパが担当している)なんかは,Unreal Engineを使って作られた作品ですが,非常にクオリティの高い作品に仕上がっています。エンジンの特性を活かしながら,エンジンの作法に則ってゲームを作れば,かなりのパフォーマンスが期待できるのは確かですから。
4Gamer:
だとすると,「Luminous Studio」を開発する意義はどのあたりにあるんですか?
橋本氏:
我々が今やろうとしていることは,まず“完全な自由を手に入れる”というところです。やっぱり,いいところまではあっという間に行くとは思うんですけど,そのもう一段上のところ……先ほど話した“突き抜ける”ってところまで持っていけるエンジンが欲しいんです。商品としての差別化を図るという意味でも,そこは必要でしょうし。
4Gamer:
外販のエンジンを使うとどれも似たより寄ったりの内容になってしまう,といった問題はよく言われますし。
橋本氏:
ええ。実際,ちょっと特殊なことをやろうとすると,その都度,ゲームエンジンの開発会社に交渉をして,機能を拡張してもらうといったやりとりが必要になってしまう。それはそれで非効率だし,アーティストの足枷にもなってしまいます。
だから「Luminous Studio」では,そこ(技術部分)を改めて内部で握り直すというか,ちゃんとキャッチアップすることで,クリエイターたちが存分に力を発揮する環境を作りたい,彼らの持ってる力を解放したい!って思っているんですよ。
4Gamer:
ゲームエンジンとして見た場合,「Unreal Engine」や「CryENGINE」との差別化というか,「Luminous Studio」の特徴や強みってどのあたりになるんですか。
橋本氏:
これも説明の仕方が難しくて,なんか欲張りに聞こえてしまうかもしれないんですけど,グラフィックスも,アニメーションも,AIも,オンライン要素も,そして生産性とかでも,すべてをハイクオリティなものに仕上げるつもりで取り組んでいます。
4Gamer:
それは……確かに欲張りですね(笑)。
橋本氏:
いやでも,ゲームエンジン……ひいてはゲーム開発というものを考えたとき,何か一つの項目が120点であっても,別のものは30点というような“凸凹したもの”よりは,全部80点のものの方が良いというか。すべての水準が高くて,生産効率が高いというものの方が,結果的にはユーザーから見たクオリティが高いものになるのは確かなんですね。まぁ80点というか,僕らは全部の項目で100点超えるつもりでやってますけど。
ただ,じゃあエンジンとしての優先度がないのかというと,そんなこともなくて。例えば,「ファイナルファンタジーをしっかり表現できる」だけのパフォーマンスは第一に考えています。
4Gamer:
ファイナルファンタジーを表現する,というのは具体的にはどういうことですか。
橋本氏:
まず一つは,キャラクターの表現ですね。肌だったり目だったり髪の毛だったり,あるいは表情だったり。まずそういったところは,ほかのどのゲーム(エンジン)と比べても一番すごいものになるようにとは考えています。じゃあ背景表現とかはどうなんだって言うと,さっきもお話したように,これはこれで100点を目指しているんですけど(笑)。
4Gamer:
現段階で「Luminous Studio」を使ったプロジェクトはもう動き始めているんですか?
橋本氏:
そうですね。ここまでは言っても大丈夫だと思うんですけど,もうそういうフェイズに入っています。ただ,まだエンジン自体が完成しているわけじゃないので,フル稼働し始めているわけではありません。今は,Luminous Studioを本格的に使っていくにあたっての準備段階というか,社内での段取りを整えていっているところです。
4Gamer:
端的にお聞きしますが,社内での「Luminous Studio」の評判や反応はどうなんですか?
橋本氏:
それこそ最初は,ポジティブもネガティブも含めて多種多様でした。とくにスクウェア・エニックスには,以前から「Crystal Tools」という自社製のゲームエンジンがありましたし,それとはまた違う血筋のものを「え,もう一個作るの?」という話も実際あったのではないかと思います。あるいは「これは大丈夫なのかな?」って思っている人もきっといたはず。
4Gamer:
使い慣れたツールからの移行も普通は嫌がられますしね。
橋本氏:
だけど,コツコツと社内に向けて予告する時期に期待以上の成果物を出し続けていって,プロトタイプ版を見せたり,「Agni's Philosophy」みたいなアウトプットを出していくことで,そのへんの空気感も少しずつ変わってきました。何よりも,まず僕らの思いの強さというか,「本気なんだな,この人達」っていうのは確実に伝わってきたと実感しています。とくにここ半年から1年くらいで,社内での理解が急速に進んでいる印象がありますね。
4Gamer:
「Agni's Philosophy」の取り組みは,社外だけじゃなくて社内向けアピールの意味合いもあった?
橋本氏:
主目的にしていたわけではないのですけれども、結果的には大きな効果をもたらしてくれたように思います。「Agni’s Philosophy」プロジェクトの目的は本当に多種多様なのですが,第一の目的は“エンジンを鍛える”というところで,僕ら自身が「Luminous Studio」を使って開発に取り組むという経験を実際に積むためのものでした。
なぜなら,ただエンジンだけを提供して,そのフィードバックをもらって直していって……というだけでは駄目だと思っていて。実際に自分たちで使ってみて,納得がいく作品がちゃんと作れることを示す,そこが重要だろうと。でなければ,とてもお客様には出せない――という気持ちが強くあったんです。
4Gamer:
お客様?
橋本氏:
つまり,社内の人間であっても,「Luminous Studio」を使う人はお客様だと思っているんです。だから,下手なものを作って彼ら(クリエイター)に迷惑はかけられないし,使ってもらうからには満足してもらいたいし誇りも感じてもらいたい。
「Agni's Philosophy」では,ビジュアルワークスという部門との共同プロジェクトだったんですけど,実際に制作に取り組んでみると,まぁやっぱり,いろいろな問題に直面するわけですよ。でも,そういうものを一つ一つ乗り越えていくことで,ゲームエンジンとしての完成度は格段に上がっていきますよね。
4Gamer:
やってみないと見えないことって,確かにありますから。
今回は,3分半の技術デモという形式を取らせて頂きましたが,制作側の意識だったり,実際の作業という意味でいうと,AAA(トリプルエー)のタイトルを作っているのとなんら変わらないものでした。まぁ,あくまでデモなので,ゲームデザインであるとか,インタフェースみたいな部分の設計はなかったんですが,アセットのフローとかデータの作り方など,アーティストやプログラマーの作業そのものは,ほとんど実際のゲーム開発と変わらなかったですね。
4Gamer:
しかし,お話を聞いていて改めて思いましたけど,今このタイミングで,そこまでして大がかりな自社エンジンの開発に乗り出せるメーカーは,やはりそうはないですよね。国内ではとくに。
橋本氏:
そうですね。そこはやっぱり,社長の和田がそういった考え方に強く理解を示す人物だったのが大きいと思います。僕らも“ここ(スクウェア・エニックス)じゃないとできないチャレンジ”だと感じていますし,本当に信頼して任せてもらっていますよ。
4Gamer:
でも経営判断で言うと,今この時期にまったく新しいゲームエンジンを開発するというのは,やっぱり相応の覚悟が必要だとは思うんですよね。もの凄いコストがかかるわけじゃないですか。
橋本氏:
んー,確かにゲームエンジンを作るコストは決して安いものではないんですけれど,達成しようとしている内容で考えてみると,実は“かなり安い”んですよね。非常に合理的というか,分かりやすい投資なんじゃないかとは思っています。もちろん,その投資で100%良いエンジンを作り上げられる前提が無いと成り立ちませんけれど。
4Gamer:
それは外販されているエンジンのライセンスを受けるよりも効率がよい,という意味でも?
橋本氏:
もちろん,プロジェクト単体で考えたらコストは高くは付きますけど,先ほど例に挙げた拡張性の問題だったり,小回りの良さみたいな部分,あと組織の文化にフィットしたワークフローのあり方なんかも含めて,統合的な効率化が図れれば,費用対効果はむしろよいはずです。それこそ,大型タイトル1〜2本に貢献できるだけでも,「Luminous Studio」のコストはまかなえる(十分に価値を生む)んじゃないかなと思っています。
4Gamer:
ちなみに,橋本さんが率いるテクノロジー推進部って,今は何人ぐらいの組織なんですか?
橋本氏:
具体的な人数は言えませんが,だいたい二桁の後半ぐらいですね。まだまだ増やしていくので,それなりに大きい組織になっていく計画です。最初は僕一人から始まってる部署なんですけどね。
日本のゲーム業界に貢献できるチャンスだと思った
4Gamer:
「Luminous Studio」のプロジェクトに取り組むきっかけというか,そもそも橋本さんがスクウェア・エニックスに入った経緯ってなんだったんですか?
橋本氏:
一言で言うなら,意気投合したんです。スクウェア・エニックスの役員の方とお話する機会があって,いろいろなことを伺っていくなかで,「これはちょっと広い意味で,日本のゲーム業界に貢献できるチャンスなんじゃないか?」と思えて。
4Gamer:
日本のゲーム業界に貢献というと?
橋本氏:
ハイエンドなゲーム(コンソールゲーム)に絞ってお話をすると,やっぱり今,日本は日本でちゃんと面白いゲームを作れているとは思うんですけど,総合力で見ると,どうしても海外勢に押されている現状があるじゃないですか。
4Gamer:
そうですね。
橋本氏:
別に海外の会社と日本の会社を区別して線を引くつもりもないんですけど,日本のデベロッパ(クリエイター)でもやれるんだ!というところを見せたいって思いがずっとあったんです。負けたくない!っていう気持ちが。そのためにも,まず海外の有力デベロッパと対等か,それ以上のステージに立つための土台作りを,自分の手で一からやってみたかったんです。
4Gamer:
「Luminous Studio」や「Agni's Philosophy」というアウトプットが出ている今なら「なるほど」と思えますけど,当時(3年前)からすると,“無謀な挑戦”に聞こえかねないですよね。
橋本氏:
そうだったかもしれませんね。まぁただ,僕自身は「そんなの絶対無理!」とか言われた方が燃えるたちなので,そこはあまり気にならなかったんですが(笑)。
4Gamer:
橋本さんがスクウェア・エニックスに入社した当初の役職ってなんだったんですか?
橋本氏:
テクニカルディレクターですね。通常のゲーム制作プロジェクトと同じように存在する「Luminous Studioを作るプロジェクト」のプロジェクトリーダーでした。当時はチームは“部”でも無かったですし,僕はCTOでも無かったです。
4Gamer:
では,CTO(チーフ・テクニカル・オフィサー=最高技術責任者)に就任したのはいつだったんですか?
橋本氏:
入社してから一年半後くらいですね。「Luminous Studio」のプロジェクトが一定の成果を出した段階で,当時いくつか存在していた社内の技術系部門を集めて一つの新しい部門にしようという会社の決定があって。そのタイミングで,和田社長から「CTOをお願いしたい」と言われたんです。
4Gamer:
そもそも,スクウェア・エニックスのCTOって,橋本さん以前に誰かいましたっけ?
橋本氏:
いや,いないですね。僕が初めてみたいです。
4Gamer:
ああ,やっぱりそうですよね。海外のメーカーでは,CTOって割と良く聞く役職ですけど,日本ではあまりそういうポジションの方を見かけませんし。では,今はスクウェア・エニックスの技術的な部分を,橋本さんが一手に引き受けてる状態ですか?
橋本氏:
基本的には,各プロジェクト毎にしっかりとしたエンジニア達が所属しているわけですが,そのうえで必要があれば,いろんなチームの技術的な相談に乗ったり,場合によっては,テクノロジー推進部から人を出して,直接作業に当たらせたりみたいなことをやっています。割と全社視点というか,俯瞰的な視点でやらせてもらってます。ちなみにそれと並列して,現在は「ファイナルファンタジーXIV:新生エオルゼア」の技術ディレクターも務めています。
4Gamer:
凄い忙しそうですね……。
橋本氏:
ただ,最重要ミッションはやはり「Luminous Studio」を世界最高峰のゲームエンジンに仕上げることです。ゲーム制作工程の未来像,ゲームの未来像を頭に描いて,それを具現化するために日夜R&D(リサーチ&デベロップメント)が行われています。
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