レビュー
方向性が明確な新興ブランド。第1弾ヘッドセットをチェックする
HAMMER Headset
HAMMER Headset USB
» 市場のニーズに迎合することなく,プロゲーマーのための製品開発を行うと宣言する,新興のゲーマー向けPC周辺機器ブランド,ZOWIE GEAR。そのヘッドセット製品第1弾を,サウンドデザイナー,榎本 涼氏が評価する。「ゲーマーの意見を聞いて開発した」とされるデバイスは枚挙に暇がないが,果たして今回はどうだろうか。
ZOWIE GEARというブランドの出自や開発理念に関しては,CEOへのインタビューを行った2009年11月7日の記事に詳しいが,簡単にいうと,世界のトッププロゲーマーの名前を借りるのではなく,“本当に”共同で製品開発を行い,耐久性と使いやすさにフォーカスしたとされるブランドである。
FPSトッププロゲーマーの意見を最大限に聞き入れ,FPSに最適化されたヘッドセットになったと謳われるHAMMERとHAMMER USBだが,果たしてその完成度はどれだけのものだろうか。今回も多角的に検証していきたい。
シンプル&レトロなルックス
筐体は堅牢さが最大のウリ
一目見て感じるのは,他社のゲーマー向けヘッドセット製品と比べ,デザインがシンプルで,かつレトロであるということ。一昔前のDJ用ヘッドフォンに,まるでパイプのような大型のブームマイクが取り付けられているようなイメージだ。「ゲーマー向けを謳う他社のヘッドセットとは,HAMMERは違う」というメッセージを伝える目的は十分に果たしているので,開発側の狙いは成功しているといっていい。
エンクロージャもたいへんシンプル。黒色のつや消しプラスチックが全面的に採用されており,目立つのは右耳部分に入っているHAMMERのロゴマークくらいである。
全体として丈夫な作りすぎるためか,フレームの長さ調整部分は,固すぎて多少引っかかる嫌いもあるが,これは逆に言うと,「一度調整してしまえば,そう簡単にズレたりはしない」というメリットでもあるので,これはこれでアリだろう。
上から強い力で押さえつけても,ヘッドバンド部には亀裂一つ入らなかった |
長さ調節のフレーム部も,相当頑丈に作られている印象だ |
筆者はその条件を満たしていないので何とも言えないが,ヘッドバンドが地肌に直接当たるようなケースでは,不快に感じることがあるかもしれない。
ユニークなのは,標準で取り付けられている合皮製イヤーパッドのほかに,メッシュ状の布製イヤーパッドも付属しており,縦長のイヤーパッドを横に90度回転させるように動かすことで,エンクロージャ部から簡単に取り外せるようになっている点。正味1分もあれば交換できるレベルの簡便さを実現している。
「音楽鑑賞に最適」とされる合皮はよくも悪くも普通で,装着時,これといったストレスは感じない。一般的なサイズの耳なら,端が耳に当たって不快な思いをしたりすることもないだろう。
これに対して,布製イヤーパッドは,「本気でゲームをプレイしたい人のニーズに応える」とされているが,正直に述べて,こちらもとくにこれといった特徴のない,普通の布製パッドである。肌触りは決してよくないため,何時間も装着し続けるような用途には向いていない。オフラインの大会などで,集中してプレイする間だけ装着し,終わったら取り外すような使い方を想定しているのではなかろうか。
ブームは頑丈なアルミ製。その先には,単一指向性でローインピーダンス仕様のマイクを内蔵した巨大なユニットが取り付けられている。この巨大なユニットも,耐久性の向上に寄与しているのだろうが,使ってみると,設置ポイントがたいへん限られるのが気になった。
ヘッドセットを利用するときは,ブレスノイズなどが入りにくいよう,口元のやや下か上にマイクを持ってくるのがベターなのだが,HAMMERのブームは,口よりやや下に持って行こうとすると,マイクユニットがあごに当たってしまい,逆に,口元より少しうえに持ってくると,今度は巨大なブームとマイクユニットが視界に入って,たいへん鬱陶しい。
ひょっとすると,トップゲーマーはブレスノイズを気にしないのかもしれないし,あるいは,視界に入っても問題ないと考えているのかもしれないが,少なくともこのブームは,筆者には使いにくい。最近の,設置自由度の比較的高いマイクブームに慣れている人ほど,筆者と同じ印象を持つ可能性が高いと思われるので,この点は注意が必要だ。
耐久性の高さが謳われるHAMMERだが,アナログケーブルは「安価なヘッドセット製品よりは太め」といったといったレベルでしかない。ケーブル長がわずか1.2mで,ノートPCのユーザー以外は,付属する1.8m長の延長ケーブルを使うことになるが,ひょっとすると,椅子のキャスターなどで轢(ひ)いて断線したとき,延長ケーブルだけ簡単に取り替えられるようにしているのだろうか?
もっとも,仮にそうだとしても,インラインのミュートスイッチ付きボリュームコントローラ部分の作りが比較的安っぽく,本体ほどの強度は期待できない印象だ。なお,マイクのミュートスイッチは割と硬めで,片手で手軽にオン・オフといった感じではない。
最後に,HAMMER USBにのみ付属するUSBサウンドデバイスだが,機能的には今一つである。具体的な理由は三つあるので,以下,箇条書きでお伝えしたい。
- 押しボタン式ミュートスイッチは,マイク入力だけでなく,ヘッドフォン出力も同時にミュートする
- ボリュームコントローラが押しボタン式で,押すごとにじわじわとボリュームが上下する仕様になっているため,本体側のダイヤルと比べて反応速度が劣る
- USBケーブルが短すぎて,ノートPCや,PCの前面USBコネクタに接続でもしない限り,手が届かない
USBサウンドデバイスは,クラスドライバで動作する(=別途ドライバを要求したりしない)ため,PC側の環境を問わず,常に同じ音質でプレイできるメリットがあるが,HAMMER USBではそのメリットの追求のみが行われており,ボタン周りの使い勝手は二の次になっているといった印象だ。
イヤーパッドによって
音質は劇的に変化
毎回お断りしていることだが,筆者のヘッドセットレビューでは,ヘッドフォン部を試聴で,マイク部は波形測定と,入力した音声の試聴でそれぞれ検証することにしている。
ヘッドフォン出力品質のテストに用いているのは,「iTunes」によるステレオ音楽ファイルの再生と,「Call of Duty 4: Modern Warfare」(以下,CoD4)マルチプレイのリプレイ再生。波形測定方法の説明は長くなることから,本稿の最後に別途まとめてあるので,興味のある人は参考にしてもらえれば幸いだ。
なお,今回のテスト環境は以下のとおり。HAMMER USBのテストに当たっては,付属するUSBサウンドデバイスを,マザーボード側のUSBポートと直接接続している。
これはイヤーパッド部分というより,スピーカーを覆う部分の素材が異なるためではないかと思われ,触ってみると,手触りが微妙に異なるのだが,この素材によって,フィルタリングされる周波数帯域が変化し,音質に変化が生じるのだろう。
では,具体的にどう異なるのか。ざっくりと4パターンあるので,今回はそれぞれまとめて述べてみたい。
●合皮製イヤーパッド,アナログ接続
低域は出ているが,最低15Hzからというのはちょっと言い過ぎ。中低域が多少強く,代わりに高域が落ち込んで,ややくすんだというか,籠もった音に聞こえる。パワー感も相応にあって,クラブミュージックなどを聴くには悪くないが,バイオリンやシンバルなどの高音楽器の華やかさや,楽曲の「色気」に貢献する,ホールのアンビエントで生成された高次倍音などを表現するのは苦手だ。CoD4で聞くと,全体的にややダイナミックレンジが狭い印象。重低域と高域が落ちるため,迫力とリアリティを多少欠く。
●合皮製イヤーパッド,USB接続
アナログ接続時と比べて,高域の伸びは明らかによくなる。その分,中低域が弱まることもあって,全体的なバランスはアナログ接続時よりもいい。X-Fi Titaniumよりも,HAMMER USB付属USBサウンドデバイスのほうが,中低域の“山”が小さいのだろう。この変化はCoD4でも確認できる。X-Fi Titaniumとの接続時よりも高域が伸び,その分中低域が落ち込むので,全体的にややトレブリー(trebly:高域が強い音質傾向)だ。
●布製イヤーパッド,アナログ接続
CoD4でも,音質傾向はまったく同じで,尋常ではないほどに低域がいなくなる。その分,高域はたいへんよく伸び,「高周波がしっかり再生されるほど定位感は向上する」という音響世界の基本に従って,音のクリアさと定位感は増す。
低域や重低域がしっかり聞こえるということは,ゲーム世界の迫力を感じるということでもある。低音,とくに重低音は人間の感情を問答無用で動かすことが知られている――重低音には,聴くだけで人を不安にさせたり興奮させたりする効果がある――が,いわゆるプロゲーマーからすると,そんなものは,音を情報として瞬時に,かつ的確に聞き分けるに当たって,邪魔でしかないのだろう。
一種の興奮剤としてプレイヤーを刺激する低域・重低域をごっそりとカットすることで,高域をクリアにし,定位感を相対的に感じさせやすくする。オフラインの大会で,冷静にプレイしたい人のために,徹底的な最適化を図ったのが,この布製イヤーパッドなのだと思われる。
●布製イヤーパッド,USB接続
USBサウンドデバイスを用いると,高域の伸びが強調され,CoD4における左右の定位はよりしっかりする。音が左右のどこにあるのかを,アナログ接続時よりも正確に認識しやすくなる,とも換言できるだろう。普段,バーチャルサラウンド機能に慣れ親しんでいる人だと,定位の急激な移動をつらく感じるかもしれないほどだ。マイク周りは仕様どおり
USB接続時はノイズが気になる
マイク周りについても,アナログ接続時と,USBサウンドデバイスの利用時,2パターンでチェックしていくことになる。
テスト結果は以下のとおり順に示した。1.4kHz付近にある大きな落ち込みは,測定に当たってスイープ信号を出力している2-wayスピーカーユニットのクロスオーバーポイントで生じたものだと推測できるできるため,それ以外を見ていくことになるが,アナログ接続(=HAMMER),USB接続(=HAMMER USB)とも,周波数特性に顕著な違いが見られないことを見て取れるはずだ。
強いて挙げれば,100Hz〜1.8kHzあたりで,USB接続のほうがアナログ接続よりも低くなっているが,波形自体はほぼ相似形ということもあって,入力された音を聞いた印象に有意な差はない。
チーム戦で,仲間の全員がHAMMER/HAMMER USBを布製イヤーパッドで使っている状態なら問題ないが,低域を重視した設計のヘッドセットを使っている人には,伝わりづらい可能性のある音だとも言えるだろう。
一点気になったのは,USBサウンドデバイスでマイク入力していると,割と規則正しく「プツッ,プツッ」というプチノイズが入ること。マザーボードなどとの組み合わせにもよると思われるので,すべての環境で発生するとは限らないが,このノイズは割と分かりやすく,少なくとも快適とは言い難い。X-Fi Titaniumとの接続時には一切発生しないので,USBサウンドデバイス側に,何かしらの問題があるものと思われる。
「楽しむ」のではなく「勝つ」ためのヘッドセット
万人向けではないが,この個性には価値がある
しかしおそらくZOWIE GEARは,そんな「一般的なPCゲーマーを対象にした基準」で,HAMMERというヘッドセットが評価されることを一切望んでいない。
4Gamerのインタビューに答える形で,ZOWIE GEARのCEOであるVincent Tang氏は,「マーケットのニーズを追うのではなく,プロゲーマーの必要とする製品を開発している」という趣旨の発言を行っていたが,確かに,「ステレオ再生時よりも定位感をはっきり得られるよう,わざわざ別のイヤーパッドを用意して,低域をカットしてくる」というのは,プロゲーマーの意見なしには実現できなかっただろう。それほどまでに,HAMMERというヘッドセットは,プロゲーマーの方向だけを向いている。
ゲーム世界に存在するサウンドのうち,必要な情報を的確に聞き分け,有利に立つことだけを純粋に追求したい――そういう人なら,ZOWIE GEARがなぜこの製品を作ったのか,理解でき,かつ共感できるはずだ。
ただ,そういった人も,マイクブームの使い勝手が悪いことや,ケーブル周りの安っぽさ,あるいはHAMMER USBを選んだ人だと,マイク入力周りの不安に,不満をおぼえることはあると思われる。尖った個性は大事にしつつも,このあたりはぜひ,今後の製品で改善してほしいと思う。
■マイク特性の測定方法
マイクの品質評価に当たっては,周波数と位相の両特性を測定する。測定に用いるのは,イスラエルのWaves Audio製オーディオアナライザソフト「PAZ Psychoacoustic Analyzer」(以下,PAZ)。筆者の音楽制作用システムに接続してあるスピーカー(ADAM製「S3A」)をマイクの正面前方5cmのところへ置いてユーザーの口の代わりとし,スピーカーから出力したスイープ波形をヘッドセットのマイクへ入力。入力用PCに取り付けてあるサウンドカード「Sound Blaster X-Fi Elite Pro」とヘッドセットを接続して,マイク入力したデータをPAZで計測するという流れになる。もちろん事前には,カードの入力周りに位相ズレといった問題がないことを確認済みだ。
PAZのデフォルトウインドウ。上に周波数,下に位相の特性を表示するようになっている
測定に利用するオーディオ信号はスイープ波形。これは,サイン波(※一番ピュアな波形)を20Hzから24kHzまで滑らかに変化させた(=スイープさせた)オーディオ信号である。スイープ波形は,テストを行う部屋の音響特性――音が壁面や床や天井面で反射したり吸収されたり,あるいは特定周波数で共振を起こしたり――に影響を受けにくいという利点があるので,以前行っていたピンクノイズによるテスト以上に,正確な周波数特性を計測できるはずだ。
またテストに当たっては,平均音圧レベルの計測値(RMS)をスコアとして取得する。以前行っていたピークレベル計測よりも測定誤差が少なくなる(※完全になくなるわけではない)からである。
結局のところ,「リファレンスの波形からどれくらい乖離しているか」をチェックするわけなので,レビュー記事中では,そこを中心に読み進め,適宜データと照らし合わせてもらいたいと思う。
用語とグラフの見方について補足しておくと,周波数特性とは,オーディオ機器の入出力の強さを「音の高さ」別に計測したデータをまとめたものだ。よくゲームの効果音やBGMに対して「甲高い音」「低音」などといった評価がされるが,この高さは「Hz」(ヘルツ)で表せる。これら高域の音や低域の音をHz単位で拾って折れ線グラフ化し,「○Hzの音は大きい(あるいは小さい)」というためのもの,と考えてもらえばいい。人間の耳が聴き取れる音の高さは20Hzから20kHz(=2万Hz)といわれており,4Gamerのヘッドセットレビューでもこの範囲について言及する。
周波数特性の波形の例。実のところ,リファレンスとなるスイープ信号の波形である
上に示したのは,PAZを利用して計測した周波数特性の例だ。グラフの左端が0Hz,右端が20kHzで,波線がその周波数における音の大きさ(「音圧レベル」もしくは「オーディオレベル」という)を示す。また一般論として,リファレンスとなる音が存在する場合は,そのリファレンスの音の波形に近い形であればあるほど,測定対象はオーディオ機器として優秀ということになる。
ただ,ここで注意しておく必要があるのは,「ヘッドセットのマイクだと,15kHz以上はむしろリファレンス波形よりも弱めのほうがいい」ということ。15kHz以上の高域は,人間の声にまず含まれない。このあたりをマイクが拾ってしまうと,その分だけ単純にノイズが増えてしまい,全体としての「ボイスチャット用音声」に悪影響を与えてしまいかねないからだ。男声に多く含まれる80〜500Hzの帯域を中心に,女声の最大1kHzあたりまでが,その人の声の高さを決める「基本波」と呼ばれる帯域で,これと各自の声のキャラクターを形成する最大4kHzくらいまでの「高次倍音」がリファレンスと近いかどうかが,ヘッドセットのマイク性能をチェックするうえではポイントになる。
位相は周波数よりさらに難しい概念なので,ここでは思い切って説明を省きたいと思う。PAZのグラフ下部にある半円のうち,弧の色が青い部分にオレンジ色の線が入っていれば合格だ。「AntiPhase」と書かれている赤い部分に及んでいると,左右ステレオの音がズレている(=位相差がある)状態で,左右の音がズレてしまって違和感を生じさせることになる。
位相特性の波形の例。こちらもリファレンスだ
ヘッドセットのマイクに入力した声は仲間に届く。それだけに,違和感や不快感を与えない,正常に入力できるマイクかどうかが重要となるわけだ。
- 関連タイトル:
ZOWIE(旧称:ZOWIE GEAR)
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