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カプコンサウンドの“鳴らし方”を分かりやすく解説。緻密なサウンド制作の現場もかいま見えた,「カプコンサウンドの創り方 2010」レポート
これは,カプコンのサウンドクリエイターによる体験型講義形式のイベントで,同社では2005年より続けられている取り組み。カプコンのゲームタイトルにおけるサウンド制作について,ゲーム本編映像や音声,効果音の収録風景映像など,具体的な事例を交えて,現場のクリエイターが説明するというものだ。
今回のセミナーは「カプコンサウンドの“鳴らし方” 2010」と題され,“サバイバルホラー”「バイオハザード5」(PlayStation 3/Xbox 360/PC)を使い,サウンドエフェクト(効果音)にスポットを当てた制作事例が紹介された。なお,“講師”を務めたのは,カプコンの山東善樹氏と岡田信弥氏のお二人だ。
山東善樹氏(CS開発統括 制作部 サウンド制作室 サウンドデザイナー) |
岡田信弥氏(CS開発統括 制作部 サウンド制作室 サウンドマネージャー) |
効果音とBGM次第で映像の印象はがらりと変わる
ゲームは映像と音声の演出で完成する“総合芸術”
ここで使われたのは,実際にゲーム内で登場する,クリスとジルがウェスカーと対峙するシーンのBGMや効果音を,海外のカートゥーンムービー調のものに差し替えたバージョン。効果音でいえば,たとえばキャラクターが歩くと「ぽよん」,投げ飛ばされると「ぴゅーん」といった感じ。キャラクター達のボイスも,元の声より1オクターブか2オクターブ上の甲高いものになっており,シリアスなシーンが音の演出を変えただけで,コミカルなものになることが示された。
続けて,ゲーム本編で使われたイベントシーンのムービーをあらためて上映。リアルな効果音の数々やシリアスなBGMが,イベントシーンを緊迫感あふれるものにする演出に一役買っており,“音”が重要な要素であることを,先の実験ムービーとの対比で分かりやすく示した。
このように,映像と音声がマッチすることで,ゲームにおける演出が完成することから,山東氏は「ゲームとは総合芸術である」と説明する。
続いては,ゲーム内の効果音がどのように録音されるのかを紹介。
山東氏曰く,「効果音と料理は似ている」とのことで,料理における“素材の収穫”に当たる例として,アメリカはサンディエゴにて行われた,銃火器のメイキング映像,およびカプコン社内の“Bit MASTER Studio”における,環境音/Object Modelのフォーリー(FOLEY)収録の模様がムービーで上映された。なおフォーリーとは,「スタジオで擬似録音された効果音」といった意味である。
「バイオハザード5」に登場する銃火器の音源収録では,発砲音をはじめ,リロード時の音,ショットガンのポンプアクションといった,さまざまな音源を収録した模様を紹介。
ちなみに,銃火器の音源収録については,PlayStation 3版「バイオハザード5」のBlu-rayディスクに特典として収録されている。
環境音フォーリーにおいては,たとえば,風で揺れるトタン家屋や洗濯物といった音の表現を,擬似的に作り出して収録する模様がムービーで上映された。参考までに,トタン家屋の風鳴りはトタン板を足で揺らして,洗濯物のはためきは毛布のようなものを振り回して音を作り出していた。
音源収録の模様を収めたムービーでは,木箱やポリタンク,ダンボールなどを落としたり金槌で叩いたり,さまざまなシチュエーションでオブジェクトが出す音を収録する模様が映し出されていた。
音源のパターンはオブジェクトごとに数十種類
物理演算プログラムで最適な音源を呼び出す
オブジェクトごとに「跳弾」「壊れ」「引きずり」「落下」「揺れ」といった音源パターンが20から30用意され,オブジェクトの動きからどの音源を呼び出すかをプログラムで導き出す。
具体的には,オブジェクトの速度,接地面に対する入射角,またそれらから導き出される垂直方向/平行方向への速度成分などが基準となる。それらの数値に基準値を設け,たとえば「“実際の速度成分”が基準値以上で,“平行方向の速度成分”が基準値以下なら『転がる』音を出す」というように,“鳴らす音”を,プログラム上の演算で引っ張ってくるわけだ。
ここで,「バイオハザード5」のデバッグモードを使ったデモ映像が流された。
デモ映像では,画面内に大量のオブジェクトを出現させ,それらのオブジェクトを撃ったり切ったりする音,ネズミやヘビがオブジェクトを動かす音,さらにはオブジェクト同士がぶつかる音などを披露。
自然に,ごく普通に聞こえる音も,ものすごく手間をかけて緻密な計算の上に成り立っていることが提示された。
クリーチャーの足音は仮面とピーナッツでできている!?
ハリウッドとの共同制作事例を紹介
まず事例として挙げられたのは,ハリウッドのSOUNDELUXとの共同制作である,「バイオハザード5」のクリーチャーの効果音だ。
たとえば,クリーチャーの足音などは,銃声のように実際に“収録”することはできない。そこで,先述したフォーリーによって,音を作り出すことになる。
ムービーで紹介されたのは,「ピチャッ……,ピチャッ……」という,粘性の液体をまとって気泡をつぶしながら歩くような不気味なクリーチャーの足音を,SOUNDELUXの“フォーリーアーティスト”が作り出すときのもの。具体的には,木製の仮面でピーナッツを潰す音で,クリーチャーの足音が擬似的に作り出されたことを紹介した。
なんともアナログな手法だが,目を閉じればクリーチャーの足音以外の何者でもないという音に聴こえるから不思議だ。まさに“アーティスト”の技と呼ぶにふさわしいだろう。
例として映像で紹介されたのは,スワヒリ語のネイティブスピーカーのボイスアクターによる収録の模様。
こちらは,全世界に向けたタイトルとしての「バイオハザード5」が,ネイティブの人から見て「不自然さ」を感じさせないためのこだわりといったところだろうか。
また,使用楽曲においては,アメリカの20世紀FOXのスタジオでオーケストラ収録が行われている。オーケストラの編成は103人と,日本ではこれだけの人数が入れるスタジオが存在しないというほどの大規模なもの。
なおミキサーはShawn Murphy氏,アレンジャー兼オーケストレーターは鋒山 亘氏,奏者達は映画「インディ・ジョーンズ」などで演奏を手がけたメンバーと,ハリウッド映画と同等かそれ以上というほどの豪華さだ。
山東氏によれば,コンポーザーの鈴木幸太氏が「感動して泣きじゃくった」というほどで,サウンド製作者を目指す人なら,それこそ一生の思い出になるほど,超一流の環境での仕事ができるという事例の紹介であった。
ちなみに山東氏は,鈴木氏が泣きじゃくっている姿も,先述のPS3版特典映像に収録されていると話していた。興味のあるPS3版のユーザーはご覧あれ。
インゲームシーンもサラウンド環境に
ゲームならではの“鳴らし方”はインタラクティブ性にあり
続けてのテーマは,サラウンドサウンドだ。
「バイオハザード5」においては,“見る”カットシーンのみならず,プレイヤーが“操作する”インゲームもサラウンド環境になっているということを,「銃声余韻」「敵からのロケットランチャー(および弓)」「NPCのボイスと足音」といった事例で紹介した。
分かりやすいところで言えば,敵からのロケットランチャーが耳元を通り過ぎていくような音であったり,主人公のクリスに対してパートナーのシェバがどの位置にいるかによって,音の生じる方向や大きさが異なるなど,ゲーム中の効果音一つをとっても,サラウンド環境への最適化がなされている。
ちなみに会場では,非常に高価なアポジーのサラウンドシステムがセットされており,イベントの観覧者は,これらのデモを実際のサラウンドサウンドで体験できた。
映画などでは音のタイミング,大きさ,長さなどは,すべて確定したうえで上映されるが,ゲーム内では,効果音の鳴る最終決定は,プレイヤーの操作に委ねられる。
いつどのような形でプレイヤーがアクションを起こしても,それに適した形の音が鳴るようにする。その「インタラクティブ性」が,ゲームならではの音響表現の“面白さ”といえるわけだ。
ここでは,「無線ボイス」「距離減衰」「リバーブ」の三つが例として挙げられた。
まずは無線ボイスについての解説だ。
「バイオハザード5」では,主人公のクリスは相棒のシェバとともに行動する。ゲーム中では,この二人が声によるやり取りをするのだが,近距離では直接の“生声”が,遠距離では無線機器を通した声が聞こえるようになっている。
山東氏によれば,開発中,二人のやり取りが近い距離でも無線で行われているのを聞いて,「二人の仲がすごく悪そうに見えた」そうだ。そこで,二人の距離に応じて,生声と無線音声を切り替えるようなプログラムにしたとのこと。
続いて提示されたのは,下水道の中では,エコーのかかったような残響のある音で聴こえるようになっているという仕組み。
これらの複合例として,シェバを呼び寄せるデモが上映された。シェバが遠距離にいる状態(無線会話)から,下水道を通り(無線会話+残響音),クリスの元にやってくる(生声)という一連の流れで,状況に応じて適切な音声に自動的に切り替わることが確認できた。
続いては,距離減衰と遮音壁についての紹介だ。
ここでは,グレネードを建物の2階から遠くへ投げたとき,同じく建物の2階から1階へ投げたときの聞こえ方の違いをデモで紹介した。
山東氏は,距離が近いと「大きくてざらついている」爆発音だが,遠いと「小さくてまるい」爆発音になっていると解説。また,建物の1階に投げたときには,距離は近くとも音がものすごく小さくなる,と説明した。前者が距離減衰,後者が遮音壁の例である。
距離減衰については,「何メートルまではよく聞こえ,何メートル以上離れると音が小さく聞こえるようになる」というボリュームカーブが,それぞれの音源に設定されていると説明。
また距離減衰ではもう一つ,クリーチャーの中でプラーガを例に出し,距離に応じて鳴る音が変わることを紹介した。
具体的には,プラーガの鳴き声,頭部の刃物部分を振り回す「風切り音」,そして口のような部分でカチャカチャ鳴る音の三つについては,遠くにいるときは鳴き声だけ,近づくとそれに風切り音が加わり,至近距離になるとさらにカチャカチャ鳴る音が加わるという,音の演出で距離感を演出していることが示された。
これらの音については,音源一つ一つにすべてボリュームカーブが設定されており,距離やシチュエーションなどに応じて適切な音が鳴るよう,プログラムで制御されているそうだ。
遮音壁については,建物の壁などに1枚1枚見えない「遮音壁」を設定して,プレイヤーキャラクターと音源の間に遮音壁がある場合は,遮音壁の数と設定された係数に応じて,ボリュームが小さくなるという設定を行っているそうだ。
そのあとに例として提示されたのが,峡谷の建物内における効果音。ガラスが割れると風が吹き込む音がするようになるという演出だ。
これについては,建物の中に風が吹き込む可能性のある場所に,見えない“スピーカー”を設置し,ガラスが割れるなど“スイッチが入る”と,音が出るように設定されているとのこと。その音の強弱は,建物の中でのキャラクターの立ち位置によって変わってくる,というわけだ。
山東氏によれば,カプコンのサウンドデザイナーの仕事において,音を“作る”作業は全体の十分の一程度で,鳴らし方の比重が大部分を占めているとのこと。もちろん,“良い音”がゲームに組み込まれているからこその“鳴らし方の演出”であることは,言うまでもないことだろう。
会場では,ほんのわずかな時間だけ,クリーチャーのさまざまな動き一つ一つに細かく音をつけられる「モーションシーケンス」や,ステージ内における「SEジェネレーター」の画面が表示された。いうまでもなく非常に緻密で,ゲーム全体で考えれば,作業行程の総数は気が遠くなるほど膨大になることは,想像に難くないだろう。
最後は,「バイオハザード5」での画面分割による協力プレイ(スプリットスクリーン)での音の出しかたについての話題となった。
ここまで説明したさまざまな事項については,プレイヤーの分身となるキャラクターを“中心”においた音の聞こえ方ではあるが,協力プレイでそれが「二人」になったときはどうしたらいいのか,というもの。
たとえば,クリス〜山羊〜シェバと並んでいる場合,山羊はクリスから見たら前に,シェバから見たら後ろにいることになり,当然それぞれの立ち位置からは聞こえ方が異なる。
そのままそれぞれの音を重ねて出しては音量オーバーになってしまうし,定位が分かりにくくなってしまう。
その解決策なのだが,実際にサラウンド環境で「バイオハザード5」をスプリットスクリーンでプレイしてね,というオチで,会場では明らかにされなかった。
実は,CEDEC 2009の講演でその手法が説明されている。こちらのレポート記事はかなり専門色の強い内容ではあるが,気になる人はぜひ目を通してほしい。
最後に山東氏と岡田氏は,カプコンではサウンドチームの公式サイト「サウンドスフィア」において,さまざまな情報を発信していることを紹介。
また,カプコンでは「コンポーザー」「サウンドデザイナー」「サウンドマネージャー」「サウンドプログラマー」といった職種による分業制が数年前から採られており,広く人材を募集しているとPRをして,セミナーを締めくくった。
筆者も,ゲームサウンド制作の奥深さをがかいま見える充実した時間を,観覧者の一人として過ごさせてもらった。機会があれば,別タイトルでの「カプコンサウンドの創り方」を聴講してみたいものである。
カプコン サウンドチーム公式サイト「サウンドスフィア」
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