インタビュー
「タクティクスオウガ」は若さ故の作品――ゲームデザイナー・松野泰己氏が語るクリエイターとしてのルーツとは
タクティクスオウガは“日本的”なゲーム?
4Gamer:
2010年11月に「タクティクスオウガ 運命の輪」(以下,運命の輪)が発売されましたが,これを作ることが決まったとき,どのように思いましたか。とくにタクティクスオウガと言えば熱烈なファンがいて,その意味では逆に“リメイクし辛いゲーム”だとも思っていました。
松野氏:
そうですね,おっしゃるとおり熱烈なファンの多いタイトルですし,最初にオファーがあった時は「本当に作るの?」というのが正直な感想でした。ベタ移植だったらアリかなとも思ったんですが,皆川が「ベタ移植にはしたくない」という。じゃあ,どこまでアレンジして良いのかというと,その制限は厳しくて,グラフィックスも3D化するわけではなく,2Dで行くということが決まっていました。
4Gamer:
そこの取捨選択の判断はかなり難しかったでしょうね。
松野氏:
そうなんですよ。いろいろな制限があるなかで,ベタ移植ではないけれど,手法としてはベタ移植に近くて,商品としてはそう見えないものを作るというのは,着陸点がなかなか見いだせなくて悩みました。そういう苦労をする意味はあるのかというのは正直ありましたね。
4Gamer:
最終的に「よしやろう!」と思った決め手はなんだったんですか?
そこはリーダーであるディレクターの皆川でした。どうしてももう一度タクティクスオウガを作りたいんだという,皆川の情熱に負けたと言うか(笑)。なので,「作り直すなら,こういうことをやりたいけど良い?」と皆川に伝えて,ここまではコミットするのでやりましょう,ということで開発が始まりました。
4Gamer:
名作の再構築とはいえ,このご時世でシミュレーションRPGという意味で心配はありませんでしたか。
松野氏:
大ヒットはないですが,このジャンルは根強いファンがいるので,常に40〜50万という市場はあると考えています。海外でも一定の市場はあるので,そこに働きかければビジネスとして失敗はしないだろうというのは見えていました。ですので,スクウェア・エニックスとしては,安全なタイトルだったとは思いますよ。
4Gamer:
海外の市場ということで気になったのですが,タクティクスオウガは民族紛争や宗教観など,日本ではなじみが薄いけれど,海外ではよく問題になるものがテーマになっていますよね。これに対する海外の反応はどうでしょう。
松野氏:
タクティクスオウガに関していえば,海外から感想を送ってくれるプレイヤーさんが結構いるんですが,「こういう宗教観や世界観は全然OK。でもこれは日本的だ」と言われました。
4Gamer:
これはゲーム全般に言えることだと思いますが,よく海外では「日本的」という言葉が出てくるじゃないですか。でもこれ,実際にどういうものを指しているんでしょうね。
松野氏:
それは少年が主人公で,ご都合主義的な話で進んでいくものじゃないですか(笑)。
4Gamer:
まぁ,一番分かりやすいものとしてはそれもあるんでしょうけど。でも,タクティクスオウガもそうですが,たぶんもっと違うところ……本質的な部分で“日本的なもの”があると思うんですよ。例えば,「デモンズソウル」というゲームがありますが,あれも海外のプレイヤーからは“日本的だ”という評価なんですよね。
松野氏:
僕はあのゲームが大好きですが,ぱっと見は確かに洋ゲーっぽいですよね。
4Gamer:
ええ。見た目は洋ゲーっぽいですけど,海外では日本的と言われます。以前,ディレクターの宮崎さんにインタビューしたときに,どこが日本的だと思うかを聞いてみましたが,宮崎さんも“よく分からない”と。あえて言えば,モーションとかアクション性のロジックといったゲーム性の考え方じゃないかと。
例えば,海外はオブリビオンでもそうですけど,剣を振るというと実際に剣を振っているけど,日本は格闘ゲームのように,ゲーム性を組み立てて剣で攻撃するように作っている。それを日本的と言ってるんじゃないかと仰っていました。
JRPGなんて言葉もありますが,日本人のクリエイターならではのエッセンスってなんだろうなとは良く思うんですよね。それに最近は,ゲームの制作費が日本市場だけではまかなえなくて,海外向けにも意識して作らなければ,という話になりますよね。
松野氏:
そうですね。
4Gamer:
でも,海外と同じ土俵で戦っても,海外の人の好みは海外の人が分かっていることですから,勝ち目がありません。いまや資本力にしても劣勢ですよね。じゃあどこで勝負していくかとなると,結局は“日本っぽさ”だという話になると思うんですよ。松野さんは海外のゲームを見ていて,日本のゲームクリエイターが勝てる要素や部分は,なんだと思いますか?
うーん,難しいな。でもやっぱり,そこは“日本人らしさ”じゃないですか。日本人がハリウッド映画を作ろうとしても,ハリウッド映画にはなり得ないわけですから。
例えば一時期,ジャパニーズホラーのムーブメントが起きたことがありますよね。あれは,いかにも“日本っぽい怖さ”じゃないですか。やはり日本人はそういうところで勝負していくしかないのではと思います。なんというか,日本そのものが世界で見るとニッチな国ですよね。だから,そのニッチさが鍵になるのでは,とは思うんですよ。
4Gamer:
海外のゲームプレイヤーが日本のゲームに期待しているのも,結局のところ“日本”というのは感じるんですよね。
松野氏:
そう。それはその通りだと思います。だから国内外のファンの方にも,「アメリカっぽいものを作ってもらう必要はない」とよく言われます。ただ一方で,僕から見ると「アサシンクリード」なんかは,日本的なゲームだと思いますが。
4Gamer:
それはどのあたりを指して,そう思いました?
松野氏:
世界観の構築や,きめ細かいチュートリアルから入り,筋道を立ててプレイヤーにいろいろなものを広げていくやり方とかですね。日本のゲーム業界が90年代に構築したものを,彼らはちゃんとやっているんですよ。
4Gamer:
確かに。その意味では,いまのFPS/TPSがまさに顕著ですが,「ゼルダの伝説 時のオカリナ」でやっていたことを,そのままトレースしてやっている印象はあるんですよね。
元々は,ああいうきめ細やかな「配慮」って日本のゲームの持ち味だったと思うんですが,海外のクリエイターがそこをしっかり勉強して学んだ結果,日本側が逆に差別化ができなくなっているという厳しさはありますよね。
松野氏:
仰る通りですね。
どちらかが正解,という風にはしたくなかった
4Gamer:
ところで「日本人らしさ」という部分と多少リンクするかどうか分かりませんが,運命の輪を遊んで改めて思ったのが,「タクティクスオウガは選択肢が印象的だな」ということでした。
というのは,選択肢の文言をじっくりと読んでも「どっちが正解なのかまったく分からない」んですよね。そして選択後も,それが正しかったのかどうかが分からないシナリオが展開されるじゃないですか。
どちらかが正解,という風にはしたくなかったんですよ。プレイヤーがどちらを選んでもよくて,ただその選択の結果のみが残る,という風には意識していました。
4Gamer:
普通は,もう少し先が分かりやすいというんでしょうか,こっちを選べば善人に,こっちを選べば悪役にというルートが見えて,悪役なら悪役の道を楽しむといった見せ方が多いように思うのですが。
松野氏:
タクティクスオウガの企画が立ち上がった頃というのは,もうみんな「1本道の物語」に飽きていた時代なので,そういった作品へのアンチテーゼという意味も込めて,「ちゃんと分岐を作ってあげよう」と考えていました。
4Gamer:
そこも当時なりの差別化の一つだったんですね。
松野氏:
ええ。あとこれを企画した当時は,「弟切草」や「かまいたちの夜」が成功していた頃で,それをシミュレーションRPGというジャンルでちゃんとやってみようという試みだったんです。
なるほど,あの選択肢のあり方はサウンドノベルの流れだったのか。
松野氏:
ゲームブックとしては昔からある手法でしたが,コンシューマ市場でその手法がウケることを証明してくれたのが,それらのサウンドノベルでした。ですから安心して盛り込むことができたんですね。作るのはとても大変でしたが(笑)。
タクティクスオウガは,シミュレーションというジャンルであることもそうなんですが,全部「狙って」作っているんです。あくまでも商品企画として,売れるためにはこれとこれが必要で,ここを狙えば良いというのを,明確に決めて作っていました。
4Gamer:
無数の作品が発売されている中で,タクティクスオウガが“浮き立つための方法論”として,当時のアンチテーゼ的な要素を盛り込んでいったというわけですね。
松野氏:
そうです。その意味では,タクティクスオウガは「当時だからこそ斬新なゲーム」として見えたかもしれませんが,今となっては「当たり前の手法のゲーム」だとも感じていました。世界観にしたって,ダークファンタジーというのは今ではありきたりなわけじゃないですか。
4Gamer:
そう言われると,確かに。
松野氏:
だから,再構築をするにあたって,運命の輪がそれらと差別化できるのかな,という疑問が自分の中ではあったんですよ。もう少し突っ込んだ,別の毒を入れれば良かったかなとも考えたのですが,それを入れてしまうと,それはそれで「ファンに望まれるタクティクスオウガではなくなる」わけで。そこのところは結構悩みましたね。
4Gamer:
ファンの多い作品を再構築する難しさ,ですよね。
松野氏:
タクティクスオウガを発売した当時は,そういう作品が周りになかったからこそインパクトがあり,熱心なファンを掴めたのではないかと。
4Gamer:
ゲームにしても映画にしても,人の体験って一過性なんですよね。だから,1回それを体験すると,新しい時代の新しい人向けの作品を見たときに,「昔の焼き直しだ」と感じてしまったりする。
ビジネスとして考えると,元々のファンを気にしていて,新しいところに向かわないのでは,本当の意味で新鮮な面白みは生まれないとは思うんですよ。とはいえ,ファンの方を裏切るわけにもいかず。そういうジレンマ,難しさはどんなジャンルにもつきまといますよね。
松野氏:
ファンの期待をどこまで汲み取るのか,どこまで裏切って良いのかは,いつも悩んでいます。まったく違ったジャンルの作品を作ると楽なんでしょうけど……。例えば,僕がギャルゲ―を作ると言うと,みなさんは“ドロドロしたギャルゲ―を作るんだ”と思うじゃないですか(笑)。
4Gamer:
そうかもしれません(笑)
松野氏:
でも,それがファン心理というか,僕に対する期待だと思うので,難しいですよね。
4Gamer:
松野さんは,明るい(ギャルゲーのような)ゲームを作りたいそうですね。
松野氏:
ええ,明るくなるかどうかは別として作ってみたいですよ(笑)。「ラブプラス」も僕は結構ハマりましたからね。
4Gamer:
え,ラブプラスですか。どのあたりが面白いと思いました?
松野氏:
僕は,口説くまでが面白かったですね。このゲームは口説いてからが本番だっていうのは分かっていますが,口説いた後は面倒でちょっと(笑)。
4Gamer:
ちなみに,どのキャラクターを彼女にしていたんですか?
松野氏:
僕は,3つのセーブデータそれぞれを使って,3人同時にプレイしていました。
4Gamer:
え,それはまたずいぶんマニアックな遊び方ですね。
松野氏:
そうなんですか? 僕はてっきりこのゲームが好きな人は,3股をかけて遊んでるものだとばかり思っていましたが(笑)。
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