インタビュー
コミュニティサービスの本質ってどこにある?――はてな・元CTO伊藤直也氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第8回
ユーザーの先入観を完膚なきまでにブチ壊す
4Gamer:
話を聞いていて思ったんですけれど,ニコニコ動画のサービスとしての境目って,直也さんはどこだと感じていました?
伊藤氏:
僕の場合は,やっぱり最初にニコニコ大会議を見に行ったときですね。とにかく意味が分からなくて(笑)。でも「こんなことをやらないといけないんだ」ってショックを受けたんですよ。
4Gamer:
なるほど。
そもそもニコニコ動画の成功譚っていうのは,最初は戀塚さん(※)とかがフィーチャーされていて,あくまでエンジニアの物語だったじゃないですか。最初,川上さんはメディアへの露出を控えていて。
※戀塚昭彦(こいづかあきひこ):ドワンゴ ニコニコ事業本部 企画開発部 ソフトウェアエンジニア。元Bio_100%のメンバーで,ニコニコ動画の最初のプロトタイプを作ったプログラマ−。
川上氏:
はい。
伊藤氏:
だけど,ニコニコ動画のサクセスストーリーの文脈のなかで,だんだんと川上さんの存在が語られるようになってきて。大会議をやったあたりからは,「裏にこんな仕掛け人がいた」みたいな話になっていった。あのあたりから,僕は,もうWebエンジニアがどうにかできる話じゃなくなってきたんだなっていうのを感じていたんです。で,同じことを自分がやれって言われてもできねーわとも思っていて。
川上氏:
TAITAIさんはどこが境目だと思ったの?
4Gamer:
僕は,いわゆるネット住民的な視点というか,初音ミクの登場だったり,MAD削除だったりみたいな部分ですよね。あとはやっぱり,生放送のサービス開始や大会議のあたりで。
川上氏:
なるほどね。
4Gamer:
……なんですけど,先日,「カンブリア宮殿」ってテレビ番組でニコニコ動画の特集があったじゃないですか。そこで司会の村上 龍さんが,「ニコニコ動画が一般に知られたのは,政治家の小沢さんが出た時だ」って話をしていて。それを聞いて,“ネットの外側からの視点”というか,ごくふつうの角度でニコニコ動画をちゃんと見られてなかったのかなって,ちょっとショックを受けたんですよ。僕には,そういう感覚(小沢一郎氏が境目)が一切なかったから。
伊藤氏:
ああ,「自分,センスねーな」みたいな。
4Gamer:
ええ。いろいろと詳しいつもりではいたけど,やっぱり視野が狭かった(苦笑) もちろん,今振り返れば理解できるんだけど,リアルタイムでそこを感じ取るだけのアンテナはなかったなって。
伊藤氏:
まぁでも,そこはほんと難しいですよね。
川上氏:
ニコニコ動画がどうして政治コンテンツをやったのかって,みんないろいろと言っていたと思うんですけど,実は「どうして?」みたいな部分はあんまり重要じゃないんですよね。
4Gamer:
どういうことですか?
川上氏:
いや,ネットサービスって必ず飽きられるじゃないですか。必ず「オワコン」呼ばわりされるでしょう。
伊藤氏:
そうですね。
川上氏:
じゃあ,なんで人間はオワコンと言うのか,どういう時にオワコンと思うのか,思わないのか。僕がいつも考えているのはそういう部分なんですよ。で,いろいろと考えた結果,理解できなかったらオワコンだとは言われないなと思って。だったら理解できないことをやってやろうって,そう考えているだけなんですよ。
4Gamer:
そこが以前お聞きした“コンテンツの定義”にもつながるのか。
だから「政治をやることが理解できない,なんでなのか」っていう問い自体が,実はナンセンスなんですよ。そもそも,「混乱させてやろう」と思って仕掛けているんだから(笑)
伊藤氏:
でも,その話は,いろんなコンテンツやサービスに通じることですよね。ゲームだったら,ボスも倒してない,まだ先に色々やることがあるっていう状態では,誰もそのゲームが「終わった」とは言わないですもん。
4Gamer:
そうですね。
伊藤氏:
だけど,レベルがMAXになって,ボスも倒して,やることが全部なくなると,「このゲームを理解した」「もう終わりだ」と思うわけですよね。だからコンテンツっていうのは,よくわからない領域を常に作り続けなきゃいけないってことなんですよね。
川上氏:
そう。作んなきゃいけないんですよ。そういう意味では,実を言うと,僕は「ドラゴンボール」をかなり参考にしているんですよ。これは素晴らしいなって思っていて,心の中のお手本にしているんです。
伊藤氏:
え,「ドラゴンボール」のどういうところを参考にしているんですか?
川上氏:
とくに「これは見事だな!」と思ったのは,フリーザ編が終わった後の展開ですよね。倒されたフリーザがサイボーグになって復活して,そこにトランクスが現れて。さらにそのあとに人造人間が現れるわけだけど。
伊藤氏:
ああ,ありましたね。
川上氏:
これさ,普通に考えたら,復活したフリーザとの戦いになると思うんですけど,そこにいきなりトランクスが出てきて,フリーザが瞬殺されるじゃないですか。
伊藤氏:
あれ,当時は結構衝撃的でしたよね。
川上氏:
それどころか,フリーザには実は父親がいて,それすらもセットで瞬殺される(笑)
伊藤氏:
フリーザってなんだったんだって思いましたよね(笑)
川上氏:
そしてさらに,そんなトランクスでさえ歯が立たない強敵(人造人間)がいるって言われたところに,今度はそれを凌駕する真の敵(セル)が出てくると。もうね,「いったいこの先どうなってしまうんだ?」とみんなが思ったわけですよ。これですよ!
一同:
(笑)
川上氏:
要するにね,コンテンツの寿命を延ばすための方法として,もうとにかく,次はこうなんだろっていう「ユーザーの先入観」を,いっぺんね,完膚なきまでにブチ壊す必要があるんですよ。
伊藤氏:
しかも,悟空があんなに頑張って超サイヤ人になったのに,気がついたらみんな普通に超サイヤ人になってるっていう……。
川上氏:
なんだったんだ!ってね(笑)。でも,あそこまでやらないと,「ドラゴンボールは終わった」っていう風にみんなが思っちゃうんですよ。
伊藤氏:
そういう意味でいうと,最近,「ONE PIECE」とか「NARUTO」が,それこそ昔のパターンの焼き直しだから,「もう終わった」みたいなことを読者から言われてますよね。とくに「ONE PIECE」なんて,2年前ぐらいは芸能人がみんな「読んでます」とか,Amazonのレビューでも「ワンピース最高!」とかいってみんな★5を付けていたのに,最近の新刊は,★1の割合がとても多くなっている。ユーザーからの評価が逆転してるんですよ。
4Gamer:
あー…。
川上氏:
だからね,分からないことをやるっていうのは本当に大切だと思うんです。
伊藤氏:
サービスの話に戻すと,さっき言った「オーナー経営者の判断」みたいなものが,その意味でもかなり重要ってことですよね。だって,わけのわかんないことを真っ当なロジックでやろうとしたって,できるわけないから。
川上氏:
そうですね。
伊藤氏:
普通の会社だと,会議をしたり資料を作ったりしていく過程で「そんなの意味わかんねーよ」って言われて,どんどんそぎ落とされちゃう。その結果,真っ当なことしかできないんですよね。
4Gamer:
コンテンツやサービスを作る会社にとって,そこは難しい問題ですよねぇ……。
コミュニケーションする生き物が人間なんだ
伊藤氏:
最近よく考えるんです。本当に新しいサービス/コンテンツっていうのは,話し合いでは絶対生まれてこないんじゃないか。一人の人間が頭の中で妄想して,その人は絶対これ!と思ってるけど,端から見たら意味分からないみたいな,そういうものなんじゃないかっていう感覚を持っているんです。そしてその,よく分からない要素ってのをどうやって作り出すか,みたいな方法論っていうのが“肝”なんだろうなっていうのを直感的に感じていて。
川上氏:
サービスにはロジックや仕組みも重要だけど,そういう部分も大切ですよね。そういう意味でいうと,僕は最近,人文書とかすごい読んでるんですよ。
伊藤氏:
なんで人文書なんですか?
川上氏:
最初はまぁ,行きがかり上いろいろと読み始めたんですけども。途中から,これはすごい重要だなと思って。とくに理系の人間ってあまり人文書を読まないと思うんですけど,サービスを開発するうえで,人文書に書かれてることって凄い役立つんじゃないのかなって最近思っているんですよね。
伊藤氏:
人文系の本とかっていうのは,具体的に言うとどのへんですか?
川上氏:
えーと,著者で言うとね,加藤周一さんとか,丸山眞男さん,今村太平さん,最近の人だと大塚英志さん,東 浩紀さん,斎藤 環さんとかですね。
伊藤氏:
なるほど。 実は僕も,会社を辞めたあとは結構暇だったんで,そういう本をいくつか読んだんですよ。そして,「なんでこの本をもっと早く読まなかったんだろう」って思いました。
川上氏:
そうですよね。
伊藤氏:
書いてあるんですよ。自分が迷っていたことについて。
川上氏:
僕もいろいろ読んだんですけど。やっぱり昔の人の方が面白い本が多いですよね。ポイントは,理系の人が書いている人文系の方が面白いんですよ。完全に文系の人が書いてる本とかって,気合いで書いてる本が多くって。理屈が成立しなかったりするので,それね,ほんと時間の無駄なんです。
伊藤氏:
その「昔の」ってのはあれですよね。構造主義が台頭して以降というか,それこそ文系の人たちが適当なこと言ってるから,もうちょっとロジカルにやってこうぜみたいな思想があった時期の奴ですよね。
川上氏:
で,さっき直也さんも言ってましたけど,ここに結構ね,解答があるんですよ。読めば読むほど,そこで書かれてる知見っていうのは,Webサービスやってる人たちにも決定的に役に立つって感じるわけです。
4Gamer:
へえ。それは読んでみないと……。
川上氏:
まだこれを真剣にビジネスに活用しようって人はあまりいないと思うんですけど,だからこそ逆に,僕は,これが(Webサービスを作る)新しい方法論を見つける鍵になるんじゃないかなと最近思っていて。いろいろ手を出しているんですけど。
僕が読んだ本で面白かったのは,コミュニケーションとは何なのかっていうのを突き詰めていくと,そもそもコミュニケーションに意味があるんじゃなくて,コミュニケーションする生き物が人間なんだって書いてあった奴なんです。なにかの役に立つから人間はコミュニケーションするんだって,普通は考えると思うんですけど,そうじゃなくて。コミュニケーションするからこそ人間なんだって。
4Gamer:
でもそれは,凄く分かる気がしますね。
伊藤氏:
はい。だから,ウェブサービスを作る時って,よく「こういうことのためにみんながコミュニケーションするんじゃないか」って議論をするんだけども,それって実はあまり意味がないんじゃないかと感じていて。設計者は,コミュニケーションを誘発するにはどういうことに使われるか,みたいなことを計算づくで考えてやらせようとするんだけど,絶対にその通りにはいかないっていうのも,きっとそういうことからなんだろうなって思うんです。
4Gamer:
そもそも,昔のネットコミュニティの議論って,実用性ありきみたいな捉え方が多かったですよね。2ちゃんねるにしても,「雑多な発言があるけども,中にはすごい情報や議論があって有用だ」みたいな。
伊藤氏:
そうそう。でも,大体それね,間違ってるんですよ。
4Gamer:
ええ。で,ニコニコ動画のコメントが何を証明したのかっていうと,僕は,Webサービス(コミュニティ)におけるコミュニケーションっていうのは,「もう全然意味のないコミュニケーションでいいんだ」ってことだと思うんですよね。
伊藤氏:
それはまったくその通りで。ただ,そこをちゃんと認識してる人ってやっぱ相変わらず少ない。ネット上で,ウェブサービス論みたいな話になると,すぐに「あのサービスはこういうことに便利だから」とか,「こういう機能があるからみんな使ってる」とか,そういう説明になってしまうわけです。もうなんか,そんな議論は全部意味ないなって思うんですよね。
4Gamer:
それこそ,最近はやっているクックパッドとかも,分析すると,表面上は“そう見える”じゃないですか。どうしても,そう見えてしまう。ただ,分からないんですけど,本質は違うんじゃないかなって気はしますよね。
伊藤氏:
はい。決して,便利だからとか,レシピを毎日見られるからってところが重要なんじゃなくて,もっと人間の根源的な欲求みたいなものをどこかで刺激してる部分がある。そこが一番のポイントになっているんだと思いますよ。
川上氏:
そうですよねぇ。だから僕もね,ジブリで鈴木さんに「トトロはなんでウケたのか」って聞いてみたことがあるんですけど,そのときに,「宮崎 駿の天才が何に使われたかっていったら,テーマとかストーリーなんかじゃなくて,トトロのお腹がいかにフワフワしてて気持ちよさそうに見えて,押すと凹みそうとかっていう,それを表現したからこそ,みんなが支持したんだ」って言われたことがあって。自然と人間の共存とか,昭和の日本の風景がとか,いろんなことを言う人がいるけども,そんな部分はそれほどは関係ないっていう(笑)
一同:
(笑)
川上氏:
でもさ,人間の本質ってそういうところにあるわけじゃないですか。
伊藤氏:
ええ,それは本当にそう思います。
川上氏:
じゃあ,そこまで分かってる直也さんが,次は何を作るんだって話をして,今回の話は締めたいと思うんですけど。
伊藤氏:
ええっ(笑)
4Gamer:
いやぁ,気になりますよねぇ。
川上氏:
転職どうするの?
伊藤氏:
えっと,とりあえずは,パラディンとレンジャーに……(苦笑)
一同:
(爆笑)
伊藤氏:
今は,転職したいと思える会社がないんですよね。川上さんの前で言うのも失礼ですけど。
川上氏:
ま,それは分かりますけどね。じゃあ独立するんですか?
伊藤氏:
うーん,正直どうしようかなって。ぶっちゃけ,そういう選択肢も含めて迷っています。まぁ,今も何もしてないわけじゃないんですけどね。だから当面は,ドラクエを遊びながらもう少し考えたいなと。
4Gamer:
ともあれ,今後の伊藤直也さんにご期待くださいってことですね。
川上氏:
そうですね。
伊藤氏:
こんな終わり方でいいんですか,これ……。
(つづく)
川上量生(かわかみのぶお):
ドワンゴ代表取締役会長。1968年,愛媛県生まれ。京都大学工学部卒業後,ソフトウエア専門の商社勤務を経て,1997年に株式会社ドワンゴを設立。携帯電話向けサービス「いろメロミックス」などをヒットさせ,同社を東証一部上場企業へと成長させた。近年では,ニコニコ動画を成功に導くなど,独特の考え方をする実業家として知られる。2011年1月に突如としてスタジオジブリに入社し,プロデューサー見習いとして,鈴木敏夫氏に師事している。
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