インタビュー
Unity新CEOのMatthew Bromberg氏単独インタビュー。これからのUnityが目指すものとは
日本メディアの取材に応じるのは初めてという氏に,今後のUnityをどう導いていく方針なのか聞いてみた。
新生Unity Technologiesをどう導いていくのか
2024年5月にUnity TechnologiesのCEOに就任したBromberg氏は,2012年から2016年までは,Electronic Artsで上級副社長としてスマートフォン向けゲーム事業を統括し,2016年から2021年までは,ブラウザゲームやスマートフォン向けゲームで名高いZyngaで最高執行責任者を務めた経歴の持ち主だ。経歴から見れば,スマートフォン向けゲーム事業に明るいと思われる。
そこでまずは,新CEOとして,Unity Technologiesという企業,そして主力製品であるゲームエンジンをどう変えていきたいのかを聞いてみた。
Bromberg氏:
CEOになった私が最も力を入れて取り組みたいことは,開発者やパートナー企業のニーズを理解して,彼らが求めているものを確実に提供することです。言うのは簡単ですが,実際には非常に難しいことだと思っています。しかし,私が長年,この業界で活動して得た経験では,「誠意を見せて活動すれば,必ず報われる」という確信があります。
2023年は,Unityにとって厳しい年でしたし,Unityコミュニティをないがしろにしてしまっていたのかもしれません。しかし2024年を境に,Unityは変わっていきます。まず我々は,不評であった「ランタイム料金」(Runtime Fee)を廃止しました(関連記事)。これについては,Unityコミュニティから大きな称賛をいただきました。
これはあくまで新生Unityの始まりの小さなひとつの事象に過ぎませんが,私は「物事を正しく行う」ことさえしていれば,「人々が次にも期待してくれる」ことを確信しています。
新たにリリースしたUnity 6は,安定性が高く,性能面でも優れていると自負しています(関連記事)。今,我々が,再び開発コミュニティからの信頼を獲得するためには,このUnity 6を,開発コミュニティの皆さんに,1人でも多く使ってもらい,評価してもらうことだと考えています。
2023年にUnityは,自社の成長と信頼に大きく影響する困難な境遇を,自らの選択によって呼び起こした。とくに,最も悪手と批判されたのは,ゲームのインストール数に応じて課金を課すランタイム料金の導入だ。しかし結局は,開発者からの猛反発を受けたことで,Bromberg氏がCEO就任後の2024年9月12日に,全面撤回された。
Bromberg氏がCEO就任する前の2024年初頭には,全従業員の25%を解雇したことも話題となった。そのため,Unity Technologiesという企業自体の持続性にも,心配する声がコミュニティから挙がっていたほどだ。今回のBromberg氏によるコメントから,筆者は「高い評価を得ていたかつてのUnityを取り戻す」という意欲を感じた。
さて,Unityを使っているゲーム開発者のコミュニティは,この業界で最も大きな「ゲーム開発者コミュニティ」ともいえる。Bromberg氏は,このコミュニティにどう接していくのだろうか。
Bromberg氏:
我々がやるべきことのひとつは,Unityの開発コミュニティと同じ時間を過ごして,そのエコシステムに投資することだと考えています。開発者がUnityを選択するということは,単に開発ソフトウェアを選択したという事実に留まらず,Unityのエコシステムを選択したということです。
具体的には,Unityを選択した開発スタジオは「Unity開発者を自分たちの開発チームに組み入れる(雇う)可能性」を選択したとも言えるでしょう。そして,その開発チームが,開発の過程で技術的な問題に直面したときに,「Unity Technologiesのメンバーを含む開発コミュニティ全体が,手を差し伸べてくれる」ことにも期待しているに違いありません。
しかし,過去数年間,Unity Technologiesは,そうした我々独自のエコシステムに対する関心を弱めてしまっていたのかもしれません。
今回,バルセロナで開催した開発者イベント「Unite」は,Unity Technologiesのメンバーが開発コミュニティと触れ合える最高の機会です。我々は,こうしたライブイベントやコミュニティイベントを積極的に今後も行っていくつもりです。
それと,Unityエコシステムを成長させるには,多くの新しい開発者を,このUnity開発コミュニティに招き入れることも重要になってきます。そのための努力もしていきます。たとえば,Discordチャンネルなどのオンラインコミュニティに対しても,Unity Technologiesのメンバーが積極的に参加していくように促したいですね。そしてUnity開発コミュニティに参加されている皆さんに,我々の存在を認知していただくことも重要だと思っています。
Unityが重要視するエンジン開発における3本柱とは?
Unityの人気は,活発な開発コミュニティの存在価値が高く評価されていることはもちろんだと思うが,使いやすさについても高い評価を受けている。
ただ,最新技術への対応に関しては,競合のゲームエンジンと比較するとそれほど積極的ではない,と評される場合もある。こういった評価について,Bromberg氏はどう考えているのだろうか。
Bromberg氏:
Unityの開発にあたって,我々は「常に適切なバランスを見つけること」を第一に考えています。
開発コミュニティに質問すると,「Stability」(安定性)「Performance」(性能)「Support」(サポート)が最も重要であるという返答が非常に多いのです。私の肌感覚ですが,80%のUnity開発者は,この3つを重要視しています。逆に言えば,「最新技術の導入」を最優先したいUnityユーザーは,ほかのゲームエンジンユーザーと比較すると,それほど多くはないのかもしれません。
しかし我々は,開発コミュニティからの反応を重要視しつつも,最新技術の導入もバランスよく取り入れる開発方針で,Unityをアップデートさせています。
今回発表となったUnity 6は,安定性と性能において,申し分のない完成度です。しかし,それだけでなく,マルチプレイヤーサポートやWebGPUへの対応,最新グラフィックス技術への対応も行っています。これらのほぼすべてが,使いやすさを重視した機能としてまとめ上げられています。
UnityがUnity 6で重要視しているのは,安定性,性能,サポートの3点だが,最新技術の導入は,最重要ポイント3点のバランスを崩さないように導入していくということだろうか。
Bromberg氏:
そうです。最新技術に関して,今,我々が熱意を持って研究しているのは「AI」です。AIを使用して,開発者がより迅速かつ容易にゲームを開発できるようにするにはどうすればいいか,ここに大きな関心を寄せています。
現在,生成系AIをUnityエディタに統合させる「Muse」という機能を開発中です。これをうまく使えば,ゲーム開発期間を3分の2に短縮したり,ゲーム開発人員を3分の2に削減したりすることも可能になるはずです。
3本柱に対して,最新技術の導入は優先すべきものではないとしつつも,生成系AIのUnityへの統合については,積極的な姿勢を取るようである。
実際,AI統合の方針は,インディーゲーム開発者のウケも良く,Unity 2024においてもMuse関連のセッションは満員御礼。会期中,最も来場者が集中したセッションのひとつとなっていた。物理ベースレンダリング用のテクスチャ生成やスプライト生成,効果音の生成を生成系AIと対話しながら作成するデモには,筆者も驚かされた。
Bromberg氏:
ゲームには,さまざまなオブジェクトが登場しますが,主役級のメイン3Dアセットはともかくとして,背景や賑やかしのアセット群が「どこでどのように作成されたのか」については,プレイヤーからあまり重要視されていません。もちろん,人力で作成するのも素晴らしいことだとは思いますが,貴重な人間の才能は,ゲーム体験そのものを素晴らしいものにするために使われるべきでしょう。
AIを統合したUnityエディタでは,賑やかしアセットを生成系AIで生成して,AIを活用してインポートできますし,開発中のゲームの各種パラメータを,AIを使って賢く効率的に調整することで,ゲームバランスのチューニングも行えるようになります。もちろん,こうした作業を人力で行い続けられる開発現場は素晴らしいことですが,小規模のゲーム開発現場では,効果的に使ってもらえると確信しています。
生成系AIをゲーム開発段階のツールとして活用するのは,面白いアイデアだ。材質テクスチャのAI生成は,とくにインディーゲームの開発現場では重宝されそうである。
競合ゲームエンジンにはないUnityならではの特長とは?
ゲームエンジンメーカーのCEOに単独でインタビューするのは滅多にない機会なので,ちょっと変わった質問をぶつけてみることにした。
それは,ゲームエンジン業界におけるもう一方の雄,「Unreal Engine」との対比や差別化についてだ。UnityとUnreal Engineは,お互いにライバルではありつつも,これまで相互補完の関係になっていたような側面もある。だからこそ,うまく共存できてきた部分も大きい。ただ,同じ時代の最新技術を取り込んでいくにつれて,互いに少しずつ似てきた部分もでてきた感はある。
CEOとして,Unityと,Unreal Engineとの違いをどう捉えているのかについて聞いてみた。
Bromberg氏:
我々Unityは,スマートフォン向けゲーム向けの開発シーンにおいて70%以上の採用率を占めています。この点はもともと,Unityがそうしたゲーム開発を想定したゲームエンジンだったからですが,最近ではXR端末向けのコンテンツ制作においても,高い採用率を獲得できています。また,今回の基調講演でも登場した10 Chambersの「Den of Wolves」のような,AAAクラスのビッグタイトルへの採用事例も増加傾向にあります。
つまりUnityは,携帯端末からXR端末,ハイエンドなPCや家庭用ゲーム機まで,ありとあらゆるゲームプラットフォームへの開発が行えるという特長を持っているのです。一言で言えば,プラットフォームのカテゴリをまたいでリリースすることを想定したゲームを,開発しやすいということですね。もちろん,すべてのプラットフォームで最良のツールにはなっていないかもしれませんが,いずれにせよ,これがUnityというゲームエンジンの強みだと言えるでしょう。
例外はあるにせよ,Unityで開発したゲームは,低スペックな携帯端末から,高スペックなゲーム機やPCに対してもリリースしやすいということをBromberg氏は述べている。
たとえばグラフィックスサブシステムおいても,基本的な3Dグラフィックス表現に限定した低負荷な「Universal Render Pipeline」(URP)と,最新の表現に対応した「High Definition Render Pipeline」(HRP)の2種類があり,同じゲームであっても,リリース対象のプラットフォームに合わせて,それぞれを使い分けることができるのだ。ハイスペックPCでの動作を想定して開発したゲームを,デチューンして低スペックな環境で動かすのではなく,開発初期段階から,広範囲なプラットフォームでの動作を想定して開発できるところに,Unityのメリットはあるのだろう。
Bromberg氏は,日本のUnity文化をどう捉えているのか
ゲームエンジンのUnityは,日本においては,インディーゲームの開発現場だけでなく,学生やゲーム開発に興味のあるあらゆる層のユーザーから愛されている。ゲーム開発入門書籍の多くが,Unityの活用を想定して書かれているほどだ。
こうした日本におけるUnity文化を育んだのは,Unity Japanのメンバーの力が大きいと思われる。Bromberg氏にぶつけた最後の質問は,「Unity Japanをどのように導いていきたいか」と「日本の開発コミュニティをどう考えているか」である。
Bromberg氏:
そして,日本のゲーム開発者は,あらゆるプラットフォームに対して,さまざまな独創的なゲームを提供してくれており,Unityにとって,日本市場の多様性は,ゲームエンジンとしてのUnityを進化させていくための,なくてはならない「鍛錬の場」だと私は考えています。
よって私は,Unity Japanと,Unity Technologies全体で,日本の開発者をサポートしていきたいと考えています。かつて日本の開発者の皆さんが寄せてくれた信頼を,ほんの一部でも取り戻すことに努めて参ります。
Unity公式Webサイト
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