インタビュー
マフィア梶田が切り込む「Fate/Grand Order」。奈須きのこが追求する理想と,やがて迎える終焉のカタルシス
その人気を示す一例として,本作に関するインタビュー記事は各メディアにおいて,掲載されるたびにファンを騒がせている。もちろん4Gamerでも,メインシナリオライター・総監修を務めるTYPE-MOONの奈須きのこ氏と,FGO PROJECTのクリエイティブプロデューサーを務めるディライトワークスの塩川洋介氏のインタビューを実施したことがあり,多くの注目を集めた。
「Fate/Grand Order」がもたらす新しいスマホゲームの形――奈須きのこ×塩川洋介が語るFGOの軌跡と未来とは
スマートフォン向けRPG「Fate/Grand Order」の第1部が,2016年12月22日に公開された「終局特異点 冠位時間神殿 ソロモン」をもって完結した。「FGO」はこれまでどのような軌跡を描いてきたのか。そして先の未来において,どのような展開を見せるのか。TYPE-MOONの奈須きのこ氏と,ディライトワークスの塩川洋介氏に話を聞いてみた。
そして今回,「FGO」の公式番組である「Fate/Grand Order カルデア放送局」のメインMCを務めるマフィア梶田からの提案により,“奈須きのこ氏×マフィア梶田”という異色の対談が実現。公式MCであり,ゲームライターであり,いちプレイヤーでもあるマフィア梶田だからこそ切り込める赤裸々な開発事情と,「FGO」始動時からブレない“理想”を持ち続ける奈須きのこ氏のクリエイター魂。本稿では,それらを余すところなくお届けする。
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サーヴァント1騎=半年の作業期間
「FGO」の“メインライター”とは
今回は対談を了承してくださり,ありがとうございます。
奈須きのこ氏(以下,奈須氏):
いえ,むしろ機会をいただけて助かります。僕としても一度,“TYPE-MOONの奈須きのこ”としてお話をしたかった時期ではあるので。
梶田氏:
率直なお話,「FGO」がヒットしている理由であるとか,シナリオの魅力については,色々な所で存分に語られていますよね。なので今回は,もっと赤裸々に,開発の内情と奈須さんの思想に切り込んだお話を聞きたいなと。
奈須氏:
おお,これは気が抜けませんね。
梶田氏:
いえいえ,そんなに肩肘を張らず(笑)。せっかくの機会なんで,腹を割ってアレコレ語り合いたいんです。……とはいえ,まずは「FGO」のセールスランキング世界1位獲得,おめでとうございます!
奈須氏:
ありがとうございます。そこに関しては素直に「やった!」という気持ちで,とても嬉しく思っています。
梶田氏:
いやぁ,でも本当に大事件ですよこれは。モバイルゲームの売上トップというのは,表現が難しいんですがいわゆる“オタク向け”とはちょっと違う,もっと一般層を多く取り込んだコンテンツの席だったんです。そこをガッツリとコア向けだったはずの「Fate」が掻っ攫っていったわけですから,いちオタクとして妙に誇らしかったというか何というか。爽快でしたね。
奈須氏:
実際のところ,最初の時点では「コア層に対して商売をしている我々のような存在が,ライト層を手広く相手にするソーシャルゲームという分野において,本当に通用するのか?」という不安はありました。
我々は井の中の蛙で,その蛙が「でも井戸の深さは知っている。深淵あったかいなりぃ……」といった信念で戦っている状態でした。そんな自分たちの一番の武器を切り捨てて,分かりやすく,よりエンタメに徹したものを作ったとして価値が生まれるのかと。
梶田氏:
それなんですが,自分からすると「FGO」と他のタイトルで,「TYPE-MOON」コンテンツとしての在り方に大きな乖離があるとは感じていないんですよね。武器を捨てたというより,その武器をより多くの人に向けて扱いやすくしたのが「FGO」という印象です。奈須さんとしては,「FGO」のどういった部分が成功だったと感じていますか?
奈須氏:
結果として良かったのは,「Fate」の“英霊”というシステムが非常に強固で,多くのイラストレーターさんの力を借りながら,世界を広げていくという手法を十分に受け止めてもらえたということでしょうか。普通なら単一の作品において画風が違うと世界観が乱れてしまうのですが,「Fate」に登場するのはそれぞれ違う時代を生きた英雄です。設定そのものが,キャラデザの違いに対する説明になるんですよ。
梶田氏:
面白い考え方です。ソシャゲ界隈においては黎明期からキャラごとに絵柄が違うのは当たり前のことでした。なので自分はそこに疑問を差し挟むという発想すらなかったんですが,奈須さん的には見逃せないポイントだったんですね。
奈須氏:
デザインラインの多様化による不協和音は,ソーシャルゲームにおける最大の問題だと思っていました。ユーザーの慣れによって受容されたとはいえ,そこに違和感が存在しないわけがありません。
梶田氏:
では「FGO」において,その違和感を世界観でフォローするというのは最初から想定していたことですか?
奈須氏:
いえ,そこは偶然です。違和感があるんじゃないかと不安で不安で仕方がなかったのですが,実際にやってみたら違和感がなかったんですよ。これに関しては,本当に「Fate」というシステムに助けられたなと思っています。
あとは,もともとの「Fate」のキャラクターデザイナーでもあった武内が,リードキャラクターデザイナーという形で全体のデザインラインの舵取りしてくれたことも良かったのかなと。
梶田氏:
考えてみれば,まったく違った絵柄のキャラが同じ画面にいても“物語を魅せる”うえで違和感を生じさせないというのは,強固な世界観があってこそですね。
では,ここからは奈須さん自身が「FGO」においてどのような役割を担っているのか。あらためて掘り下げたいのですがよろしいでしょうか?
奈須氏:
はい。ここでは「奈須きのこは監修やディレクション以外に何をしているのか?」というプレイヤーの問いかけに,キッチリと答えたいです。
まず,いちライターの仕事として,自分の担当となる章,設定を作成したサーヴァントの幕間やボイス全般,持ち回りのイベントなどを執筆しています。
次に,監修ライターとしての仕事は,メイン各章のイントロとアウトロ,メイン各章におけるシナリオ中心に関わる部分の作成……第1部で言うならロマンやダ・ヴィンチ,マシュといったカルデアチームのセリフまわりや大切なシーン,第2部だとゴルドルフ新所長や少女ダ・ヴィンチ,シオンといったベースチームのセリフ……を執筆させてもらっています。
あとは,担当ライターさんによる成果物のチェック,テキスト調整・監修があります。その具合で言えば,イベントシナリオに関しては2割程度,メインシナリオは3割程度手を入れます。細かくなりますが,第2部メイン章は第2章から自分の監修は1割ぐらいにして,担当ライターさんの力量にお任せしています。第2部の空気感はロシア編の監修で各ライター陣に共有できたので,このテーマでみんなに思い思いの異聞帯を書いてもらったほうが絶対にいい,と判断したので。
最後に監督としては,全体スケジュールの構成やイベント内容の提案,ゲーム中のさまざまなデータの監修と調整,というところでしょうか。
梶田氏:
そんなに!? にわかには信じ難い仕事量なんですが……。
奈須氏:
そうですね。人生で一番忙しいのが今なんだと思います。ライター,ライター監修,ゲーム監督,と3つの職種をやってはいるものの,メインはライターですので,基本的には今までどおりではありますが。
とはいえ,すでに書き上げられているものに付け足すのは,それほど大変な仕事ではありません。僕がライター監修でやっているのは,例えばおかずの唐揚げを3個から4個にしたり,飲み物を注いでおいたり,基本的には付け加えるだけです。シナリオライターさん4人分の仕事の取りまとめ役は,複数の人間が行っても効果は薄いですし。
梶田氏:
それでもトータルしたら,明らかに異常な作業量ですよ。小耳に挟んだところでは,概念礼装のフレーバーテキストなんかも奈須さん自身で手を入れることがあるとか?
奈須氏:
はじめの1年は書き直していたんですが,さすがに第1.5部からは手が回らなくなって,一部のフレーバー以外は,ディライトワークスさんにお任せしています。
ディライトワークスさんも,どんどん「Fate」の芸風に慣れてきて,とても詩的な文章が届けられるようになって,「これはそのままでOK!」と楽をさせてもらっています。
とはいえ,ギルガメッシュなどの人気サーヴァントをテーマにした礼装や,絆礼装に関してはそのサーヴァントの担当ライターの仕事になります。このあたりは,昔からのファンのグルメな舌を満足させるにあたって必要ですから。
梶田氏:
たまに,礼装なんかのフレーバーテキストで「これ,明らかに“分かってる”人の仕事だ」と感じることがあるんですよ。例えば最近だと,☆3の「TEAM Phoenix」とか。あれって……。
奈須氏:
あー……まあ,あれは,はい。ちょっと時間があったので,つい自分で。
梶田氏:
やっぱり! あれは卑怯ですって(笑)。
奈須氏:
あの頃は北欧編のイントロを書き終えたばかりだったので。ゴルドルフ新所長とムニエル君をイジりたい気分だったんですよ(笑)。さりげなく先のイベントの予告もできたりしますし,チャンスがあればテキストで遊んでいます。
梶田氏:
なんとまぁ,死ぬほど多忙なのに細かいところまでネタを突き詰める姿勢には脱帽です。
奈須氏:
毎月のようにやってくるチェック作業の中で,体力や精神に余裕があるときは書きますね。
梶田氏:
その中でも特別な,絆礼装なんかはクオリティの基準も厳しく?
奈須氏:
絆礼装は,そのサーヴァントにとっての「ピリオド」なんです。担当ライターさんにお願いするときも「たった800文字だけど気合を入れてくれ。これが最後の1行だから」と共通認識を持ってもらっています。
絆を10にするのは本当に時間がかかるので,絆礼装はそれに報いるだけのご褒美になるように,テキスト面で喜びを感じられるように,とお願いしています。
梶田氏:
そういった熱意が「Fate」のサーヴァントを消費されるだけのキャラではなく,いつまでも愛し続けられる特別な存在にしているんだと思います。
では,続けてガッツリと切り込んでよろしいでしょうか。風説で「サーヴァント1騎の設定を作るのに半年かかる」と聞いたことがあるのですが,そのあたり実情はいかがでしょうか?
奈須氏:
ああ,それは「サーヴァントを1騎“完成”させるのに半年かかる」が正解です。
梶田氏:
ほほう,具体的な流れをお聞きしても?
奈須氏:
そうですね。まず,担当のライターが資料を読み込んで設定を起こすのに1週間から2週間程度かかり,その資料をもとにイラストレーターさんが1〜2か月程の期間をかけて作業を進めていきます。
イラストが仕上がったらアクションコンテを制作して,決定したものをディライトワークスさんにお渡しし,バトルアニメを作るのに4〜5か月。並行して声優さんによる収録を行い,バトルアクションが完成。これを総計して約半年。……という計算になっています。
梶田氏:
それ,複数のサーヴァントが同時に実装されるタイプのイベントだとエラいことになりませんか……?
奈須氏:
なりますね(笑)。例えば,今年の夏イベントは7騎の水着サーヴァントと3騎分の霊衣差分が登場しましたが,この規模となるともう大仕事なので,前年の12月には設定をすべて上げて,イラストレーターさんへの発注も済ませています。イラストが上がるのは1月〜2月なので,そこから8月までに8体分のバトルアニメを作らなければなりません。
梶田氏:
なんと。「FGO」は他作品に比べてキャラの追加が遅いと言われていますが,それを聞いてしまうと逆に「よく今のペースでやれているな」と思ってしまいますね。
奈須氏:
「FGO」の始動時,とくにメインライターの東出さん(東出祐一郎氏)と桜井さん(桜井 光氏)には「このプロジェクトが始まったら,今まで請けていた仕事を10から3に抑えてくれ」とお願いしています。それくらい専念しないと,「FGO」のメインライターを行うのは不可能なんです。
毎月の確認事項をチェックして,担当サーヴァントを制作して,シナリオを書いて,スクリプトチェックをして,ボイスの収録に立ち会って演技監修をして……全部ひっくるめたのが,「FGO」における“メインライター”という仕事ですから。自分を含めたメインの3人は「『FGO』が続く限りにおいて,今までどおりの活動はできない」という覚悟のもとで,3年間続けています。
梶田氏:
皆さん業界の第一線で活躍されている方々ですから,それがいかに特別なことか良く分かります。「Fate」というコンテンツだからこそ実現したドリームプロジェクトですね。
奈須氏:
最初の1年は「このペースじゃ無理だ」と思っていたんですが,第1部が終わったあたりでやっと落としどころが見えてきました。今はディライトワークスさんとの共通意識として月産4騎を守るように制作を進めています。各種イベントなども存在する以上,タスクがさらに増えることもありますが……。
梶田氏:
ちなみにメインライターのタスクにはキャラ性能の調整も含まれているんでしょうか。「FGO」のサーヴァントって設定がシステムに直結しているので,その仕組みがどうなっているのか不思議だったんですよ。マスクデータも多いですし,そのあたり混乱しないのかと。
奈須氏:
マスクデータや細かなサーヴァントのデータは,自分が管理させてもらってはいますが,それぞれのライターさんにも担当サーヴァントの「ゲーム中の扱い」がどういうものかをチェックしてもらっています。管理工程が少なく,またすぐに情報を共有できるのが少数精鋭の強みだと思います。
直近で作った北欧編のサーヴァントで言えば,ライターが作成したスキルや宝具の設定,「FGO」世界における強さ設定などを元に,ゲームデザイン担当のアザナシくん(TYPE-MOON)と一緒にサーヴァントの性能・マスクデータを決めて,それを担当のライターさんに見せてOKをもらってから,アザナシくんが最後の仕上げとしてサーヴァント性能の細かい数値を調整してくれています。
その後,ディライトワークスさんにバトルの調整をしていただきます。ディライトワークスさんのQAチームが見落としていた性能の穴を拾ってくれるので,テスターさんも重要な役回りです。みんなの積み重ねで「FGO」の,あの奇蹟のようなバランスが成り立っているんです。
梶田氏:
キャラ性能の調整に関して,これまでとくに印象深かったことはありますか?
奈須氏:
キルケーの宝具である「禁断なる狂宴(メタボ・ピグレッツ)」ですね。「豚になるかどうか」判定。あの時はアザナシくんから事前に忠告されました。「データ面でのことはもちろんですが,演出の調整とか確認とか,例外的な作業がものすごく発生するので,やるならかなり覚悟をもってやらないといけません。永遠につきまとう作業ですよ」と。
梶田氏:
どういうことでしょう? サーヴァントの設定と噛み合った素晴らしい宝具だと思うんですが……。
奈須氏:
“豚化”です。バトル中のグラフィックスの干渉などもあるのですが,状態異常を増やすということは,「どのキャラクターに有効か」という判定を全キャラに対して用意するのとイコールなんです。豚化の可否も設定に即した理由が必要になるので,今後登場するキャラクター全員,イベントごとに毎回「判定」を行わなければなりません。個々のチェックは10分程度で終わるのですが,それがずっと続くとなると……。
梶田氏:
理解しました。塵も積もればチェイテピラミッド姫路城。そりゃ反対されますわ。
奈須氏:
言葉では分かっていたんですけどね……。でも,「キルケーである以上,相手を豚にしないと意味がない!」と,叛逆の意思を貫いたわけです。……で,現在は1年前の自分をぶん殴りたい気持ちでいっぱいです。
梶田氏:
後悔しちゃってるじゃないですか!
奈須氏:
忙しいときに限って,この手のタスクがスッと挟まってくるんですよ……。単体ではシンプルな判断作業なのですが,続けば続くほどにジワジワと効いてくる……。
梶田氏:
うーむ。世界観を大事にしているからこそのジレンマ。ファンとしては称賛したいですが。
奈須氏:
とはいえ,一度決断したあとはアザナシ君も頑張って対応してくれていて,豚化の対応リストで以前のデータから変更があった場合なんかはしっかり指摘してくれます。こちらも「今回のイベントで,このサーヴァントにはこういう力が手に入ったから豚化しないんです」と解説してデータを通すのですが,このあたりの「設定に基づいたパラメータ変更」を飲んでくれるのも,システム班が「Fate」を分かってくれているからだなあ,と実感しています。
梶田氏:
それだけの手間が1騎のサーヴァントにかけられているとは,あらためて「FGO」というコンテンツの非凡さを思い知りました。設定をゲームに活かすうえで妥協しないのは,流石のTYPE-MOON魂といったところでしょうか。
奈須氏:
「設定は上手くいっているけど,ゲーム的には上手くいっていない」というユニットは避けたいですから……。そのためには,設定と実装,両面を同時に一括管理するのが一番です。
梶田氏:
いずれにせよ,奈須さんがGOサインを出さなければ進まないということですね。どう考えても負担が大きすぎて,まともに休むこともできないと思うんですが……。
奈須氏:
忙しいのは確かですが,ビジュアル面の監修は武内君やTYPE-MOONのスタッフも頑張ってくれているので,まったく空いた時間がないわけではないですよ。空いた時間のおかげで「FGO」以外の仕事もできていますから。
梶田氏:
奈須さん,武内さんが共にビジュアル面の統括をされているのでしょうか。
奈須氏:
はい,キャラクターやイラスト,世界観に関わる絵素材は,すべてチェックしています。また,サーヴァントデザインの発注に関しては,原則的にはすべて武内に一任しています。
梶田氏:
もともと武内さんがデザインされたキャラクターも,「FGO」では別のイラストレーターさんが担当されている場合がありますよね。どのように割り振りを調整されているのでしょうか?
奈須氏:
武内は「可能な限り自分で描きたいけど,そういうわけにもいかない」と話していました。
梶田氏:
でしょうね……。
奈須氏:
例えば「Fate/stay night」のキャラクターは歴史があるぶん他のサーヴァントに比べてスタート地点が有利じゃないですか。すでに知名度のあるサーヴァントだけがポール・ポジション(※レースにおける最前列のスタートライン)に立ってしまうというのは,フェアじゃないですよね。
なので,「『これを描かなきゃファンが怒る』というキャラクターは自分がやるけれど,それ以外は他のイラストレーターさんに任せるべきだ」というのが,武内の考えでした。結果として,「この人だったらファンも納得だろう」というイラストレーターさんをチョイスする形になりましたね。
(遠坂)凛については武内も「描きたかった」とは言っていましたが,そこは森井しづき先生ならとても魅力的な凛を描けると思うので。良い采配だったと思います。
梶田氏:
絶妙なバランス感覚ですな。イラスト発注までの流れを,もう少し詳しくお聞きしても?
奈須氏:
サーヴァントの設定……というより,設定作成は,まずは奈須のほうでメインストーリー全体の枠組みを制作し,その上でどんなサーヴァントが必要か,どんなサーヴァントが欲しいかを武内と話し合います。その後,必要なサーヴァント数をリストにして,各ライターさんと話し合う。
第1部の頃は運営側の視点で,「これだけのサーヴァントが必要」とリストにしてそれぞれの設定を奈須,東出,桜井の3名で担当しました。設定の内容は「TYPE-MOON BOOKS」で公開しているサーヴァント設定とほぼ同じです。
また,第2部になってからはストーリー主体でサーヴァントを考えるようになっていたので,メインストーリーにおけるサーヴァントは担当ライターの要望がほぼ通った上での採用となります。
サーヴァントを担当したライターは歴史資料を参照して,「Fate」というシステムに落とし込んで,物語的,ゲーム的な立ち位置を大まかに決定してから,イラストレーターさんにお渡しするという流れになりますね。
梶田氏:
練りに練られて,やっとイラストレーターさんへと渡るんですね。
奈須氏:
ライター側には絵心はありませんから,その時点では単なる「ぼくのかんがえたつよいさーばんと」なんですよ。「こういうコンセプトのビジュアルが望ましい」ぐらいの説明しかできない。それをイラストレーターさんのイマジネーションで形にしてもらって,初めてサーヴァントの形を取るんです。
大抵はそのままOKなんですが,ちょっとFateの文脈から外れていたり,狙いが少しズレていたりした場合は,武内のほうで揉んでいって……。という過程を経て,最終決定稿になるという具合ですね。
梶田氏:
実際にお話を聞くまで,TYPE-MOONはもっと監修だけに徹しているというイメージを抱いていました。蓋を開けてみればガッツリと開発の中心にいて,今さらながら「ああ,やっぱり『Fate』なんだなぁ」と。
奈須氏:
シナリオとキャラクター設定を中心として「FGOをいかに毎月面白くするのか」という部分を考えることに専念できているので,その環境が作用しているのは大きいです。スマホゲームとして必要な設計と運営,演出や素材制作に関してはディライトワークスさんがとても粘り強く,しっかりと支えてくれているので,自分達はコアの部分だけを全力で作らせてもらっています。
ハワイという最高の環境
コミケという最高の遊び
梶田氏:
そういえばさきほどチラッと水着イベントについて触れましたが。奈須さんはメインストーリーだけではなく,季節イベントのシナリオにも関わっているんですよね?
奈須氏:
そうですね。例えば今年の水着イベントでは,まず「ハワイを舞台にこういう遊びをやるので,今から準備しといてください」という大枠を先に決定して,それを見たアザナシ君が「こういう風にすれば『FGO』上でゲームとしてループ感を表現できます」と形を作り,コミケに関わる重要なキーワードを洗い出し,ゲームとしての構造を考えました。
奈須氏:
企画が決まったらライターさんを呼んで,話し合いつつ細部を詰めていきます。それらが決まったらプロットを書いていただき,みんなのチェックを通したあとにシナリオ執筆。できあがったものを最後に僕が監修し,FIXとなってから初めてディライトワークスさんの担当プランナーさんへ渡る……という流れを経ての完成となります。
それと,プロットの段階で必要素材を計上しているのですが,プランナーさんがシナリオを解析して必要な素材の洗い出しなどを行った際,「ここはもう少し絵が欲しい」「ここは専用ステージを作りたい」とご提案をいただくこともあります。
ライター側が「ここの専用バトル背景がほしいけど,ワガママすぎるか……」と引っ込めていたところに,「ここのステージ,制作していいですか?」と提案してくれることは日常茶飯事で,ほんと嬉しい……ありがとう,縁の下の力持ちたち……。
梶田氏:
ええ話や……しかし,その熱意はスケジュールに響くのでは……?
奈須氏:
毎月ゲームを作っているようなものですから,制作はつねにカツカツですとも! そういった段階に至るのが,イベント開始の3〜4か月ほど前になります。今回の水着イベントではあとから仕様の追加があり,納期を心配しましたが「大丈夫です,間に合います!」と言ってくれたのは心強かったです。
梶田氏:
ちなみにですが,そもそもなぜハワイを舞台にしようと考えたんですか?
奈須氏:
ああ,それはですね。去年の水着イベント(デッドヒートサマーレース)の制作が終わったとき,「次こそは夏らしい,リゾートなイベントをしよう」と思って。
そこで「最高の環境で,最強の遊びを提供したい」と考えました。オタクにとって“最強の遊び”と言えばコミケじゃないですか。で,奈須きのこが考える“最高の環境”はハワイだったんですよ。
梶田氏:
なるほど。……なるほど?
奈須氏:
死ぬまでに一生に一度でいいから,ハワイでコミケをやってみたかったんです。それを力説したら,みんなポカーンって顔してた。「また思いつきで何言ってるのこの人」みたいな。
梶田氏:
(何言ってんだこの人という顔)。
奈須氏:
行ったことなかったですし……憧れの土地だったからこそ,そこで「コミケをやりたい!」と思ったんですよ。……まぁ正直に言えば,ハワイが舞台になればアニプレさんが取材費を出してくれるんじゃないかっていう下心もありました!
梶田氏:
素直ですね(笑)。つまり,取材が実現したと?
奈須氏:
はい,現地へ取材に行きました。もちろん,ハワイを舞台にする以上はシナリオを書く人間も全員連れて行くのが大前提です。真面目な話,「ハワイの楽しさ」を書くのに体験していなければ始まりません。
梶田氏:
そりゃそうですわ。しかし奈須さんにとっての理想郷がまさかハワイだったとは,ちょっとビックリです。
奈須氏:
実際に行ってみたら,大変な目に遭ったんですけどね(笑)。
梶田氏:
え? 巨大ニワトリに襲われたとか?
奈須氏:
いや違います(笑)。ちょうど2月に1か月早い雨季が到来していて,取材に行った1週間がまるごと雨だったんですよ……。
梶田氏:
そりゃツイてない……。
奈須氏:
最終決戦の地でもあるマウナケアでは,山頂にある天文台の写真が欲しかったんですが。いざ取材しようと山に向かったら吹雪に見舞われまして,それでも頑張って山を登っていったら「ここから先には行けません」と。挙句の果てには風邪をひきまして,2日目以降は38度の熱を出してホテルで寝込んでました。
梶田氏:
気の毒すぎてなんも言えんです。
奈須氏:
ただ,おかげで重要な発見もあったんです。マウナケアは火山の影響で中腹にある木々がすごく邪悪な形になっていて,それがまたとくに手を加えなくとも完璧にクトゥルフ神話のビジュアルだったんですよ。これは良いものを見つけた,ということで最終決戦の場所をマウナケアの中腹に変更したんです。
梶田氏:
おお! それは実際に取材したからこその収穫ですね。ゲームのロケーションとして申し分ない。とはいえ,せっかく憧れのハワイなのに奈須さんが雨季と病気で楽しめなかったというのは残念ですわ。
奈須氏:
いや,実は雨季でも1日のうち1時間くらい晴れる瞬間があるんです。その時は本当に素晴らしい天気で,「熱があっても関係ねぇ,海パン買って海に行っちゃえ!」のノリで……その……。
梶田氏:
大事な身体なんだから無茶せんでくださいよ!
奈須氏:
でも,本当に楽しかった。ロケハンに行き,それをダイレクトにシナリオへ反映したのはこれが初めてかもしれません。天候的にも体調的にもバッドコンディションであったにも関わらず,ハワイからは多くのインスピレーションが得られました。その感謝の気持ちを,夏イベントの最後,BBのセリフに込めたつもりです。
梶田氏:
ところでハワイとコミケの組み合わせなんですが,実際にハワイではアニメのコンベンションが開催されているんですよね。
奈須氏:
「カワイイ☆コン」ですよね。実はハワイに行った時期が,ピッタリその開催日だったんです。
梶田氏:
え,狙ったわけじゃなく偶然ですか?
奈須氏:
取材の5日目か6日目にその情報を得ました。「FGO」のコスプレイヤーさんもたくさんいたらしく,TYPE-MOONスタッフが写真を撮り,ホテルで寝込んでいる男にLINEで送ってきてくれました。超うらやましかった……。
梶田氏:
というか,てっきり「カワイイ☆コン」をきっかけに発想したイベントだと思っていたんですが。流石の運命力ってやつですかね……。
でも,正直な感想として描写に明らかなリアリティがあったというか,俺がハワイ経験者というのもあるんでしょうが,行ったことある人なら空気感の“生っぽさ”に感心しますよ。神は細部に宿ると言いますが,もし実際に取材していなかったらここまで完成度は高くなかったと思います。なにより「FGO」ファンがハワイに行く際の楽しみが増えたんじゃないでしょうか。
奈須氏:
そう言ってもらえると嬉しいですね。あれだけ素晴らしいところへ行けたので,「なんとかすごさを表現したい」という気持ちで,みんなでシナリオを作りました。
ただ,その1週間はハワイに行くため,年末進行みたいな作業スペースにしてなんとか……。現地でもこまめに日本とやりとりをしていたのですが,さすがに行き届かないところが多かったので,今後は1週間も日本を留守にすることは難しいと思います。
梶田氏:
それはそれで寂しいので,奈須さんにはできるだけインプットの時間も作ってほしいですねぇ。しかし,「FGO」の開発はハワイ取材も含めて臨機応変に対応しなければいけない要素が多そうなんですが,ディライトワークスとの連携はかなり上手くいっているようですね?
奈須氏:
ディライトワークスさんが,我々をとても尊重してくださっているのは常日頃から感じています。普通の会社だったら,夏にやったようなワガママは絶対に通りません。通常のイベントと比べて3倍のテキスト量(スクリプトも3倍!),絵やボイスの素材を使っているので,単純計算してもその予算でもうひとつぐらいイベントが作れてしまう。
それを理解したうえで,「やりましょう!」と言ってくれる。これはディライトワークスさんに「やるなら徹底的」という意識が浸透しているからこそなんですが,内部で我々の企画を通すには相当な苦労があったと思います。作り手としては本当にありがたい環境だと感じます。
奈須きのこが語るワールド・エンド
シナリオの価値を取り戻した「FGO」
梶田氏:
クリエイターとしての奈須さんを作り上げたのは,どのようなゲーム体験だったのでしょうか?
奈須氏:
自分がいちゲーマーだった頃,ゲームから現実に飛び火するほどの衝撃を受けることなんてないだろうと思っていました。しかし,初めて「ファイナルファンタジーIV」(以下,FFIV)に触れたときには,三日三晩テレビにかじり付きながら夢中でプレイしてしまったんです。
当時は「こんな最高の時間をくれてありがとう!」という気持ちでいっぱいでしたね。……その結果,学校とかバイトとか色々と滅茶苦茶になりましたが(笑)。それすら気になりませんでした。
梶田氏:
微笑ましいですなぁ。ゲーマーならば誰もが通る道ですね。
奈須氏:
でも,エンディングを迎えたときに,それまでの喜びがすべて悲しみに変わったんです。「俺は明日から何をすれば良いんだ……?」という喪失感に包まれた。1日中ボケーッとして,人生というものが分からなくなりました。
やがて思考力が戻ると,「ゲームにはものすごい力があるんだな」と再認識できたんです。当時から物書きを目指してはいたんですが,ゲームにおける“充実からの喪失”が頭から離れなくて……。そこから,奈須きのこは“ゲーム”というプラットフォームに傾倒していったんだと思います。
梶田氏:
お気持ち,とてもよく分かります。本当に“ハマる”と終わりが辛い。そして,その喪失感を埋めるために新たなゲームを求めてしまう(笑)。「FFIV」以後では,どのようなタイトルが印象に残っていますか?
奈須氏:
「ヘラクレスの栄光III」が大きかったですね。あれは本当に,RPGで成し得る“叙述トリック”の極みにある作品だと思っています。ゲームに傾倒するきっかけとしては,「FFIV」以上に影響を受けたかもしれません。
RPGという箱の中だと,「クロノ・トリガー」もまた素晴らしかった。世界の始まりから冒険を経て,世界の終わりに立ち会う。これは,現実の人間では絶対に体験不可能なことです。そこに感動しました。
梶田氏:
なるほど。奈須さんのゲーム体験とは,物語の終焉における“カタルシス”なんですね?
奈須氏:
そうかもしれません。ひとつの世界にお別れを告げることへの悲しさと,それを経たことで得られる人間的成長。……というのは,少し言い過ぎでしょうか? いつか自分も“その感覚”をRPGにしたいと思っていたんです。
梶田氏:
いや,決して言い過ぎではないと思います。実際に自分は……我々のような人種は,人生で大切なことの多くをゲームから学んだという自覚がありますね。
奈須氏:
しかし,結果として自分が選んだのはノベルゲームでした。このジャンルは街や人を描くのは得意ですが,世界の終わりに立ち会うのは,やや難しい。ワールド・エンドを描いたサウンドノベルもありますが,あくまで“君と僕の世界”であって“世界主体”の終焉ではありません。ワールド・エンドは,依然として王道RPGのものだったんです。それがずっと羨ましかったので,「FGO」でついに実現できるとなったときは嬉しかったですね。
梶田氏:
つまり奈須さんの目指す「FGO」とは,王道RPGのような“ゲームらしいゲーム”であるということでしょうか。
奈須氏:
ゲームにもさまざまなジャンルがありますが,ストーリー性を持つ多くのゲームに共通するのは「現実の自分では不可能な体験を楽しむ」という部分だと思います。ここで言う“ゲームらしいゲーム”を定義するならば,それを指すのでしょう。
そして「FGO」も当然,同じ性質の願望から形成されています。多くのプレイヤーさんが,その根底にある部分を読み取ってくれた結果,広く受け入れられたのではないかと。
梶田氏:
まさしく,それこそ自分がゲームに求めている不可欠の要素です。現実逃避や変身願望,言い方は何でも良いのですがリアルを超越するような体験はゲームから得られる。
奈須氏:
それがどんどん進化して,昨今ではAAA級と呼ばれるような巨大タイトルまで生まれるようになりました。しかし,根底にある「自分がいる世界とは別の世界の姿を見届けたい」という部分は,どれだけガワが変わろうとも同じだと思います。
梶田氏:
そして,それを叶えるのがシナリオという核。……スマホというプラットフォームにおいて,長らくゲームシナリオというのは軽視されていたように思います。ところが「FGO」の成功以後,明らかに“物語の価値”が再認識されたという実感があります。今やシナリオライターの単価も上昇しているとか。
奈須氏:
実は「FGO」の始動時から,メインライターの東出さんと桜井さんに「このゲームでシナリオの価値を取り戻そう」という話をしていました。
梶田さんのおっしゃる通り,2010年以降はアニメでもゲームでも「物語」より「キャラクター」を優先する風潮が強く,ストーリーを書いて飯を食っている僕らは岐路に立っていた。そのうえで,「物語」をメインにする選択をしたかった。結果として,「FGO」以降にライターの価値が上がったという話を聞いて……今まで自分たちを育ててくれた文化に恩返しできたなと。
梶田氏:
誇るべき功績です。ひとつのゲームの在り方が,ひとつの仕事の価値を変えた。とんでもないことです。
奈須氏:
でもまぁ,実際のところ,ゲーム作りにおいてシナリオライターって“邪魔者”なんですけどね。
梶田氏:
……どういうことでしょうか?
奈須氏:
ゲーム制作において,まずディレクターに「作りたいゲーム」があるのですが,忙しいからテキストの出力はライターに任せざるをえません。しかしライターは所詮外部の人間なので,ディレクターは上がってきたものが自分の感性と違うものであれば変更するのが筋です。違うものを入れると全体の指針がよれてしまいますからね。そして当のライター側は内部で何が起こっているのかも分からない。
……ようは,いくらでも取り替えがきく職業だったんです。だからこの20年間,コンシューマゲーム業界におけるライターの地位はとても低かったのだと思います。余程権威のある人でなければ,意見が通ることはまずなかった。
梶田氏:
なるほど。対等な立場で仕事を受けているとは言い難い環境です。
奈須氏:
通常,多くの人は「シナリオなら自分でも書ける」と考えます。実際その通りで,小学生時代から作文を書かされている日本人の教育水準は高い。物語を作ること自体は誰にでもできるんです。
梶田氏:
どうでしょう……ソレっぽいものは書けても面白いかどうか,読みやすいかどうかはまったく別の話ですよね。
奈須氏:
はい。ですが「書けそうだな」と思えてしまうのがキモなんです。それゆえに,軽んじられてきたのがライターという仕事だったのでは,と思うのです。ゲームはビジュアルやシステムが中核要素であって,そちらのほうが目に見えて手間とお金がかかる。その一方で,テキストにかけるお金は本当に少なかった。
僕や東出さん,桜井さんは元々テキストがつまらなかったら売れない「ビジュアルノベル」というジャンルにいた人間だったので,あまり影響を受けなかったのですが……。コンシューマにおいてライターさんが意見を言える現場は稀だったと思います。
自分の場合,例外として「Fate/EXTRA」がありましたが,あれはディレクターの新納一哉さんが「Fate」を評価してくださっていて「奈須さんのやりたいことを言ってください」と,意見を聞いてくれたので,「Fate/EXTRA CCC」まで視野にいれたゲーム作りができた。予算も人員も少なくて厳しい戦いだったけど,内製スタッフさん含め,とても恵まれた環境でした。ライターがトップに立てる環境とか,普通ならまずありえませんから。
梶田氏:
物語を愛するいちオタクとしてはショッキングなお話です。しかし「FGO」以降,自分もさまざまなゲームに触れてきましたが,確かな実感としてシナリオ重視の流れがきていますね。
奈須氏:
自分も色々とプレイして楽しんでいます。2年前と比べて明らかに全体のクオリティが上がっているのではないでしょうか。どれもこれも面白くて……時間が……。
梶田氏:
それまでスマホゲーム業界に浸透していた「シナリオは二の次」という意識を塗り替えたのが「FGO」だと思います。したり顔でシナリオ不要論を唱えていた人も,手の平大回転でシナリオに注力するようになった。
奈須氏:
良かった。あれだけセールスが出るなら……と考えてくれたんでしょうね。
梶田氏:
あらためて,「FGO」が業界全体に与えた影響の大きさに驚かされます。“ゲームらしいゲーム”で育ち,ゲームにおける物語を愛している立場からすれば「ほら見ろ!」と胸のすくような思いです。プラットフォームやゲームの在り方がどう変わろうとも,やはりプレイヤーが求めているのは良質な物語から得られる“体験”なんだと。「FGO」がそれを証明してくれた。
奈須氏:
1〜2年間も付き合ったゲームのグランドフィナーレには,かけた時間を上回る感動が必要です。第1話の面白さが80点だとすれば,最終話は100点を取らなければいけない。道中が長ければ長いほど,その倍率は上がっていきます。それもあって,最終回は“プレイヤーの積み重ね”を元にした最高の盛り上がりを用意しないと,そこまで付き合ってくれた方々に申し訳が立たない。
……ただ,坂本真綾さんに「色彩」を歌ってもらったとき,「この曲があれば何やっても勝てる」という確信があったのは間違いありません(笑)。
梶田氏:
今後の人生において「色彩」を聴くたび,「FGO」における体験の数々を鮮明に思い出すと思います。
奈須氏:
作曲の際に,坂本さんには物語のオチとマシュが何を語るのかを説明したのですが,それだけであの歌詞が出来上がりました。テニスのラリーで言えば,こちらのサーブに対して完璧に打ち返してくれたんです。あとはこれを全力で打ち返せば,こりゃもう勝ちだろうと。
ちなみに最終章の執筆に入ったのは,初めての夏イベントが進んでいる頃でした。プレイヤーさんが「水着サイコー!」と盛り上がっている様子を見ることができて,それが大きなモチベーションとなって執筆にも熱がこもったのを覚えています。
着想は「クロノ・トリガー」
クオリティ重視を貫いた決断
梶田氏:
さきほど影響を受けたタイトルの数々を挙げていただきましたが,「FGO」を作り上げるにあたって最も参考になったのはどの作品なのでしょうか?
奈須氏:
間違いなく「クロノ・トリガー」です。なので基礎が組み上がったとき,もう少し主人公がバトルに介入できるような要素が欲しいなと思っていました。令呪とマスター礼装だけでなく,「主人公がいるから,皆が頑張れている」という,何らかの仕組みが欲しかった。
梶田氏:
物語に没入するうえで,プレイヤー=主人公の活躍はなくてはならないものですからね。
奈須氏:
とはいえ,システムが決まった段階で,大きな変更はできません。そこは設定で補完するしかない。そこで,主人公の戦いを“戦闘そのもの”ではなく,「この場に存在することが,主人公にとっての戦いなんだ」という方向へ物語をシフトしました。主人公は何の訓練もしていない一般人ですが,代わりが存在しない以上は自分が頑張るしかない。その頑張りそのものに,大きな意味があるという。
梶田氏:
ちょっと気になるのですが,もしかして当初は「クロノ・トリガー」のように時代を選択するシステムを想定されていました?
奈須氏:
そのとおりです。当初の企画段階では,7つの時代を最初から選べる仕組みにしようと思っていました。人理が焼却され,身体だけが時間軸から取り外された結果,それを俯瞰して見られるようになった……という流れですね。ただし,最初から全7章を実装するのは無理なので,リリース時は第5章までの予定でしたが。
スケジュールとの兼ね合いから現在の形に落ち着きましたが,物語の展開を変えたことにより登場しきれなくなったサーヴァントは第1.5部や第2部に回して,順番どおりに進めていく形式に切り替えることにしたんです。
梶田氏:
では戦闘システムについても,構想段階ではまったく違うイメージだったのでしょうか?
奈須氏:
そちらも二転三転しました。はじめはもっとオーソドックスな形式で,バトルキャラも二頭身にデフォルメしたものを予定していました。それが次第に変わってきて,なんだかんだと「バトル中もカッコいいキャラを見たいよね」ということでアニメ調の画面造りになり,じっくり考えられるコマンドバトル+カード要素,というものになったんです。
「Fate/Grand Order」,戦闘システムの詳細が明らかに。同じカードの絵柄やコマンドを揃えて攻撃を繰り出す「コマンドオーダーバトル」を紹介
2015年7月3日,TYPE-MOON / FGO PROJECTは7月下旬に配信を予定しているスマホ向けRPG「Fate/Grand Order」の最新情報として「コマンドオーダーバトル」の詳細を公開した。本作のバトルはカードを使用し,同じ絵柄やコマンドを揃えることで,さまざまな効果を発動できるものになるとのこと。
梶田氏:
その方向性に決まったきっかけは何だったのでしょう?
奈須氏:
庄司さん(※庄司顕仁氏)が「僕はゲーマーだけど格闘ゲームが苦手で,それでも遊びたいと思っている」「アニメ調で気持ち良く,格好良いアクションを見せたい」というお話をしていたのが大きな理由でした。ようは,格闘ゲームのような格好良いアクションをボタンひとつで表現したかったんですね。
「Fate」のファン層は半数以上がノベルゲームプレイヤー……つまり,アクションゲームが得意でない人々も多い。それでいて,庄司さんと同じような欲求を持っている人も少なくないだろうと思ったんです。
梶田氏:
庄司さんのお話も出ましたし,もう少し踏み込ませてください。ディライトワークスと組むことになった経緯については,もうほかのインタビューでも語られてきたと思いますが。今回はあらためて奈須さんの視点で語っていただけますか?
奈須氏:
まずは5年前,アニプレックスさんから「『Fate』でスマートフォンゲームをやりませんか?」というご提案をいただいたのが始まりでした。正直言って,当時はそれほど大きな話になるとは思っていなかったんです。なにしろ2013年ですから,まだ国民全員がスマートフォンを持つような時代になるとは思っていなかったんですよ。
梶田氏:
スマホは浸透しないと踏んでいた?
奈須氏:
いえ,意識高い系が持つモンだと思っていました(笑)。だって,当時は機能面でもガラケーで十分,仕事で使うのもノートPCだったじゃないですか。
ただ,プラットフォームとしてのポテンシャルを感じていたのは確かです。なので,テストケースとして一度失敗してでも経験しておくのもいいのでは……と思っていました。そこで会社からスマートフォンを買い与えられて「チェインクロニクル」や,RPGとして参考になる作品にいくつか触れたんですね。すると「あれ? そもそもスマホというシステムそのものが面白いぞ?」となって。
梶田氏:
なんだかんだ,その時点でゲームもガラケー時代からだいぶ進化していましたからね。
奈須氏:
それで「これなら『Fate』で“ワールド・エンドもの”をやれるかも」と。でも,やるからには,ストーリー面で半端なことはできないぞと。
梶田氏:
そこから制作会社がディライトワークスに決まるまで,どういった流れがあったんですか?
奈須氏:
当時はなかなか制作会社が決まらず,二転三転したあとに紹介されたのがディライトワークスの庄司さんです。当時は庄司さんも独立したばかりで,互いにまだ未来が不安定な立ち位置でした。その代わり,“しがらみ”がまったくないのは強みだろうと思ったんです。胸を張って言えることじゃないんですが,僕らは納期よりもクオリティを重視してしまうタイプですので……そういった姿勢でも頭ごなしに否定せず,やり取りができるような会社が必要だったんです。
梶田氏:
なるほど。対等な立場で付き合えることを重視した結果ということですか。そのあたり,ファンからしても謎が多い部分ではあったんですよ。「Fate」という巨大なコンテンツを,ほとんど実績のない開発会社に任せるというのは容易な決断ではありませんよね?
奈須氏:
僕らの芸風をおおらかに理解してもらえる方でないと,互いにうまく機能しないのでは,という思いがありました。TYPE-MOONは締切よりも自分たちの納得感を優先する会社で,そんな連中と大企業さんが付き合うと相手方がノイローゼになっちゃうんじゃないかって。
梶田氏:
ふむ。確かに組織が大きければ大きいほど,柔軟に対応してもらうのは難しいかもしれませんね。
奈須氏:
独立したばかりでも,コンシューマ畑で10年間やってきた庄司さんの目線は頼りになりますし。我々にとっては十分なスタートラインでした。結果的には話がまとまり,お互いにイチから頑張りましょうということになった。
梶田氏:
大企業が相手では動き辛いという部分ですが,やはりそれまでの経験に基づいた判断なのでしょうか?
奈須氏:
そうですね。原作という立場は確かに強いのですが,それは発言力があるだけで決定権はないですし,そもそも制作には関われない。やはり外注する以上はスケジュールや指針が絶対的な存在なんです。
例えば「このゲームは10万本の販売を目標としたものなので,予算はこうなります」「予算から逆算して,出せるサーヴァントはこれだけです」といった具合に,前提がキチッと決まってしまうと何か面白いアイディアが出ても使えない。
梶田氏:
クリエイターとして,アイディアを活かせないまま作品が世に出てしまうのは納得できませんよね。
奈須氏:
少なくとも「FGO」においては,パートナーブランドが“主体”にあることで制約されるのは怖かった。それでは今までと何も変わらない。ならば互いに苦しみを分かち合いながら,面白いものを優先する姿勢を守りたかったんです。その考えでいくと,ディライトワークスさんならお互いに1年生として手を取り合える。修羅の道であることも分かっていたけれど,僕らも一緒に苦労をしようと。
梶田氏:
結果的に今ではノウハウも蓄積され,人員も増えて初期とは比べ物にならないほど良いゲームになりました。スタート時のゴタゴタはともかく,対応速度に関しては素直に感心しています。
奈須氏:
ディライトワークスさんとアニプレックスさんは,プレイヤーへのサービスに寛容なんですよね。1周年を迎えた際,ガチャに必要な石の数が4個から3個に減ったじゃないですか。普通に考えれば,これは絶対にあり得ないことです。
梶田氏:
まさしく,前代未聞でした。少なくとも自分が関わってきたタイトルでは「FGO」が初めてです。
奈須氏:
あのときの値下げに関しては武内が提案し,ディライトワークスさんやアニプレックスさんが,「そうですね,やりましょう」と受け入れてくれたんです。スルッと決まったので,本当に尊重できる部分は最大限尊重してくださっているんですよ。
梶田氏:
企業側としては,収入がまるごと激減する決断。建前でなく,本気で金儲けよりもコンテンツの行先とユーザーの心情を考えなければできないことでしょうね。
奈須氏:
もちろん,石の数が変わってもシステムまで良くなるわけではないので,今後もそれに見合うだけのサービスを提供していく必要はあります。石なんかなくても,☆5なんかいなくても,十分に面白いゲームを作ることが一番なのは間違いないんですから。
“九龍城”のように拡張を続ける歪な存在
“ゲームらしいゲーム”と周回のジレンマ
梶田氏:
「FGO」の立ち上げ当初,奈須さんには「こういうゲームにしたい」という確固たるビジョンがあったと思います。ぶっちゃけた話,その理想は叶っているのでしょうか?
奈須氏:
ローンチ段階ではゲームシステムも演出も未熟でしたし,ストーリーの核も見せられない状況でした。どこを楽しめば良いのかと,プレイヤーさんを困惑させてしまったと思います。初期の頃は本当に最後まで作れるのかという不安と,完成度に対する不満がなかったと言えば嘘になります。
梶田氏:
思い出すのも辛いとは思いますが,奈須さんからの視点ではどのような状況でしたか?
奈須氏:
ローンチの直後,トップを集めて問題点の洗い出しと対処への優先順位付けを行いました。そこでこちらから出した大方針は,「3か月,全力で対応する」「何も変わらないようであれば,このプロジェクトは畳む」の2点です。幸い,なんとか12月までには必要最低限の機能を用意することができました。……戦闘の2倍速モードとかですね。
梶田氏:
懐かしい。初めて等倍戦闘のモッサリした挙動に触れたときは,どういう意図があるのだろうと本気で考え込みました。
奈須氏:
ローンチ当日,インストールして1時間後のTYPE-MOON内部での炎上っぷりはすさまじかったですよ。先に動いていたプロジェクトをストップしてまで「FGO」に取り掛かっていたので,「その結果がこれですか!?」と,プレイヤーの皆さんが怒り出す前に内部スタッフからお叱りを受けました。
お月見イベントまでの1か月間,我慢して遊んでくださっていたことには本当に感謝の言葉もありません。「Fate」という看板に助けられたと思います。
梶田氏:
“Fate貯金”ですね。ただ,いちプレイヤーとして意見を言いますと我慢できた要因はそれだけじゃないです。これは「TYPE-MOONエース」のコラムにも書かせていただいたんですが,ローンチ直後がクソゲーだったことは否定できなくとも「FGO」には不思議なオーラがありました。「なぜだか分からないけれども,このゲームを続けていればとても美しいものを見せてくれそうな気がする」という確信めいた予感があったんです。
奈須氏:
ありがとうございます。積みあげてきた素材というか,材料そのものは全力で面白いものを作ろう,というものだったので,そこを感じ取ってもらえたのだと思います。初期の「FGO」は単純に,それが上手く機能しなかった結果です。
梶田氏:
さて,そのうえで核心に切り込むことをお許しください。率直な話,良くなったとはいえ現在の「FGO」は2〜3世代前の兵器を無理やり近代化改修して使い続けているようなイメージがあります。ぶっちゃけてしまえば,ゲームとしてのシステムが明らかに古く,それが誤魔化しきれない段階まできてしまっていると感じます。奈須さんは,どう思われますか?
奈須氏:
それはまさに事実です。旧世代のシステムに改修を積み重ねた結果,いまや九龍城のように歪な存在になっています。それを修正するためには,積み上がった城を完全にブッ壊してイチから再構築しなければなりません。
……しかし,それは規模的に不可能です。今の我々にできるのは,プレイヤーさんに「それでも面白い」と言ってもらえるようにすること。システムが古くとも原始的な“ゲームの喜び”を絶やさなければ,面白さを積みあげていけると信じています。
梶田氏:
さらに突っ込ませていただくと,奈須さんが“ゲームらしいゲーム”を目指している一方,現状の「FGO」は素材集めやイベントでゲーム性のない周回を繰り返す,良くも悪くも“スマホゲーム”としての一面が強いですよね。その矛盾については,どうやって気持ちに折り合いを付けているのでしょうか?
奈須氏:
システムを先に固めた以上,周回で素材を集めるという基礎構造は変えられません。また,そこにアドリブ性を加えるのも難しい……。現状では,サーヴァントへ注がれた“愛情”を“成長”という結果として返す。これを付加価値として,ひとつの落としどころとしています。
梶田氏:
……本音のところは?
奈須氏:
それはもう,本来ならキャラクターを操るだけで楽しめるゲームになってほしい。そうなれば,自分も楽ができます(笑)。
梶田氏:
ゲームとしての理想はそれに尽きますよね。周回部分はさておき,ストーリーボスや高難度ボスの攻略要素からはまさに“ゲームらしいゲーム”のエッセンスを感じます。どんどんギミックに磨きがかかっていますよね?
奈須氏:
ああ,これも話したいことのひとつだったのですが,サーヴァントのシナリオ上での設定をゲーム上での性能に落とし込む調整は,ローンチから現在まで全部アザナシくんがひとりでやってくれています。
梶田氏:
え,冗談ですよね?
奈須氏:
マジです。というか,はじめに作った「決まり」に添って,サーヴァント性能をしっかり管理してくれています。バトル調整はディライトワークスさんのバトル班のみなさんが日夜頑張ってくれていて,メインストーリーとイベント,どちらの戦闘もシナリオの意図が反映されつつ,面白いバトルを作ってくれています。
アザナシくんはサーヴァント性能のお父さんですが,そのほか,礼装やコマンドコード,メインストーリーとイベント両方の「シナリオをRPGとして再現する」ディレクションもしてくれています。
梶田氏:
術ギルみたいだぁ……。過労死しちゃいませんか?
奈須氏:
ローンチ時は本当に多くのものを背負っていて,休めるときはとにかく休んでもらっていました。今はディライトワークスさんのイベントチームも精度が上がってきて,以前ほど全部ひとりで……という状況ではありません。ディライトワークスさんのスタッフもサービスが続くほど,逞しい精鋭になっている印象です。それはメインストーリーとイベント,ともにプレイしているユーザーさんなら肌で感じ取ってくれていると思います。
梶田氏:
その甲斐あって,初見のボスで手持ちのサーヴァントから攻略法を模索するのは,「FGO」の大きな魅力のひとつになっていると思います。
ただその一方で,攻略法が確立されてしまうとあとはルーチンワークでカードを選ぶだけの周回ゲームと化してしまう。試行錯誤の楽しみと,ルーチンワークのギャップが激しいんですよね……。
奈須氏:
座して聞きます……。
梶田氏:
もし,今後その点に関する改善が行われるとしたら,「FGO」はひとつの大きな弱点を消せると思います。現状では戦闘のスキップ機能がなく,スピードも2倍速までですよね。これはずっと疑問だったのですが,すでに攻略したクエストを手動でひたすら周回させることに明瞭な理由は存在するのでしょうか?
奈須氏:
日々の周回におけるスキップ機能の実装には,僕個人としては賛成します。ただ,宝具については……すみません,こちらは「どんな形であれ飛ばしてはいけない」というのが変わらない信念です。「最大の魅力を効率優先で削った先に何があるのか?」と問われたとき,「きっと何もないだろうな」と答えます。
人間の時間が有限なのは分かります。ですが,短縮してはいけないものがあるのも真実だと思うのです。我々ができることとしては,「宝具演出を飛ばしたくない」と思えるサーヴァントを全力で生み出していくことかなと思います。
梶田氏:
「削ってはいけないものもある」ことについては同感です。宝具スキップをしないのが「Fate」の“矜持”だとすれば,自分もそれに賛同します。
しかし,そうなるとますます“宝具演出以外の部分”に手を入れることはできないのだろうか,と思ってしまいます。
奈須氏:
そうですね。周回の戦闘スキップは導入したいのですが,それも「FGO」らしい落としどころを見つけて,ということになりそうです。
梶田氏:
プレイヤーもただ楽ばかりを追求したいわけではないんです。現実問題として,スマホゲームの周回は奈須さんが話していた「永遠につきまとう作業」に近いものであり,積み重なると危険なんですよ。モチベーションが続くうちは良いんですが,どこかで糸が切れるとそのままゲームへの執着まであっという間になくしてしまう。自分はそんなプレイヤーを数多く見てきました。「FGO」でそんな終わりを迎えるのは嫌ですし,もったいないと思うんです。
奈須氏:
そうですよね……いっこうに落ちない素材とか,自分もよく定例会議で「どうなってるの?」と質問しますし……。サーヴァントの魅力を損なわない,それでいてプレイ感覚が快適になる……そんな改修を目指して,ディライトワークスさんと頑張っていきたいと思います。
梶田氏:
我々プレイヤーとしても,そんな「FGO」を愛しています。スマホゲームとして,快適性とのバランスをとるのは難しいでしょうが……常に最善を追求しようとする姿勢はきっとポジティブに伝わりますよ!
奈須氏:
いかにスマートフォン用にチューニングしているといっても,「ユーザーに最高のヒーロー/ヒロインを見せたい」という矜持に変わりはありません。だから,サーヴァントは毎回最高のものを考えています。プレイヤーさんから「運命の人に出会ってしまった!」と言ってもらえるよう,「こいつのためなら,自分の人生を使ってもいい」と思ってもらえるように魅力を伝えていきたい。それが現状,叶っているかどうか分かりませんが……。
梶田氏:
少なくとも,ここにひとり。見事にやられていますよ。これまでさまざまなゲームを触ってきましたが,「あんなにお金をかけたのに遊ばなくなってしまった」という苦々しい体験は数え切れないくらいあります。
しかし「FGO」に関しては,3年経ってもまだ遊び続けている。なぜなら,心躍る物語が世界を形作っていて,そこに存在するキャラクターへの愛情が薄れないからです。なかでも,第1部の完結は大きな報酬でしたね。スマホゲームにおいて,あんなにも明確な成功体験を味わえたのは初めてのことです。
物語の上でキャラクターを消費するのではなく,共に戦い,学び,体験を共有した仲間としてプレイヤーの心に刻み続ける。それが「FGO」の“勝因”ではないでしょうか。
奈須氏:
それを,理想として実現できれば良いなとは思っていましたが……。面と向かって梶田さんに言われて,成果が出たんだと思うと非常に誇らしい気持ちです。
梶田氏:
なにも特別な感想というわけでなく,きっと共感してくれる人は多いですよ(笑)。そうでなければ,今の結果はありえません。プレイヤーの大半がお金を払ったことに後悔するようなゲームであれば,すでに終了しています。
奈須氏:
そういえば,イラストレーターさんが打ち上げの際に「『FGO』はズルい! キャラを人質に取ってるんですよ!」って言ってました(笑)。
梶田氏:
言い得て妙ですわ。ストーリーで苦難を共にしたサーヴァントと別れる際,プレイヤーに「おい……行かないでくれよ……」と思わせるような設計を生み出した時点で,そちらの勝ち! 俺らの負けです!
約束された喪失と“その後”の物語
奈須氏:
「FGO」に関して言うなら、ゲームライターとして今とても充実しています。やりがいのある仕事がビジュアルノベル以外にもあるのですから。
梶田氏:
そのモチベーションの高さ,シナリオから伝わってきます。
奈須氏:
今,僕の時間の半分は「FGO」に使っています。古くからTYPE-MOONを応援してくれている人達からは「浅い」と言われてしまうんですが,より広い層に楽しんでもらえるように間口を広げた結果として,最初はそう見えるかもしれません。
ただ,実際のところコアの部分は変わっていなくて,遊び続けてもらえば最後には「今までどおりのTYPE-MOONだ」と思ってもらえるような形を目指して作っています。どうか,最後まで付き合ってください。最初から全力でコアを曝け出していく今までのTYPE-MOONとは感じ方が違うとは思います。でも,根底は同じなんです。
梶田氏:
これはまた難しい話になるので,奈須さん個人のビジョンとしてお聞きしたいのですが。スマホゲームは長く続くと改修できる限界を迎えてゲームクライアントそのものを更新するパターンがありますよね。そのあたり「FGO」はいかがでしょうか?
奈須氏:
そのあたりの話は武内がしっかりとしてくれているのですが,少なくとも現在の「FGO」が完結するまではゲームクライアントを変更せずに続けます。なぜなら「FGO」でやりたいことがすべて終わるタイミングと,「これ以上の改修は不可能だ」とゲームに限界が来るタイミングが一致しているという感覚があるんです。
梶田氏:
物語の終焉が,ゲームの終焉でもある。……しかし,「FGO」というコンテンツがそこで閉じてしまうとは到底思えません。
奈須氏:
はい。ソーシャルゲームで前例があるのか分かりませんが……。システムを完全に一新して,「新しい何か」を作りたいと思っており,構想だけなら練っています。……またクライアントさんの頭を悩ませるかもですが,できるかぎり,みんな幸せになれるような。そして自分も楽できるような。そんなハッピーな「これから」があったら,いいですよね。
梶田氏:
おお……また死ねない理由がひとつできてしまった。疑うわけではないのですが,「FGO」としては本当に第2部で完結するのでしょうか?
奈須氏:
用意したプロットとしては,第2部で終了する予定です。なので第2部までにできること,やりたいことを全部やり切るつもりです。……怖いのは,プレイヤーさんに「まだ続きを見たい」と言われてしまうことですね。
梶田氏:
あぁ……それは100%言われると思います。
奈須氏:
そうなった場合,「FGO」であれば“終わりの先”を描くことになるんですが,正直に言って地続きなお話にするのはかなり大変です。……可能ではあるんですが。
例えるなら「UNDERTALE」で最高のエンディングを見たあと,最悪のエンディングへ自ら歩んで行くような……。
梶田氏:
ビビらせないでくださいよ(笑)。しかし第2部の終了に合わせてゲームも閉じるとなると,プレイヤーはとてつもない喪失感に襲われますね。
奈須氏:
でもほら,それは僕がやりたいことでもあるんです。僕が最初に「FFIV」をクリアしたときに食らった喪失感を,みんなにも受け取ってほしいんですよ!
梶田氏:
それが叶ったとき,本当の意味で「FGO」は伝説の作品になると思います。
奈須氏:
開発チームにもライターさんにも,第2部最終章におけるギミックやプロット,終わり方まですでに伝えて合意が取れています。
梶田氏:
アニプレックスもOKを出しているのですか?
奈須氏:
もちろんです。そもそも今回のプロジェクトは岩上さん(※岩上敦宏氏)から直接「奈須さんがソーシャルゲーム苦手なのは知っているが,それでも力を貸してほしい」と言われて,参加することになったんです。そのうえでTYPE-MOONがプロジェクトを主導することを良しとしてくれました。
梶田氏:
ここまで稼げるコンテンツを人気絶頂のうちに閉じるということは,商売人ならあり得ない判断ですよね。なのに物語が“最高の終わり”を迎えるため,クリエイターの決断を尊重するというのは真のエンターテイナーですな。
奈須氏:
ただ,悔しかったこともあって。ちょうど第1部が終わって第1.5部を動かしている頃に「ニューダンガンロンパV3」を見せられたときは「ちくしょう小高(※小高和剛氏)め!」となりました。人気コンテンツをここまでバッサリ切るのかと。
梶田氏:
確かに(笑)。ですが,あれはコンシューマだからできたことのように思います。スマホゲームではより難しい。いちファンとして,その瞬間を迎えたらどんな気持ちになるのか……今からすでに楽しみです。
奈須氏:
喪失感を抱えながらも,確かに誇らしい気持ちになれるようなゲームを作りたい。そして,誰もが予想しなかった最高の形で“その後の何か”を作れたら素晴らしいなと。……そんな風に,未来の奈須きのこは頑張ってくれるでしょう。
ゲーマー・奈須きのことしての日常
稀代のストーリテラーが選ぶ3本とは
梶田氏:
本筋からは逸れてしまいますが,インタビューも終盤ですしちょっとした雑談をしてもいいですか? 「UNDERTALE」に「ニューダンガンロンパV3」と,新しめのタイトルが話題に出ていますが,しっかり遊んでいることに驚きました。
奈須氏:
忙しくてゲームを楽しむのは難しいんですが,最近の連休でようやく時間が取れたんです。1回目の連休は仕事で全部潰れましたが,2回目の連休でようやく少し休めました……。そこで,2日で終わる良質なゲームがあると聞いて「UNDERTALE」をプレイしてみたんです。
梶田氏:
それは良かった。ゲーマーとしての奈須さんも健在ですね。「UNDERTALE」の感想を聞くのも今さらな感じはするのですが,いかがでしたか?
奈須氏:
忘れていた何かを思い出すというか……なんでしょう,なんて表現したらいいのか。ゲームというものを心から信じている,“滅茶苦茶ピュアな心”と,ゲームで与えられる限界を知っている“荒んだ精神”が同居した作品なんです。ようするに,「UNDERTALE」には「ダンガンロンパ」の1〜3までが丸ごと入ってるんですよ。
梶田氏:
ほほう,非常に面白い視点です。
奈須氏:
「ダンガンロンパ」が「UNDERTALE」の1周目で,「スーパーダンガンロンパ2」が希望を語るPacifistルート,「ニューダンガンロンパV3」が世界にトドメを刺すGenocideルートなんです。僕自身も超楽しみましたしショックを受けましたが,小高さんはもっと深刻なダメージを受けたと思いますよ(笑)。
梶田氏:
それはぜひ,小高さんにも感想を聞いてみたいですね(笑)。
奈須氏:
何より,こんな作品が1年以上前に出ていたのかと驚愕しました。Web上ではすでに誰もが語り尽くしており,あとの祭りのような雰囲気。僕は今から祭りに参加したくてたまらないのに,こんなに悲しいことはないですよ!
梶田氏:
本当に貴重な休みをゲームに使うとは,やっぱり奈須さんもどうしようもなく“オタク”なんですねぇ。なんだかとても嬉しいです。
奈須氏:
尖っていてゲーム愛のある作品は,プレイしていてすごく勉強になるので。積極的に遊ぶことにしています。遊んでいて,「こういう切り口があったのか!」と,新たな発見に繋がることもありますし。
いいゲームを後ろめたい気持ちで遊ぶのはやっぱり嫌なので,まとまった休みを使って1本を遊び尽くしたいんです。今でも1日のうち1時間くらいはゲームをやるんですが,どうしてもプレイするのにカロリーを消費しないゲームに寄っていってしまうんですよね。「UNDERTALE」みたいに“いいゲーム”を遊ぼうとなった時は,無理に休みを作ってでも遊びますが。1日の合間に挟むのは,あくまで気晴らしのゲームです。
梶田氏:
あるあるですね。腰を据えて大作を遊ぶような時間は,なかなか捻出できないのが辛いところです。
奈須氏:
ただ,「UNDERTALE」をやってから“いいゲームをやりたい熱”が上がっちゃって。我慢できずに「Marvel’s Spider-Man」を買っちゃいました。まぁ,今は封印して「来週の土日に遊ぶぞー!」と思いながら毎日を過ごしているんですが……。
梶田氏:
しかし,そうなると映画や小説をチェックする時間はますますないのでは?
奈須氏:
いえ,映画は1週間に1本は必ず観るようにしています。あらゆるエンタメの中でも最大級に金が掛かってるクセに,短時間で完結するので。物作りに携わる人間にとって,あんなに美味しい御馳走はありません。
小説も移動時間で読めるのですが,ゲームはどうしても画面と向き合う必要があるので……昔みたいに「土日は必ずゲームをやるぞ!」というワケにはいかないんですよね。それにしても,昔は好きなゲームがひと月に1本出りゃ良いほうだったのに,今や1週間に2〜3本出るとか。これはもう,僕が生きているうちにやりたいゲームを遊び尽くすのは不可能ですよ!
梶田氏:
その中で「FGO」まで遊んでるとか,どうやって時間を捻出しているんですか。
奈須氏:
「FGO」に関しては仕事という建前でおおっぴらに遊べる唯一のゲームなので(笑),一番触っています。林檎をかじってBOXガチャを40箱以上空け続けて仕事が止まっても「これは仕事!」と言い張れる……張れるよね? バランスの話だし……素材とかいっつも足りないし……。
梶田氏:
わかります。BOXガチャで稼げるうちに稼いでおかないと,あとで後悔するんですよ!
……ところで,これは自分がお会いしたクリエイターさんに必ずしている質問なんですが,これまで観てきた映画の中で最高の1本はなんでしょうか?
奈須氏:
うっ……。参考にするならとか,個人的に好きとか,物語が好きとか,何らかの焦点があれば挙げられるんだけど……。しかも1本ですか!
梶田氏:
難しいですよね。でも,捻り出した1本がその人物の人生観というか,人となりそのものを表していたりするから面白いんです。
奈須氏:
……3本くらいにして!
梶田氏:
……分かりました! 特別ですよ(笑)。3本だといかがですか?
奈須氏:
「ビッグ・フィッシュ」(2003)と,「少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録」(1999),もう1本は甲乙付け難いですが「ショーシャンクの空に」(1994)か「ガタカ」(1997)。完成度で言えば「ショーシャンクの空に」なんですが,ここで挙げるならば「ガタカ」ですね。
梶田氏:
「ビッグ・フィッシュ」「ウテナ」「ガタカ」ですね。理由をお聞きしてもよろしいですか?
奈須氏:
「ガタカ」は人間の劣等感のような部分を「適正者」と「不適正者」という差異によって描いているんです。その中で不適正者が努力し,独力で成功を掴む。最後に,それが多くの人間の優しさによって支えられているものであったことを知り,そのうえで次の地点を目指すという,とても励まされる映画だった。
そして「ビッグ・フィッシュ」には,ホラ話で多くの人々を幸せにしてきた男が登場します。とても悲しい物語なのですが,最後には「なんて幸せな人,なんて素晴らしい人生だったんだろう」と,納得して幕が降りる。これはクリエイターの姿勢として,ごく単純に好きなんです。
梶田氏:
「ガタカ」が奈須さんの人間的な内面,そして「ビッグ・フィッシュ」がクリエイターとしての姿勢に合致していると考えればこれ以上ないくらいしっくりきますね。さらに,オタクの部分を担っているのが「ウテナ」ということですね?
奈須氏:
そうですね。「ビッグ・フィッシュ」を観る前までなら,クリス・ヴァン・オールズバーグの「ザスーラ」が入っていたかもしれません。所詮は「ジュマンジ」のSF版だろうと思っていたんですが,観てみたら僕にブッ刺さりまくる内容だったんです。構成の妙といい,伏線の使い方といい……。
梶田氏:
素晴らしいチョイスです。奈須さんのファンでまだ映画を観ていない人はすぐにVODサービスで検索,もしくはレンタルビデオ店に駆け込みましょう。
奈須氏:
いやぁ,しかし梶田さん。「ガタカ」なんてよく知っていますね。
梶田氏:
映画ライターもやってますから。アニメやゲームと同じくらい愛しているコンテンツですよ。奈須さんは最近もこまめに映画をチェックしているようですが,何か個人的なヒットはありましたか?
奈須氏:
エンタメ作品として上手くやったなと思ったのは,さっき名前を出した「ジュマンジ」の続編である「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」ですね。ボードゲームという印象付けのあった前作から,ビデオゲームに進化させたのは良い決断だったと思います。なによりジャック・ブラックの演技が面白すぎた(笑)。
梶田氏:
自分も観ました。あれは楽しめましたねぇ。ドウェイン・ジョンソンの“キメ顔”芝居も最高でした。
奈須氏:
その昔,シュワちゃんがコメディ映画に出てた頃の笑いに近い感覚でしたね(笑)。
梶田氏:
映画から得たインスピレーションは,やはりゲームに活かしやすいですか?
奈須氏:
もちろんです。例えば「ここはどういうビジュアルが良いですか?」と聞かれた時に,「じゃあ『マン・オブ・スティール』の最終決戦みたいな感じ」って答えたり。共有できる映像美という意味で,映画は最高の参考資料でもありますから。たまに「あ,僕スーパーマン観てないです」って返されちゃって悲しくなったりしますが(笑)。
梶田氏:
マーベルだけじゃなく,しっかりDC系の映画も観て!
奈須氏:
本当だよ!
奈須きのこが構想する“合体宝具”
「FGO」は決して改革を諦めない!
梶田氏:
さて,長々とお話を聞いてしまいましたが,最後に奈須さんからプレイヤーへのメッセージをお願いできますでしょうか。
奈須氏:
はい。僕は「FGO」を何の不満もないゲームにしたいと思っています。例えば,戦闘はもっともっと面白いものにしたい。そんな中で宝具をスキップさせてほしいという要望は,現状で至極真っ当な声だと理解しています。そこで我々が真のクリエイターであれば,プレイヤーから「宝具は飛ばさないでくれ!」と言わせるようなものを作らなければいけないでしょう。これは実現できない理想論かもしれませんが,奈須きのこという個人としてはそれを実現するために口を出し続けます。……合体宝具とか。
梶田氏:
え? 今しれっと“合体宝具”って言いました?
奈須氏:
戦闘をより面白く,演出とゲーム性を両立できる方法として実は何度か提案しているんですよ。
梶田氏:
いや,それは「FGO」で実現するならば両手を広げて歓迎したいですが……どのような仕様を想定されているんですか?
奈須氏:
宝具同士にも個別の相性が設定されていますから,プレイヤーさんが宝具間の繋がりを考えるようになったら,ゲーム的な試行錯誤がもっと増えると思うんです。例えるならば,目指すのは「スーパーロボット大戦」の同時攻撃や合体攻撃ですね。理想が実現すれば,工夫を重ねた合体宝具が絶大なダメージを叩き出す瞬間の喜びを十二分に味わえるんじゃないかと。もちろん,ゲームのテンポを損なわないようスピーディーに魅せるのは大前提ですが。
梶田氏:
ワックワクしますね……。なんとか実現してほしいです。
奈須氏:
はい。まだ力の及ばない部分はたくさんありますが,それでもディライトワークスさんと一緒に,可能なかぎり「FGO」を成長させていきたいと思います。
人間は決して独力では空を飛べません。それを擬似的にでも実現する道を探し出すか,今できることを最大限まで突き詰めるのが作り手というものです。「FGO」が主にやっているのは後者ですが,改革を諦めてはいません!
梶田氏:
いちファンとして,そしてPRに携わる身として今後の「FGO」にますます期待しています。ありがとうございました!
―――2018年9月26日収録
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