プレイレポート
【山本一郎】「信長の野望・大志」アフター・アクション・レポート。義清物語(前編) 立身興国! 本人以外無能軍団村上家の逆襲
「義清さま,おめでとうございます!」
「お館さま,ばんざーい!」
凱旋。城下にこだまする領民の出迎えに,馬上から満面の笑みで義清は応えます。
「んふふふ,ふふふふふん,よいぞ,よいぞ」
普段は能無しと罵られる各将も,少し誇らしげに駒を並べて入場します。義清の読み通り,武田家は動きませんでした。
突然攻め込まれ,合戦で叩きのめされ,城を囲まれ,矢も兵糧も尽きて降伏に追い込まれ,併合させられて,呆然とする小笠原家の降将達。一人残らず全員捕らえられて,当主・小笠原長時以下すべて葛尾城まで顔面蒼白のまま引っ立てられていきます。そこで斬り捨てられるか,高射砲でミンチにされるか,覚悟を固めていた小笠原家の面々を待っていたのは,満面の笑みで宴会に迎え入れる大名・村上義清の姿でした。
宴会入り口の横断幕に書かれた紅白のボンボンで飾り付けられた「ようこそ! 村上家本拠地・葛尾城へ」という明るいポップ調の文字の下を,呆然とした小笠原家各将が潜り抜けると,須田満親以下村上家各将が受付テーブル前で「村上家武将再契約書」を手に並んで座っています。戦国大名・小笠原家の滅亡を思い歯噛みする者,己の力量をまた活かせるならと淡々とする者,まずは命あっての物種と安堵の表情を浮かべる者…… 再契約を終えた者の中には,当主・小笠原長時と,その弟・小笠原信定の名前もありました。戦国の世に生きるものだからこそ,無理に腹を切らず運命に身を委ねる。あの葛尾城落城で長尾家に落ち延びる夢を思い返した義清には,彼らの心情が分かっていたはずです。
しかし,義清にとってこれが終わりではありません。むしろ,始まりであって,早くも小笠原家の富を支えた商圏の確保や生産設備の充実,カネをバラまき集めたニートを足軽として雇い直す準備は着々と進んでいきます。
村上が城,村上が民を,そして村上家を,武田長尾の野望から守り抜く――義清の目線は,遠く,鋭くなっていきました。
「殿,殿! 一大事にございます!」
「誰だお前。えっと,スダピンボール?」
「ファミ通方面にしか通じない冗談を仰っている場合ではございません! お急ぎくだされ」
葛尾城下の玉ノ井の居宅は,晩夏を惜しむかのような蝉の鳴き声が喧しく響いていました。
――最愛の妻,玉ノ井の自害。
悲劇は,唐突に訪れます。血相を変え駆けつけた義清が目にしたものは,丁寧にあしらわれた白装束に折り目正しく添え紙を握った匕首を首筋にあて,こと切れた玉ノ井と,それに殉じ身体を折りたたむように後を追った侍従の女達の血で,壁や天井,障子と小間のあらゆる場所に紅の模様で彩る空間――夫婦が愛を交わした玉ノ井の居室は,無残な惨状となっていました。その中を,腹をすかせた国清が籠の中で元気に,大声で泣いて,膝から崩れ落ちる義清の,心の最後に繋ぎとめる細い,細い一本となっておりました。
「おお……どういうことだ。これは,どういうことだ」絞り出すように,義清は汚れるを厭わず玉ノ井を抱き上げ,見開いた瞼をそっと閉じると,血で赤黒く固まった玉ノ井の頬に張り付いた髪を震える指で丁寧にかき上げます。「こんなに……冷たくなって。川釣りに,行くのではなかったのか玉ノ井。何故なのだ」
静かな時間が,場を支配していました。
急報を聞いて後からどかどかと駆けつけ,惨状を見て動揺する家臣衆。壁際で,母の死を見据え静かに座っている月姫。残る世話回りの女達は気丈にも部屋を片付けていきます。玉ノ井の亡骸を放そうとしない義清も,血を拭い,何度も何度も,聴き取れない独り言で唇を動かしていました。声を掛けられ,気を取り戻した義清は,気の毒そうに戸板を運び込んできた家臣に無言で目礼をします。大柄な義清が,まるでしょぼくれた老人のように小さくなっていました。両手で抱えた玉ノ井を優しく乗せて,部屋から去っていくのを義清は自失の表情で見送ります。静かに,しかし慌ただしく皆が働いて,玉ノ井の居室は生前の姿に戻ろうとしているかのようでした。
いつの間にか,国清は,義清の胡坐の上にいました。「お前の,たった一人の母ちゃん,死んじゃったな」
不思議そうに父を見上げる国清に,覆いかぶさるように……腹の下から湧き上がる悲痛の念が,声にならない嗚咽と涙が義清の体躯を震わせます。まだ髪も生えそろわない国清の頭で大粒の水滴が撥ね,まだ血糊の残る畳に小さな染みを作っていました。乾いていく血の,独特な匂い。戦場では嗅ぎなれたはずの匂いでも,この場では濃い澱のように包み込んできます。「俺は何のために戦っているんだ……家族や領民の幸福のためじゃなかったのか」
泣き崩れる義清のいつになく丸い背中を見つめる家臣団にも涙を堪える者あり,また,平伏する姿勢を崩さぬ者あり,各々の想いで情景を見つめていました。
行き場のない静寂を打ち破ったのは,またも急報を知らせる声でした。
「殿! 殿!! 一大事でございまする!」
「誰だよ……」押し出すように声の主に振り返り,吐き出すように義清は応えます。「もう一大事は起きてるだろうがよ,ってお前は!!」
義清は国清を抱きかかえたままいきなり立ち上がると,声の主に正面から豪快な蹴りを打ち込みます。
「わーーーー!!」
「誰だ!!」
数瞬,ゴロゴロと転がるとやっとの思いで普段の平伏スタイルに戻って声を張り上げます。
「須田満親にございます!」
「お前だ! お前が玉ノ井を殺したのだ! そこに直れ!!」
「お,お待ちください,殿! 義清さま!」
突然の修羅場の到来に,控える家臣団も呆気に取られ,悲しんでいいのか場を納めなければならないのか,ただオロオロして義清と満親の顔を交互に見るのみです。蹴とばされた折に柱に打ち付けた鼻から血を流しながら満親は叫びます。
「殿! どうか,どうか冷静にお聞きください!」
「これで静かにしていられるか! てめえ,どの面下げて俺の前に現れやがった!」
「ひええええ,お助け!」
我を忘れて満親を二度,三度と蹴とばします。身体という身体から再び湯気を立ち昇らせた義清の怒りを押しとどめることはもはや不可能です。血なまぐさい惨劇から一転,主の怒号と,助命を乞うか弱い声が混じり,修羅場も極まります。血塗られた部屋で右往左往する家臣団のところへまた蹴とばされた満親がもんどり打ってぶつかり,ボウリングのボールがピンを倒すように数名の家臣とともにゴロンゴロンと転がる悲劇へと発展していきました。
「槍を持て! この口だけ男を手打ちにしてくれる」
「お,おま,お待ちください義清さま! せめてお話だけでも」
「聞く耳あるか馬鹿野郎!」
「わーーー!!」
この悲劇を止めたのは,猛り狂う男の胸の中にあった,小さな命でした。「ほ……ほんげー,ほんげー,びーーーーっ」
わずか半年もせず母親を失った,幼い国清。周囲の異変に気付き,怖れて,小さな拳をぶんぶん振り,その存在をアピールしていました。
「おお……,おお,泣いちゃった国清。すまぬ,よしよし」
「ほんげー,ほんげー,ほんげー」
「ごめんごめん……,怖くないよ,ごめん……」
泣いた国清をあやすようにして,いつしか,義清のほうが静かに泣いていました。「志」に「家名存続」を掲げながらの正室の自害。開きかけた花が,急速にしぼんでいくようで,この猛将でも心に開いた穴を埋めることは難しいようでした。
「殿。畏れながら」鼻血を出し目の周りに青黒いあざを作りながらも,満親は再び平伏モーションから義清に声を掛けます。「このたびは大変なことになりましたが,急ぎ,殿にお伝えしたき儀がございます」
「……。満親。……今度はなんなの」
「申し上げます,越後長尾家の長尾景虎(上杉謙信)が,総勢約1万5000の軍勢を率い,ここ葛尾城に攻め込んでくる模様です」
ふいに,国清が,泣き止みます。そして,赤い目をした義清が。口を開け呆然と見つめる諸将が,その場にいる全員が,満親を見ます。
「は? 満親。いま,何と申した」
「はい。いま一度申し上げます。長尾景虎勢1万5000が,葛尾城に向かっております」
家臣団は1万5000という兵数に,そして巷では軍神とも崇められる名将「長尾景虎」の名前にどよめきます。
「……そうか」
義清は,白い表情のまま国清をそっと乳母籠に戻すと,そっと布をかけました。 固唾を飲んで見守る家臣団。
無言で月姫は裾を手で押さえ,スッと立ち上がります。その気配を感じた義清は横目で月姫を見やると,国清の入った籠を月姫に差し出し……,月姫は義清の髭面の頬に強い平手打ちをかまします。
パーン。
静かになった居室に,一際乾いた音がこだまして,愛した母親の命と引き換えに得られた村上家の命脈を託すかのような,清らかなビンタでした。
沈黙。侍女達に伴われた月姫は国清とともに退室すると,玉ノ井の居室は義清と家臣団の居並ぶ軍議の場へと空気が変わっていきます。重々しい空気を破るように,義清は口を開きました。
「俺はどのような苦難も乗り越えるべく戦ってきた。槍一本で国を守り,民を守り,家族を守ると誓った……」
「義清さま。それは無論,家臣領民みな承知しております」
「俺達の手勢は,どれだけだ」
「いま現在,約6000」
「敵は倍以上か。話にならんな……」
家臣団諸将もざわめきはじめます。潔く降伏すべし。葛尾城に籠り,援軍を待つべし。そわそわする家臣は,勝ち筋なしと見込んで,一足先に長尾勢に寝返ることを考えているのかもしれません。
「義清さま,さらに申し上げます。長尾勢は,越後上杉どの,蘆名どの,上田長尾どの,椎名どの,また羽州の雄・伊達どのも敵側で参戦との報告にございます」
ざわざわする家臣団。ついに,剥き出しになる長尾家の野望。用意周到。来るべき日が来た。それは,圧倒的に優勢な大名が弱小大名を食いに行く,文字通り戦国の世の常であり,力の無い者は負け,奪われ,死んでいく世界なのです。
村上家に援軍はなし。戦国きっての名将,長尾景虎の先陣1万5000にひとたび突破されれば,村上家各城は瞬く間に陥落し,歴史の波間に消えていくことになります。
「家臣団からは,勝ち目なしゆえ,山内上杉家や武田家を頼り落ち延びるが上策との声も出てまいりましょう……」
「ふん。で,満親。お前はどう思うのだ」
「わたくし,ですか」
満親はボロボロの顔を上げ,ニヤリと笑います。据わった男の,眼光でした。
「義清さまと共に,お家,この村上家を守りとう存じます」
「……そうか」
義清は,己の憔悴した顔に再び精気が漲ってくることを自覚します。戦いだ。戦ってこそ,活路がある。戦い抜いてこそ,未来がある。力を尽くし,知恵を絞り,人心をひとつにして戦うことにこそ,この窮地を切り抜ける方法ではないのか。
お互い顔を見合わせ,再び静かになる家臣団。義清の言葉を,決断を,再び待っているかのようでした。
「俺はいまだ,猛烈に悲しい気分だ」
「御意」
「だが……,この悲しみは後回しにしよう。人は,生き抜いてこそ悲しみを癒すことができる」
「さすがは殿。ご立派にございまする」
「時間もない。満親,策を申せ」
「ははっ。こちらをご覧ください」
満親はスクリーンショットを示しながら敵の集結地点と行軍予想路を説明します。
「ここが我が軍。せいぜい6000しかおりませんが,これが主力です。対する長尾勢は長尾景虎を筆頭に椎名勢,上田長尾勢も併せて精兵約1万5000,まともにぶつかっても勝算はございません」
「ならば迂回して後背を突く進軍をするか?」
「戦略シミュレーションゲームの多くには奇襲策もあるのですが,本作にはなぜか行軍の正面/側面という概念もなく,包囲などもありません。当方寡兵につき戦力分散は厳しいだけでなく,新発田城ほか敵の余剰戦力で捌かれるうえ,長尾景虎軍が陽動を気にせずそのまま葛尾城に侵攻されては落城して敗北するのみです」
「マジで」義清は立派な髭をたくわえた顎をしゃくります。「正面から,ぶつからざるを得ないのだな」
合戦をしても,勝算はない。なのに,合戦しなければならない。このジレンマに,満親の説明を聴いていた家臣団も再びざわざわし始めます。
「お前ら,静まれい」
「なぜかこの『信長の野望・大志』では,速攻や奇襲をしようにも合戦場所が指定され戦う両軍がマッチングされてしまうと,敵の防衛戦力が集結地に揃うまで城攻めや生産地荒らしができません。また,補給路を断つという仕様がないため,お米と士気がある限りどんな大軍だろうがどこまでも進撃してまいります」
「いかんでしょ。他に方法ないの」
「ゲームの仕様上,スパム部隊を送ったり奇襲したりといったセコい戦術が許されません。堂々と決戦して勝敗を決めろっていうコンセプトでもあるのではないでしょうか。一応『忍の里』という施設もあるのですが,ニンニンしてる割にかけたカネに見合う効果がありません。いずれの仕様も不利に傾く弱小勢力には大変迷惑な話です」
家臣団の間からは,再び主戦論,籠城論,降伏や逃亡など,口々に対応プランが突いて出ます。義清は家臣団の話を一通り聞きつつも,いまだ考えがまとまらないようでした。
「しかし,籠城というわけにもいくまい。正面から合戦で討って出て戦うのか。あの名将・景虎と。満親,どうだ」
そこで満親の眼が,キラリと光ります。
「ふふふのふ,この満親の考えをお聞きください。敵は”長尾連合軍”,というのがミソです。確かに勝てる気がしないほど強大ですが,わざわざ越中から春日山城経由で椎名勢が,また長尾景虎自身は佐渡島の雑太城から海を渡って集結地までやってきます。村上が地に敵軍が来るまで一か月余の猶予があります」
「ほほう? その間に対策を打てばよいのだな」
「その敵軍の結集に時間がかかることを利用して,深志城獲得で得たカネを使い,ニートをかき集めてゲバ棒を持たせ足軽にし,一時的に農兵も徴兵します」この葛尾城城外にも,仕事を求める若者や中高年が列をなしてハローワークで元気に並んでいました。
「そうか,そこでカネを足軽に使うのだな。よし,お前らいいからさっさと募集広告を出せ。『戦闘員募集!』って」義清は膝を打ちます。「しかし,一か月かそこら募兵したところでそこまでは集まるまい」
「そこは農兵も併せて募集するのですが,4つの城で2000人強,上積みできます。募兵が遅いのは……,怖れながら,我が殿の『志』である『家名存続』のペナルティで募兵スピードが減るのです」
「何その理不尽な仕様……でも敵は1万5000,こちらはかき集めても8000ちょっとではそれでも倍近いぞ」
「しかしですな。我々はなぜか衛星画像により完全に敵の進軍ルートを知っております。シミュレーションゲームではあってはならないことの一つですが,本作品ではこれが普通にまかり通っているので,それは仕方ないこととしましょう」
「敵の戦力や進軍経路を読みながら対策を練るシミュの醍醐味が木っ端微塵になっとるがな」
「プランナーが戦略シミュレーションをやり込んでないのでしょうか……。しかしながら,奇襲も伏兵も補給路断ちも挟撃・半包囲も許されませんので,できることを全部やろうということで,建設しているのがこの巡見所(LV2)と防塁(LV2)です」
「なんだこれは?」
「我らはどうせ兵力が少ないですから,たくさんの兵が戦える平野の広い戦場ではなく,山がちで大兵力を投入しづらい郡で待ち構えて,長尾勢が全兵力で戦えないようにすることが第一です」
「ふむ。続けよ」
義清は眉を開いて献策を聴く傍ら,家臣団に横目で目くばせすると一部の家臣たちは早々に城下へ走り,流民をかき集め武器の調達に飛んで,にわかに戦争準備が始まりだしました。満親はさらに説明を続けます。
「はい。予想される敵の葛尾城への進軍ルートにある『海津』ですと,比較的戦場は小さく,敵も味方も1万3000ずつしか戦場に兵力を展開できません。これだけではまだまだ敵は多いですが,敵味方共に参戦できる兵数を削る『防塁』はLV1でも戦場投入可能兵力を3割も削ります。LV2なら3割5分,LV3なら4割です」
「何それ,握手会のバリケードかよ。しかしそれで,我が村上家は長尾家と互角の兵力で戦えるわけだな」
「左様にございます。しかしながら,冒頭にも申しました通り,私ども村上家の家臣団は概ね……」
「無能無能アンド無能」
「ですので,同じ兵力で長尾家と殴り合うと完敗いたします。そこで役に立つのが戦場で自軍だけが投入兵力を増やせる『巡見所』でございます。LV1につき,なんと味方だけ1000人,戦場に多く兵力を送り込めます。つまり,『防塁』で敵味方の投入兵数の上限を減らし,『巡見所』で味方の投入兵数を増やすことで,あら不思議。兵数で劣勢のはずの合戦で敵より優位に戦うことができるのです」
「防塁や巡見所がどういう仕組みで戦場に投入できる兵隊数を増やしたり減らしたりできるのかさっぱり分からんが,よく分かった。それで満親は対長尾戦を見込んで『進軍路を読み,施設を建設して備えとしたい』と言っていたわけだな」
「はい。これであれば,モビルスーツの性能がゴミでも設備をきちんと建設し戦場を選べば,戦いは数だよ兄貴に持ち込めるわけです」
「そのジオンな感じ,悪くない。お前の策に家の未来を賭けよう。長尾景虎を打ち破ったとなれば,大名諸侯も村上家に一目置くはずだ」
「はい。少なくとも長尾家の出鼻を挫けば相当な時間稼ぎにはなります」満親は,腫れた顔を突き出します。「殿。ご決断を」
泣きはらした眼に戦う男の炎が宿る。義清は立ち上がります。
「よし。希望がある限り俺達は団結して戦う。『家名存続』は我が志,我らが悲願。家を守り民を守り城を守るぞ。お前らそのつもりでかかれ!」
「ははっ!!」
満親以下,軍議のため残っていた家臣も,わずかな可能性に賭けるべく持ち場へ飛んでいき…… 主人を失った玉ノ井の居室に,義清は一人,残されました。在りし日の玉ノ井の優しげな視線とぬくもりが,義清を包んでいるかのようでした。
「許してくれ,玉ノ井。済まぬ。済まぬ」義清は悲しみを振り払うかのように,一人,瞳を潤ませ,言葉を繋いでいきました。「どうせ,俺も後から行くのだ。頼む……俺達を助けてくれ」
*
「伝令! 長尾軍・長尾景虎勢,上田上杉勢,椎名勢が進軍してまいります! やはり『海津』を通過するようです」
「おお,なんたる……」
山間の『海津』とはいえ,堂々たる行軍で威容を示す長尾軍に向け,村上軍約8000は布陣します。かき集められたニート達も,無能と呼ばれる武将達も,急場の徴兵にもかかわらず引き締まった顔で戦場に並び,おう,おうと意気を上げていました。
「どうしてどうして,みんないい顔しているじゃないか。もういっぱしの村上の者だな」
「無職とて,志を分かち合い,役割と装備を与えれば,立派に戦うものでございます。無職を蔑むのは,人の持つ本当の力を知らぬ者です」満親は,山を越えてくる長尾勢の隊列を仰ぎ見ていました。
「そうだな。滅ぶ者は,力がないからではない。力を,出させないからなのだ」義清は首を鳴らすと,愛用の長槍を握り締め,具足ごしに,ぐい,と力を籠めます。
「もう半刻ほどで接敵いたします。脇備えはこの満親と,『戦国時代のガッツ』こと小笠原信定どので務めます。できることはすべてやりました。あとは奮戦あるのみです。存分にお暴れくだされ!」」
「おう。やってやろうじゃねえか!」
「野郎ども! いくぞーー!!」
「おおーー!!」
開戦――守る村上勢・約8700,攻める長尾連合・約1万5000。太鼓が打ち鳴らされ,法螺貝が吹き上げられます。雄たけびを上げ,進撃する両軍。緒戦から前に出た村上勢本隊のそのさらに最前列にて,村上義清自らが長槍を持ち敵と切り結び奮戦。自領・海津を知り尽くした村上勢は長尾勢を圧倒します。大善戦。楽勝を信じ,力任せに前に出る長尾勢は,格下と侮った村上勢の思わぬ反攻に列を乱し,崩れ始めます。
「押しつぶせ!」
「上」の字の旗を翻した村上義清本隊が狭くも凄惨な戦場を縦横無尽に駆け抜けて長尾勢先鋒を突き破ると,なんとなんと,越後の毘沙門天と謳われた長尾景虎の軍勢を正面撃破。まさかの敗勢に浮足立つ長尾連合軍に村上勢の猛攻は止まらず,山に退路を断たれた長尾勢は総崩れになりました。「追え!」「突き崩せ!」長尾家有力諸将が立て直す間を与えず,長尾勢の陣を焼き払い村上勢は蹂躙します。
「俺達の,勝ちだ!」
「おおーーっ」
「殿! 義清さま!! やりました!」
大番狂わせの大勝利は,長尾家の野望を正面から打ち砕き,敵兵7000あまりを死傷させる大戦果を挙げることとなったのです。決戦での大勝利に諸手を挙げて咆哮を上げる村上軍。
「負傷した将兵は馬に乗せて城へ引き上げろ! 戦場に倒れて息のある者は敵味方関わらず水を飲ませて手当てを忘れるな」義清は手早く指示を出すと,狭い戦場におびただしく散らかる兵達の骸を物悲しく眺めます。時代に翻弄された,若者達の死。「これだから,戦は嫌いなのだ……」
「殿。生き残るための戦いです。必要な犠牲もまた,乗り越えていかなければなりませぬ」
一瞬――義清の脳裏を微笑む玉ノ井が横切り,義清は表情を曇らせます。しかし,直後に義清の口を突いて出たのは,敵に対する尊敬の言葉でした。
「恐ろしい敵だった。長尾景虎,さすがは武名を世に謳われる男だけある。一歩間違えば,負けたのは俺達だった……,本来ならば,共に戦う友であってほしいものだ」
「何をおっしゃいます。この戦いでお分かりでしょう。殿のほうが,景虎より強いのです。畏れながら,殿はご自身の強さをときどきお忘れになるよう,満親には見えまする」
「俺はもう,誰にも死んでほしくはないだけだ」義清は静かに語ります。「ただ,この地を,家を守りたい」
「されば」満親は言葉をつなぎます。「殿は戦のない世を実現するために……,日ノ本の半分を治め,帝を擁せば征夷大将軍に任じられ,武家の棟梁として戦をやめるよう命令を下すことができるのです」
「えっ。何それ凄い」
「我が村上家を守る『家名存続』とは,究極には村上家を脅かす勢力をすべて手中に収め,何者も村上に害することのないよう無二の存在となることでございます」
「そうか。長尾だ武田だと言っている場合ではない,ということか」
「然様。守るだけが軍略にあらず。一歩前に出て,勝ちを取りに行くことこそ真なる村上が道にございます。その向こうには,朝廷が,幕府がございます」
「なるほど。先が拓けた気もする。ありがとう満親。よかろう,前に踏み出そう。手始めに長尾が城,飯山を取りに行くぞ」
大方の予想を裏切る村上軍の勝利。敗走する長尾家を追うように長尾領の最前線・飯山城へ,戦勝の勢いそのままに一気に迫ります。
まさかの敗戦に驚愕する長尾勢は隊をまとめることも叶わず,反攻の機会をうかがいながら飯山城に籠城。村上軍,反撃の攻城が始まりました。
「者ども! 囲め!!」飯山城近くに陣を張り,義清は大声で檄を飛ばして,長尾領を全力で刈り取りに行きます。「村上が力を,奴らに見せつけてやるんだ!」
「殿! 義清さま,大変でございます!」
「んー? どちらさまで?」
「殿! 満親です! マイ ネーム イズ満親」
「冗談だよ。お前は普段着も面構えも地味メンだが,そのサラリーマンが安い紳士服屋で仕立てたようなテンプレの鎧兜でウロウロするのやめてくれる? で,どうした」
「怖れながら申し上げます,武田晴信が深志城に攻め込んでくる模様です!」
「何だと!?」
義清は再び勢いよく満親を蹴飛ばすと,いま包囲したばかりの飯山城を見上げます。
「わーーー!」
「くそ,これからというところで。」
「義清さま,如何されますか。戻られますか,囲みますか」
「是非もなし。兵も減ってるし長尾勢が救援を送ってくる前に飯山城が落ちる保証もない。長尾家に講和の使者を出せ。さっさと帰るぞ」
「ははっ」
包囲を解き帰城の準備を進める伝達に飛ぶ満親の背中を見送りながら,義清は太い腕を組み,思案に暮れていました。
「長尾と戦えば武田に攻められ,武田と事を構えれば長尾に隙を突かれる……,といって,長尾とも武田とも同盟が結べぬ」憂い深く義清は困惑の表情で陣中を歩き回ります。「いつまでも守っているばかりでは活路は拓けぬ……,如何したものか」
「殿! 満親にございます。本隊の撤収の準備が完了しました。閲兵,されますか」
「……分かった。いま行く」
「はっ」
「進めー! 野郎ども,帰るぞ!!」
秋は徐々に深まり,信州と越後にまたがる壮大な山々は徐々に紅葉の彩を強めて,秋晴れの穏やかな日差しを受け輝いていました。人の力の及ばぬ見事な景勝に見惚れつつ,義清は何度も何度も,こうべを垂れて思案を繰り返すのでした。
「玉ノ井よ……,俺は力が欲しい。どんな奴にも負けない,大事なものを守り抜く力を!」
踵(きびす)を返し,友軍の撤収を見守る義清の髭や陣羽織を,山から降りた冷たい風がほのかに揺らしていました。
【後編予告】
「家名存続」の志のもと,長尾武田二大大国に挟まれた村上家はラブ&ピース外交に打って出る! のちの世で評される「村上ちゃん同盟ネットワーク」の構築に成功した村上家,そのまま友邦と愛情に満ち溢れた北信濃村上幕府を開くことができるのか!?
なお,「海津」での長尾勢との合戦は,防塁と巡見所LV2だけでは負けることがあります。より安定して長尾勢を退けたいプレイヤーは,防塁をLV3以上に引き上げ,45年10月までに葛尾城,深志城,砥石城,小諸城の総兵力を8500以上まで増やしておくことを推奨します。方策の精鋭足軽を実行して足軽をLV2にすると安定するようですが,必須ではありません。足軽がLV2になり,防塁をLV3に引き上げると,長尾勢が攻めてこないことがあります。
上級村上家については,検証動画を上げておきました。初手小笠原家攻略は安定しますが,次手に木曾家を攻略すると武田家が木曾福島城を狙って挙兵することがあります。この場合,木曾福島城を守り切るには損害が大きすぎるので結局見捨てなければなりません。その攻略コスト分だけ損をし,村上家の発展が遅れますが,武田家が攻めてくるのは確率6割ぐらいのようなので,この辺はお好みでどうぞ。
「信長の野望・大志」には,システム的に非常に多くの不満を感じていますが,理不尽な仕様も戦国の掟と割り切って楽しくプレイしながらパワーアップキットの登場を待っています。
■■山本一郎■■ 言わずと知れたアルファブロガーで,その鋭い観察眼と論理的な文章力には定評がある。が,身も蓋もない業界話にはもっと定評がある。ゲーマーとしても知られており,時間が無いと言いつつも,膨大に時間を浪費するシミュレーションゲームを愛して止まない。ところで,「信長の野望・創造 with パワーアップキット」のレポート記事は初回の掲載から終わりまで,足かけ1年近くかかりましたが,今回の後編はいつできますかね? 記事が「冬は寒いですね。」で始まらないことを祈っています。 |
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