インタビュー
「Microsoft Flight Simulator」に無料アップデート「Game of the Year Edition」登場。本作の現状と今後をヨーグ・ニューマン氏に聞いた
「Microsoft Flight Simulator」公式サイト
14年ぶりのシリーズ最新作として2020年8月18日にPC版がリリースされた「Microsoft Flight Simulator」は,Microsoftの地図サービスであるbing MapsやOpenStreet Map向けの衛星写真,航空写真など,登場時点よりさらに増えた4ペタバイトものデータをAzure AIで処理し,地球全体を3Dモデル化したフライトシミュレータだ。地形や樹木,河川,湖などが自動生成され,200万以上の都市や街,3万7000の空港,15億の建造物,2兆本の樹木などがゲーム世界に登場するという。さらに,気象データから得られた天候や大気中の水分,風向きなどから,その場所の雲の状態や太陽の光加減などをリアルタイムでシミュレートするという,最新技術が満載された作品でもある。
発売以降,注目すべき地域にフォーカスし,自動生成ではなくフォトグラメトリベースの手作業を交えて高解像度化した「World Update」のほか,機能の追加やシステム改善を行う「Sim Update」を数か月ごとに公開するなど,ライブサービスも順調に進められてきた。
2021年4月には日本語対応が行われ,同年7月27日にはXbox Series X版がリリースされるなど,約15か月にわたって弛まず進化を続けているという印象だ。
2020年末の時点で227万本のセールスが発表されており,これといった物語や戦闘などのない民間航空機のシミュレータとしては異例とも呼べる数字だろう。
「Game of the Year Edition」は無料アップデートだけでなく,製品として新たに発売されるもので,つまり,本作をこれから購入する人は,「Game of the Year Edition」を入手することになるわけだ。
10月20日に掲載した記事でお伝えしたように,「Game of the Year Edition」には,初となる戦闘機「Boeing F/A-18 Super Hornet」や,eVTOL(電動垂直離着陸機)の「VoloCity」など5機種が追加されるほか,ノッティンガムやヘルシンキ,ユトレヒトなど8都市,スイスのチューリッヒ空港やアメリカのパトリック宇宙軍基地など8空港がフォトグラメトリデータを元に詳細な3Dモデルになる。また,これまでマップに表示されていなかったアメリカの845の空港が新たに追加される。
詳細については過去記事を参照してほしい(今後,追加情報も出てくるだろう)が,そんな「Game of the Year Edition」と,マルチプレイでエアレースが楽しめる有償拡張パック「Reno Air Races」について,ここまでの軌跡を含めてニューマン氏に語ってもらった。
「Microsoft Flight Simulator」の“Game of the Year Edition”が11月18日にリリース。F/A-18 Super Hornetなどが登場
Microsoftは,「Microsoft Flight Simulator」の“Game of the Year Edition”を2021年11月18日にリリースすると発表した。ドイツのVoloCityや,初の戦闘機となるF/A-18 Super Hornetなど,新たな機種が登場し,空港や都市のHD化も行われる。既存のプレイヤーは,無料アップデートとしても利用可能だという。
「Game of the Year Edition」は,
ありがとうのメッセージ
4Gamer:
「Game of the Year Edition」がリリースされますが,製品版だけでなく,既存プレイヤーに無料で配信するというのは大きな決断だったと思います。
ヨーグ・ニューマン(以下,ニューマン氏):
「E3 2019」で初めて発表したとき,ゲーマーの反応が良くて手ごたえを感じました。そのときにした,「1か月単位でライブアップデートしていく」という約束も,多くのゲーマーにとってはイメージしづらかったかも知れませんが,ずっと守っています。6つのWorld Updateと6つのSim Update,それからXboxプラットフォームのサポート……。
一瞬で時間が過ぎ去ったような気がしますが,さまざまな開発者やコミュニティと一緒に仕事ができたことを非常に感謝しています。既存プレイヤーに「Game of the Year Edition」を無料公開することを決定したのも,多くの皆さんへの「ありがとう」のメッセージなのです。
4Gamer:
ハイペースでアップデートや機能追加が行われてきましたが,そのようなサービスを続けていくのは大変な作業でしょうね。
ニューマン氏:
フィル・スペンサー(Phil Spencer。Xboxブランドの責任者)に最初に話を持ち掛けたのは6〜7年前だと思いますが,企画を説明したあと,彼は私をじっと見て,「本当にこれをやりたいんだよね? いったん始めると,もう終わらせられないようなプロジェクトになるよ」と語ったのをよく覚えています(笑)。
アップデートは非常に入念に計画しており,例えば「Reno Air Races」は,2年以上も前から進めてきたものです。「Game of the Year Edition」は,「売れたら出そう」と思っていたわけではなく,ファンの要望が多かった戦闘機やヘリコプターなどができあがってきたタイミングだったので,アップデートに名前を付けた形になります。
4Gamer:
ヘリコプターは多くのファンが望んでいたものの1つですが,実装予定のeVTOLは,どのように生まれたものですか。
ニューマン氏:
eVTOLは,存在していることさえ知らなかったんですが,あるとき「VoloCity」を開発しているVoloCopterの人達と知り合う機会がありました。化石燃料に代わる電動の空を飛ぶタクシー「VoloCity」の構想をコンペに提出して,航空業界でも話題になっていたようですが,そんな彼らと何度か話すうち,試作機を「Microsoft Flight Simulator」で飛ばしたらどうだろうと私から持ちかけたんです。
通常の3Dモデルは各航空機製造メーカーから提供されるのですが,「VoloCity」については,珍しく我々の技術者が協力して作りました。世界に1機しかない試作機をゲームの中で操縦できるのは,本当に夢のようなことだと思いますよ。低空で速度も遅いですから,高解像度で描かれた街を飛び回るのはより楽しくなるはずです。
4Gamer:
アップデートでは,気象データの扱いについての変更があるとのことですが。
ニューマン氏:
ええ。天候グリッドをグローバルで増やしてさらに精密にしていくと共に,各グリッドの天候の違いがスムーズにブレンドされていくように調整しています。さらに,これまで「6時間後」だった天候のアップデートを,ほぼリアルタイムになるようにシステムを改善しました。具体的には,「気象予報」のデータを使ってあらかじめ計算しておき,その時刻になるとゲーム中に反映して,うまくブレンドさせるというものです。以前は,とくに空港での天候の違いがよく指摘されていたのですが,それも改善されるはずです。
4Gamer:
新たに高解像度化される空港や都市は,ほぼすべてヨーロッパとアメリカですが,これらはプレイヤー数を優先させたということですか。
ニューマン氏:
いえ,ほとんどがWorld Updateに間に合わなかったものです。現実世界は広いので,できることならすべてを最良の状況にアップデートしたい。しかし,リリースに間に合わせるためには,途中で断念せざるを得ないコンテンツもあるのです。開発していた担当デザイナーのやる気を削がないためにも,彼らにはWorld Updateのリリース後にもコツコツと作ってもらっていました。
マルチプレイでエアレースが楽しめる拡張パック
「Reno Air Races」
4Gamer:
VoloCityのような未来型の航空機が登場する一方,拡張パックとして「Reno Air Races」のような古風なエアレースをリリースするというのも面白いですね。
ニューマン氏:
MisrosoftのOSよりも長く続くシリーズですから,プロデューサーの私も,どこか伝統にこだわっているのかも知れません。
ほとんど売れなかったので知らない人も多いでしょうが,前作「Microsoft Flight Simulator X」の拡張パックとして,2007年に「Acceleration」をリリースしており,その中で「Reno Air Races」も楽しめるんです。コースが1つしかなく,使える機体も少ないなど,底の浅いゲームだったのは事実ですが,レースで使われる飛行機の中には,75年の歴史を刻む,世界で2機しか存在しないような,まさに博物館の展示物のような飛行機もあるんです。
レースを主催するReno Air Racing Associationとの関係を保ちながら,こうしたクラシカルなレースイベントもゲームでサポートしたいと強く感じていました。
4Gamer:
Reno Air Racesのコースは,本作では3つになっていますね。
ニューマン氏:
ええ。NASCARレースのように空のオーバルコースをグルグルと回るのですが,周長が長い順に「アンリミテッド/JET」「T-6」,それから「複葉機」という3つのクラスに分かれます。マップに使っている地形テクスチャは,Reno Air Racing Associationから8月に提供されたばかりの航空写真に基づいており,ほんの数か月前のネバダ州の風景を楽しんでもらえます。
4Gamer:
「The Reno Air Races: Full Collection」で一気に40機も追加されるのはすごいですが,フルプライスでの販売になることについてはどうお考えですか。
ニューマン氏:
その価値はあると思っています。価格については,本当に協議を重ねました。通常版の「Reno Air Races: Expansion Pack」で4機,フルバージョンなら40機の追加で,一機あたり1.5ドルほどになるわけですから,コミュニティには喜んでもらっています。
中には「シミュレーターなのにアーケードゲームっぽい」と皮肉る人もいるのですが,実際にテストしてもらったプロのレーサー達はその意見に同意しないでしょうね。完全な1つのシミュレーションゲームを作ったと思っています。
実際,40機すべてで,機体の内外を特別な許可を得て3Dスキャンしていますし,所有者の了承を得られない機体に関しては,同タイプの機体を探してフロリダにまで足を運んでいます。機体の中には,サードパーティのOrbxなどに協力してもらって3Dモデル化したものもありますが,T-6は我々がやりました。T-6って,実物は操縦するのが本当に難しいと言われている機体なので,腕に自信のあるバーチャルパイロットはぜひ試してください。1人でプレイできる「タイムトライアル」モードでスキルを上げて,最大8人でプレイできる「クイックマッチ」に飛び込んでほしいですね。
4Gamer:
オンラインのレース要素については今後,広がっていく可能性はありますか。
ニューマン氏:
ビジネスモデルはまさにそこにあります。我々がツールと「遊び場」を提供して,サードパーティにコンテンツを増やしてもらうことで,ゲームが1つの「ホビー」として活性化されるのです。ですから今後,サードパーティにがんばってもらえれば,日本を含めた世界中の景勝地で「Reno Air Races」が開催されていくのは,十分に起こり得ることだと思っています。
4Gamer:
「Reno Air Races」に参加すれば,Reno Scoresというポイントが加算されますが,リーダーズボートは定期的にリフレッシュされたりしますか。
ニューマン氏:
今のところ,シーズンなどで区切ったりすることなく恒久的に加算されていく仕様ですが,このあたりはコミュニティの要望を聞いて手を加えたいと考えています。
次のステップは,クラウドによる群集表現
4Gamer:
驚いたのは,コース脇にある観客席にいっぱいのNPCがいることです。どれくらいの数になりますか。
ニューマン氏:
具体的な数は分かりませんが,近くに寄ってキャプチャーした画像で人数を調べた開発者がいて,それによると2万人ほどだったそうです。現時点ではメインメモリで処理されていますが,クラウド技術を利用して,レース会場に限らず,空港の整備員や町を歩く人々を再現できないかと模索しているところです。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」でも使われていた,群衆表現をAIで処理する「Massive」というアプリケーションがあるのですが,同じようなものクラウドサーバーで処理することで,クライアント側に負担をかけずに何万人ものキャラクターが処理できるはずで,これが我々にとって次のステップになるでしょう。
4Gamer:
それはすごい構想ですね。現時点では,まだ12月以降のロードマップが公開されていませんが,何か理由があるんですか。
ニューマン氏:
単に忙しくてまとめ切れていませんし,次のWorld Updateのアナウンスなども,「Game of the Year Edition」の背後に隠れないように,タイミングを見はからっていたのです。
4Gamer:
「中国語のサポート」がアナウンスされていますが,そのときのWorld Updateは,中国がテーマになるということですか。
ニューマン氏:
今後のことを話し過ぎるとまた問題になっちゃいますが,World Updateと言語のサポートは切り離してお考えください。中国には美しい景観も多くて我々もいろいろ考えているところですが,なかなか難しいのです。でも,あきらめてはいませんよ。
4Gamer:
本日はありがとうございました。12月以降のロードマップの発表も楽しみにしています。
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