インタビュー
[インタビュー]ポリフォニー・デジタル山内氏が語る,映画「グランツーリスモ」。そして「GTアカデミー」とは何だったのか
映画「グランツーリスモ」公式サイト
当時,世の中からは無謀とも思われていたこの「GTアカデミー」というプロジェクトは,日産自動車のマーケターと「グランツーリスモ」シリーズのクリエイターであり,ポリフォニー・デジタル代表取締役 プレジデントの山内一典氏により立ち上げられたものだ。映画では,臨場感たっぷりのカーアクションだけでなく,レースに関わるさまざまな人々のヒューマンドラマも大きな見どころとなっている。
このたび,映画公開直前のタイミングで,山内氏を囲む複数メディア合同での対面インタビューが実現した。山内氏は,映画「グランツーリスモ」のエグゼクティブプロデュサーも務めている。
山内氏の視点で振り返る
「GTアカデミー」と映画「グランツーリスモ」
──まずは映画をご覧になった感想を教えてください。
山内一典氏(以下,山内氏):
この映画は,本当にいろんな紆余曲折を経て,ようやく出来上がったものです。結果的に素晴らしいものになって良かったと,胸をなで下ろしています。いわゆる「エンターテイメント」として,ものすごく丁寧に作られ,観た人の気持ちをポジティブにさせてくれる作品になっていると感じています。
──映画の題材でもある「GTアカデミー」を立ち上げたきっかけを教えてください。
「GTアカデミー」を立ち上げるきっかけになったのは,確か2004年のニュルブルクリンク24時間レース(2014 NÜRBURGRING 24h-RENNEN)です。そのときに僕は日産から招かれて,当時登場したばかりのフェアレディZをサーキットで走らせました。そのときに日産のグローバルマーケティングダイレクターのダレン・コックス氏と出会いました。
「グランツーリスモのプレイヤーは,プロのレーシングドライバーになれるかな?」とダレンから聞かれ,僕はその当時からそこに関しては確信があったので,「絶対なれると思うよ」と答えました。そこから,このプロジェクトはスタートしました。
──2008年以降,「GTアカデミー」が成功の輪を広げていくにつれて,山内さんご自身の心境の変化はありましたか。例えば実際に成功するかどうかの不安から,成功する確信に至った経緯などがあれば教えてください。
山内氏:
選手達が「グランツーリスモ」を通じて学んだドライビングテクニックが,リアルなレースの世界でも通用することに関しては,疑いを持っていませんでした。ただ,僕も「GTアカデミー」のプロジェクトが始まって初めて,モータースポーツの世界の内側というものを,だんだん知っていくわけです。
一人のドライバーを,あれだけ大勢のチームでサポートしながら走らせ,勝負させるモータースポーツというのは,ほかのスポーツとちょっと違うところがあるんです。
もちろん命の危険もありますし,ほとんど戦場のようなんですね。だから選手達自身はデビューするや否や華々しい成績を収めていくのですが,僕は彼らが危険な目に遭ったらどうしようということもですし,次から次へ勝ち続けなければいけない世界ですので,彼らの人生のことを親心として心配していました。
──「GTアカデミー」での出来事をベースに映画化するにあたって,山内さんから何らかの要望は出されたのでしょうか。
山内氏:
基本的にはソニー・ピクチャーズの皆さんにお任せした形で,僕自身が関わっていたのは,スクリプトの第1稿までです。その段階でも僕から申し上げることはそんなになかったのですが,ただ一つだけ,ヤンのレース運びについては脚本家の方から相談されました。
とくにル・マン(ル・マン24時間レース)など,年に1回しか走らないようなコースを,ゲームプレイヤーは「グランツーリスモ」で何千ラップと走っている。映画では,そういう「ゲームプレイヤーならでは」の視点を取り入れています。
──「グランツーリスモ」シリーズが始まった当時から,ゲームのプレイヤーが,リアルのレースにデビューすることを想像していましたか。
山内氏:
ドライビングテクニックが学べて,スキルとして身につけられることは分かっていました。しかし実際にレースに出ることとはまた別です。それ以外の要素がいろいろと必要ですし,お金もかかります。だから,そうなると想像はしていませんでした。ただ,いつかできたらいいなとは思っていました。そういう意味では,「GTアカデミー」は,機会に恵まれたのだと思っています。
──「グランツーリスモ」の物理シミュレーションが,実際のレースに対応できると思われたのは,シリーズで言うとどれくらいのときですか。
山内氏:
「グランツーリスモ2」(PS),「グランツーリスモ3」(PS2)あたりではもうそう思っていました。だから「GTアカデミー」のプロジェクトが始まったときには,そういう意味での不安はまったくありませんでしたね。必ず結果を出してくれるだろうと思っていました。
──先ほど,「GTアカデミー」のドライバーについて心配をしていたというお話がありました。日産主管のプロジェクトということではありますが,「GTアカデミー」が未来のドライバーを育てていくにあたって,最も大事にしていたことは,何だったのだろうとお考えですか?
山内氏:
日産の皆さんが考えていたことと僕が考えていたことは,もしかしたら同じではないかもしれません。僕が感じていたのは,世界でトップレベルのプレイヤーになって勝ち上がってくる選手達は,みな人間的にも素晴らしい,ということでした。
8月にアムステルダムで「グランツーリスモ7」(PS5 / PS4)の公式世界大会「グランツーリスモ ワールドシリーズ(GTWS)」を開催したのですが,この期間中に映画『グランツーリスモ』の特別上映会がありました。その際に,歴代「GTアカデミー」ウィナーに来てもらいました。彼らには,勝負を勝ち上がってきた人だけが持っている魅力やオーラがあります。頭もいいし,努力家で,物事に対するアプローチはすごくシャープです。
そういう若者達があの時代を共に過ごして,友達になって,その過程でチーム,メカニック,エンジニア達とコミュニケーションしながら,人間的に成長していくっていうところが,僕は一番良かったんじゃないかと思っています。
──映画は「グランツーリスモ」のプレイヤーがプロドライバーになるという内容でしたが,逆にプロドライバーが「グランツーリスモ」の競技シーンに参戦,という取り組みは企画していますか。
山内氏:
とくに企画としてそれを考えたってことはないですが,今「GTWS」を見ていると,FIA-F4 選手権で先週勝った選手が,今週は「GTWS」に出ていたりもします。そういうことは自然に起きていますね。とくに今の世代のレーシングドライバーは基本的にシムレーサーでもあるので,両者の垣根はもうなくなっているのが現実です。
──今年の6月,IOCのオリンピックスポーツ競技として「グランツーリスモ」が選ばれたということで「GTアカデミー」につながる話なのですが,eモータースポーツ選手と「GTアカデミー」からプロドライバーになられた方々に,共通点はありますか。
山内氏:
そういう意味で言うと,何も違いはありません。今は,積極的にプロフェッショナルなレーシングドライバーを育成しようというプログラムをやっていないだけで,勝ち上がってくる選手達が持っている魅力,能力は何も変わりません。
──映画では,チームのマネジメント,ドライバーと監督との関係性がすごく強いものとして描かれているように感じました。「GTアカデミー」での人と人との関係性が,ゲームに対する考え方に影響を与えるといったことはありましたか?
山内氏:
リアルなモータースポーツの一番素敵な部分はそこですね。僕もニュルブルクリンクで8年間ぐらいレースをしていましたが……。本当に戦場のようなんですよ。まず武器(レースカー)を作るところから始まって,武器に勝つためのあれこれをいろいろ仕込むわけです。そして,たくさんのメカニック,エンジニアがいて。取ったデータを解析して,もっと速い車にして……ということをやっていく。しかもそれは命を懸けたガチンコ勝負です。
ヨーロッパのモータースポーツ文化って,おそらく戦争をなくすために生まれた一つのアイデアだと思っているんですよね。だからそこは,簡単にゲームが真似できるような世界ではないですね。
レース自体は本当に楽しいです。大の大人が何十人も集まって,とてつもないエネルギーをかけますからね。
──映画では,シムレーサーは初心者扱いされていましたが,実際もそういう扱いだったのでしょうか。
山内氏:
2008年の「GTアカデミー」開始当初はそうでした。ただ,「GTアカデミー」開始後の選手達は本当に速くて結果を残していきましたので,それからは初心者扱いということはなくなりました。そうそう,とあるレースでは「プロレーサーとブロンズレーサー(アマチュアレーサー)」が一緒に組むルールがあったんですが,「GTアカデミー」の選手が(実際にレース参加経験がなかったので)アマチュアレーサーとして入ると,「ズルい! 彼らは,ブロンズレーサーじゃない。速すぎる」と言われていたことはあったようです(笑)。
例えば今の「GTWS」もそうなのですが,かなりの競技人口がいる上で各国・各地域でトップになるプレイヤーは,やっぱり半端なく速いんですよ。
──「GTアカデミー」を実施することによって得られた知見が,eスポーツとしての「グランツーリスモ」を進めていくにあたって活かされた点はありますか。
山内氏:
僕は“「GTアカデミー」というプロジェクトが最終的に何を残したか”については,輝かしい戦績を残したことだけではなく,“素敵な連中が出会う機会ができた”のが一番大きなことだと思っています。
コンペティティブな「グランツーリスモ」のスポーツの世界は,「GTアカデミー」の時代を経て2018年に公式世界大会である「GTWS」が始まり,現在第2期に入っていると言えます。ですがそこで最も大事なことも,やっぱり人と人が出会うことだと思っています。
「グランツーリスモ」シリーズに貫かれている
山内氏が持つ“哲学”のルーツ
──初代「グランツーリスモ」(PS)がリリースされてから26年目に入りました。今までのファンに加え,新しいファン層を獲得するにあたって,どのようなアプローチをされているのでしょうか。
山内氏:
「グランツーリスモ」シリーズは常に全年齢対象として作ってきたタイトルで,とくにこの世代を狙うとか,マーケティングの発想で作ったことは一度もないんです。だから,その都度ベストなものを作りたいと思っています。それ以外はないですね。狙いに行くと,あまりうまくいかないんですよ。
例えば今,「GTWS」に出場しているようなトップドライバー達は,みんな親御さんが初代「グランツーリスモ」からの大ファンであるケースが多いです。ですので彼らは親御さんと一緒に3歳か4歳から十何年「グランツーリスモ」をプレイをしてきて,今「GTWS」に出場しています。2世代にわたってファンであり続けて,かつ子供達がそうやって大成していくというのは,これまで私達が「グランツーリスモ」の開発を続けてきたことの価値なんだと思います。現場で必死になってゲームを作っていると,その時間の重みは分かりにくいんですけどね。
──最近のクルマに関するゲームは,カーライフシミュレーションゲームだったり,運搬などをするような,車にまつわるお仕事シミュレーションゲームだったりと,ジャンルも多様になっています。そういったほかの作品が,「グランツーリスモ7」に影響を与えた点はあるのでしょうか。
山内氏:
特定のゲームから影響を受けたということは,とくにありません。
──今回の映画によって,「グランツーリスモ」の存在を初めて知った方,久しぶりに「グランツーリスモ」をプレイする方に向けて伝えたいことはありますか。
山内氏:
今回の映画は,「GTアカデミー」という,「グランツーリスモ」の歴史のなかの,ある10年間を切り取った物語です。ある意味,そのとき現場にいた僕自身も忘れていた景色ではあります。それが今回,本当にいろんな幸運に恵まれて,素晴らしい映画になって,言ってみれば,その10年間がある意味結晶化したんですよね。奇跡みたいなことが起きたなと思っています。
おそらく「グランツーリスモ」プレイヤーの皆さんも,それぞれに歴史,思い出があると思います。映画を見ることで,それを思い出していただけたらいいですね。
──新規プレイヤーにも,「夢がある世界だな」と感じられるんじゃないかなと思うのですが?
山内氏:
そうですね。なるべくなら僕は,「グランツーリスモ」をプレイすることで人生を無駄にしてほしくないと思っているんですね。そういう風な夢のある作品にしたいと思い作っているところもあるので。だから映画を見て,「グランツーリスモ7」を使って,ドライビングスキルを学ぶのでもいいし,車の文化を学ぶのでもいいし,あるいは車のデザインを知るのでもいいし,自分が成長できることに向かってくれるといいなと思います。
──「グランツーリスモ」はドライビングシミュレーターのなかでも独自のジャンルとして確立しているように思います。例えば周りでも,他のドライビングシミュレーターはまったくやらないのに「グランツーリスモ」だけはプレイする,という人が多くいます。山内さんが考える「グランツーリスモ」らしさとは,どういった部分でしょうか。
山内氏:
ほかの作品がどうということではないですが,「グランツーリスモ」は,ある種のまさに“哲学”に貫かれて作られている作品ではあると思っています。そして,それが明確な言葉にはなっていなくても,伝わっているんだと思います。
──今,シミュレーターは,モータースポーツ界になくてはならない存在となっています。F1など,開発もシミュレーターでやるような時代です。ドライバーもシミュレーターで楽しんでいる。それには,「グランツーリスモ」という存在が非常に大きく影響を与えたと感じていますが,そのあたりはどのようにお考えでしょうか。
山内氏:
初代「グランツーリスモ」を作った頃というのは,きちんとしたシミュレーターが世界のどこにもなかったので,そういう意味では一つのジャンルを作ったんだとは思っています。
当時ティーンエイジャーだった子達が,今やそれぞれ企業の中核にいるような年齢になっていますよね。そして,そういう人達が現代のシミュレーターをそれぞれ作っている,という景色なのかなと僕は思っています。
──山内さんが「現実をリアルにシミュレートする」ということに興味を持ったきっかけを教えてください。
山内氏:
父が登山家で,昆虫採集のプロでした。僕は子供の頃から,ずっとキャンプに連れて行かれて,自然の中で過ごしたんですね。実家があった1970年代の千葉県柏市は自然が豊かで,この森を抜けて,あそこの沼に行って,この川に行って……みたいなルートを毎日歩きながら,ずっと虫やザリガニを獲っていました。僕自身のルーツにはそれがあります。自然や自然科学に対しての興味が,物理シミュレーションへの興味につながっていったという順番ですね。僕がことあるごとに「森羅万象」……すなわち自然のことですけれど,それを計算可能な存在にしたいと言っているのは,こういったことからです。
──いつからそのような考えを持ち,実践していたのですか。
小学5年生のときに初めてPC(当時はマイコンと呼ばれていた)に触れたんですが,シミュレーションというのは,コンピューターで最初にやることですよね。
本当にシンプルな,例えば大砲の弾道シミュレーションみたいなものから始まり,ハードウェアの進化とともに,どんどんシミュレーションできる範囲が広がっていって,モノクロだったものに色がつき,解像度もどんどん高くなって……。
どこが起点になったというはっきりしたものはないですが,強いて挙げるとしたら,初めて3Dグラフィックスが使えるコンシューマ用ハードウェアである,初代PlayStationです。夢だと思っていたものが,ようやく現実になったという考えはありました。
──インタビューや書籍での山内さんが発言されたことを見ると,山内さん独自の考えをお持ちだと感じます。山内さんの哲学を教えてください。
山内氏:
それは難しいですね。でも哲学は好きですよ。ポリフォニー・デジタルの創業時にも「フィロソフィ」という言葉を掲げていて,それは今でも変わっていません。先日,LAで行われた「Sony Creators Conference」で登壇したときにも話したのですが,よく考えてみると,企業が哲学を持てるということ自体が,奇跡みたいなものだなと。簡単に皆さんは企業哲学っておっしゃるんですけど,実際には本当の意味での企業哲学を持つことは,簡単なことではないですね。
──シミュレーションを作るなかで,その「哲学」が磨かれていったのでしょうか。
山内氏:
僕は読書が好きで,一日一冊読むことを,13歳のときから今までずっと続けています。そこで得る知識も要素となって,自分自身が変化してきました。僕の場合は,それを作品という形で,あるいは会社の形で,実際に試せるんです。それは思想においてはすごく重要なことです。
要するに,思想を持つだけだと身体化していかないんですね。考え方や哲学って,それを実践してみて,世の中にノックして反応が返ってきて,初めて自分の血となり肉となるところがあると思います。そういう意味で,この環境はすごく幸運だと思っています。
そして僕はずっと自然科学に興味があります。そのうえで,今いちばん関心があるのは,やっぱり人間ですね。
──「GTアカデミー」によって,山内さんが目指していた現実のシミュレートというのは,かなり完成・実証されたのではないでしょうか。
山内氏:
すごく細かい話をすると,例えばサーキットでのラップタイムシミュレーションみたいなレベルなら,とっくにできています。例えばBMWとポルシェの違いも表現できています。ただ,レクサスとメルセデスの違いが表現できるかっていうと,なかなか難しいかなというような感じです。
──まだ突き詰められる領域はあるんでしょうか。
領域はいくらでもあります。森羅万象ですから。だって相手は宇宙ですよ。宇宙自体が巨大な計算機なので。だから宇宙に匹敵する計算機を作るのは多分無理だと思います。
──先ほど,シムレーサーとリアルのレーサーに垣根がない時代になっているとおっしゃっていました。では,さらに未来のモータースポーツは,これからどう変化していくとお考えでしょうか。
山内氏:
リアルからバーチャルっていう風に言っていたのは15年前のことになるんですよね。今すでにそこには境目はありません。そして今は,どうやって未来のモータースポーツをデザインするか,という時期ですね。それを,今模索しているところだと思います。
──今後のレース業界に貢献できることなどは考えていらっしゃいますか。
山内氏:
人工知能(AI)エージェント「グランツーリスモ・ソフィー」(以下,「GTソフィー」)みたいなものは,レース業界と組み合わせるとけっこう面白いと思います。今,シミュレーターベースの開発が本当に増えてきているというか,もうなくてはならない状態になっていて。「GTソフィー」は何しろ安定しているし,早いし,疲れないし(笑)。
例えばエンジニアがほんのちょっとウイングの角度を変えて,あるいはスプリングを変えて,あるいはダンパーを変えて……というのを試した瞬間に,パッとラップタイムが出て,どれがベストなのかが分かります。だから,可能性は大いにあると思います。
──映画公開にあたり,今までゲームに興味のなかったところから「グランツーリスモ」をプレイする新規プレイヤーに向けて,26年続いている「グランツーリスモ」シリーズの魅力を,あらためて教えてください。
山内氏:
車の運転ってすごく楽しいんです。ただ今,なかなか車に乗るのも大変ですよね。ガソリン代もかかるし。そういう中で,「車の運転の楽しさ」に,一人でも多くの方に気付いてほしいなと思っています。それぐらいの気楽な構えでプレイしていただくのがいいんじゃないかな。
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