企画記事
「バーチャファイター」に受け継がれる哲学――不定期連載「原田が斬る!」,第8回はセガ・青木盛治氏にVFシリーズの未来を聞いた
シーンを盛り上げるための運命共同体へ
原田氏:
ちょっと青木さんご自身のことについて聞いてみたいんですが,青木さんは長年,アーケードの「ボーダーブレイク」に携わっておられましたよね。そして今回,コンシューマゲームのチーフプロデューサーとして全世界同時リリースを経験されたわけですが,ご自身のキャリアがこうなるということは,10年前には想像していなかったんじゃないですか。
青木氏:
アーケードは国内メインのビジネスですから,いつか,「これからはグローバルやワールドワイドだ」という話になるとしんどくなるだろう,とは予想していました。ただ,ゲームセンターやアミューズメント施設がなくなることはないでしょうし,その中でのチャンスもあると思っています。だから今回,アーケード版もちゃんと用意していますし。
原田氏:
コロナ禍による打撃や,セガさんがゲームセンター事業を売却したこともあって,我々のルーツであるゲームセンターという拠点が無くなりつつある危機感を,僕はおぼえています。かつてはセガさんの直営店で,いろいろな大会が実施されていましたが,今回はどうなるんでしょう。
青木氏:
事業を売却したからということではなく,コロナ禍の影響が大きいですね。その状況を見ながら,検討していくことになります。
とはいえ,あの空間って,すごく特別なものじゃないですか。プレイヤーの皆さんが集うコミュニティであると同時に,開発者とプレイヤーがつながっていた場所というのがゲームセンターでした。あの部活ノリのような場所が無くなっていくのは,本当にもったいないと思います。
原田氏:
実況プレイ動画とかじゃない,プレイヤーの素の反応が見られる……という意味でも貴重な場でした。
青木氏:
100円を入れたとき……もう100円を握ってるかどうかも,背後から見ていましたよね。
原田氏:
どこでムカついているかもよく分かりますからね(笑)。
青木氏:
「ここで100円入れるんだ」とか「ここで台パンする!」といった瞬間を間近で見られたことは,本当に参考になっています。ゲームセンターでのコミュニティは減りつつありますが,コンシューマゲームのオンライン環境で似たようなコミュニティを作っていくことは考えています。
原田氏:
ああ,それは面白いですね。大会のことをお聞きしたのは,どこかでご一緒できないかと思っているからなんです。セガさんから以前,いただいたご恩をお返ししたくて。ICカードや携帯電話で戦績を保存するネットワークについて,一緒にやらないかってお声がけいただいたことがあるんです。
4Gamer:
それはいつ頃のお話ですか。
原田氏:
初代の「鉄拳タッグトーナメント」の後で,「鉄拳4」の開発を進めていた頃なので,2000年くらいだったと思います。セガの片岡さん(片岡 洋氏)がわざわざナムコに来てくださって,「ALL.Netというものを作るんだけど,鉄拳で一緒にやりませんか?」と,打診をいただきました。
4Gamer:
「バーチャファイター4」のVF.NETですね。
原田氏:
ただ,このときは「鉄拳4」がほぼ完成していたことと,社内の反対がすごかったことから,セガさんの提案に応えられませんでした。ナムコでも似たような企画を考えていた部門があって,「インフラの部分をセガさんに任せると,売り上げやら何やらが全部バレる」みたいな議論があったんです。セガさんと推進しようとしていたのは鉄拳プロジェクトだけだったので,四面楚歌の状態でした。
ただ,その後ナムコ側の動きが遅かったので,しびれを切らした僕らはやっぱりセガさんと組んで「鉄拳5」から“TEKKEN-NET”を導入したんです。VF.NETと同様のネットワークシステムですね。そのとき,片岡さんに「お客さんにはパクリに見えると思いますけど,構わないでしょうか」と確認したんですが,「そんなことより,ゲームセンターを一緒に盛り上げましょう!」と言ってくれて。あれはありがたいことだったし,本当に嬉しかった。
4Gamer:
結局,セガとバンダイナムコのカードシステムが相互乗り入れに対応したのが2011年のことでした。今はKONAMIやタイトーも合流して,統一規格(Amusement IC)で遊べるようになっています。もし「鉄拳4」の時点で協業が実現していたら,もっと早く統一していたかもしれません。
原田氏:
それでもセガとバンダイナムコは早かったんだよね。あの片岡さんの言葉のおかげで,僕らはアーケードを盛り上げる者として,運命共同体になれました。
だからバーチャと鉄拳は,タイトルとしてはライバルでありたいですが,コミュニティを盛り上げるところでは,ご一緒できたらなと思うんです。弊社はワールドワイドを含むeスポーツのコミュニティ作りなどでベースができているし,ここで反対する人はいませんから。あのときの恩返しがしたいんです。
青木氏:
それはありがたいお話です。そういえば鉄拳とバーチャの協業の話は,以前にもありましたよね?
原田氏:
ドリームキャストの頃に,経営層でやりとりしていたみたいですね。石川(石川祝男氏/のちのバンダイナムコホールディングス会長。現在は退任)にいきなり呼ばれて,「原田,バーチャ好きだよな?」って聞かれましたから(笑)。
4Gamer:
どんな話だったんです?
原田氏:
「セガさん,ドリームキャストに鉄拳を出したら,好きなだけバーチャのキャラクターをライセンスしてくれるそうだ。お前が言っていた『バーチャファイター×鉄拳』が実現できるじゃないか」って,そんな話でした。
ただ当時,僕が「バーチャファイター×鉄拳」と言っていたのは,具体的なタイトルとしての構想があったわけではなく,どちらかというと,バーチャと対決しても認めてもらえるくらい,格闘ゲーム界とか社会的な意味で,肩を並べられるところまで行きたいという意気込みのようなものだったんです。
4Gamer:
そのときは,どう返事をされたんですか。
原田氏:
「鉄拳をドリームキャストに出すことが,経営判断としてOKならやりましょう」って返したと思います。
4Gamer:
でも残念ながら,実現はしなかった。
原田氏:
実現しなかった理由の正確なところは分かりません。当時,セガさんはドリームキャストのファーストパーティでしたし,鉄拳はソニーさんと緊密な関係を築いていましたから,その関係を崩せないという判断だったのかも。
青木氏:
セガの現場側も「いいじゃん,やろうよ!」と盛り上がっていましたよ。
原田氏:
そこはナムコ側も同じです。「ストリートファイター×鉄拳」のときも――当時は「ストリートファイターvs. 鉄拳」という仮タイトルでしたが――上司から「いいけど先にバーチャじゃないの?」って言われてたくらいですし(笑)。
青木氏:
今なら……行けますかね?
原田氏:
アリだと思いますよ。ファーストパーティと独占契約を結ばない限りは。ただ……会社同士は仲が良くても,タイトルとしてはライバル関係でありたい,とも思うんです。
青木氏:
今は欧米のタイトルが勢いのある状況なので,格闘ゲームは手を取り合ってやっていかないと,市場がどんどん小さくなっていくしかないと思うんですよね。
原田氏:
分かります。ただ,もう一度本気で対決してみたい。お互いのイデオロギーをぶつけ合うような,あの空気が欲しいんですよね。ファン同士がいがみ合うのは困りますけど。
4Gamer:
ライバル関係があればこそ,コラボしたときが熱い,みたいな?
原田氏:
そうねえ。そういう意味では,今思えばドリームキャストのときがベストではあったのかもしれません。あのとき一緒にやれていれば,それこそ歴史が変わっていたかもしれない。
イノベーションの祝福,あるいは呪い――「6」の可能性について
4Gamer:
シリーズの今後についても伺っていきたいのですが,当然ながら「6」を期待するファンは多いと思います。「Virtua Fighter esports」はリメイク的な立ち位置ですが,そのあたりはどのようにお考えですか。
今作のリリースが決まったときには,社内からも賛否両論がありましたが,その多くは完全新作ではないという点についてです。僕がシリーズに関わったのは「バーチャファイター4」からですが,バーチャの開発は「新作にはイノベーションが必要であり,それがなければやるべきじゃない」という方針なんです。実際に,これまでがそうでしたから。
4Gamer:
イノベーション,ですか。
青木氏:
ええ。「2」で初めてテクスチャマッピングが導入され,「3」ではアンジュレーション(地形の高低差)の概念を取り入れています。
原田氏:
「3」では横移動も見逃せないイノベーションでしたね。
青木氏:
そうですね。そして「4」には先ほども話題に挙がったVF.NETがあり,戦績をカードに記録して持ち歩けるようになった。
原田氏:
段位や勝率が可視化されるようになって,とても盛り上がったのを覚えています。
青木氏:
「5」では「VF.TV」という映像配信が取り入れられ,コミュニティを作るという取り組み,――今で言うeスポーツの先駆けのような,革新的な要素が入ってきました。
原田氏:
プロ的な選手を起用してコミュニティを盛り上げるという取り組みは,確かにeスポーツの先駆けと言っていいものでしょう。
青木氏:
セガでよく言われる“10年早かった”試みでして,お恥ずかしい限りですけど(苦笑)。
原田氏:
その流れがあるから,「6」が作れない状況でもあるわけですか。
青木氏:
毎年のように話が上がりながら実現しなかった理由としては,やはりこれが大きいと思います。社内の関係各所が「よし!」と合意できるプランが提案できずに見送りというのが,ここ数年繰り返されてきたことですね。
原田氏:
イノベーションなんて,そこらに転がってるものではないですからね。作品を重ねるにつれて,ハードルはどんどん上がっているわけですし。レジェンドであるがゆえのジレンマですね。
青木氏:
そんな中で「セガ60周年プロジェクト」の一環としてなら社内も納得させられる。「Virtua Fighter esports」は完全新作ではありませんが,ファンが本当に望んでいる復活への足がかりになるのではと思っています。
4Gamer:
なるほど。今後の展開につながる可能性があると。
青木氏:
あります。そして「6」を出すのなら,そこにはなんらかのイノベーションがセットになっているはずなので,これまでと同じく驚きを持って迎えられることになるはずです。
原田氏:
僕だったら「今回のタイトルがちゃんと浸透して盛り上がり,これがうまくいけば次につながるよ」という言い方をすると思いますが,そこはどうなんでしょう? 今後を占う観測気球的な役割が,「Virtua Fighter esports」にあるんですか。
青木氏:
“次”のための第一歩ではあります。今作の結果はもちろん参考にしますが,重要なのは“我々が勝負できると思えるものなのか”のほうだと思います。それを“ダウンロード数が目標に達したか否か”という話にすると,プレイヤーさんに責任があるかのようになってしまいますし。
原田氏:
それはおっしゃるとおりですね。個人的には,ぜひ「6」につなげてほしいと思っています。ファンは何年でも待ちますし,古参のプレイヤーだって絶対に戻ってきてくれるはずです。あとは,今の10〜30代をどれだけバーチャに取り込めるか,ですね。
青木氏:
仮にこれからナンバリングを作るのであれば,実現までに3〜5年はかかるでしょう。その間にコミュニティが小さくなったり,バーチャファンが高齢化して離れたりするとチャンスが掴みづらい。それまでに場を暖めておくというか,畑を耕すために「Virtua Fighter esports」が必要だったんです。
原田氏:
先ほども言いましたが,僕もそのためのお手伝いをしたいと思っています。これはファンの人には理解しづらいかもしれませんが,“売る力”ってすごく重要なんです。いいものを作るのは当たり前ですが,その良さをどう伝えるか。そこにかかるパワーに,今は開発を含む全体の半分くらいを割く必要がありますから。
4Gamer:
開発よりもお金がかかると。
原田氏:
モバイルゲームがいい例でしょう。開発費よりマーケティング費のほうが高いケースなんてざらですし,ゲーム市場規模のメインストリームである欧米では,家庭用のハイエンドゲームでもマーケティング予算を見たら,開発費かと疑うぐらい高いことはもはや珍しくありません。アークシステムワークスさんの「GUILTY GEAR -STRIVE-」で,ヨーロッパ/オセアニア地域のパブリッシングをバンダイナムコが買って出たのも,それが理由でした。
4Gamer:
ああ,あれはそういう経緯なんですね。
原田氏:
そうです。私自身が仕掛けに行きました。「ゲームの内容には口を出さないから,バンダイナムコで売らせてほしい」ってお願いに行ったんですよ。GUILTY GEARはもっと売れるはずだし,もっと多くの人に届けるということを本気でやらないといけない。この「全世界の多くの人に届ける」というのだけは,パブリッシャ機能に長けた会社やその規模に依存するところも大きいんです。
かのCD Projekt REDのような大型タイトルを開発する会社でさえ,「売る・届ける」の部分,つまりパブリッシャは我々バンダイナムコをはじめ各地域の他社に任せています。自分達で販売までやりたいのは分かるけど,そのエネルギーをクリエイティブの面に注いでほしいという想いがありました。発売後の大会なんかも,やれるところは一緒にやっていきませんか,と。
4Gamer:
まさに日本格ゲー連合のような。
原田氏:
そう。これを機に一緒にやっていきませんかと。手を組んで団結すると,交渉力も上がります。世界最大規模の格闘ゲーム大会であるEVOとの交渉も,以前は各タイトルが個別にやっていましたが,今なら例えばの話,「あなた達がコミュニティを裏切るようなことをするなら,我々はタイトルを引っ込めるよ?」といった強気の交渉もできますから。あくまでも例えばの話ですが(笑)。
青木氏:
そこはぜひ,よろしくお願いしたいです。セガは技術が強みの会社だけに,マーケティングよりも技術が先行してしまう側面があります。ほかのゲームメーカーどころか,エンタメ業界さえ付いてこられない,みたいな。まさに“10年早かった”ケースですね。
原田氏:
分かります。ただ,イノベーションがなければ「6」を作れないっていうのは……どうなんでしょう。もちろん開発者目線では理解できますが,ファン目線で見たら疑問符が残るんじゃないですか。ファンの期待に応えるというのも,新作を作ることの十分な理由になり得ると思うんですが。
青木氏:
志が高いのかもしれません。
原田氏:
僕には,哲学に思えますね。僕が鉄拳を作るうえで,バーチャをライバルと決めました。ライバルと決めてからは同じ路線を追いかけなかった。バーチャに先回りをするために,自分の理想やこだわりは少し据え置いても,市場やお客さんの動向,マーケティング,ブランド作り,ゲームを欲している人にいかに確実に届けるかといったところにも注力し,研究したんです。
4Gamer:
続編が出続けてこそ,IPは生き続けるという考え方ですね。
原田氏:
そうです。ファンが増えてくると,IPはクリエイターだけのものではなくなるんです。「次をくれ!」という期待に応え続けることがIPを存続させ,その中で新しい体験を知恵を絞って生んでいくことがIPの価値を高めると思っています。
1ラウンド中に発生する“じゃんけん”の数も,バーチャを追いかけて増やしていこうとした時期がありましたが,徐々に減らしていく方向にシフトしました。絵作りや音楽のセンスも,ヨーロッパやアメリカの市場と,日本のアーケードのニーズをパズルのように組み合わせた結果です。形としてはすごく歪かもしれないけれど,ファンの要望に応えつつも,さまざまに進化した形になっています。
青木氏:
感覚的には,僕も原田さんと同じです。新作には必ずしもイノベーションが必要だとは思っていませんし,そもそもイノベーションが求められているかどうかも分からない。ベースが面白いなら,何も足さないほうがいいのかもしれない。
ただバーチャというIPには,“新作とイノベーションはセット”という考え方が,社内に存在しているのも確かなんです。なので,まずは「Virtua Fighter esports」で成り行きを見てみようと思いました。
原田氏:
バーチャが不在だった11年間,僕は悲しみしかありませんでした。自分をここまで引き上げてくれたライバルがいないということは,もう成長できないということでもあるわけですから。1990年代を振り返るとムカつくこともあったけど,今はむしろ煽られたいですよ。「6」というすげえモノが出てきて,バーチャファンから「見たか鉄拳! 原田,こういうことやぞ!」って言われたい。そして「死ぬまでにもっと凄いものを作ってやる!」って奮起したい。
青木氏:
格闘ゲームに限った話ではないですが,張り合える相手は貴重ですよね。
原田氏:
一時期に比べれば格闘ゲームの数は減ってきたとはいえ,「鉄拳7」はフルプライスで売れた本数だけで350万本を超えていて,今や800万本に迫る勢いで売れ続けています。「ストリートファイター」は500万本以上,「Mortal Kombat」は1000万本近く出ています。
どのジャンルも売れ方や伸び方は同じような傾向ですが,実際これぐらいの本数規模でワールドワイドに売れるというのは,多くの方が持っている格闘ゲームというジャンルのイメージを覆す数値です。格闘ゲームの全盛期と同じ水準か,それ以上の数字を出しているタイトルもあるわけですから。もちろん,バーチャにだって十分に戦えるポテンシャルや可能性は残されていると思うんですよ。
青木氏:
そうありたいですね。……ゲームを作るのって,今はゆうに数年かかるじゃないですか。だから開発者人生を考えたら,僕が作れる本数はもう限られている。でも最後は,勝ち逃げしたいと思っています。
原田氏:
一発カマしてくださいよ。そうしたら僕は,地団駄を踏んで奮起しますから。
青木氏:
かつてバーチャは覇者だったんです。それは間違いないことですから。見ててください,最後は勝ってみせます。
原田氏:
本当にそうなったら,僕は対談になんて来ないですよ。真剣に作らなくちゃいけないから,もう絶交です(笑)。
4Gamer:
今後のライバルストーリーを楽しみにしています。本日はありがとうございました。
■「Virtua Fighter esports」リリース後,青木氏から届いたメッセージ
開発スタッフの想定をはるかに超える多くの世界中の皆様に遊んでいただけている状況です。誠にありがとうございます。大変感謝しております。今後も「一人でも多くの方にバーチャファイターを届けたい」という目的の元、修正や調整、機能追加などのアップデートをおこなっていきます。
まだ遊ばれていない方は、8月2日までのPS Plusフリープレイ期間中にダウンロードしていただければ幸いです。引き続き、バーチャファイターならびにセガを宜しくお願い致します。
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