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[CEDEC 2022]「星のカービィ ディスカバリー」の制作を,アートディレクションの視点で振り返る。カービィがまんまるだからこそ生まれた3D化の苦悩とは
任天堂から2022年3月にリリースされ,メインシリーズでは初の3Dアクションとなった「星のカービィ ディスカバリー」(Nintendo Switch)。ファーマン力氏と森下大輔氏がスピーカーとして登壇したセッションでは,アートディレクションを行ううえで立ちはだかった壁と,それを乗り越えるための工夫が語られた。
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2021年9月の初報で,これまでのプププランドとは異なる,現実に近い世界を冒険するカービィの姿が披露されて話題となった「星のカービィ ディスカバリー」は,シリーズファンはご存じのとおり,メインシリーズでは初の3Dアクションだ。ハル研究所はそれ以前から3Dカービィ制作への取り組みを進めていた。
2003年に発売された「カービィのエアライド」の「シティトライアル」で初めてカービィが3D空間を歩き,2017年には,すいこみ&はきだしメインのシンプルな3Dアクション「カービィのすいこみ大作戦」が誕生し,2018年に発売された(メインシリーズの)前作「星のカービィ スターアライズ」では,ボスに注目した3D視点のバトルが登場した。こうした挑戦によって,少しずつだが確実にノウハウを蓄積していった。
そして,いよいよ完全3Dのアクションゲームに挑戦。「星のカービィ ディスカバリー」のプロジェクトは,立ち上げと同時に企画職だけではなく3人のアーティストが参加したという。
とはいえ,「冒険の舞台を荒廃した世界にしたらカッコよくない?」という意見はあったものの,最初からアート面でゲームの世界観が固まっていたわけではない。以前からプププランドが3Dマップになったらというコンセプトアートを用意したりはしていたが,初の3Dゲームに挑むうえで,まずはカービィらしいゲームの遊びとは何かを改めて考えることにしたという。
そもそもカービィとは,どのような存在だろう。ピンクで丸いゴムまりのような不思議な生き物で,ちょっとねじったり引っ張ったりしてもへっちゃらだ。そんなカービィが,得意のすいこみ能力でいろいろものをほおばり,びよーんと伸びたり広がったりなど,形が変わったら面白いのではないだろうか。
こうして,すいこみが得意な,ゴムまりのような変幻自在のヘンなヤツであるカービィの新たなアクション「ほおばりヘンケイ」のアイデアのベースとなるものが誕生した。
では,なにをどのようにほおばったら,カービィの新アクションの魅力を最大限に引き出せるだろうか。普段まんまるなカービィが,三角や四角といったいつもと違う形になると楽しいが,しかしそれが魔法のアイテムでそうなるとしたら,ありきたりだし驚きが少ない。
考えをめぐらしてたどり着いたのが,「現実世界のモノ」だった。我々の身近にあるもの,例えば自動販売機のような大きなものをほおばって四角くなったら,魔法のアイテムよりもダイレクトに驚きを感じられるし,何よりカービィのすごさが最大限に伝わるだろう。
こうして,新アクションからゲームの舞台設定へつながっていく。自然豊かなカービィのファンタジー世界と,日常のモノに溢れた現実的な世界という,自然と文明が融合した「新世界」を構築することになったのだ。これまでのプププランドとは異なる世界の冒険は,初の3Dアクション作品である本作にぴったりな,新たな挑戦でもあった。
以上のように,新しい舞台が生まれたきっかけになった新アクション「ほおばりヘンケイ」の制作を進めていくことになったわけだが,ここで試行錯誤が行われたのがほおばり感だった。
初期に制作されたのが,ゲーム本編の冒頭に登場する,自動車をほおばった姿だ。完成したものは車体の下のほうが見えていたが,最初はカービィの身体がすべてを覆っており,ヘンケイ(変形)というよりヘンシン(変身)に近かった。
ほおばってる感じを出すにはどうすればいいか。飛行機を使って検証が行われ,大事なことが見えてくる。それが,製品版の自動車のように,ほおばったものがはみ出ちゃってることだった。
顔のバランスを保持し,手足はそのままどこかに出ているが,形はほおばったものになっており,しかし口からはその一部がはみ出している。厳密に言うとほおばりきれていないのだが,それがほおばっている感をリアルに伝えるものになったのだ。
なお,コンセプト時に存在した飛行機のほおばりは,製品版では「アーチほおばり」に姿を変えて登場している。なぜ変わったかというと,「ほおばったモノでどんなアクションができるか想像できるものより,分からないもののほうが意外性があってワクワクできる」という考えにより,最初の自動車以外はなるべく変わったモノを取り入れたからだそうだ。こうして,ゲームの軸となる「ほおばりヘンケイ」が作り上げられていった。
ビジュアルを決定する際は,顔や手足の位置,バランス,プレイしているときの見え方,ほおばったモノの重さや形で異なる歩き方などで個性づけし,たくさんあるほおばりの姿を差別化していった。
可愛く愛される姿にしたかったが,同時に「あのまんまるなカービィが!?」というインパクトを与えたかったこともあり,最初は驚いても,動かしているうちに「かわいい」と愛着が沸くデザインを目指したという。10人中10人に「かわいい」と言ってもらえなくても,10人中7人がかわいく思ってくれればいいというわけだ。
「ほおばりヘンケイ」をイメージ元として制作されたのが,ゲームの舞台である「新世界」のビジュアルだ。
カービィらしい世界については,ある程度のガイドラインはあったものの,これまでは担当アーティストの個性に委ねられる部分が大きく,それによって生まれる「自由な多様さ」がらしさともなっていた。しかし今回は,従来とは異なる現実世界が舞台なので,基準となるものを模索するところからスタートした。
最初はあえて,特定の国や地域の特色を押し出したビジュアルを制作したが,最終的には「カービィが自分の街にやってきた」と多くの人が感じられるように,1980年代から現代までをイメージした,親近感あるニュートラルなそこそこの都市部という設定に固まった。
カービィの世界らしい,魅力的で楽し気なビジュアルにしたいものの,現実的な要素が加わった今回は,「うずまきの雲」や「宙に浮くオブジェ」といった不思議なものは封印している。しかし,カービィがまったく知らない世界にポンと置かれ,これまでとは別のゲームを遊んでいると感じられるようにはしたくない。ただリアルなだけではなく,これもまた「星のカービィ」というゲームの世界だと感じられる世界観を築きたいと考えた。
新しい世界を作り,それをプレイヤーにアピールすることになったため,背景グラフィクスの占めるウエイト(重要性)がこれまで以上になったという。荒廃した世界がベースだが,それをそのまま作っても,カービィらしさとは異なるビジュアルになってしまう。既存のポストアポカリプス系ゲームとも,世界観が真っ向からぶつかることになる。
そうならないために定めたのが,「背景全体を草や花といった自然物で覆う」「建築物は破壊ではなく風化によって崩れた表現にする」「褪せた色ではなく,できる限り鮮やかな配色にする」「被写界深度を強めに入れることでミニチュア感を出す」という背景制作ルールの大枠だ。これにより,シリアスで難度が高そうに見える画面から,誰にでも遊びやすい印象へと変化し,結果として,カービィとの親和性の高い世界観を築けたという。
ゲームに期待されるものとしては,「人が住んでいた現実感」と「カービィの愛らしさ」のギャップが挙げられた。そのためには,背景装飾にワクワク感やドキドキ感のある要素を持たせなければならず,それも本作の大きな課題となった。
これまでの作品にはなかった「人が住んでいた現実感」については,例えば,乱雑にモノが置かれた小部屋を「電気室」と設定し,「電気室なのに,物置として使われていたんだな」と感じられる形で表現している。
そのほか,広大な砂漠にクレーンやコンテナといったオブジェクトを置き,かつてそこが港だったことを思わせたり,道の両側には壁ではなく路面店を並べたりといった工夫を重ねている。これにより,壮大な世界観とその背景を感じさせながら,待ち受ける新たな遊びへの期待が沸くようにしたという。
それらのマップは,デザイナーから上がってきた段階で「ここで元の住民は○○していた」「かつてここに住んでいた人たちにとって○○な場所だった」などと話し合い,それを反映して再度仕上げるといった流れで作られたという。
世界観に続いては,カービィを3Dで動かすことや,3Dでいかに遊びやすくするかの工夫についてが語られた。当初は「星のカービィ スターアライズ」のモデルやモーションの流用を考えていたが,それらは2D向けに作られていたため,3Dでは,どう動いているか分かりにくかった。結果として,すべてのモーションを作り直すことになった。
かなり悩まされたというのが「カービィまるすぎ問題」だ。カービィの進行方向を分かりやすくする必要はあるが,あまりにまんまるな身体なため,真うしろからでは体の向きがよく分からない。体の軸の回転やブレを抑え,足の振りを進行方向を合わせるなどの調整を行ったが,その大変さは,「いっそカービィにお尻をつけてしまおうか」と思えるほどだったという。
ほかにも,身体をねじってモノを掲げるようなモーションでは,両手で持たせて体全体の向きを揃え,スライディングなどポーズだけでは改善できないモーションでは,エフェクトを使った。さらに,「ファイア」の炎は,うしろからでも顔の向きが判別できるような装飾を加えるなど,まるい身体がどちらを向いているかが分かるようさまざまな工夫が施されている。
2Dから3Dになったことは,カービィ以外のキャラクターデザインにも影響を与える。これまでは首のない一頭身キャラや白目のないキャラが多かったが,それでは,とくにボスキャラに求められる「3D空間で目線や身体でカービィを追う」ことが困難だった。
そのため目や顔のデザイン傾向が従来と異なり,関節が多く頭身の高いものに変わった。リアルな要素がある世界観なので,ゲームプレイだけではなく,設定にもふさわしいデザインだと言えそうだ。
現実的な要素が加わった本作だが,遊びやすさや,ゲームのリアルを表現するために必要なウソもある。
ゲームシーンは,単一方向から光が降り注ぐディレクショナルライトで照らされ,オブジェクトの影は斜めに落ちている。カービィが空を飛んだときや,宙に浮いている敵,飛び道具などの影も斜めに落ちるはずだが,これではゲームが遊びにくくなるので,キャラクターやモノが空中を移動する場合は,ディレクショナルライトを切り,真下に影が落ちるようにしてある。
洞窟や夜など,暗く見せたい場所などでは,敵やアイテムが背景になじみ過ぎて見えにくくなることがあった。そのため,重要なものにだけ照明を当てる「キャラクターライト補正」機能を追加した。また,影の中ではどうしても陰影が薄れてのっぺりしてしまい,地形やキャラクターの立体感が出にくい。これについては,影に上下方向の陰影を上乗せする機能で対応した。
それぞれのキャラクターが持つ,色の印象も重要だ。周囲の環境を表現するキューブマップの彩度が高いと,環境にキャラクターがなじみ過ぎて,「印象にある色」とは異なものになる。かといって彩度を低くすると「印象の色」は出るが,背景となじまない。これを解決するため,外周彩度を高くして環境になじませつつ,内側彩度を低く本来の色に近づけるという処理を行い,プレイヤーの印象にあるキャラ色が出せるようになった。
2Dから3Dになって大きく変わったのが,背景制作のコストだ。過去最高のステージ数を誇る本作では,そのすべてを360°どこから見ても問題のないモデルとして作る必要があった。しかも,ビルや電柱,ベンチなど,まったく同じものが並んでいると不自然に見えるため,それらのバリエーションを作成しなければならない。こうしたことから,背景制作には前作に比べて2倍以上のスタッフが携わったという。
3D化によって肥大するコストを抑え,なおかつ最良の背景を作るため,背景制作チームは「遊びの体験をフォローするものとしての背景を心掛ける」「使用するツールを制限し,表現の幅を統一しつつハイテンポな制作進行を目指す」「ボスステージやビジュアル重視の場面ではそうした制限を撤廃し,表現力を存分に発揮したものを作る」という目標を立てた。
とくに意識したのが,開発用ツールの統一だ。それぞれが得意とするツールを使えばよい表現ができるが,担当者によって見た目にムラでき,プレイヤーが受ける印象やゲーム体験に影響が出てしまう可能性がある。担当者によって異なるツールの得手不得手や知識量といった影響を抑え,リテイク時の作業をスムーズに行うため,適正な範囲のルールや方針を設け,チーム全体で最高のスペックを出せるような環境を構築したという。
これまでの作品に比べて本作では,コンセプトアートとロケーションの結びつきが強くなったという。
企画立案当初からアーティストが参加していたため,「こういう場所にカービィがいると面白いよね」というコンセプトアートが多数作られており,そこから連想するものレベルデザインに取り入れることも多かったようだ。ショッピングモールならエスカレーター,遊園地なら夜のパレードといった感じで,アートに描かれたものを,ビジュアルだけではなく遊びの要素として活かしている。
アーティストが深く関わったことで生まれた要素もあり,それがビジュアル重視の「魅せマップ」だ。アーティスト達は遊びやすさのために採用された固定カメラを使い,記憶に残る,一枚絵のようなシーンを提案したという。
一枚絵のような引きの絵は操作しづらい面があるため,遊びを重視するレベルデザイナーからはあまり出てこない発想だろう。ゲームをプレイした人ならご存じのとおり,とくに印象的な場面でこうしたシーンが採用されている。
続いて,カラーグレーディング(色彩の補正)や濃淡のあるフォグ表現を使ったドラマチックな演出,そして濡れ具合や「つかり具合」で乾き方が異なるといった演出や,水に濡れたときのカービィの質感の変化などが紹介されて,セッションは終了した。
カービィの特徴を再確認して作られた「ほおばる」アクションと,その新アクションから生まれた世界観,リアルであることに加えて遊びやすさと印象を重視したグラフィックス,そして,まんまるでシンプルだからこその3D化の苦悩。それらの開発秘話は実に貴重であり,まるでゲームの舞台となった「新世界」のように,現実の中に夢とロマンがあふれる内容の魅力的なセッションだった。
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