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[レビュー]「救済がないことによる救済」――クィアたちの地獄のバカンスを描く「メディテラネア・インフェルノ」
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印刷2024/01/11 18:00

レビュー

[レビュー]「救済がないことによる救済」――クィアたちの地獄のバカンスを描く「メディテラネア・インフェルノ」

 タロットカードの「太陽」のカードには,子どもの絵が描かれている。とことん明るい太陽のもと,馬にまたがってはしゃぐ裸の赤子だ。意味はさまざまあって,ストレートに「子どもにまつわる明るい話題」とか,「輝かしい瞬間」とか,「自らの解放」とか,ともかくテンションが高くて陽気なカードだ。

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中央に置かれているのが「太陽」のカードだ

 彼らもかつては,タロットの「太陽」そのものだった。彼らというのは,「Sun Guys」と呼ばれていた,北イタリア・ミラノの3人組のことだ。どこのクラブに行っても3人は人気者で,クラバーたちの愛と視線を一身に受けていた。名前はクラウディオアンドレアミダ。みんなゲイで,それぞれどこかで自分の空虚さを知っている,かわいい少年たちだった。過去形。ええ,過去形なのだ。

 3人組がどうしようもない状況に陥ったのは,COVID-19のせいだった。あっさりとロックダウンが決まり(夜の行動だけ制限したところで,何の意味があるんだろう,とアンドレアは不平を漏らす),クラブは真っ先に閉ざされてしまった。家に対して,何か心臓に爆弾を抱えていた3人は居場所を失った。彼らSun Guysがクラブというサード・プレイスに居場所を求めていたことと,彼らがクィアであることはおそらくつながっている。暗闇,爆音,酒とドラッグの渦中でのみ生きた心地をつかみ取ってきた少年たちは,ある雨の夜を最後に,それぞれの場所に閉じ込められていった。

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ロックダウン政策を批判するアンドレア

 あれから2年後。ようやくワクチンもある程度いきわたり,クラブもその重たいドアを開けた頃,3人はクラウディオの祖父の家でバカンスすることを約束し,再会を遂げる。物語はここから始まる。つまり,「メディテラネア・インフェルノ」は,そんなひと夏のストーリーなのだ。
 
 開発を担ったのは,イタリアのクリエイターであるロレンツォ・レダエリ氏だ。「EYEGUYS」の名義で音楽制作も行っており,その才能は本作にも遺憾なく発揮されている。前作の「ミルキーウェイ・プリンス」では精神疾患を持つキャラクターのゲイロマンスとその破綻を描き,こちらもSteamでは「非常に好評」との評価を得ている。


 さて,再会の夏,と聞くと,みな冒頭に掲げたようなタロット的イメージ――太陽の下ではしゃぐ子ども――を想像するかもしれない。だが本作に,そのような明るさはない。みな若い時間をロックダウンにすりつぶされて,抱えていた心の穴は少しずつピアスのように拡張されていった。クラウディオは自らのアイデンティティの在りかに迷い,アンドレアは御しがたいほどの孤独を持て余し,ミダは自分を縛る人間模様の中で身をよじり,それぞれに苦しんでいたのだ。

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作中ではアイデンティティの問題が繰り返し取り上げられる

 そんな苦しみを黙っていられたら,もしかしたらこのバカンスは最高の3人組をさらに最高にして,それだけで終われていたのかもしれない。だが,バカンスの幕開けとともに,3人はマダマと名乗る謎の人物と接触する。マダマが提案してくるのは〈ミラージュ〉と呼ばれる精神の旅だ。〈サマーコイン〉という奇妙な通貨を消費することで,一人ずつが〈果実〉の皮を剥いて口にできる。果実はサイケデリックな演出を伴いながら,3人それぞれの精神の内側を深く抉っていくのだ。4度のミラージュを経験し,「聖母被昇天祭」を迎えた者は,「天国に行ける」のだと,マダマは語る。

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〈ミラージュ〉へ誘うマダマ

 いったい誰が何度〈ミラージュ〉を体験するのか? ゲームはその選択によって物語を分岐させていく。プレイヤーはサマーコインの残量と葛藤しながら,誰に〈果実〉を剥かせるか頭を悩ませていくことになる。

 本作のシステムはシンプルなポイント&クリック方式だ。確認できるオブジェクトには丸いマークが,進行方向には三角のマークが表示されるので,気になるポイントは片っ端からクリックしてみよう。進行はまったく難しくないが,マークが多少見づらい場面もあるので,行き詰まったらグラフィックスにマークが紛れ込んでいないか,よく確認してみるといい。

 物語は基本的にバカンス中の行く先を選択することで方向性が決まっていく。途中でマダマが〈果実〉を差し出し,1人ずつ〈ミラージュ〉に誘ってくるが,〈果実〉を剥くかどうかは,そのたびに選択できる。〈ミラージュ〉に入ったら,やはりここもポイント&クリックであちこちをくまなく確認し,探索を続けよう。ここで展開される精神世界の中にはタロットに似た特別なカードが1枚ずつ隠されており,それを集めることでも結末は変化する。

 ゲームプレイですぐに感じるのは,誰の目にも明らかな,幾原邦彦監督作品からの影響だ。突然開始する〈ミラージュ〉のド派手な演出は「輪るピングドラム」のようだし,〈ミラージュ〉の寸前にクリックさせられる「これしか道はない」というスマートフォンの同意ボタンは,「ユリ熊嵐」を彷彿とさせる。そしてクィアな少年3人,という設定と彼らの闇が暴かれていく過程は,「さらざんまい」を想起させる。
 ただし,このオマージュは決して安っぽいコピーではない。イタリア北部に住む,コロナ禍のさなかに20歳そこそこだった世代のクィアたちが,いかなる辛酸を嘗めさせられているか,というリアルが物語の骨だ。この骨組みの上に「イクニ」的に過剰な非現実性を帯びたイリュージョンがちりばめられているからこそ,本作はよりクィアの現実へと肉薄していくのである。

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一択しかないのが象徴的な「同意」ボタン

 たとえば作中,アンドレアが2021年に起きたイタリアのLGBT法案(いわゆる「ザン法案」)の審議に言及する場面が出てくる。この法律はクィアに対する差別行為を罰する内容であったが,強い反発を受け,否決されている。イタリアは言うまでもなくカトリックの総本山たるヴァチカンと深い関係にあり,クィアをめぐる政治状況はまだまだ保守的な傾向を持つ

※イタリアが同性カップルに対し,異性カップルに準じた権利を付与するシビル・ユニオン法を認めたのは2016年で,これは欧米諸国の同性婚に関する法整備としては相当遅れをとっている

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ロックダウン中の部屋の中でLGBT法案の否決に怒りをみせるアンドレア

 このような状況がある一方で,マダマの与える祝福が宗教的なモチーフを伴っているのは,かなり風刺的だ。〈ミラージュ〉は個人的なものでありながら,「法悦」的快感で彩られているのだ。この個人の経験と宇宙の真理が軽々と結びついてしまうイメージの飛躍を媒介するのは,決して天使などではない――あくまでも〈果実〉によるエクスタシー。それはドラッグの隠喩であり,セックスの隠喩である。宗教保守層の政治的姿勢によって脅かされているイタリアの若いクィアたちにとって,何が直接の「救い」なのか,ということを皮肉っぽく突き付けているかのようだ。

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マダマはクラウディオに〈法衣〉を着せる

 筆者は最初,ミダに4度の〈ミラージュ〉を経験させてみた。ミダはコロナ禍のさなかにインフルエンサーとして成功し,たちまちイタリア中の人気者になった。だがその一方で,クラウディオに恋した経験を苦々しく記憶していたり,注目を集める存在になってから他者とのコミュニケーションに悩んでいたりと,人間関係に関して後ろ暗い思いを持っている。ミダの〈ミラージュ〉は,人間関係の比喩としての糸を自ら断ち切るよう迫られたり,水中のイメージを提示されたりと,とにかくミダがうまく身動きの取れない息苦しい状況にいること,それを拒もうとして葛藤していることが伝わってくる。

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ミダと,ミダを繋ぐ糸

 ラストシーンの展開はここでは開示しないが,予想外の行動に出たのはむしろミダ以外の人物だった,という点が印象的だった。本作は,「誰を選ぶか」も大切だが,「誰を選ばなかったか」が物語の展開のカギを握る場合もあるようだ。なお,エンディング後は,チュートリアルを終えたところから2周目をプレイできるようになっているので,スムーズに別の分岐を回収できる。

 筆者はゲームプレイ中に「本当に進めていいのか?」と一瞬手が止まってしまったことがあった。それくらい「メディテラネア・インフェルノ」は,地獄を描いた物語であり,悪夢みたいな現実が追いかけてくる作品なのだ。「自分探しの旅」と言えば,青春を彩る明るく美しい迷走のように聞こえるが,〈ミラージュ〉の果てに見つけ出す「自分」は,悶え苦しみ,みじめさに苛まれて震える個人である。何が,誰が,Sun Guysを追い詰めたのか? プレイヤーは果てしない苦味の中に取り残されながら,自分自身の人生と選択について考えさせられてしまう。後味は悪く,救いはない。だが,そのような描写が行われるフィクションによってのみ救われる魂もあるのではないだろうか。

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ゲームプレイ前の注意喚起

「メディテラネア・インフェルノ」公式サイト


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    メディテラネア・インフェルノ

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