モデレーターは,Techstarsのマネージングディレクター兼日本代表を務める白戸 勇輝氏。
登壇者は,Headline GrowthのパートナーであるClarey Zhu氏,OpenAIでAPACのスタートアップ責任者を務めるThomas Jeng氏,そしてAIハードウェアを手がけるOpenHome創業者のJesse Leimgruber氏だ。
議論は,日米それぞれの“得意分野”の話から始まった。
![]() |
ソフトはシリコンバレー,ハードは日本
「米国はハードウェアをほとんどやらない。Apple以外に大きなハード革新はないと言っていい」とLeimgruber氏。
「だからハード起点のプロダクトやOEMと組みたい企業にとって,日本や台湾,中国,韓国といったアジアが事実上,唯一の選択肢になる。ソフトはシリコンバレーが最高だが,ハードは日本が圧倒的だ」と語る。
一方でJeng氏は,日本がソフトの“市場”としても強いと指摘する。
「世界のトップSaaS企業にとって,日本はたいてい2番目か3番目の市場。AI時代でも同じで,ChatGPT Proのサブスクリプションでは日本が世界1位か2位,Codexでも世界2位です」。OpenAIはSoftBankと組み,日本政府のデジタル庁とも行政プロセス改善で協業しているという。
「日本は遅れているという自己認識が根強いが,技術の“採用者”としては驚くほど優秀です」
![]() |
Zhu氏も続ける。「日本の生活者は世界屈指のデジタルネイティブで,経済規模も大きく,技術への需要も大きい。優秀なエンジニア人材も多い」。ただし資本の出方には偏りがあるという。
「シードやシリーズAといった初期には資金が入るが,スケールアップや成長期への投資は他市場に比べて少ない。ここに大きな機会がある」
実績は出ているのに,なぜ評価額に反映されないのか
白戸氏が投げかけたのは「日本のスタートアップは実績を出しているのに,投資家目線の評価額に反映されないのはなぜか」という問いだ。
Leimgruber氏の見立ては明快だった。
「米国の評価額は“期待”で膨らんでいる部分が多い。対して日本市場は,実際の売上や生産といったファンダメンタルズで評価されている」
自身は100社超に出資するエンジェル投資家で,うち30社はアイデア段階で最初の小切手を切るという。「米国ではプレシードで評価額5000万ドルもざら。日本ではその金額でIPOできる。これは米国企業が優れているという意味ではなく,金融市場の違いにすぎない」と述べる。
例に挙げたのはSamsungだ。「昨年は2000〜3000億ドルの評価だったのが,1年で1兆ドルに。作っている半導体もチップも変わっていない。市場が“他の巨大テックと同じだ”とようやく気づいただけ。SonyやPanasonicにはまだその再評価が起きていないが,起きない理由はない」。米国はバブルの天井かもしれないが,日本はそうではない,というのが氏の主張だ。
![]() |
Jeng氏は,より構造的な補助線を引く。「日本のスタートアップは,最も高く評価される米国勢とは“別のゲーム”を戦っていることが多い」
シリコンバレーの企業は当初から,次の技術パラダイムの“標準”や“インフラ”になろうとする。評価額を将来キャッシュフローの関数と見れば,桁違いに大きな収益を狙う企業の評価が高くなるのは道理だという。
「日本がもっと大きく考えるべきだ,と言いたいのではありません。多くの日本の起業家は,意図的に別のゲームを選んでいる。小さいゲームが無効なわけでもないです」
OpenAI自身は「AGIを人類のために」という壮大なビジョンを掲げるが,「すべてを自分たちで作ることはできない。この技術の上には,何千何万という有効なビジネスが成り立つ」とJeng氏。日本と米国のエコシステムを丸ごと比べるのではなく,企業単位や創業者単位で“どのゲームを戦っているか”を見るべきだと述べた。
Zhu氏は資金源の違いも挙げる。「米国はもともと民間中心。アジアは歴史的に政府の支援や資金が厚かった。日本の資金源はいま変わりつつあり,現場では優秀な人材が面白い課題に取り組んでいる」
政府はスタートアップとAIにどう関わるべきか
話題は政府の役割へ。PalantirやAndurilが日本でハードを調達し,防衛システムに組み込もうとしている,という文脈だ。
Leimgruber氏は「日本政府はスタートアップ振興でとても良い判断をしている」と評価する。
「私は各国の政府系ファンドにLPとして関わってきたが,スタートアップを重視しない国は多い。日本は違う。10年通ってきて,エコシステムは劇的に良くなった」
OpenAIのJeng氏は,政府に期待する役割を2つ挙げた。
「一つは,責任あるAI規制。とりわけ民主的な政府と組み,先端能力が無責任な手に渡らないようにすること。もう一つは“守る側”を強くすること。適切なツールを適切な人の手に届ける役割です」
Zhu氏はそこにエネルギーの観点を加える。
「多くの国でAIの本番運用はエネルギーがボトルネックになる。その点,日本は原子力を含めエネルギー源が多く戦略的に有利だ。データセンターやエネルギー基盤づくりへの地元政府の支援も厚く,日本はフィジカルAIのバリューチェーンの重要な“アンカー”になっている」
AIはまだ“チャットボックス”の中にいる
ここでLeimgruber氏が会場に問いかける。「ChatGPTに文字を打ったことがある人は?」ほぼ全員の手が挙がる。「では車を運転したり,街を歩いたりしたことある人は?」
当然,全員だ。
「いまAIはチャットボックスの中,コンピュータの中に閉じ込められている。現実世界にはまだ“アンビエントAI”がいない」。だからこそ日本が鍵だという。
「MP3プレーヤーからテレビ,ヘッドフォンまで,現実世界のプロダクトは何十年も日本が発明してきた。OpenHomeはスピーカーやデバイス,車,テレビにAIを載せる“実世界AI”のモデルを作っている。日本なしにこのビジョンは実行できない」同社はHeadlineや,SoftBank系の孫泰蔵氏のグループからも資金を調達したという。
Zhu氏は,日米の作り方の違いを対比する。「米国のロボティクス資本の大半は,ヒューマノイドの“頭脳”となる巨大モデルに向かっている。売上ゼロ,無償出荷でも300〜400億ドルの評価がつく。対して日本は,高品質なロボットアームを大量に出荷し,研究でも貢献している。より生産志向で現実的だ」。ハードの集積も強みで,「半導体が台湾に,ロボティクスが深センに集まるように,日本にもODMやOEM,シリコンのパートナーが半径10km圏にそろっている。これは非常に強固な優位性です」
![]() |
中国リスクの裏で,強まる日米のAI同盟
白戸氏は,ロボット部品の6〜7割が中国製という現実と,地政学リスクに水を向けた。
Leimgruber氏は「これも日本の利点だ」と切り返す。
「米国は中国との協業をリスクと見るが,日本にはその懸念がない。世界最大のAI企業OpenAIの最大の出資者はSoftBankで,600億ドル超を投じている。いま世界最大級の金融関係はAIであり,それはSoftBankを介した日米同盟だ。米国が地政学的に中国を恐れることは,日米関係を強める大きな機会になる」
Jeng氏は地政学への論評は避けつつ,実務的に助言する。「単一ベンダーへの依存は,どんなビジネスでも悪手だ。基盤モデルを使うなら,卵を一つのかごに盛らない方がいい。実際,規模を拡大した企業ほど複数プロバイダを使い分けている」。OpenAIがCodexのハーネスなどをオープンソース化していることにも触れた。
Zhu氏は「欧州と日本の連携も密になっている」と補足する。ソブリンAIが各国の関心事となるなか,ハード供給を日本に頼る欧州のフィジカルAI企業にも投資しているという。
なぜ資本は米国に集まり,日本発は世界に出にくいのか
「同じ会社でも米国なら高い倍率がつく。資本市場が最も深いからで,公開市場でも私募でも同じ。だからシリーズBで米国に移る創業者が多い」とZhu氏。ただしAIが徐々に条件を平準化しているとも言う。「PLGや消費者向けなら,世界中どこからでも面白い企業が出てくる」
Jeng氏は,日本の起業家が世界に出にくい要因を三つに整理した。
第一に,日本で“十分大きい”と感じられてしまうこと。「これは東証の上場基準にも左右されるが,その基準が引き上げられれば,VCも起業家もインセンティブが変わる」
第二に,SIに依存した国内向けの流通と製品設計を挙げた。「だがAIネイティブに作れば,最初から多市場対応がむしろ容易になる」と話す。
第三に,海外での販路と言語の壁だ。「翻訳ツールなどで障壁は下がっている。米国で学び,働き,売った経験を持つ日本人創業者は米国でも十分やれている」と締めた。
![]() |
Leimgruber氏は「すべてがサンフランシスコに吸い込まれる」という見方に反論する。
「カテゴリー次第だ。買い手がSFにいるとは限らない。欧州発のLovable,豪州発のCanvaはSFにいなくても世界で成功した。ロボティクスやEVの顧客はSFにはいない」。OpenHomeは“サンフランシスコを輸出する”プログラムを始めたという。
「東京大学の21歳の創業者がAIデスクツールを作った。当初はサインアップもゼロだったが,我々が紹介したらXで2日で100万ビュー。地元にいながら世界に届く道はある」
白戸氏は,日本のスタートアップの勝ち筋を二つ挙げた。国内のエンタープライズをPLGや米国スタートアップとの協業と組み合わせる道と,日本発のヒューマノイドや量子計算といったムーンショットに賭ける道だ。
サブスク経済から「日本で学んだこと」まで
まず,AIサブスクの料金とトークン原価の乖離(5〜10倍とも)についての質問に対し,Jeng氏は「消費者向けを含め,我々の粗利益はプラス。記事を鵜呑みにしないでほしい」と回答した。
市場ごとに支払える額に違いはあるが,「月200ドルはSFでは何でもないが,インドでは大金」になることを指摘した。そうした状況を踏まえ,無料枠向けの安価な“instant”モデルも開発中だという。
「インドでも,原価管理を徹底したAIネイティブ企業が消費者課金で黒字を出している。用途に応じて適切なモデルを選べば,コストは管理できる」。Leimgruber氏は「OpenHomeはローカルで動く無料のエッジモデルを作っている」と付け加えた。
エッジ/モバイルの重要性を問われると,Jeng氏は「OpenAIもハード製品を開発中だと公表している」としたうえで,具体的なフォームファクターの例を挙げた。「たとえばEven Realitiesのスマートグラスは良い製品だし,GPTモデルを使うPlaudのノートテイカーも良いフォームファクターだ」
そのうえで「エッジモデル,ローカルのOSやファームウェア,クラウドの組み合わせは,何を作り,どんな制約があるか次第で変わる」と述べる。Zhu氏は「エッジ端末は計算資源が限られるため,ファームウェアのセキュリティ需要が高まっている。難しい技術課題です」と指摘した。
最後に「日本で学び,米国に持ち帰れたこと」を問う質問が出た。
Leimgruber氏は関係の“時間軸”を挙げる。
「米国の関係は短期的で,1〜2週間で決めないと壊れがち。日本では10年組んできた相手との関係がいまも深まり続け,破談になったことがない。粘り強く関われば成功できると学んだ」
Jeng氏は,非英語圏だからこそ見つかる用途を挙げた。
ElevenLabsがポーランドの“ひどい吹き替え”から着想を得たように,昨日のピッチで優勝した日本企業「InfiniMind」は,映像コンプライアンスの監査を大規模映像モデルで自動化するという。
「英語圏の制作からは見えにくい着想で,うまく実行すれば世界に広がりうる」
Zhu氏は,消費者向け家電の作り込みと,エンタメやゲーム,IP,コレクティブル,そして財務規律を挙げる。「日本企業はシリーズAやB,Cで数億〜十数億円規模で上場に至る。資金が潤沢な米国は売上成長を追いがちで,長く赤字の企業も多い。日本の財務規律は,早い段階から持続可能性を考えさせる」と語った。
Jeng氏も「日本はIPが本当に強い。ポケモンは世界一価値あるIPだし,僕も大好きです。あと息子はベイブレードに夢中だ」と笑いながら話した。
白戸氏も同意し,自身の投資先にゲームスタジオ向けのIP級アセットを作る企業や,アニメ制作を自動化する企業があると紹介。財務規律や顧客ロイヤリティは,日本が世界に輸出できる強みだと締めくくった。
「ソフトはシリコンバレー,ハードとIPは日本」という補完のイメージに加え,現実世界へ染み出すフィジカルAIや,長年磨かれてきた製造とIP,財務規律といった強みが,少なくとも一朝一夕にはまねしにくいのは確かだ。
評価額という一つの物差しだけでは測りきれない価値がある,という指摘には一定の説得力があるだろう。
![]() |

















![画像ギャラリー No.001のサムネイル画像 / 「ソフトウェアはシリコンバレー,ハードウェアは日本」AIが産業と地政学を同時に揺さぶるなか,OpenAI,OpenHome,Headlineのキーパーソンが語ったセッションをレポート[IVS2026]](/games/991/G999110/20260702039/TN/001.jpg)
![画像ギャラリー No.002のサムネイル画像 / 「ソフトウェアはシリコンバレー,ハードウェアは日本」AIが産業と地政学を同時に揺さぶるなか,OpenAI,OpenHome,Headlineのキーパーソンが語ったセッションをレポート[IVS2026]](/games/991/G999110/20260702039/TN/002.jpg)
![画像ギャラリー No.005のサムネイル画像 / 「ソフトウェアはシリコンバレー,ハードウェアは日本」AIが産業と地政学を同時に揺さぶるなか,OpenAI,OpenHome,Headlineのキーパーソンが語ったセッションをレポート[IVS2026]](/games/991/G999110/20260702039/TN/005.jpg)
![画像ギャラリー No.003のサムネイル画像 / 「ソフトウェアはシリコンバレー,ハードウェアは日本」AIが産業と地政学を同時に揺さぶるなか,OpenAI,OpenHome,Headlineのキーパーソンが語ったセッションをレポート[IVS2026]](/games/991/G999110/20260702039/TN/003.jpg)
![画像ギャラリー No.004のサムネイル画像 / 「ソフトウェアはシリコンバレー,ハードウェアは日本」AIが産業と地政学を同時に揺さぶるなか,OpenAI,OpenHome,Headlineのキーパーソンが語ったセッションをレポート[IVS2026]](/games/991/G999110/20260702039/TN/004.jpg)
![画像ギャラリー No.006のサムネイル画像 / 「ソフトウェアはシリコンバレー,ハードウェアは日本」AIが産業と地政学を同時に揺さぶるなか,OpenAI,OpenHome,Headlineのキーパーソンが語ったセッションをレポート[IVS2026]](/games/991/G999110/20260702039/TN/006.jpg)